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魔法都市-1

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 空はずっと薄暗かった。

 あの渓谷以来、僕の気分は何となく重かった。いや、ベルタウンを出た時からずっと気分は晴れなかったけど、僕の心の中の明るい部分を、あの渓谷の闇が全て吸い取ってしまったかのように感じた。僕だけじゃない。カンザーだって言葉少なげだし、ジンともここの所最低限の言葉を交わすのみだ。

 この薄暗さが悪いのかもしれない。太陽の光は渓谷を離れて一度は元の輝きを取り戻したものの、魔法都市へと近づくに連れて再び力強さを失っていた。その理由は、太陽そのものがまるで月の満ち欠けのようにかけ始めていたからだ。

 僕はまとわりつくような湿った冷たい風を受けて、すっかり冷たくなった顔をカンザーに向けた。

「太陽が月のように欠けるなんて初めて見たよ」

「貴兄は日食を見たことはないのか」

「ニッショク・・・って聞いたことないな。あれがそうなの?」

 カンザーも空へと顔を向け、静かに瞳を閉じた。

「私も見たことはない。だからあれは日食ではない」

 それっきりカンザーは何も言わず、前を見て飛ぶことに専念し始めた。僕もそれ以上聞く気にはならなかった。

 やがて太陽が沈む頃、僕らはジンとの打ち合わせ通りに地面に羽を下ろした。馬に乗ったジンが、僕らが降り立った丘を駆け上がってくるのが見える。

 暗い色をした岩石や荒い砂が広がる広陵とした大地は、とても草木が生える環境には見えない。石と岩の僅かな隙間に、小さな白い花が咲くのが限界のようだ。歩く度にジャリジャリとした感覚がブーツから伝わってくる。

 ジンは華麗に馬を止めると、鎧なんてないかのような手馴れた動きで馬から降り立ち、無事に合流した。

「もう少ししたら目的地だが、俺達はこのまま目的地入りするわけにはいかない。竜は目立ちすぎるからな」

 魔法都市ミーミスブルン。ジンによると、魔法都市の魔術による警戒は地平線から街が見えるはるか前から始まるらしく、これ以上カンザーで近づけばすぐにバレてしまい何かと問題にらしい。

 ジンはおずおずとカンザーに話を切り出した。

「すまないが、ここからは俺達二人で行くことになる」

 カンザーの目ははっきりとジンと対峙した。

「それは反対する。せめて私の視界のとどく範囲に貴兄はいてもらいたい。ここから走り始めても、私は貴兄の背を飛ぶだけだ」

「それじゃあ意味がないんだ。頼むよ、フィードからも説明してやってくれ」

 ジンは首を振りながら困り顔で突き出た岩に座り込んだ。今この時までこの話を言わなかったのは、カンザーの反対を恐れてのことだったわけだ。

 僕も少し考えた後、カンザーの腕に手をおいて告げる。

「カンザー。僕のことなら大丈夫だよ。君がこれ以上街に近付いたら、僕らが警戒されてしまう。最悪、逆に僕が捕まるなんてこともあるんだよ」

 そう、そういう可能性だってあるのだ。僕は不意に未知の場所に対する不安を感じた。いや、怖いのはきっとベルタウンでの一件があったからだろう。カンザーの背中で横になる安心感に比べたら、外は危険で一杯だ。馬で半日の距離ではさすがのカンザーの耳でも距離がありすぎて、笛の音一つも聞こえないだろう。

 僕が不自然に黙り込んだのを心配してか、カンザーは僕に頭をすり寄せた。

 僕の一部がすっぽりと抜けてしまうような喪失感。竜に守られながら眠ることの安心感が僕の体にすっかりと染みこんでしまっていた。カンザーと共に街に入れたらどんなにいいだろう、という考えにいつの間にか囚われ、はっとして首を振った。

 轟音と共にカンザーの片翼が開かれ、僕の上に覆いかぶさった。そこで初めて、僕は涙を流していることに気がついた。僕はこんなにこころの弱い人間だったろうか。いや、きっとここ数日の重い気分が、どっと溢れてしまっていたのだ。手が震えて、それが竜の鱗へと伝わっていくのを感じた。

「貴兄よ。大丈夫か?」

 その言葉に僕は頷き、腕で無理やり目をこすった。

 やがて、カンザーは深くため息をついてから、静かにこう言ってくれた。

「貴兄が耐えようとするのなら、私もそれに耐えねばならないな」

 僕は不安が和らぐのを感じた。僕の不安をカンザーが支えてくれる、そんな気がした。


 ジンはカンザーに、長くても3日で戻ってくること、それでも心配なら超高高度からならば警戒も薄いだろうし、夜や雲がかかっている状態ならば視認もされにくいのである程度は偵察に来ても大丈夫だということを伝えた。

 そしてすぐに準備にとりかかるジンに僕は目を向ける。僕らと話すときは努めて明るく元気に振舞っているが、こうやって見てみるとかなり疲れが顔に出ている。多分、ここ数日はろくに眠れていないんだろう。僕は時の街を出て今まで、一度としてジンのうなされる声を聞かなかった。ジンは僕が寝るまで起き続け、僕が起きたときには、すでに起きていた。僕が不意に目を覚ました夜は、必ず目を覚ましていた。そして僕に気がつくと、薄笑いを僕に向けるのだ。

 正直に言えば、僕はうなされなかった。そういう意味で、僕の精神はあの悲劇に耐えられる心をすでに持っており、強かったと言えるだろう。だが、そういう僕の姿を見てしまっているからこそ、ジンに不要な負担をかけているのではないか、と僕は不安になっていた。彼にとっては、初めての体験だったはずだ。僕が自分の村で起きた出来事がずっと夢に出続けたように、ジンも悪夢にうなされても、全然不思議じゃない。むしろそれが普通の精神なのだ。なのにそれを表に見せようとしない。ジンはそれほど強い精神の持ち主なのだろうか。

 僕は自分の鎧をカンザーに預け、騎士団の見習い従者に変装することになった。着る麻を折った質素な服に着替え、その上に乗馬用のコートを羽織る。正直鎧のほうがまだ温かかったが、これが普通らしい。厚手のズボンは、剣の触れる場所や、膝を革で補強したものだった。僕の持つ剣、マーウォルスの竜玉の部分は、見習いの剣なのに竜玉があると怪しまれないよう、そして不用意に誰かが危険な暗闇に触れることのないように、包帯で巻いた。剣の鞘がないので、ジンは歯を当て布で保護し、僕の背中に紐で縛った。結び目を一つ解けば、するすると紐と当て布がほどけて剣がすぐに背中から引き抜ける特殊な縛り方だ。

 その後僕らは腹ごしらえをした。カンザーとはしばらく話せないことを思うと、僕は自然とカンザーとよく話し、カンザーも言葉数が多いようだった。

 そして太陽が登り切る頃、僕とジンはカンザーに見送られながら、馬に二人乗りとなってミーミスブルンへと出発した。 




 

 魔法都市



 空気に乗る振動と、地面に乗る振動は全然違う。

 僕は馬が踏みしめる地面の力強い感触に驚いていた。竜の背とは全然感覚が違う。僕がいつも感じてきた脈動は、あるいは羽を羽ばたくときの筋肉の脈動、あるいは首や背が動く時の脈動、あるいは地面を歩いている時の背骨を軸に体が波のように動く感覚だった。羽が空気を掴み、羽の骨がそれをさ支え、筋肉が支え、僕の体を押し上げていた。

 馬は地面を蹴り上げ、地面を掴んで進んでいた。空では空気の感触をつかんだように、地では地面の感触をつかんだ。馬は地上を掴む天才だ。

 僕は、ジンが馬を操る感覚を感じていた。そこで初めて、カンザーと僕は、空で一つになっていたことに気づいた。ジンが今馬と一つになって地を走るように、僕は空でカンザーと一つになっていたのだ。

 そう考えてた時、何か地響きのような音と共に前にあるゆるやかな丘の向こうで空が光った。ジンもそれに気づいた。

「な、なんだろう」

「この音・・・爆発音だ」

 ジンがそう叫ぶと馬をまくしたてて速度を上げる。

 地面に何かがぶつかったようなクレーターがあちらこちらにあるのに僕は気づいた。なんだか嫌な予感がする。

 目の前の丘を馬は颯爽と駆け上がると、それは見えた。

 なんの水の気配もない土地に突如、巨大な湖が広がっている。見下ろすほどの高さにいるというのに、湖の先は地平線ぎりぎりまで達していた。湖は美しいほどに円形で、まるで人工的に整えたかのように、左右対称に美しい曲線を描いている。多分、ほぼ真円の湖だ。

灰色の空を写したその湖の真ん中に、色鮮やかな光を発した街が浮いていた。その街の城壁らしきところからぱっと光が発光され、遅れて砲撃の発射音が聞こえてくる。

 何か、黒い点にも見える沢山のなにかが、湖に向かってものすごいスピードで突き進んでいた。よく目を凝らすと、それは獣のようなものだった。真っ黒な体毛をした四本足の獣の集団が、はるか空におぼろげに見える何かから地面に着地して、砲撃をものともせず街に向かって突撃していたのだ。

「あれは幻獣だ」

状況を確認するやいなや、なんとジンは戦場真っ只中に馬の頭を向け馬を蹴りあげた。

「ちょっと待って!あの爆発の中に突っ込むつもり!?」

「見ろ、橋だ!」

 体を傾けて前を向くと、街から湖の端へと伸びる一本の石橋が見える。その橋の上に、色の鎧を来た人が出てくるのが見える。おそらく、いや間違いなくこの街の騎士たちだ。

 なだらかな丘を馬は一気に駆け下り、湖の湖辺に添って一気に橋の付根へとジンは目指す。僕はいつ幻獣と勘違いされて砲撃が飛んでこないかと肝が冷えっぱなしだ。

 と、そこで複数の何か軽いものが駆ける音と、荒い獣のような荒い息が聞こえてきた。後ろを振り向くと、すぐ後ろに今進撃を続けてる黒い獣がすぐ後ろまで迫ってきていた。あのまま丘の上で様子を見ていたらどうなっていたのかは明らかだ。空から降ってくるのだからどこから現れるのかわかったものではない。

「ジン、すぐ後ろからも追ってきてる」

 僕の慌てた叫びに一瞬だけ後ろを見て、ジンは毒づく。

「くそ、これじゃ本当に砲台の餌食にされちまう」

 ジンは自身の体にしがみついてる僕の腕を手に取ると、馬の手綱を僕に明け渡した。

「な、一体―――」

「馬のことは任せる。竜を手懐けるお前なら朝飯前だろ」

「まって、そんなの無理だ」

「とにかく前見てろ。今はそれだけでいいから」

 僕の叫びなど全く無視し、ジンは手綱を手放し自身の剣を引きぬいた。対して僕は慌てっぱなしだ。 

 獣はすでに僕らのすぐ横にまで追いついてきていた。低い唸り声がはっきりと聞こえるほどだ。手綱を握る僕の手は汗でびっしょりだ。

 その時、少し離れて僕らを追ってきていた一頭が一気に僕らに近づくと、そのまま馬上にいる僕らに跳躍して来た。大きな牙と爪が僕らに襲いかかる。

 だがその速度よりもさらに早く、ジンは剣で獣を薙ぎ払った。寸前でそれに気づいた獣はなんと空中で身を翻して回避した。切っ先をわずかにかすり、真っ黒な毛が幾つか中を舞う。

 その一頭はそのまま僕らの頭上を抜け、そのまま湖にダイヴしていった。

 僕は馬をどうにかしようと必死だったが、ジンは剣をふるいながらも足で器用に馬に指示を与え続けているようだった。とにかくまっすぐ、橋まで辿り着かねば。

 そう集中していたからかもしれない。僕は獣の荒い息遣いの中に何か聞き慣れたものを聞いた気がした。

「カエ・・・セ・・・ホシ・・・ヲ・・・・・コドク・・・ノ・・・ホシ・・・・」

 それは唸り声がたまたまそのような発音として聞こえたのかもしれない。けどいつもカンザーと共にいた僕だからこそわかる、獣の声と人の言葉のかすかな違い。

 と、次の瞬間、僕らに砲撃が着弾した。いや、実際はすぐ横に着弾したのだろうが、ものすごい爆風と轟音が当たりに轟き、砂や石が降り注いだ。

「ひぃ。間一髪だぜ。無事かフィード」

「う、うん・・・」

 ジンが剣を鞘に納める音と共に、手綱を握り直した。後ろを振り向くと、本当に僕らが通った間近に大きな穴が空いている。嫌な想像をしそうで僕は体を震わせた。

 黒い獣たちは容赦無い砲撃に恐れてか転進し、軽々空に飛び上がると空にある真っ黒な切りのような何かに戻っていった。よく見ると逆さになった地面のように錯覚したが、気のせいだったろうか。

 一息ついた僕らが橋の付け根に到着した時、街から出てきた騎士達とちょうど合流した。

「おめぇたちバカか!万一魔導砲に当たったらひとたまりもなかったんだぞ!」

「幻獣の群れの真っ只中に飛び込むたぁ、どういうことだ!」

 顔を合わせて第一声で怒涛を浴びせられる。

「我々も奴らに追われていたのです。本当に申し訳ありません」

頭を下げながらジンは僕を肘で突く。僕も頭を下げた。

 僕と同じ赤い鎧をした大柄の騎士が前に出てくる。

「おめぇら騎士か。どっから来た?」

「私は時の街常駐騎士団所属ジーン・サー=バルシュタット。こちには見習い騎士のフィード・サー=バルシュタット。共に緊急の伝令を伝えるために馬を飛ばしてまいりました」

 整然とした物言いに僕は肝を抜かれていた。ジンってちゃんとした礼儀作法もできるんだと僕は驚いた。

「私はここの常駐騎士団先鋭隊隊長のアレスだ。緊急とは?何かあったのか」

「ここで申し上げるわけには。手紙を預かっておりますので、至急ジーク=ナイト殿にお会いしたい」

「うむ、分かった。この戦場を突っ切ってくるとは余程のことだろうな」

 ジンはアレスと名乗った人に頭を下げると、馬を降りる。僕も慌ててそれに習うと、ジンは馬を率いて橋を渡りだした。僕は一応見習い騎士ということでジンより下の立場ということになっているから、そうそう声はかけられないようだ。僕は黙ってジンの後ろについて歩き出した。


 魔法都市ミーミスブルン。薄暗い湖に浮くそれは外から見るとまるで城壁が箱となった、金銀水晶がところ狭しと入った宝箱のように見えた。

お疲れ様でした。

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