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時の街-8

長かったこの街も終わりですね。例のごとく投稿後に添削を行います。

「なるほど、それでこうなったわけか」

カンザーは不機嫌そうに僕に答えた。もちろん『不機嫌』というのは僕の想像だけど。

バルシュタット隊長の指示は早かった。僕がテントを出てまっすぐにカンザーの元に向かったというのに、それよりも早く伝令は伝わり、僕が中央広場に来たときにはカンザーの回りで、僕らの旅の準備が騎士たちの手で行われているところだった。事情を知らないカンザーはその中心で黙って寝転んでいたわけだ。

「勝手に予定を決めてしまってごめんカンザー。」

「いや、私の示陸士よ。急を要することだったのだろう。貴兄が進みたいと願うのならば、私の羽はそこへ向くだろう」

「ありがとうカンザー」

そう言って笑いかける僕に、カンザーは深いため息で答えた。

それにしても、こうやって旅の準備をしてもらうのは二度目だ。流石に気が引けるので、僕も準備のほうを手伝うことにした。

荷物は、ひと月分はありそうな携帯食料と水。薄手のコートから厚手の防寒着まで全季節に対応した衣類。仮設駐在所で使っていたテントになるとても広い布など、子供の村テフヌトで用意してもらった荷物も合わせればかなりの量だ。流石にこれだけの量を載せることはできないと僕が言うと、騎士の人たちは笑った。

「馬に人間とこの荷物両方載せて走れるんだよ。まぁ見てなさい」

そう言って荷物に手を付けると、驚くべきことにあれだけ大量に広がっていた荷物はあっという間に背嚢に圧縮されてしまった。聞いてみると、僕の荷物を準備してくれたのは騎士団の中でも順次別の街へと移動してゆく非常駐隊で、彼らは旅をするうえでどのように荷物を持ち合わせるかについてとても詳しかった。

「本当ならば私たちが魔法都市に向かうべきなのだが、今この街は人手不足なのだ。君たちに託すしかないと思うと、悔やまれるよ」

これほど屈強な彼らに、いや、僕はこの街の人たちに託されたんだ。この街の存亡にも関わる大事に。僕は感じる責任に声が出ず、ただ頷くしかなかった。

「我らが受けたのだ。これ以上確実に届く文もあるまい」

答えられない僕の代わりにカンザーがそう答えると、騎士は肩を落として頷き、準備を進め始めた。

そうやって、荷物の管理法や旅の諸注意を聞きながら、夕方ごろにはほとんどの準備が終わってしまった。僕としては、まだジンのことなどが心配で、今すぐ街を離れるということは少し後悔していたけど、そうも言っていられないことも分かっていた。誰も言わないけれど、カンザーがここに居続けることも、神経質になっている今のこの人たちにはよくないことだろう。

僕の噂を聞きつけてか人々が集まり始める頃、バルシュタットさんがやってきた。夕日に照らされた顔のしわの影が、この襲撃のすべてを語っているような、そんな感じがした。

「準備のほうはいいかね」

「はい、大丈夫です。こんなにいろいろ準備してもらって、ありがとうございます」

「いや、君には生きてもらわねばならないのでな。当然のことだよ」

そこでバルシュタットさんが一瞬だけ僕から目線をカンザーに移し、そして僕に聞いた。

「もう一つだけ頼みたいことがあるのだ、聞いてくれるかね?」

ずいぶん緊張した面持ちだ。僕は少し身構えながらも肯定すると、バルシュタットさんは目で部下に合図した。

 集まっている人たちからざわめきが聞こえる。その方向を向くと、人々を割って彼は連れられて来た。

 二人の騎士に両腕を抱えられながらもやってきたのは、なんとジンだった。見た目はよれよれで、とても一人で歩けているようには見えない。目線は誰を映しているでもないようだ。

「こいつも君と一緒に連れて行ってもらいたいのだ」

 バルシュタットさんの突然の物言いに、『えっ』という驚愕の声を、僕とジン、同時に発した。

「君を信頼していないわけではない。だが、君ひとりで行くよりは、騎士団のだれか一人を連れて行ったほうが信用もあるだろう」

「い・・・いやだ!俺は行きたくなんてない!!」

 ジンは突然暴れだし、逃れようとするがどうにもならない。

「俺は・・・俺はもう誰にも関わりたくない。もういやだ、やめてくれ。いっそのこと―――俺を、俺を殺してくれ!」

 僕は、ここまで人は変わってしまうのか、という悲しみと、今の暴れる姿に対する恐怖を感じられずにはいられなかった。

僕はその時、もう一つ嫌な予感を感じた。はっとして横を向くと、カンザーが赤い眼をして怒りの形相をしている・・・まずい。

「ジン、あれは君のせいなんかじゃないんだ。それに、今はつらくてもきっと乗り越えていける。僕だってまだ乗り越える最中だけど―――だからそんなこと言わずに頑張ろうよ」

 それは、表面的に言っているわけではなかった。僕だって、乗り越えられたものなのだから。

「うるさい、お前らの知り合いだって家族だって、俺が殺したんだぞ!心の底では死ねって言っているんだろ。だったら早く俺を殺せよ。もうこんな記憶たくさんだ」

 ジンは僕の言葉なんか聞いてもいないようで、鬼のような形相で叫びわめいた。

「汝よ」

 カンザーが、低く、ゆっくりと口を開いた。それだけで、ジン以外のすべての人のざわめきが、さっとおさまってゆく。あまり表情の入っていない声だが、なぜか空気がピリッと緊張して、それが伝導してゆく。

「汝は自らの生をなげうってその存在を現世から消し去りたいというのだな?」

「ああ、そうだよ!今すぐにでも―――」

「ならば、今すぐにでもお前を殺してやろう」

 僕の静止の声を聞く前に、カンザーはジンの首根っこにものすごい勢いで噛みつき、そのまま翼を羽ばたかせて舞い上がった。

「だめだカンザー!」

 吹き降ろす突風に人々や荷物は押し倒され、僕の叫びは多くの悲鳴や鳴き声でかき消された。

 カンザーは、一滴の血も残さずに、一瞬でジンを空へと連れ去ってしまった。


 轟々とした音が、辺りを包んでいた。ものすごい風が、俺の体を突き抜けてゆき、着ている白服が音を立ててなびいて体を叩いている。

 ゆっくりと目を開けると、住み慣れたベルタウンの街並みが、まるでミニチュアのように小さく見え、その周りに広がる広大な平原にちょこんと乗っかっているように見えた。

「ここは空の上、遥か世界すべてを見下ろせる絶対な自由の域だ」

 首元がぎざぎざしたものに挟まれて痛いが、怪我はしていないようだ。その声の主は、このぎざぎざした存在・・・つまり、竜か。そういえば、一瞬前まで竜と話していたっけ?あれは幻覚じゃなかったのか。

「俺を、殺すつもりじゃないのか」

「無論、殺すつもりだ」

 俺は雲を突き抜け、すでに眼下に雲が広がる世界へとやってきてしまっていた。気温はどんどん下がり、肌寒いどころではない。ひどい耳鳴りと頭痛がしてくる。

 だが、そんなこと気にならないほどに、空は美しかった。空の上はここまで浄化された世界だったのか。俺の住む街はあまりにも小さかった。世界はこんなにも広かったのか。いや、あの空と地面の境目の向こうには、まだまだここよりずっと広い世界が広がっているに違いない。

「礼は聞かぬぞ少年よ。この世界で死ねることを光栄に思うがいい」

 その言葉とともに俺は前触れもなく天空に投げ出された。空を飛ぶ竜との距離はあっという間に離れてゆき、ものすごい風を下から受けた。

 そこに重力というものはなかった。それはたしかに落ちてはいるのだろうが、それを確認する対象が存在しない。俺は今、空を飛んでいるような錯覚を覚えた。

 そこには何もなかった。俺の住む街も、人も、剣も、何もなかった。あるのは―――そう、世界だけだ。俺は今、世界を体いっぱいで受け止めているんだ。

 そして次の瞬間、俺は死を予感した。はるかなる天空からの墜落。まるでどこかの神話に出てくる存在みたいに、あと数分もすればあの平らな地に落ちるのだろう。

 そうすれば死ねるのか・・・。でも俺は死んだらどこへ行くんだろう。きっとあれほどの人を殺したのだから地獄なのだろうな。

 俺は、昨日の夜のことを思い出した。だけど、今はどうだろうか。倉庫の中にいたときはあんなに怖かったのに、今は普通の記憶として、しっかりと思い出すことができる。たしかに恐ろしいことではあったけど、今の自分なら、なぜかそれをしっかりと受け止めることができた。それが自分が経験した事実なのだと、強く。

 そして、そのあとに思い出されたのは、父の姿。物心ついた時から、俺の父親はあの人一人だった。今時じゃ捨て子なんてそう珍しくもないのに、父さんは俺をすぐに拾ってくれたっけ。育ててもらったこと、今までは当然のことだったのに、今はすごく大変なことだったんだって分かる。お礼も言えずに死ぬのか、俺。

 俺と共に進んだ、騎士団の面々、厳しかったけど笑いかけてくれた街の人々、俺の剣となった知竜。

 ああ、俺はなんて狭い世界で生きていて、なんて狭いことで挫けてたんだろう。それをこんな死ぬ間際に理解するなんて、遅すぎた。

 地面が近づいてくる。雲を突き抜け、俺は地に還るだろう。地に帰ったら、もう晩飯は何なんだろうかとか、そういうのも考えられないんだ。くそ、なんて損なんだ。

 刻々と無情に近づいてくる地面に、自然と涙が溢れてきたけど、これは悔しさからだろう。いや、あまりの強風に目が痛いからに違いない。うん、そういうことにしておこう―――

 俺が必至に目をぬぐっていると、その空の向こうで青い何かがにじんで見えた。

 それは落ち続ける俺の速度よりもそれよりも早く落ちてきた。いや、もちろんそれはものすごい衝撃を発しながら飛んでいたのだ。

 羽を広げた空の覇王は、俺の横にぴたりと横付けると、蒼い瞳でじっと俺を睨んだ。それだけで俺は分かった。俺にまだ問うているということに。俺に迷いなんてもうなかった。

「俺は生きたい!」

 その言葉ににやりとしたかのように竜は口を開くと、少し減速しながらくるりと体を反転させ、俺の来ていたシャツの襟首を器用に掴み取った。

 青い草原で塗られた地面はすぐそこだった。竜はおもいっきり襟首をひっぱり、俺はそれで窒息死なんていう残念な死に方を経験するところだった。

 俺の感覚ではもう減速は間に合わないと感じたのだが、さすがに竜の目測は完璧のようで、俺が地面に達するころには、草原の葉は円状になびき、俺は無事に空から帰還したのだった。


 正直、あの騒ぎの中だって、カンザーは僕の声をしっかりと聴き分けていたはずだ。

 だからこそ不安になった。不安にはなったけど、俺はその不安を振り払った。俺はカンザーを信じているんだ。だから、あの死の谷みたいな失敗はしない。カンザーならきっと、何か考えがあってジンを連れて行ったに違いない。

「バルシュタットさん、大丈夫です。彼は無事に帰ってきますよ」

 僕は、周りのだれよりも険しい表情をして空を仰いでいたバルシュタットさんに、冷静に話しかけた。

「―――君には分かるのかね」

「はい、分かります。だから安心してください」

 僕は、その怪訝な表情の奥にある想いを感じ取っていた。一番心配しているのはやはりこの人なのだ。

 僕がそんな確信に似た表情をしていたのか、僕の顔をしばらく見たバルシュタットさんは小さく頷き、部下や人々に大声で話しだす。

「皆、ジンは大丈夫だ。これは竜の試練なのだよ。心配せずに、今は乗り越えられることを祈ろう」

 その言葉に部下はすぐに納得いてゆき、やがてその空気は人々に広がっていった。

「見ろよ!あれ」

 騎士団の誰かが叫ぶ。その言葉に空を見ると、カンザーが空をほぼ垂直に舞い降りているのが見えた。でもジンの姿が見えない・・・。よく目を凝らすと、なんとジンがカンザーのさらに下で落下しているのが見えた。僕とぞっとした。

 街の外に落ちる。その言葉で、騎士団と僕はすぐに城門へと走り出した。数人は街の人が外に出ないように止めるよう回る。

 バルシュタット隊長が一番に大門に到着すると、剣を引き抜いて扉を叩く。大門が内側にゆっくり開いてゆくのを、自力ではなんの足しにもならないのに、両手でこじ開け、外に飛び出していった。

 僕が息をあげながら城門に到着した時には、そこは人でごったがえしていた。

 人々の間を押し進み、必死でバリケードを作っている門番の騎士の人に通してもらって外に出ると、門の内側のあの騒がしさなど嘘のように、そこは静まり返っていた。いや、それは何事もない自然な状態だったけれど、僕の耳が街の活気に慣れていたからだろう。

 平原をさらさらと風が流れ、僕の鼻に、甘い草の匂いを運ぶ。数日ぶりの、文明物もない、人間も存在しない世界は、不思議な新鮮さを持っていた。

 僕がカンザーを遠目で見つけた時、二人はちょうど空から降りるところで、地面に降り立ったジンは、バルシュタットさんと何かを話しているようだった。

カンザーはすでに僕の存在に気付いているようで、じっとこちらを見ている。僕はまずどう怒ろうかずっと考えながら歩いていたけど、あの様子じゃあ反省しているだろうと思った。だから、着陸地に着いた時に「すまなかった、貴兄よ」というその一言で許すことにした。なぜなら、ジンの背中はびんと張り、目線もしっかりとして、まるで数分前とは全くの別人だったからだ。

「フィード、ごめん。俺くよくよしすぎてた」

「いや、いいんだ。それより、大丈夫だった?本当に無事でよかったよ」

 ジンの苦笑いに、僕は大体察した。無事と呼ぶにはすれすれの状態だったようだ。

「隊長から聞いたよ。こいつ、お前の相棒なのか。すげぇ奴だったんだな」

 そういいながらカンザーの首を馬に触れるかのように撫でるジン。

「うん、とはいってもまだ駆け出しで・・・そうだ」

「ああ、分かってる。お前と一緒に行けっていう話だよな。俺も行くよ」

 ジンはふと空を仰いで、地平線をじっと眺めていた。


お疲れ様でした。

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