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時の街-7

章のメンテナンスに追われる私。


110406-修正

150213-添削

僕の行動は、果たして最善だったんだろうか。大切な人を亡くした痛み。変わってしまった自分への恐怖。数々の傷跡。僕はその痛みを知っている。僕のいた村だってそうだったのだから。

 震えるほどの不安が僕を襲っていた。僕はこの街に深く関わり、どのような道のりがあったにしろ、その行動の結果が今この状況なんだ。これからこの街の人たちはどうなるのだろう?対立?暴動?これだけの痛みを受けてなお、これからさらなる問題が広がっていくことは、容易に想像できてしまった。

 ずっしりと、重い。僕の心にのしかかる暗い何かが、僕の手を、足をすくませ、震わせた。現実から目を逸らしたくなる。もういい。もうこの街から、すぐにでも立ち去りたかった。それで僕の責任も不安も決して拭えないとわかっていたとしても―――。

「―――フィード!」

僕がはっとして振り返ると、フェンさんが僕と同じくらいにびっくりしていた。あれだけの怪我をしたというのに、いまだしっかりと仕事をこなしているのに驚いた。とても動ける怪我ではないはずだが・・・。

 ぼっとして歩いていたので気付かなかったが、ここはカンザーのいる広場へと向かう道の途中のようだった。

「どうしたんだ。さっきから何度も呼んでいたんだぞ」

「す、すみません。ぼーっとしてました・・・」

 フェンさんは僕の顔を見るなり、真顔になって、そして僕に目線の高さを合わせるようにしゃがんだ。

「フィード、気持ちが沈むのも分かる。大抵の騎士は、死線を潜り抜けたり仲間が死んでしまったあと、そんなふうに心が沈んでしまう。そうやって『ツブ』れた奴らを俺は何人も見てきた」

 フェンさんは一度下に目線を外し、ゆっくり息を吐いた。

「だけど、気をしっかり持つんだ。いたたまれなくなったら叫べばいい。泣けばいいんだ。足掻いて目を背けずに、自分の体験したことを握りしめていくしかないんだよ」

 強い意志を持った目が、僕の心にしっかりと語りかけてきていた。そしてその意味を理解した途端、まるで気がつかなかった僕の心の留め具は外れ―――いろいろな感情がごちゃごちゃになって、わけが分からなくなった。僕の瞳は涙でいっぱいになり、あふれ出そうになったが、僕は息を止めてそれを必死で抑えつけ、手で涙を擦り取った。

「―――大丈夫です。僕はまだやれます」

 僕はカンザーに絶望の淵から救ってもらった。だから僕がまたダメになっても、きっと彼がなんとかしてくれる。僕にはまだ、心の支えがあるんだ。立ち止まってなるものか。

 そんな心境が顔に出てたのか、フェンさんは小さく頷き、そして呟いた。

「君は強いな―――私も折れずに頑張らなければ」


 フェンさんが僕を呼び止めたのは、バルシュタット隊長が僕に用事があることを伝えるためだった。

 僕がフェンさんに連れられて来たのは、元駐在所があった場所だった。木製の建物はほとんどが燃え尽き、黒い炭と化していた。それでも燃え残った建物に布を斜めに伸ばし、広めのテント群として作られた仮設所は、救護スペースなどさまざまなものが詰め込まれていて、職種問わず多くの人が出入りしているようだった。

 煤けた匂いが残るテントの中は医療品や武具、その他駐在所で燃え残ったあらゆる荷物が無作為に所狭しと積まれており、医師などが救護活動に追われていて、うめき声や子供の鳴き声がそこらから聞こえてくる。

 テント群の一番奥のテントの中に入る。端が少しだけ炭化している机が置かれており、そこでバルシュタット隊長がじっと机に置かれた書類や図を睨んでいる。黒い生地に金色の装飾をした見慣れない格好をしている。流石にこの大怪我では鎧は着られないためだろう。騎士団の正装のようなものだろうか。右腕以外の包帯は見た目ではわからないが、青白い顔、滴っている冷や汗を見ても、この人も大分無理をしていることはよくわかる。普通の人なら今頃高熱でうなされて、とてもじゃないが立っていられないはずだ。

「隊長、フィードを連れてきました」

「ご苦労、君はすぐ作業に戻れ」

 目を離さず命令するバルシュタット隊長に、フェンさんはすぐに肯定し、テントを出て行った。

「すまない。こんな時だというのに」

「あ、いえ。大丈夫です」

 出て行ったフェンさんを目で追ってると、バルシュタット隊長も出ていく彼を見て嘆息した。

「分かっている。無理をさせていることは、な。だが今は奴に仕事をさせるのが一番なのだ。ああ見えて、もうかなり追いつめられておるからな。今は動いて気を紛らわせる時間が必要だ」

 出て行くフェンさんの背中を見つめながら、もしかしてさっき会った時僕に言い聞かせてくれはあの言葉は、フェンさん本人が自分に言い聞かせるための言葉でもあったのかもしれないと思った。

 それにしても バルシュタット隊長もたいがいである。他人を心配する前に自分の心配をしてほしいと僕は心の底から思ったが、口には出せなかった。

「さて、こちらの話をしよう」

 僕が机に目を落とすと、広げているのは地図だった。それは前に見かけたような周辺地図ではなく、もっと広域の、セオが前にくれた世界地図に似ていた。

隊長は僕と自分の分のコップを取り出し、僕に水を手渡した。

「こんな非常時になんなのだが―――いや、この非常時だからこそ、君に頼みたいことがあるのだ」

「なんでしょうか?」

突然の物言いに、僕は少し戸惑った。僕としては、人にものを頼むよりは命令する印象のほうが強かったため、頼みというのは少し違和感を覚えた。

「君は、昨日の幻獣についてどう思う?」

「どうって言われましても、僕は幻獣には詳しくないですから・・・」

 僕の困り顔に、隊長は苦笑いで答えた。

「騎士たる我らだ。敵となる幻獣については誰よりも多く知識を持っているつもりだ。だがそれでも、昨日の幻獣についてはまったくもって不明だった。」

隊長はため息をつき、水を一口飲む。僕もつられて水を飲んだ。気づいていなかったが喉はからからだったようで、おいしく感じた。

「街の対幻効果が効かない。目に見えない。人を操る、変貌させる。どれをとっても異質だ。そう、まるで幻獣でなく魔法のような・・・」

「魔法?」

「そうだ。君が首謀だとは私は思っていないが、フェンの言っていたことも当たらずとも遠からずかもしれない。つまりこの襲撃は、人間が何かしらの意図をもって仕組んだものなのではないか、とね」

 僕は驚きで目が丸になった。

「そんな!こんなひどいこと、誰がやったのです!?」

「いや、これはあくまでも予測にすぎない。我々はあまりにも情報が不足している。他の街でも同じことが起きているのか、この街で再び発生するのか。それさえも理解できないのだ」

 そう言うと、バルシュタット隊長は机の上に置いてあった一通の手紙を、僕に差し出した。受け取って見てみると、表には隊長の名前とサイン、それから証明印が押されている。裏返すと、魔法都市ミーミスブルン常駐騎士団団長ジーク=ナイト宛と書かれている。

「これは・・・」

「それが今回の頼みなのだ。君の次の目的地は、鳥の城ウィンドフォウル、でよかったかな?」

「え、はい。多分そこへ向かうことになると思います」

すると、隊長は左手で地図を指差した。

「ここがベルタウンだ。ここから風下方向に進んだ先にあるのが、鳥の城ウィンドフォウルだ」

銀の槍を中心に回る風、それに沿ってずいぶん離れた風下の位置に、その表記はあった。

「そしてベルタウンと鳥の城の間にあるのが、魔法都市ミーミスブルンだ。」

隊長の指が動く。

「その手紙には、私の署名と、この街に起きた出来事や、幻獣の特徴などが細かく書かれている。それをこの魔法都市ミーミスブルンにいるジーク団長に届けてほしいのだ。ミーミスブルンは、その名の通り魔法の研究が大変進んでいる場所だ。そこならこの街で起きた出来事について何かわかるかもしれないし、あるいは獣と化した者たちを戻す術もあるかもしれない」

 獣と化した者を戻す術・・・それはもしかしたら、カンザーを人に戻すこともできるかもしれないということ・・・?僕ははっとした。

「鳥の城の途中にある魔法都市ミーミスブルンに寄って、手紙を届ければいいのですね?」

「そうだ。これは急を要する。馬よりなにより、竜の羽のほうが何倍も速く到着するのでな」

そういいながら、隊長はベルタウンとミーミスブルンの間を分断する、黒い線を示した。

「ここは闇暗の渓谷。触れたものを波紋一つ発さずに溶かしてしまう黒の酸液で満たされた谷だ。我々がミーミスブルンへと向かう場合、この渓谷が邪魔をするために、渓谷を大回りで回避する必要がある」

指が黒い線を避けて進む。

「しかし、竜なら別だ。竜ならこの渓谷をまっすぐに抜けることができる」

指が黒い線を突き抜け、ミーミスブルンへと達した。

「どうだろう。引き受けてはくれないか?」

僕一人で決めるのもどうかとは思った。けどカンザーならきっと快く認めてくれるだろう。どちらにしろ、途中の街ならば立ち寄ることは間違いないのだ。僕は重い役割を受けることをひしひしと感じながら答えた。

「分かりました。届けます」

 バルシュタット隊長は、そこで目を輝かせて笑った。ああ、ジンそっくりの笑顔だ。

「ありがとう」

お疲れ様でした。

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