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闇に閉ざされた剣-前

この話のために、これ以前の話のいくつかが修正されています。

つじつまが合わないと思われる方は修正前に読まれた方だと思いますので

ご了承ください。

 ああ、またここか。

 僕は暗い水面に映った一糸纏いぬ自分を見て、無感情にそう思った。

 僕は今まで何をしていたんだろうか。それともこれから、どこかに行く予定だったか。何も思い出せない。僕の持つ剣の切先からでる波紋が、僕の心を表すかのように僕の姿を揺らす。

 その波とは違う波紋が目の前から広がり、僕ははっとして目を上げた。

 そこに立っていたのは、ティランさんだった。僕は咄嗟に声をかけようとしたが、前と同じように言葉は出て来なかった。でも、僕の言おうとしてることは分かったに違いない。ティランさんは静かに薄笑いを示す。

 ティランさんの後ろに、いつの間にか多勢の人が立っていることに気づいた。疎らではあるがすぐ近くから水平線の彼方まで、皆一様にあの立方体の何かにむかって、みな僕に背を向けゆっくりと進んでいる。彼は誰だろう。一体どこに向かっている?

 ティランさんの筋肉質な腕が上がり、僕を指さす。そしてゆっくりと、その指は僕の持っている剣に向けられた。

 僕は初めてしっかりと、その剣を意識した。それは僕自身の一部でありながら、僕が知らないものだ。だが、初めからそうだったのか、それともいつの間にかそうなったのかは分からないが、今の僕にはそれが何か分かった。

 ティランさんの斬幻剣だ。この世界で唯一色を持った存在。色あせてはいるが、この世界では唯一、優美なものに見える。

 ティランさんはとても愛おしそうに、それでいて、何かもの悲しげな表情で見つめていた。とても僕には分からない、とても高貴な絆で、彼らは何かを話しているような気がした。

 やがてティランさんは会話を終えたのか、僕に顔を向けた。その目には、なにかやるせない悔しさと、手に負えない悲しさがにじみ出ていた。僕はそれを問いたかった。

 ティランの剣を指す指がこんどはゆっくりと、後ろの遥か彼方にある、立方体のほうへと向いた。いつのまにか、周りにいた人たちはいなくなっている。みなあそこに向かったのだろう、と僕は直感的に感じた。

 ティランさんがなにか一言、僕に言った気がする。けどそれを捉えることができなかった。彼はゆっくりと僕に背をむせ、皆が向かったその方向へと足を進め始めた。

 僕は持つ剣をぎゅっと握り締め、追いかけようとしたけれど、それにティランさんは背を向けたまま首を横に振り、無言の静止を訴え、そして―――


 僕は体が地面に着いていないような不思議な感覚に驚き、目を開け体をよじろうとした。だがその命令に体は全く動かない。これが金縛りかと慌てようとした瞬間、地面の感覚がふわりともどり、全ての感覚が正しく戻った。少し肌寒い夜の空気が肺に入ってくる。

 僕は少し身悶え、なんの問題もないと確信してから目を開けた。僕の見える範囲全面に無数の星空が瞬き、月のない夜を平穏に照らしている。

 僕はいまだに夢ともなんともつかない世界にいるのではないかと感じ、しばらくじっとその空を眺めていた。隙間無く大小輝く星々を見ているうちに、だんだんと気分が落ち着いてきた。

「眠れないのか?」

 僕が顔を横に向けると、ジンが僕と同じように油布を被せ、両手を組んで枕にしながら同じように空を眺めていた。

「いや、不思議な夢を見ただけだよ。ジンこそ眠れないの?」

「俺は今晩は眠らない。どうせ寝ても、また悪夢か゜俺をたたき起こすからな・・・」

 諦めにもとれる様子で、ジンつぶやいた。

 しばらく僕らは無言でいたけれど、ふと気づいた。僕はさっきから右手になにを握っているんだろう。油布からゆっくりと右腕を取り出す。それは細長く、重量感のある何かだった。

 それを取り出して見た瞬間、ぼくは自分でも驚くくらいな声を上げて驚いた。ジンもそれを見て、目を丸くしている。

 それは星空の光をきらきらと浴びて光る、ティランの剣だった。青い刀身はいつみても素晴らしい模様が彫り込まれ、飾のないつばの部分には、あの時と変わらぬ黒いままの竜玉が暗く渦巻いている。

 僕はさっと上半身を起こし、その剣を膝の上においた。どう見ても間違いない。拾い出した時とは違ってすすや血糊はしっかりと拭き取られ、まるで新品のように美しく磨きあげられている。

 だが荷物の中に剣などなかったし、第一寝る前に剣を持って寝床に入るわけがない。まるで、夢で持っていたものをそのまま持ってきてしまったかのようだ。

 困惑したままジンを見ると、彼も状態を起こし、そして僕の持つ剣を神妙な表情で眺めている。それは、この剣を他の騎士に渡すときに見せた表情と同じだった。

「僕、これどうしたんだろう・・・」

 ジンはしばらく黙っていたが、やがて息を大きく吸い込んで、言った。

「それは、多分フィード、お前を追ってきたんだ」

「え、僕を?」

「そうだ。お前を新たな主として求めるために。なぁフィード、頼む。その剣を使ってやってほしい」

「え、剣を?剣とか全く振るったことないよ。無理に決まってる」

「いや、頼む。剣術なら俺が教える。それに、それほど上手くなくてもいいんだ。だから、頼む!」

 ジンはなぜか必死だった。僕はその様子に困り、剣を眺めた。底が見えないほどの闇が渦巻く竜玉は、僕に何も言っては来ない。だがもし、この剣の意志で今ここにやってきたのだとしたら、僕が今断るのは酷だなと思った。

「そこまで言うなら、構わないけど・・・」

「そうか、ありがとう―――」

 ジンは小さな声で、安堵ともなんとも言いづらい様子で答えた。その様子を、僕は見覚えがある。

「・・・ティランさんも、そんな顔でこの剣を見ていた」

 ジンは絶句した。僕は慌てて付け加える。

「いや、さっき見た夢の中での話だよ。僕が持つ剣を見ながら、そんな感じの顔をしていた気がするんだよ」

「夢?夢の中でティランに会ったのか?」

「会ったといえるかは分からないんだけど・・・」

 僕は夢の中であったことをジンに話した。ジンは終始無言で剣を凝視していた。

「そうか・・・」

 そう言うと、ジンはほんの少しだけ微笑んだ気がしたけど、この星空の光では確証はなかった。

「フィード。その竜玉に手を当てて、持ち主であることを誓ってくれ」

「え、どうやるの?」

「簡単だ。"我、汝の仮の持ち主であることをここに誓う。我が名はフィード、汝の名を示せ"と唱えるだけでいい。仮の持ち主っていうのは、本当の持ち主はティランだからそうなる。それは変えられないからね」

 僕はうなづいて、竜玉に手を当てた。その瞬間、竜玉のとてつもない冷たさに全身が震えた。なんだろう、この感覚。僕の内に流れる竜の炎が瞬く間に消え失せ、体中が冷水の中のように凍える。

「我、汝の仮の持ち主であることをここに誓う。我が名はフィード。汝の名を―――示せ」

 僕はその瞬間深い深い闇の底に眠る何かが、ゆっくりと頭をもたげるのを感じた。ものすごい勢いで、僕を竜玉へと連れ込む。僕を引っ張る何かがひっそりと僕を認めると、それは何かを吐きかけた。

 それは、氷雪の世界で何も着ずに猛吹雪に呑まれているかのような、そんな衝撃だった。防ぐものが何もない。心がかじかみ、凍傷から血を吹いた。吐いた息を吸うこともできない。吸ってしまえばそれは瞬時に肺を凍らせてしまうだろう。必死にそれに抗う中、そんな世界で声を聞いた。

(―――マーウォルス)

 僕は真っ白で真っ暗闇なこんなところで倒れてはいけないと思いながらも、とうとう耐え切れず意識を失った。


 ひどく大きな唸り声が聞こえる。僕は何かにもたれかかっているようで、その振動は僕の背中から体全体を揺らしていた。

「貴兄があと一刻でも動かねば、お前をこの場で噛み殺してやる」

「おい、大丈夫だって―――目を覚ましたぞ」

 目を開けようとしたが、太陽が眩しい。片手で太陽を被いながら首を上げた。

 見下ろすカンザーがものすごい勢いと形相で僕を認める。と、真上を向いて空に向かって甲高く鳴き、そしてぐりぐりと頭を押し付けてきた。

「よかった。よかった貴兄よ」

「痛い、角が、角が当たる」

 はっと思い当たったかのように、カンザーは頭を離した。弱々しく喉を鳴らす。我を忘れていたことを恥じてるのだろうか?

「よかったフィード。こいつが―――」

 ジンは僕とカンザーからはすこし距離をあけていた。だが近づこうとしたとたん、竜は彼に威嚇の声を上げた。ジンは困り顔だ。

「フィード、なんとか言ってくれよ」

「カンザー、別に彼が悪かったわけじゃないよ。僕がちょっと力不足だっただけで」

「事は大体知っている。奴のせいで貴兄は死にかけた。命に炎を噴きかけねば、刹那でも遅れていれば、吹き消えていたかもしれぬ」

「だけど実際は助かったんだよ。ありがとうカンザー。だからもう怒らないで」

カンザーは僕をじっと見つめた。吸い込まれそうに渦巻く青い瞳が、僕の心を見透かしているようだ。僕は、僕の今の気持ちがしっかりと伝わるように、その渦に心を開いた。

 時間が止まったかのようなほどの後、カンザーはゆっくりとため息をつくとその頭を前足に乗せた。

「貴兄が許すのならば、私も許そう」

 その言葉に、今度はジンがため息をついた。カンザーの様子をおっかなびっくり疑いながら、ゆっくりと僕に近づき、そして尻尾を挟んで僕の前に座り込んだ。

「本当にすまなかった。まさかあそこまで剣の悲しみが深いなんて、思わなかったんだ」

「私がその悲しみを味わうところだった」

 横槍を入れるカンザーを僕は撫でて鎮めた。

「でも、あの剣は僕になにを期待しているんだろう。どうして僕を選んだのかな。やっぱり竜の血が流れてるから?」

「り、竜の血だって?」

 ジンはひどく驚いた様子だ。そして次の瞬間には好奇心の目に変わった。

「じゃあやっぱりフィードは竜の化身なのか?それとも生まれ変わり?竜の子とか?」

「いや、僕は人間だよ。死にかけた僕をカンザーが自分の血を使って救ってくれたんだ」

「へー。知らなかった。じゃあ体のすごい傷跡はその時のだったんだな。教えてくれても良かったのに」

 ジンは腕を組んで、あえて不機嫌さを表しているようだ。

「話す時間なんてなかったじゃないか。それに、今話したんだからいいでしょ」

「まぁ、そうだね。そうだ、体のほうは大丈夫?立ち上がれるか?」

 僕はカンザーの胴にてをかけ、試しにゆっくりと立ち上がってみた。疲労感といったものは全くない。体を巡る炎も生きづいてるし、痛いところも全くなかった。軽く体を伸ばし、全快であることを体感した。

「よかった。実はもう昼なんだよ。荷物は全部支度できてるから、すぐに出発しよう」

「うん、急がないと。時間倍率の大きいエリアで休んでよかった。ロスをその分少なくできたよ」

「そうだな。よし、俺はもう行くぜ。どうせすぐ追いつかれちまうんだ。先行して時間を稼がないとな」

 そう言うと、ジンはさっと馬に乗り全速力で走りだして行ってしまった。

 僕も慌ててカンザーに乗り、荷物と鞍の点検をしてから、空へと舞い上がった。円を描きながら高度を上げ、地面はどんどんと遠ざかり、カンザーはジンの走る方角へと頭を向けた。

 そこで僕は気づいた。もしかして僕はジンに、質問をはぐらかされてしまったのではないだろうか、と。


さらさらと流れていく川から夕日をすくい、汗だらけの顔を洗った。ひどい疲労感を心地良い冷たさの水が癒す。僕はブーツと足巻を脱ぎ、足をつけて岸に座り込んだ。

 時の街ベルタウンを抜けて、もう一週間が経とうとしていた。無色の谷から流れてくる冷気は次第に薄れ、今は野草が石の間から顔を覘かせる程度には暖かくなった。しかし未だに夜薄着できるほどではない。これから太陽の暖かみはなくなり、ぐっと気温が下がる。この気温差では体調を崩しそうだ。

 僕は方時計を川のショルダーから取り出し、時刻を見た。この土地は午前5時、僕らの時刻は現在正午をすぎたところだ。時間倍率は1.3倍ほど。よい傾向だ。僕らのほうが時間の余裕がある。逆を言えば、多少遠回りでも低倍率の井戸には囚われたくない。旅人はタイムロスの感覚が違うと痛感していた。

 僕は時間倍率の傾斜と揺れ動く様子を逐一観察しては、地図は手帳に記録していた。それによると、時間倍率は闇雲に上下するものではなく、ある一定の山と谷を持っており、規則性はないが、観察する傾斜からある程度の山場と谷場の方角を予測することができるようだった。これは今までまっすぐ直線に飛んできたから分かったことであり、普段は蛇行する商隊ルートを通る人たちには予測は難しいだろう。

 この川は本来、距離的な最短で進めばぶつかることのない川だった。だが、もし最短で進んでいれば、最大で0.4倍の時間倍率の谷とかちあうことになると、僕は予想した。迂回することで伸びる距離を無視すれば、2.5倍の山を通らなければロスを打ち消せない。勘にすぎないが0.4倍という大きな谷の幅を考えると、最短ルートで到着するまでにそのような山に出会えるとは思えなかった。

 それに比べ、この迂回ルートは最低でも常に1倍以上をキープできる。飛んできた方向には暗闇の渓谷があるため、この方角への商隊ルートはなかったが、もしその方向へ道が必要なら、ここに道を作るのが最適だろう。

 だが到着の時間が早まるとはいえ、それは世界から見た話であって、僕らが遠回りをしていることに変わりはない。そのため、実感として旅は長引いていた。

「おーいフィード。もう休憩はいいだろ。もう稽古始めようぜ」

 その声に、僕は少しだけ嘆息してから、体を持ち上げた。

 ティランさんの斬幻剣、マーウォルスを手にして三日。合間を見てはジンは僕に稽古をつけた。とはいっても、あの重さの剣を突然振るうのはとてもじゃないが僕には無理だった。そこでまずは体力づくりから入ることになり、疲れはてた体を今休めていたところだった。

「さすがにもうきついよ。もう少し休ませてくれてもいいのに」

「まぁまぁそう愚痴るなって。きついのは今のうちだけさ。それに、今日はもう筋トレはしないから安心しろよ」

 そう言いながらも、ジンは僕にそこらから拾った枝から作った棒を渡した。やる気は満々のようだ。

「分かったよ。もう少し頑張る」

「よし、その意気だ」

 僕は構え方から始まって、足捌きから体捌き、しいては基本的な型としての流れを一つ一つ練習していった。僕はこの基本的な動きを学ぶことは好きになれた。敵の動きや体のつくりを想像しながら、位置や重心を考慮して、常に隙のない流れを作り、敵の急所を狙ってゆく。とても長い間に考察され、洗練され続けたその動きに僕は感動していた。

 ジンが言うには、多くの場合相手にするのは人間ではなく魔獣や幻獣なのだから、型は剣術を知るステップに過ぎず、結局は気合と力勝負なのだと主張した。でも僕にはそうは思えなかった。どんな存在にも必ずあるだろう急所を狙い、無駄無く一撃必殺で倒すほうが性にあっている。そういう点で、騎士団の剣術には多くの学ぶところがあった。ジンが知る型の動きというものには、見え隠れする知識と知恵がふんだんに込められているのだ。

 すっかり手元が見えなくなってからも、カンザーが焚いた焚き火の下で僕の稽古は続いた。夜からは体を動かすのではなく、焚き火の熱に座って当たりながら、地面に型の流れを描き、時には手振りで剣の流れを示し、たまに立ち上がっては棒を振るった。

「貴兄よ。そろそろ出発したほうがよいのではないか」

 カンザーのその言葉に僕らは我に返り、僕は方時計を見た。予定を二時間近くオーバーしていた。白熱しすぎて時間を忘れてしまっていたのだ。

「ごめんカンザー。すぐに出発しよう」

 ため息を漏らすカンザーを撫でながら、僕は川の下流を眺めた。この川に沿って進めば、あと数日で目的地に着くだろう。僕は不思議な高揚感を感じながら、荷物を積み込む作業に入った。

お疲れ様でした。

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