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もう大丈夫と判断して私は慰問を再開した。
慰問先で特に気になっているところがいくつかある。
そのうちのひとつのある病院は一見なんの問題もないのだが、何度か足を運んで、妙な区別があることに気がついた。
わりあいきれいな建物の上の階にはいくつかの個室がある。それができたのは今の院長が就任してからだ。
個室にいるのは病人ではない。
病人という名目で、何かから逃げていたり、休息をとろうとしている人達。
そういう人はお金を持っていて、その人たちを受け入れることでこの病院は大きな利益を上げている。
問題は、院長のふところに入ってしまうお金が多いこと、それから、個室を増やしたことで受け入れられる入院患者が減り、近隣の本当に病気の人が入院できないでいる、ということだ。
解決策はある。ただ、私だけの力ではできない。もう少し考えてみなくては。
配膳の支度を手伝いながら料理人に聞くと、個室は今日も満室らしい。
個室用のきれいな料理を並べて、仕事を終えた。
しばらくの間、普通に慰問を続けたある日、久しぶりに酔った抜け殻が帰ってきた。
執事から今日は友人との集まりがあると聞いていた。最近はほとんど飲酒をしていないから心配ないし、友人と飲むのはむしろいいことだろう。
そう思えるほど抜け殻は機嫌がいい。
前の抜け殻は酒を飲みながら少しも楽しそうじゃなかった。飲んでも暗いのに何故飲むのかという感じだ。
今日みたいに楽しそうな酔っ払いなら、私も仕方ないなあ、とは思うけれど、それだけだ。
ふにゃっとした笑顔をこちらに向ける抜け殻は、もう抜け殻と呼ぶのがはばかられるくらい、元の美貌を取り戻している。
前に執事に出した指示はまだ有効で、今夜も抜け殻が酔っているということで呼ばれたけれど、これなら私、寝ちゃってもいいかな。
と思ったけど、ソファで隣に座った抜け殻が私の手を握って離さない。
顔はにこにこしたまま、手をにぎにぎしてくる。
「手、ざらざら」
うるさいな。
「今度、ハンドクリームを取り寄せよう」
「ハンドクリームなら、もう使ってます」
「いいのがあるんだって。クロードが言ってた」
「クロード?」
「うん、クロードはさ、女の子が喜ぶものに詳しいからさ」
今日会った友人かしら。
「俺はさ、そういうのわからなくてさ」
あ、そういえば言うのを忘れてた。
「お菓子、ありがとうございました」
「お菓子?」
「この間、倒れられた日に」
「ああ、夜中に起きたらと思って。食事とらないで寝ちゃったし」
「助かりました」
「いや、もともと俺のせいだし」
にぎにぎは続く。
「もう、あんな無理はしないでくださいね」
そう言うと、抜け殻の顔が少し赤くなる。
「うん、もうしない」
「そもそも、なんであんなに無理をしたんですか」
「君のせいだよ」
「はい?」
「おかしいんだ。そんなわけないんだ。ずっと仕事をしてれば考えなくてすむ」
にぎにぎ。
「飲んでると、家に帰りたくなるんだ。帰って君と話さなきゃって。そんなの、リリアーヌだけ、のはず……なんだ」
酔ってるときに私に延々リリアーヌ様の話をしてたことに気がついて、恥ずかしくなっちゃったってことかしら。それで私に会わないようにしてた?
そういえば今日はここまでリリアーヌ様の話は出てなかった。今、出ちゃったけど。
怒涛のようなリリアーヌ様の話が続くのを覚悟したとき、抜け殻が小さくあくびをした。
助かった。
「もうお休みになられては」
「うん……」
「ところで私、明日、泊まりがけで慰問に行ってもよろしいですか」
「ん……」
ソファで寝てしまったのを見定め、執事を呼ぶ。
握られた手はなかなか離れなかった。