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時の街-6

110405 物語修正のため一部変更

150207 添削

  やはりジンは強い。

 どれほどに攻めていっても受け流し、必殺の一撃を与えようとしてくる。鎧の継ぎ目や喉などを狙って。

 多分見えるのはごく一部だろうが、先ほどから白い幻獣の姿が見えない。突如現れた竜に助けられた、あの少年が何かしてくれているのか。

 いや、今はそんなことを考えている暇は無い。ジンは鎧を着ていないというのにほとんど無傷、対して私の鎧は傷だらけだ。斬幻剣は劣化をしない。そうすると、劣化する鎧のほうが弱い。

「ほらほら、ぼけっとしてると死んじゃうよ、隊長?俺、いつの間に隊長よりも強くなったんですかね?」

 そうだ。ジンはいつの間にか私よりも強くなっていた。捨て子であった奴を拾い、私は幼いころから奴を育ててきた。特に剣の訓練をしたわけでもないのに、私をひたすら見て覚え、強くなっていき、そして騎士の試練である竜さえも倒した。いや、奴が出会った竜は、自ら剣になることを名乗り出たという話もあったか・・・。奴は本当に強くなった。

(もう世に悔いは無いというのか。我が主よ)

 私の剣がそう語りかけてくる。そうだな。唯一の悔いは、息子のように育ててきたお前を止めることができなかったことくらいか。

 ジンは私がほんの一瞬気を逸らしてバランスを崩したその瞬間に踏み込み、私の篭手を切りつけた。何度も攻撃され、劣化していた篭手はついに割れ、ジンの剣が私の右腕を切り裂いた。息も途切れるような激痛が走り、私は剣を落としてしまう。すかさずジンの剣が兜の間から喉に入り込み、兜を弾き飛ばした。

「隊長、もう終わりみたいですね」

 ジンの声は、なぜか悲しそうであった。

「ああ――――お前に殺されるなら、本望だな・・・・」

 私はゆっくりと目を閉じた。今までの一生、隊長としての自分、守ってきた人々が、所狭しと心から沸きあがってくる。これが走馬灯というものか。

「それはよかった。じゃあ、さようなら・・・・お父さん――――」

 一瞬、目の前が白くなった。そして聞いたことが無い轟々とした音。私は殺されたのだと思った。痛みは無い。だから数秒して、もう一度目を開けたときには、その光景があの世のものだと思ったのも頷けるだろう。

 少し離れたところに、光り輝く一本の光の矢が、地面に突き刺さっていた。それはまるで、最後の狂気の世界に舞い降りた一本の光の筋。そう思えるほどに美しく、きらきらと輝いていたのだ。

 そして、その声は聞こえた。

『クロノスの鉄槌よ。その力を以って正しき秩序を築き給え』

 その矢が突然強く輝きだし、そしてその矢を中心に、グランの銀の槍さながらに、光の風が街中に吹き荒れた。その瞬間見えたのだ。その風が、ジンの心に蔓延り食らう獣を吹き飛ばし、かき消したのを――――

 光は瞬時に収まり、元の燃え上がる街に戻った。それと同時に、ジンが私によりかかってくる。それを、体が勝手に抱きしめていた。

ジンと同じく、今まで暴れていた者たちがみな意識を失って倒れている。これが奇跡なのだなと、自然と受け止めることができた。

「おいジン。大丈夫か!」

 ジンをゆっくりと揺らす。意外にもすぐにジンは意識を取り戻し、ゆっくりと私の顔を見た。最近は見せなかった子供じみた顔。何も知らないかのような済んだ瞳が私を認めると、強く抱きついて大声で泣き始めた。私はジンを、再び強く抱き返した。


 僕が中央広場に足を着けた時、そこは日常の夜と同じように静かだった。風もない。街を燃やす炎も息を潜め、雲から少しだけ覗いた月の光が、僕ら生者を照らしていた。

 例えば喜びの声というのは、どこまでも響き、轟くものだけど、反対に悲しみの嘆きというのは、実に近くに行かないと聞こえることはない。僕はカンザーに動かないように言うと、とりあえず近くの人からできる限り手当てを始めることにした。誰も何をされても何も言わない。傷を負った人は無言で手当てしている場所を眺め、手当てする人も無表情で作業する。人の中には、亡骸を時計のある穴の中に放り込んでいる人もいた。やがて、僕がそれをじっと見ていると、手当てしていた人が「死んだ人をあの中に入れれば、その人は完全な過去の人になるのさ」と言った。

 僕がしゃがみこんで即席の包帯を巻いていたとき、誰かが僕の背中に触れた。僕はその感触にぞっとし振り返ると、そこにはなんと黒い姿をした獣が、真っ赤になった手で僕に触れていた。声も上げられず固まっていたが、しばらくしても僕を襲う様子はないようだった。その代わりにこう言った。

「ねぇ、僕も治して。僕もテアテすれば直るんだよね?」

 まだ血がこべりついた口から、あの時のあの声でそう聞かれる。僕の矢でも、獣になった人は戻せなかったのか・・・。僕は急に悔しくなって、カンザーと同じように顔を抱き寄せて、震えながら静かに涙を流した。その間も、少年は無垢に僕に聞き続けた。


「すまないけれど、焚き火のために燃やすものを集めたいんだ。手伝ってくれないか」

 そう僕に尋ねてきた人は、なんと茶色の毛並みをした大きな熊・・・いや、熊人がいた。人ではないが、かといって熊でもない。いや、完全な熊なんて見たことはなかったけれど。

僕はもうその時には何がおきても驚く気力がなかった。だから素直に頷いたけれど、もう一つ驚かなかったのは、なんだか見たことのある瞳、懐かしいような、それでいて苦しいような、深い深い目をしていたからだ。体中に怪我をしているようだが、目も覆いたくなるような傷も、血は止まっているようだった。

「君は驚かないんだね。それも都合がいい――――ああ、獣になってしまったものは、自己治癒の力が強いみたいだから・・・動けるものはなんとかしないとね・・・」

 そう淡々と言って、疲れたように笑った。なんだろう、この痛み。

 僕はゆっくりと彼の後についていく。まだ燃えていない家を見つけると、中に入って手分けして良く燃えそうなものを探し始めた。不法侵入だとかもうそんなこと言っていられる状態ではないだろう。中はひどく荒れていて、どうやってつけたのか想像もできない深い切り傷があったり、何か引きずったような血の後が外まで続いていたりと、この惨事の有様を略図で表現している。

 そんな家の中を漁っていると、その沈黙を破るかのように、熊の人は口を開いた。その声は弱いながらも、まるで他人事のように淡々たるものだった。

「――――私はね、この爪で、妻と息子を殺してしまったんだ」

僕の手が止まった。彼は語り続けた。

何一つ忘れてはいない。この姿になったときの嫌に気持ちいい歓喜と、肉と骨を絶つ感触。心はずっと恐怖を叫んでいたのに、それさえも喜ぶ自分。何がなんだか分からなくなって、狂気に身を任せていた。もしかしたら、自分の心の奥底では、そもそもこういう感情があって、いまそれがさらけ出されているだけではないかという錯覚さえ覚えた。

「そうして元に戻ったと時になって、やっと泣くことができた。でも思うんだ、この手を見て。またあの衝動が戻ってくるんじゃないか、獣の姿であれば、あの感情はもう僕の心に染み付いてしまったのではないかって。そうすると、いても立ってもいられないんだ・・・」

「――――どうしてそんな話を僕に・・・」

 そう言いながら僕は振り返ったけれど、彼から返事は返ってこなかった。僕もそれ以上何もいえなかった。大きな逞しい背中が、細かく震えていたから。きっと喋っていなければ何かまた考えてしまうからだろう。嫌なこととか思い出しちゃうからだろう。口に出せば楽になるかもしれない。そう思ったのかもしれない。

「ごめんね。変な話しちゃったよ・・・」

「いえ、いいんですよ」

 熊の人は少しの間じっとしていたけれど、すぐに木々をかき集め始めた。倒れているタンスなども軽々どかしている様子が、なぜか手に入れてしまった獣の力を悪い意味で確認しているかのように思えた。

 そうやって、僕らが燃えるものを持って広場に戻った時、突然僕の背中に何かが当たった。

「いてっ」

 振り返って見ると小石。誰かが僕らに向かって投げたのか。見回してみると、そこには今も泣き出しそうな子供の姿があった。持っていたもう一つの石を投げつけると、今度は熊の人に当たった。

「この、人殺し!」

 僕が怒って何か言おうとする前に、少年は大声で泣きながら走り去ってしまった。僕の肩に熊の手が乗せられる。見上げると、彼は俯いてますます暗い表情をしていた。

「いいんだ・・・ああやって僕に石を投げることで、彼の心が少しでも晴れるならば、僕は石を受け続けるよ」

そう言って、何かに気づいたように熊の人は前を見る。僕も目線を移すと、騒ぎを聞きつけてか、いつのまにか二人に騎士が立ちはだかっていた。二人とも熊の人を真剣な顔で睨んでいる。

「分かってはいるんだが・・・すまない、いっしょに来てくれないか」

 表情の割には、ひどく哀れんだ様子だ。

「・・・はい。覚悟はしていましたから・・・」

 僕の横から前に出る時、僕は気づいた。やっぱり見たことのある目。そう・・・いつだったか。あのときの――――初めて僕がカンザーに会った時の、カンザーの目・・・。いや違う、そのカンザーの目に映る僕の目。生きることをやめた、あの時の僕の目だ。

「死んじゃだめだ!!」

僕は叫んでいた。あの時のカンザーの気持ちが痛いほどに分かる。

 熊の人は、一瞬だけ歩むのを止めたけれど、また歩き出す。僕は最後の「ごめんね」という声が心の奥底にまで響いていた。僕にはもう、できることがなかった。


 焚き火をしているところでは、まばらに人が集まっている。でも、中には火を見るのを怖がって、逆に離れていく人もいた。僕は最後にはすることがなく――――いや、する気力が完全になくなって、自然に焚き火の中でも、騎士団の集まる焚き火に近づいていった。この街の中では一番大変だったのだろう。他の人々に比べ、さらにげっそりした表情をした人たちばかりだ。だがそれでも、対照的に黙々といろいろな作業を行っている人たちもいる。みんな僕を見ては怪我はなかったかとかと、いろいろ心配して声をかけてきてくれた。

「フィードくん、無事だったみたいだね」

 僕が静かなその声は、体中包帯を巻いたフェンさんだった。やつれた表情で、でもまだ意思の炎を消さない瞳で胡坐をかいて座っていた。

「身体のほう、大丈夫ですか?」

「いやはや、今頃になってやっと痛みが襲ってきてね・・・。こんな経験初めてさ」

 少し弱まった威勢で言うと、傷に響かないように乾いた笑い声をあげる。そして、不意に止まって、真剣な目で僕を見た。

「そう、君が何者なのか、まだ聞いていなかったね。君には悪いけれど、この元凶は君にあるのではないかとさえ思っているのだよ」

 突然の物言いに足元をすくわれたような感じになった。

「ぼ、僕がですか?」

「そうだ。話によっては君を――――」

「貴兄を、どうするつもりだ?」

 僕もフェンさんも驚いた。二人の間に割って入るように竜の顔が突き出てきたからだ。いつもと対照的に風も音もなかった。瞬間移動でもしたんじゃないだろうかと思えるほどに、本当にいつの間にか、この巨体はこの焚き火のすぐ横に来ていたのだ。

「カンザー、動かないように言ったじゃないか」

「貴兄にもしものことがあるならば、この燃え残った街は、今度は跡形もない灰になるだろう」

 僕の言葉を無視し、フェンさんを深く睨みつける。竜がいることに周りの人もやっと気づいたのか、小さな叫び声を上げてその場から輪のように逃げ離れた。

 カンザーとフェンさんは、しばらくの間にらみ合っていた。痛い空気がぴんと張っている。今動いたらこの空気がどうにか切れてしまいそうな気がして、僕は息を吸うのもためらった――――だがやがて、動いたのはフェンさんだった。

「・・・参ったな。竜に好かれる人なんて聞いたこともない」

 負けたとばかりに顔を崩すと、フェンさんは今度こそ思いっきり笑った。そして、一瞬後に傷に響いたらしく悲痛の叫びをあげる。それを見て拍子抜けした周りから笑いが洩れた。

「フェン、そういう判断はお前がすることではない」

 その声の先には騒ぎを聞きつけてか、今戻ってきた様子のバルシュタットさんが立っていた。鎧はすでに脱いで代わりにフェンさんのように包帯男だ。特に右腕は何重にも巻かれた包帯から血がしみ出している。背中には、片腕で誰か背負っている。僕にはすくにそれが誰か分かった。

 僕は今の睨み合いもすっかり忘れてバルシュタットさんに駆け寄った。大きな背中の上では、ジンが静かな息を立てて眠っている。見たところたいした怪我はないようだ。服もあの血に染まった服から新しい物になっている。だが身体中についた乾いた血はまだふき取られていないようだった。

「やっと今さっき眠ったところだ。とはいっても、これから見るのは悪夢ばかりだろうがな・・・」

 僕はある時見た夢を思い出して鳥肌がたった。僕はバルシュタットさんに目を移す。

「その傷、ジンがやったんですか?」

「まぁ、避けるのに失敗した程度だ。傷の割にはたいしたことはない。騎士の中には、もう二度と剣を握れぬものもいるからな、それに比べれば・・・」

 バルシュタットさんはジンを火に近い毛布に寝かせると、その横に座り込んだ。やはり疲れているのかいつものような硬い風格はなく、他の騎士と同じような柔らかな感じだ。

「麻酔や薬は重症でないかぎり街の人に回るようにしていてな・・・流石に、私も堪えたよ」

 そう言って、やっと傷に似合うだけの悲痛な顔をした。でも一瞬だけだ。僕に座るように促す。僕が焚き火の近くに座ると、カンザーもその後ろに顔を突き出したまま身体を休めた。バルシュタットさんは僕にカンザーが危害を加えないかと確認した後、周りの人々にも休むように伝えた。まぁ、目はずっと竜に釘付けだったが。

「驚いたな。竜が人を襲わず、人の言うことを聞くとは――――」

 僕はその言葉にカチンときた。

「カンザーは僕の手下でも何でもありません!えっと・・・」

「貴兄はいい相棒だ」

「―――そう、いい相棒」

 カンザーのフォローに感謝する。なんか、相棒っていい響きだ。

「相棒か・・・。まるで私達と剣みたいなものだな」

 そう言って置かれた剣をいとおしそうに撫でるバルシュタットさんの気持ちが、僕にはなんとなく分かった。

「この事態を収束させてくれたのも君たちだ。この街全体を代表してまずは礼を言う」

 そう言って深々と頭を下げるバルシュタットさんに僕はどう反応したらいいのか戸惑った。

「僕は僕のできる範囲でやっただけで・・・結果、うまくいっただけで・・・」

 うまくいった?僕はあの子供や、熊の人のことが頭をよぎり、それを心で反復した。握った手に力が入る。

「あの、獣になった人たちは・・・」

「ああ分かっている。彼らも被害者だ。だがしかし、人々の中にはそう考えられない人も多くてね・・・」

「あの姿じゃあしょうがない・・・。怯える人もいるし、殺そうと叫びまわっている人だっている。そういう人たちに対する対策のために、姿が変わってしまった人は隔離するように隊長は指示を出したんだ」

 フェンさんもあの光景を思い出しているのだろうか、苦い顔をしていた。

「あの白い輩はDNA情報を乱用していた。それを元に戻すのは難しい」

 ああ、たまに出るカンザーのよく分からない言葉だ。

「でぃーねぬえーじょうほう?」

「貴兄には難しい話だ。だが古竜の知識を用いるとは、ただの歪みではない」

 カンザーはそう言うと、ため息のような音を立てた。そこから炎が出てくるのではないかと、周りの人は一瞬びっくりしたようだ。

「よく分からないが、私たちも目に見えずそれも人の心を豹変させ、ましてや相貌までも変えてしまう幻獣など、今までに一度も聞いたことがないし見たこともないのは確かだ」

「人という存在は不可侵なのだ。もし本当に人の中に入れるというのならばそれは禁忌の技。幻が成せる業ではない」

 カンザーはそう言うと、もう話すことはないとでも言うように目を閉じた。彼の意味深な言葉に、誰もが何も言えず、辺りは沈黙する。焚き火の燃える音だけが響いていた。 


 僕ははしゃいだ騒がしい声で目を覚ました。石畳に直で寝たせいか、節々がちょっと痛い。駆けられていた毛布を取って起き上がると、太陽の下に聞こえるのは子供の笑い声だと分かった。

 そしてそれを見て驚いた。カンザーにはたくさんの子供たちが群がっていたのだ。興奮気味に背中に乗ったり尻尾を触ったりして遊んでいる。

「すごいや!僕竜なんて見るの初めて!」

「竜って怖くて恐ろしいものなんだよね。本当はもっと怖いの?」

「ねぇ、火を吹いてよ、火。それから僕、一緒に空を飛んでみたい!竜は空に手が届くんだよね」

僕は一瞬ひやっとしたが、意外なことにカンザーは特に気にしている様子もなくその遊び相手になっている。子供たちの要望に答えて頭に乗せてあげたり、空に向かって火を吹いて見せたりと、なんだが上機嫌だ。

 カンザーから少し離れたところでは、親であろうか、大人たちが対照的に心配そうな顔をしてそれを見ている。僕は急いで起き上がると、青い竜のところへ向かった。

「カンザー、なんかみんな心配してるみたいだしさ・・・。あんましそういうことはやんないほうがいいんじゃない?」

「分かっている。だが例えば、彼らが私から目を離せば、彼らはこの荒野を見ることになるだろう」

 そう言いながらも、カンザーは近くに来た子供に口を開けて見せた。そうか。カンザーだってこの子供たちが嘆くところを見たくないんだ。彼は姿に合わずずっとやさしいんだ。

「・・・貴兄と会ったときの心の鼓動ばかりが聞こえる。永遠は無理だが、目を逸らせる手段を、私に作らせてくれ」

 なんだろうか。カンザー、前よりも、やっぱり少し変わった?僕はきらきら輝く青色の宝石を見つめながら、なんとなく感じた。

僕は穏やかな思いに包まれながら頷いた。

もうほとんど消えた焚き火の傍にいたのは僕だけだった。すでに騎士団の人たちは街の修繕作業や食事や物資の手配、警備などで走り回っていて、僕が思ったよりもずっと街は活気だっていた。いや、妙に明るい。まるで上塗りされた白のように。自然の活気ではないような気がしてならないのは、僕の思いと雰囲気がずれているからだろうか。

僕は手伝えることはないか、そしてジンは今どころにいるのか聞こうと歩き回っていた時、突如、何か暗い闇が這いよるような感覚に見舞われた。気温はそれほど低くない。太陽から降り注ぐ熱を肌でよく感じることができる。それなのに、僕はまるで極地に裸で突っ立っているかのような衝撃だ。

 それは僕が立っている通りのさらに向こうから流れてきているとなぜか分かった。近づくのはな違いなく良くないと、直感がそう告げていた。なのに、僕の足はなぜか、自然とそちらに向いていた。その冷気の中に、かすかに自分の知る何かを感じる。そのよくわからない何かに、僕は誘われていた。

 太陽の陰る裏路地に勇気を出して入り、ゆっくりとだが確実にその"気配"に近づいてゆく。それに比例して、僕の不安はじわりと体中に広がってゆく。すぐ隣にカンザーがいてくれたらと強く感じた。

 裏通りを抜け、広い通りに出た。ここは木造の建物が多く存在する場所らしく、火事のひどさが際立っていた。いまだ黒く炭化した残骸から煙がくすぶっており、緩やかな風とともに空に舞い上がっている。

 僕を引き寄せたそれは、その残骸の下にあるようだった。今にも崩れそうな木材をなんとか上り、感覚の導くままに柱を持ち上げ、潰れたタンスをおしやり、まだ熱の残るすすや残骸を蹴り払って、やっとそれを見つけた。

 それは、訓練の時にジンと決闘をし、そして夜、僕を襲ったあのティランさんの剣だった。青白い剣は気高さを失い黒く汚れ、まるで残骸の一部と化そうとしていた。竜玉は透き通った青ではなく、真っ黒に変化していた。その暗闇の深さこそ、僕の感じていた冷たさのように思える。

 僕はすぐ近くの瓦礫を押しやりながらティランさんの姿を探した。しかし、しばらく探しても、特定の一人を探し出すことはできなかった。そもそも、瓦礫の中には幾人もの死体が埋まっていた。

 彼の剣なら、居場所を知っているかもしれない。僕は剣に尋ねようと、竜玉に触れようと伸ばした手が、寸前のところで止まった。なぜか体が強張り、冷や汗が出てくる。息もつけないような、まるで泥沼に沈むかのような圧迫感を感じて、僕は手を引き寄せた。

 ティランさんは多分正気に戻っているはずだ。ではどこにいるのだろうか。なぜこんなところにティランさんの剣があるのだろうか?

 僕はとりあえず持っていくために鞘のない剣を持ち上げた。ひんやりとした冷たさに身震いする。非常に重い。金属の重さだけでなく、何かとてつもない重圧がのしかかっているような気配がした。力を振り絞って瓦礫から駆け下り、僕はそれを瓦礫の中にあったカーテンで包んでから、両手で持ち上げて騎士たちのいる広場へと戻った。

 すぐ近くにいた二人の騎士たちに剣を見せると、彼らはなぜか一瞬怯え、その後神妙な顔になって、布の再び巻いてから剣を受け取った。

「ティランさんはどこにいるんですか?」

 僕の質問は予想されていたようだった。騎士たちは手に力をこめ沈黙していたが、やがて肩を落とし、ゆっくり息を吐いてから、静かに僕に告げた。

「ティラン一闘士は、戦死しました」

お疲れ様でした

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