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約束したから、というわけでもないけれど、それから慰問はずいぶん控えめになった。

少し遠くに行こうとしたり、時間が遅くなったりするとソフィに止められるようになったからだ。


もともとはソフィのほうが慰問に積極的だったのだけれど、彼女は彼女なりに最近の私の行動に冷や冷やしてもいたらしい。それが、今回のことで「旦那さまがご心配になられますから!」と止める口実を見つけたというわけだ。


それに、フィリップ様と朝食と夕食を一緒にとるようになってしまった。

以前のように早朝に出ることはなくなり定時で帰ってくる彼は、休日も定期的にとるようになって、しかも何かしら二人で過ごす予定を入れる。大体は朝食か夕食のときの会話がきっかけで、先日は「今度の国立劇場の演目、原作を読んでいただろう? 観に行こう」と言われた。


困ったことに、その原作はおもしろく、主演の女優も実力派で特に歌がすばらしいと評判だ。断る理由が思いつかない。

行きたい、と言う自分の顔がゆるんでしまっているのが恥ずかしいし、行くことになったらなったで「君はまともな服を持っていないから一式そろえないと」ときた。


「ちゃんとあります」

「流行をとっくに過ぎたものばかりだろう。何も流行を追えばいいっていうものじゃないが、君の場合は特に主張があるわけでもなく、ただ買い足すのを面倒くさがっているだけだからな」

呆れたようにため息をつくのだから腹がたつ。

「でしたら、何着か買います」

「その言葉が信用できない。君のセンスもだ。君に任せていたらいつになるかわからないいし、俺のほうが君に似合うものを選べる」

「私にセンスがないとでも?」

「俺よりはない」

断言される。


むっとして横に立つ侍女たちのほうを見たら、みんなそろって顔をそらした。

納得いかない。いかないが、これ以上反論しても無駄だろうと思い、勝手にさせることにした。

ひとつには、彼よりセンスがあると言い切ることができなかったからでもある。決して私にセンスがないからでない、彼よりはないというだけで、あああ、もう。


学園にいたときから彼を見てきて、そこまで服が好きという印象はない。

いつも整った身ぎれいな格好をしていたし、それはとても趣味がいいものだったけれど、もっと服にこだわっている人はいくらでもいた。

ただ、彼は自分に似合うものを知っている。流行のものも自分に似合わなければ身につけない。

それに比べたら、私は確かに服に対して熱意がない。だから承知したのだけれど。


結果、休みの何日かが、仕立て屋との打ち合わせ、採寸、布選び、デザインの確認・修正指示、試着、等々に費やされることになって、かなり後悔した。

でも。

自分のものでもない服を作るだけなのに、彼はなんでこんなに楽しそうなんだろう。

「濃い色よりは淡い色のほうが似合うな」とか、「小花柄もいいけれど、無地でデザインに特徴をもたせてもいいかもしれない」とか、いちいちこっちを見て確かめられても困る。

そういう優しい目で見られても困る。


そうして何枚ものドレスができあがって、その中の一枚、彼が特に気に入っていた薄紫のドレスを着て、劇場に行く支度を整えた私に向ける表情は前にも見たことがある、気がする。

そのときに一緒にいたのは、リリアーヌ様だった。

もしかしたら、もしかしたらだけれども、期待していいのかもしれない。

一年近く、一緒に暮らしてきた。

リリアーヌ様に向けたような気持ちは望めないとしても、家族として愛情を持ってもらうことはできるかもしれない。


彼が私の手を取り、手首に細い銀の鎖を留めた。鎖には紺碧の石が下がっている。思わず彼を見上げると穏やかな笑顔だ。

「今日のドレスには似合わないな」

たしかに、薄紫のドレスに紺碧の石はあまり似合わない。

「でも、似合わなくてもつけて」

言われて、私は黙ってうなずく。

そんな、いたずらっぽく言われたら嫌とは言えない。

嫌と言うつもりもなかったけれど。


銀と紺碧、彼の髪と目の色。それをつけてもいいということは、妻として認めてもらえたんだろうか。

手を取られて馬車に乗るのも、近すぎる距離で隣に座られるのも、芝居の話とかそんなとりとめのないことを話す間、彼の目にずっと見つめられるのも全部慣れないことばかりで困る。

胸の鼓動がおさまらなくて困る。




芝居はすごく面白かった。

面白かったけれど、芝居の間中ずっと握られている手の熱さが気になって仕方がなかったし、幕間で他の人に会うたびに「私の妻のエリーズです」と紹介されるのも気になった。


だって、紹介するときの彼ははにかんで、うれしそうで。

前は相手にうながされてしぶしぶ紹介してたのに。

さっきの人なんて露骨におもしろそうな顔をしてた。たしか結婚式に来てくれた人だと思う。もちろん、今さら紹介されても、だ。

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