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今日もふらふらとしながらも抜け殻は真面目に仕事に出ていった。馬車が走り出すまで見送って家に戻る。


抜け殻の職場は王宮である。宰相の義父の元で補佐をしているのだ。

宰相は世襲制ではないが、小さい頃から英才教育を受けた抜け殻は優秀らしく、将来の宰相はほぼ確定だ。

もちろん、奴が頑張っている理由は、宰相として未来の王妃の役に立ちたい、それにつきる。


家にはあまり帰ってこない。王宮に部屋があるのだ。

リリアーヌ様は王宮の奥に住んでいて別に会えるわけではないのに、少しでもリリアーヌ様の近くにいたいがために、ちょくちょく王宮に泊まる。家に帰るときは深夜で、早朝に出ていく。たまに今朝のように私が起きたあとに出かけることがあれば見送りくらいはする。

私もそれに異存はない。恋にやつれた顔なんて見ないに越したことはない。


というわけで、抜け殻は放っておいて私は私のやりたいことをしよう、結婚する前は親がうるさくて何にもできなかったけど、今、ここに私を止める者はいない!

と思ったんですけど。

やりたいこと、ってナニ?


思えば私、ほぼ無趣味だった。

学園も卒業しちゃったし、淑女教育も結婚したことで一応ゴールインといえる。読書も手芸も没頭するほど好きなわけでもない。乗馬のような貴族女性の運動もだ。


社交も抜け殻と結婚した時点でプークスクス対象だしな。いくら政略結婚っていったって、明らかに他の女に気がある人と結婚するのは不名誉で笑い者だ。

あと、どうしても出席しなければならない夜会に夫婦で出て、リリアーヌ様が見えた途端、組んでた腕を外されるのって結構きっつい。

ものすごくマナー違反な夫、それが抜け殻。

……。


ああ、暇だとろくでもないことばっか考えちゃう。

「奥様、もしお時間がおありでしたら慰問に行かれてはどうでしょう?」

侍女のソフィが声をかけてきたのは、私がいつのまにか花瓶の花をむしっていたからだろう。


お時間は大ありだ。

そう、なるほど、慰問ね。

慰問。それは貴族女性の善行。病院とか孤児院とかに行って、寄付してみたり簡単な仕事を手伝ったり。

私も小さな頃からお母様に連れられて領地のあちこちに慰問に行った。


さっそくソフィに慰問先のリストを持ってこさせる。

「まずは近くから回るわ。慰問先に訪問の連絡をしておいてちょうだい」




翌週から件の侍女ソフィと護衛を連れて精力的に慰問に回った。


そもそもソフィは自分が慰問に力を入れているから私を引き込みたかったんだと思う。リストもさくっと出てきたし、どこを回るかへの示唆も的確だった。


慰問先も色々ある。だから、一周目は様子見だけど他の貴族女性がよく行くところは省いた。そして二周目はさらにしぼった。

結果、二周目からはあまり人が来たがらないところに行くことになる。でも、慰問ってそういうものでしょ? 手助けが必要なところに行かないと。


人が行きたがらない理由は様々。不便なところにある、とかはまだいい。自分ではなかなか行けなくても寄付物品を届けることはできる。

問題はお金がない、と、人手がない。

どっちのケースも荒れ果てて慰問に行く女性が二の足を踏む。そして寄付が集まらない悪循環。


お金がない、は、とりあえず寄付をした。

抜け殻の家は金持ちなので、私が結婚のときに持ってきた持参金はそのまま私が使っていいことになっている。

実家の父が堅実なので、持参金のほとんどはあらかじめあちこちの優良な事業に投資されており、私の手元には配当金という形でお小遣いが入る。

無趣味の私はほとんど使ってなかったから、そこそこの額が手元にあったんだけど、それもそんなに長くは続かない。今は入金から寄付への自転車操業。元金に手を付けたらそれこそ先がなくなるからそれだけはしない。

お金についてはこれからの課題だ。


人手についても、とりたてて解決策があるわけではない。

ちゃんと仕事をする良い人材。それだって、お金があれば仕事に見合った給与を出せるし、見つかりやすいんだろうな。


最初は私、ちゃんと普通の慰問をしていた。お菓子を持って訪問し、長く入院している人のところで話し相手をしたり。

でも、薄汚れた部屋でまずそうな食事をとっている人を見ると、そんなことをすることの意味がよくわからなくなって。

声をかけて職員になんとかしてもらおうと思ったら、職員自身が疲れ切っていて頼める雰囲気じゃなかった。


だから、まず、窓を開けた。空気の入れ替えくらいしか私にできることはなかった。

それから、食事を運ぶようになった。食べ終わった人の食器を下げて、職員に声をかけ、そして流しに置きっぱなしになっていた食器を洗おうとしたところでソフィに止められた。


「奥様、さすがにそれは」

「ここにあるだけよ。洗い方を教えてくれない?」

ソフィはため息をついた。

「私が洗います」

「私にもなにかさせて」


押し問答の末、しぶしぶお皿を拭かせてもらった。

そこから少しずつソフィの反対を押し切った。

そうなると堰を切ったようにやることが増えた。受付、料理、洗濯、掃除、と普通に仕事をこなしている。


今日来ている病院もそのクチだ。

病院側には恐縮されて止められたが、なりゆきというか、私自身、思わぬ能力を発揮、というか。

今まで、仕事なんてしたことなかったから。


私、創意工夫なんてできないけど、洗濯も掃除も手順が決まっているのでその通りにやればきれいになる。

料理も自分で新しい料理を考えろって言われても無理だけど、決まった献立のものを決まった作り方でってことなら問題ない。家で料理人が作ってくれるようなものは無理だけれど、簡単なものなら私が作ってもちゃんとおいしくなる。


私、こんなことできるんだ。なんか不思議。

特にやりたいことのない私は、やりたくないこともそんなにない。やることがあるってこと自体がうれしい。


でも、時間がなかった。

人手の足りないところはいくらでもあって、行き帰りの時間ももったいないくらい時間がなかった。

「泊まりがけでできないかしら」

思わずそう言うとソフィはぎょっとした顔をした。


「奥様、それはさすがに」

「そうよねえ」


と答えはしたが、私が何をしようと誰が気にするっていうのかしら?

一応、抜け殻にお伺いをたてるけど。


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