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無音

作者: 小沢純子


 エレベーターが止まった。


「このタイミングでか」心の中でつぶやく。


密閉空間は最悪のタイミングだ。

エレベーターには3人、いや、俺を含めると4人乗っている。


汗をかいているスーツ姿のサラリーマン。

汗を拭こうとした瞬間に止まってしまったのか、ハンカチを握りしめたまま静止している。

9月半ばはまだまだ夏の名残の暑さが続く。

ちょっと季節を先取りしようと長袖を着てきてしまった俺もかなり暑さを感じている。エアコンも止まっている分ジワジワと密閉空間の温度は上昇してきている。

 

それと、何やら買い物をしたであろう女性か?あとは俺と同じくらいの年の男性。

あたりを見回す動きもできないので、エレベーターに乗る時に一瞬だけ見た記憶を思い出す。


緊張感に包まれているのか、もはや慣れてしまっているのか分からない。

誰もがじっと息をひそめて微動だにしない。

まさに静寂に包まれる、それがルールだからだ。


じっと息を殺していても、視界の隅ではスマホが強い光を放っているのがわかる。

全員のスマホが強い光を放ったまま、誰も動かない。いや、動けない。



昨日に続いて、今日もだなんて、本当に災難だ。

そんな事を心で思い、耳をつんざくような音のない空間に包まれる。


・・・長いな。

いつもなら二、三分で静寂から解放されるのに、今回に限ってもう10分くらいになるんじゃないか?

スマホを見る動きですらはばかるので、あくまで体感だ。

動きを縛られる時間はとにかく長く感じるものだ。早く解放されたいと思えば思うほどに長く感じる。


機械音すらも聞こえない。

この時だけはほとんどの機械が止まるからだ。

動いているのは街じゅうに設置されている監視カメラと、照明だけだ。

普段は意識もしなく、聞こえないであろう照明の音すら聞こえる空間だ。

 

街を歩けば音楽が当たり前のように流れていた時が懐かしくすら思える。

意識する事もなく身近にあった音楽や騒音、街のざわめき、人の声。音という音が一瞬にて遮断される時間が来る。



ようやくエレベーターが動きだした。


「ふぅ」


誰しも口に出さないが、そう思っている。

息を飲む空間。

分かっているが、本当に大嫌いだ。



早く終われ。

終わりの見えないこの時代が。







 1


今日は朝イチからの授業。

午後からならゆっくり眠れるのに、朝早いのは苦手だ。


リビングに降りると母親がワイドショーのようなニュースを見ている。

最近の番組はワイドショーなのかニュースなのかよく分からない。

やたら芸能人が離婚したとか結婚したとかの情報は必要なのか?と思いながらニュースに耳をかたむける。


[昨日夕方、石川県我孫子村にて、85歳の男性が手足の長い人間のような生き物を目撃したという報告が入っております。]


ほら、始まった。

こんな内容をニュースで伝えるのはおかしいだろ?

どう考えても痴呆老人じゃないか。


[こちらの現場には、目撃したという男性に来てもらっています。

昨日の夕方ごろに、こちらでおかしな人物を見たという事ですが?

『そうなんだよ、そこの電柱あたりに手足がひょろ~っと長い、気味が悪い生き物がいたんだよ。

あれは人間じゃねぇ。動物でもねぇよ。あんなもん見た事ない』

その際に、ご自身はどうされましたか?

『そらあんた、あんなん見たら、動けねぇよ!

気味が悪いもんだから、じーっと見てるだけだ。そのうちそっちの方に走っていくもんだから、それをじっと動かず見ていただけだ。

そしたら向こうの方に消えていったわ。もう、汗びっちょりになったわ、気味が悪くて。』

という事は、そちらの方に走り去った、という事ですね。]


「あら、おはよう」


今ごろ俺の存在に気づいたのか。


「はよ」


「今日は朝から授業なのね。

それはそうと、おかしなニュースやってるわよ」


おかしいどころか、こんなバカバカしいニュースなんか真面目に見る気にならない。


「ボケてるじーさんか、ハロウィンの仮装でもしてた奴でもいたんじゃね?」

まだちょっと時期的には早いか。8月にハロウィンの準備をするのは相当なパリピか。


「でも、かなりの田舎よ。ほら、現場が写ってる。」


かなりの田舎どころか、ド田舎だ。

一本道の両脇は田んぼ?なのか草がボーボー生い茂っている。じーっと目をこらすとようやく看板のようなものが見える。

寿司屋かなんかの看板のようだ。こんな田舎で店なんか出して、よく経営が成り立つもんだと感心してしまう。

一本道の遠くの正面には大きな山が立ちふさがっているように見える。山の下には大きなトンネルでもあるのだろうか。


「あぁ、もしかしたら」

母親が続けて話した


「このへんに住んでるユーチューバーかもしれないわね」


母親はやたらテレビを見たり、俗世に染まりやすい。

俺よりもネットを見ている時間が長いくらいで、知らないユーチューバーの名前なんかもスラスラ出てくる時もある。


そんな母親だからか、話しには退屈しない。

まるで友達と話しているような感覚になる時すらある。

一時間くらい話し込む事も珍しくはない。

いい歳して母親と会話を楽しむなんて、周りの誰にも言えないけど。


「確かに、こんなド田舎じゃやる事なくて、ユーチューバーも案外多いかもな。

時間ギリだからもう家出るわ。」


「え?もうそんな時間?私もそろそろ出る準備しなきゃ。

いってらっしゃい」


ドタバタと家を出て、駅に向かう。

東横線沿いと言えば聞こえはいいが、俺の家は駅から18分は歩く。小走りでもせいぜい15分。

しかも特急も急行すら止まらない駅だときたもんだ。

白楽は菊名と横浜のちょうど中間に位置する駅だ。

特急は菊名から4駅も飛ばして横浜に着く。魔の4駅とも言える。

運が悪いと特急や急行の通過待ちが続き、10分くらい待つ事もなくもない。 

学校に行く時は菊名まで出て、そこから特急や通勤特急に乗れれば渋谷までは早い。

しかし朝イチからの授業の日にはどうしたって通勤ラッシュに重なる。


・・・あと一年。

来年には学校を卒業し、就職する。それまでの辛抱だ。

(就職しても通勤ラッシュには見舞われるかもしれないが…)


 


「はよー」

後ろから声をかけてきたのは入学した時からつるんでいる草野修二だ。


「朝は眠いわー帰りてーーー」

来た早々に寝ぼけた事を言っているが、こいつのセンスはなかなかだ。

うちのデザイン専門学校はかなり厳しく、課題も多くついていくだけで一苦労だが、

草野はダルそうにしながらも、きっちり課題をこなしていくやつだ。

学科も細かく分かれていて、俺は機械分野のデザインを専攻している。

ざっくり言うと家電なんかをデザインするやつだ。


草野は同じ学科で、やつの見た目はもっさりし、身長も俺より少し高いくらいのやや小太りだが、どこからこのセンスが出てくるのか?と驚かされる事も悔しいがしばしばある。

おおらかで悪いやつではないんだが、なにせ横暴な雰囲気に見えてしまうのが最大の損だ。

猫背とは真逆で、いつも反り返って立っている。歩く時も反り返って見える。まるでガキ大将が歩いているようなふてぶてしさに見えなくもない。

初対面の相手だろうがタメ口で、そんな態度だから女性は引いてしまう。男性もか。

俺との会話は入学式でたまたま隣に座った時だった。座っていたから、胸を張っているような素振りも見えず、対等な目線で話す事ができた。


「電車でネット見てたんだけどさ、異星人見たか?」


唐突な質問だ。

異星人とは、今朝見たニュースのあれか。


「あー、チラっとだけ見たけど、ボケたじーさんの見間違いだろ?クマかなんかと間違えたんじゃね?」


「異星人よりクマの方がリアルで怖いな。手足が長いなんて、まるで昔の妖怪人間だな。」

と、豪快に笑いながら草野は言った。


「あんなのがニュースになるなんてバカげてるよな」


「それよりも、困った若い学生に支援でもしてくれる報道とかして欲しいよな。バイトする時間すらねぇよ」


専門学校の学費もバカにならない。

うちは卒業まで3年の学校だから、専門課程では長い方なのかもしれない。

早く自立して、お金にも心にも余裕が欲しいものだ。




 2



「なんかまたおかしなのが出たらしいわよ」


母親が仕事から帰宅し、早々に口を開いた。

なんの話しなのかさっぱり分からない。たまに母親は主語が抜けたまま話しを進める時がある。俺だから分かる時もあるが、他人と話している時にこのテンポの速さで会話してると理解できないんじゃないか?と思う。


「ほら、あのへんな生き物を見たっておじいさんがいたじゃない」


あぁ、先週見たテレビの話しか。

またあれか、アクセス稼ぎでおかしな騒動を起こそうって輩のしわざか?そんなヒマなら俺に時間をわけて欲しいもんだ。時間がいくらあっても課題に追われる。

のんびりテレビやネットを見る時間だって欲しい。バイトもしたい。

SNSにハマって一日8時間もネットを見てる若者がいる、という話しも聞いた。もはや依存症なのか。その時間を全て違う事に使ったら、人生変わるだろうに…


俺はたまに同年代より上の考え方をするらしい。

元々早くに父親が他界し、母親と二人きりの生活だったせいか、自分が大黒柱でいるような気分だった。できるだけ早く成長して、母親に苦労させないようにしたいという思いはずっとある。

それなのに今は専門学校に通うだけで、むしろ学費の面では苦労を加算させているばかりだ。

卒業したら、早くプロダクトデザイナーになりたい。いや、ならなければいけない。

デザインの技術をしっかし身につけ、収入も得て、母親に楽をさせてあげたい。


「また、誰かのいたずらかなんかじゃねーの?」


「それがね、今度は都内なのよ。全然違う場所。こないだは北陸の方とかだったでしょ?それが都心だって。

今度のは、監視カメラに映ってたらしいんだけど、なんでか見せてくれないのよね。なんでかしら??」


公開してない?情報を集めるんだったら一般市民に公開した方が早くないか?

それか、大物の二世がいたずらしてたり、世間に公開したらヤバいような事か。

 

「今度のは、行方不明者も出てるとか言うから、ちょっと物騒な雰囲気。いたずらじゃ済まない感じ」


なるほど、以前とは状況が違うわけだ。

「自作自演って事もありえるよ。おかしな扮装して、自分がいなくなった事にしてみんなをビビらせるとか」

 

「あー、そうかもね。もしかしたら構ってほしくてやってるのかもしれないわね。

でも、それならさっさと公開して見せて欲しいわよね。」


どうやら、母親はとにかく映像が見たくて仕方ないようだ。

じらされている気分になるのか、見ちゃダメって言われれば言われるほど見たくなるタイプか。


しかし、なんか引っかかる。

自作自演にしても、いたずらにしてもだ。距離が離れているのはいくらでも説明がつく。

マネしてやったとか、目立ちたかった輩が他の地域でも同じような事をしているかもしれない。

それだけならいいけど、なんか引っかかるのはなんでだろう。

異星人という響きに恐怖を覚えるわけでもなく、むしろそんな異星人を見る事ができるならお目にかかりたいものだ。

人間がUFOを見たとか言う話しは昔から出ているのに、ぼんやりした写真とか、ぼんやりした映像しかない。最新の映画を見れば分かる、映像でいくらでも作れるもんだ。


結局は人間が作ったニセモノしか見た事がない。実物とやらを見てみたいもんだ。




 3


引っかかっていた不安のような予感は的中した。

ネガティブな予感ほど的中するのはなぜだろう。いい事を想像しても大抵そんなうまくいかない。

ポジティブシンキング?ポジティブに考えていても、結果が散々だったら最初からネガティブな想像をしていた方がマシだ。その方がダメージも少ない。


「ほら、またよ」


やはりだ。

朝のニュース、昼のワイドショー、夜のニュース、どれを見ても異星人とやらの内容ばかりだ。

どんどん事件が重なり、増え、異常な状況になってきた。


「今度は若い女の子が行方不明になったらしいわよ。かわいそうに」


行方不明なのか家出だけかもしれないし、わからないじゃないか。


ニュースが増えてきた最初の方はそんな事を思っていたが、今は現状が変わってきた。

街中に監視カメラが異常なほどに設置されている。駅近辺や学校、病院、施設やら、住宅街にもあるらしい。

政府主導のもあれば、それぞれの自治体が設置しているものもある。

白楽の駅にもカメラがいくつか設置されていた。さすがに俺の家の近辺にはまだない。

横浜とは言え、駅出口はかなり狭く、こぢんまりしている。近辺は小さな商店街があり、カフェやコンビニ、ドラッグストアが立ち並んでいるが、少し歩けばすぐ住宅地という小さな駅だ。

すこし行くと大きめの公園があり、夜はかなり暗くなる。こんな場所こそカメラを設置して欲しいもんだ。


近頃母親との朝の挨拶もまともにせず、最近はどこどこで行方不明者がでたというような内容の話しばかりになっている。おっくうだ。

事件が気にならないわけではないけど、自分には時間が足りない。余計な事を考えるヒマがあるならもっと有意義に使いたい。寝る時間でも、パソコンに向かって勉強する時間でも、デザインのアイデアを練る時間でも欲しい。

今出されている課題は家電製品のデザインだ。俺にとっては夢への第一歩みたいなものだ。いい評価が得られれば就職の時にアピールする材料にもなる。ここは本気で頑張りたいと思っていたところだ。


「もう、毎朝そんな憂鬱なニュースばかり見るのやめればいいじゃん」


ついついぶっきらぼうに返事をしてしまう。

母親が悪いわけではない。母親はいつも明るくおおらかにしていて欲しいだけだった。ネガティブな想像力豊かな自分を救ってくれる気がしたからだ。

ただの自分勝手だ。

俺はもうすぐハタチだ、なのに自分勝手な考えしかしていない。自分にもイラついているんだ。


「ごめん。暗いニュースばっかり見てるとネガネガしちゃうからさ」


わざと少し明るめに言って、家を出る。

なんでこんな気分なんだ。



専門学生の毎日なんて、家と学校との往復くらいだ。バイトする時間があるやつはしてるだろう。

真面目に勉強してるやつは課題に追われる。時間に余裕があるようでない。

たまに大学生が羨ましくなる。こっちはキャンパスライフなんて程遠い。

恋愛にももちろん興味がないわけない。彼女だってべらぼうに欲しい。

なにせ機械デザインなんてやってるもんだから、女子は少ない。

他の学科はアニメーションやら服飾やら、女子も多い。デザインの種類によって、男女比が全く異なる。羨ましくないと言えば嘘になるが、考えても仕方がない。


まぁ、今は目の前にある課題の事だけを考えようじゃないか。自分への言い聞かせだ。


家電のデザインが気になったのは幼い頃からだった。

加湿器や掃除機や洗濯機を見て、なぜこんな部分に突起があるんだ?なんでこの部分だけ黒くしているんだ?このフタのような部分はなんだ?

常に疑問が湧いていたと同時に興味がすごくあった。

幼い男子が機械に興味を持つのは珍しい事ではないが、俺はデザインのみが気になった。本体そのものの性能なんかは二の次だ。

 

時代が進むにつれ、おしゃれ家電と言われるようなものが世に溢れでてきた。

部屋に合わせたカラーを選べるもの、目立たないように控えめにデザインされたもの、小型化され、やたら丸くなったもの、家電のパンフレットを見ているだけで一日が終わってしまいそうになる時もある。

家電量販店巡りは自分にとっての息抜きであり、刺激を与えてくれる空間だ。パンフレットを大量に持ち帰ってしまうのでいつも大きめのメッセンジャーバッグで行く。

ジっと見ていると必ずと言っていいほど営業らしき店員から声をかけられてしまうのが難点だが…そして、大きめのバッグも若干怪しまれるポイントらしい。


いずれ、自分がデザインした家電、、、そうだな、小型の加湿器なんかいいな。そんな加湿器を母親にプレゼントできたら最高だろう。

母親がパソコンに集中している横に、俺の加湿器がある。そんな画を想像するだけでニヤニヤしてしまう。

 

ま、母親が見てるのはどうせくだらないユーチューブだろうけども。




 4


異常事態になってきている。

相次ぐ行方不明者。だが、目撃者がほとんどいない。ネットに「見た」と書かれているのは嘘っぱちばかりだ。

目立ちたいが為に、こんな風貌だったやら、襲われかけたやら、あげくに写真まで出回っている。

どれを見ても嘘くさい情報ばかりだ。

だけど、ニュースで報道されている行方不明が相次いているのは事実だろう。

あまりネットを見ない俺ですら、最近はSNSやらネットニュースやらを見てしまう。嘘くさい情報が蔓延していると分かっていながらも、見てしまうのはやはり不安からくるものなのか。

誰かと不安を共有したい?少しでも気持ちが救われる?そんな気持ちが自分にあるのだろうか?無意識化でもあるのだろうか?



「ちょっとコンビニ行ってくる」

夜パソコンに向かって疲れた目と体を休める為に気晴らしにコンビニにはよく行く。

特に予定なんかない。ブラっと見て回って、気になったお菓子のひとつでもあれば買うかもしれない。


「こんな時間に?いやだ、気をつけてよ。」


こんな時間?まだ9時だ。 

どうせ夜だろうが昼だろうが、行方不明者は相次いているらしいから、時間は関係ない。母親の心理的には夜に出かけるイコール危険がつきまとうという感覚だろう。

 

「すぐ帰るよ。いってきます」


夜になってもまだ暑い。少しは涼しくなってもよさそうなもんだが、まだ残暑がしっかり残っていた。もう少しすれば鈴虫の鳴き声が聞こえてきて、涼しい季節になるだろう。秋が待ち遠しい。

コンビニまでの道のりは閑静な住宅街を抜け、大通りへ出る。大通りへ出れば車の往来も多く明るいが、住宅街を歩いている時はかなり静かで暗い道のりだ。この辺りは住宅がひしめきあっている。比較的新しい建物が多いが、古くからの一軒家などもそれなりにある。


親父が生きていた頃、今住んでいる中古物件を買ったらしいが、当時比較的新しい物件を購入した為か、今でも古さを感じる事もない。ありがたい事に軽自動車一台が入るスペースまである。今は誰も使う事がないので空いた空間のままだ。家族内ではガレージと呼んでいるが、屋根もなくただ車一台が置けるガランとしたスペースだ。

何度か母親はそのスペースを再利用しようと考えていたらしく、庭のように花壇を作るのはどうか、と。そうなると大掛かりな工事が必要になるし、手入れも大変だ。

他の人に駐車スペースとして貸し出すのはどうか、とも考えた事もあったが、防犯上見知らぬ人が家の敷地内をウロウロするのはあまり気分がいいものではない。

母親には言ってないが、できればそのまま駐車スペースとして確保しておいて欲しい。いずれ免許を取って、自分の車を置く事ができれば最高だ。


親父は設計の仕事をしていた。まさに、俺は親父の血を受け継いでいる。親父が働いていた当時は仕事の羽振りもよく、この家を買う時も大幅に支払いを済ませていてくれたと聞いた。そのおかげで、俺と母親はこの家に住み続ける事ができている。感謝しかない。


角を曲がり、大通りに出るとすぐに煌々としたコンビニの明かりが見えてくる。


疲れた時は甘いものが欲しくなる。甘いものが好きというのもあまり周りには言わない。

まるで女子のような食の好みは、どうしても隠したくなるもんだ。たまにはパンケーキをまるごと一個食べるというような事もしてみたい。


今日はタイミングが悪かったな。

レジ打ちは若い女の子だ。お菓子ひとつを買うのは少し気恥ずかしい。かと言ってわざわざ不要な雑誌なんかを買う気は毛頭ない。

チョコスナックひとつを手に取り、まっすぐレジに向かう。

「袋は入りますか?」「ペイペイで」などのやりとりはこういう時極力短縮したい。

バーコードリーダーを通したお菓子をすかさず自分のバッグに入れ、無言でスマホのQRコードを差し出す。こうすれば無言でも相手に意思が伝わるもんだ。

そのまま無言でコンビニの出入り口に向かい、外に出る。


ちょっとかわいい女の子だったな…


こんな時、自分が草野のように誰とでもフランクに話せたら見ず知らずの相手でも気軽に会話ができたのだろうか。

元々人見知りが激しく、親しくない相手と話すのが苦手な自分だ。小学校から友達も多い方じゃない。仲良くなった相手とは一対一で長く話し込む事がある。気を許せる相手とはいつまでも話し続けてしまう。

 

つくづく損な性格なのかな。今更変える事もできないし、変わる必要もないのかな。


家まではゆっくり歩いて7分くらいだ。

歩いていると背中に汗がジワっと滲んでくる。早く秋になれ。




 5


「ええっ!!」


リピングからすっとんきょうな声が聞こえた。

母親がまたパソコンに向かって何かを見ているのだろう。


「どしたの?」


風呂上がりに髪を拭きながら冷蔵庫へ飲み物を取りに向かおうとしたが、母親の方が気になったので、そっちへ向かう事にした。


母親は化粧台をパソコン台代わりにしている。

使わない時は化粧台の横にパソコンを立てかけている。俺はいつも注意しているんだが、癖はなかなか直らないようだ。

パソコンを立てて保管するのは熱が逃げにくくなるから良くない、など聞いた事があるからだ。どのノートパソコンも、たしか平置きでの保管が推奨されているはずだった。

 

化粧台の上を所狭しとパソコンが置かれている横から液晶画面を覗き込む。


「なんだこれ?」


「気持ち悪いでしょ!ツイッターで流れてきたのよ」


ツイッターのタイムラインの画面を見ると、この映像のリツイートで溢れかえっている。

どういう事だ?なんだこれは?


「ちょっと、映像しっかり最初から見せて」

 

とりあえず状況がつかめないので、2分弱の映像を最初からしっかり見せてもらう。


薄暗い夜道の映像から始まる。おそらく監視カメラの目線だ。狭い道路が写っている、頭上から少し離れた位置にあるカメラからの撮影だろう。ややボケて写っているが、道路や周りにある建物の外観はしっかり見える。マンションの入り口の辺りを映し出すマンション用監視カメラのようだ。


マンションの横は道になっているようだ。道の角から何かが転がってくる。投げ出されたような何かが。

 

なんだ?紙くずのように見えるけど、紙をまるめた何かか?


問題はそのあとだ。紙くずが道の真ん中から少し端の方に転がって止まり、10秒くらい経つと、いわゆる異星人と言われたそのものが現れた。


人間が扮装しているのだろうか?それにしては手が異常に長い。

一番最初にテレビのニュースで見たじーさんが言ってたのと同じだ。いや、じーさんは「手足が長い」と言っていたけど、どう見ても手だけが異常に長い。


その異星人?のような生き物?動いているから生きている生物だろう。AIのようなロボット的な不自然な動きはしていない。動きだけ見れば人間のように滑らかに動いている。


そいつはゆっくり紙くずに近づいてくる。人間で言う所の、抜き足差し足忍び足、のような動きだ。

恐る恐る?音を立てないように近づいているように見える。

ゆっくり紙くずを手に取り、辺りを警戒している。

 

なんだ、これは。何がしたいんだ。

そもそもこれはなんだ?誰かに作り出された映像なのか?


そこで静かにそいつはぐるっと頭を動かし、辺りの物音を聞いているかのようなしぐさを見せる。

周りに誰もいない事を確認し、すぐに来た方向へ去って行った。

去って行く時の足取りは、地面にあまり足をつけないようにしているようかの走り方だった。走るスピードも人間並みくらいに見える。

マンションの角を曲がり、やつが消えたところで映像は終わった。

 


気持ちが悪い映像だ。ただでさえ薄気味悪い映像だが、こいつの気持ち悪い点はまだある。


 




目がない。






どう見ても目がない。視力を司る部位が見当たらない。姿形は人間に近く、顔には口のような部分が確認できた、あとは手足。耳はよくわからない。暗かったけど、どうやら毛髪のようなものもあるように見えた。


だが、目がない。


鳥の耳のように顔の横に小さくあるのか?もしくは頭髪に隠れて目があるのか?

通常、生物は進行方向に目がなければ動く事はできない。何かにぶつかったり、穴に落ちたり危険だからだ。至極当たり前の事だ。

 


いや、幻想だ。考えすぎだ。こんな映像は誰でも今の時代作れるじゃないか。ユーチューバーなんかはちょっとした編集なんかもできて当然だ。そうだ、そうに違いない。


「気持ち悪いな。こんなの見るのもうやめなよ」


「やっぱりイタズラかしらね?すごい数のリツイートだけど」


「本物だったとしたら、ニュースとか公式の発表があるだろ。気持ち悪い夢見ちゃうから、早めに寝たら?」


「そうよね、そうする」


と言って母親はまた化粧台の横にパソコンを立てかけて置いている。




自分で発した言葉に疑問符が湧く。「本物」ってなんだ、何が本物なんだ。

本物の異星人?未知の生物?本物の化け物?本物の…なんだってんだ、気味が悪い。


今日はスッキリ眠れそうにない。スマホは目覚ましのタイマーとLINEだけを確認し、SNSやネットニュースは見ないようにし、さっさと寝る事にする。




 6


翌日から世間は慌ただしさを増した。

ネット上のあちこちで目撃情報やら、映像が流れ出した。

嘘か本当かわからないものから、やたらリアルなもの、全く鮮明ではなく単なるアクセス稼ぎのもの…混沌としすぎている。


だが専門学生の俺はいつも通りに通学して課題をこなしていく毎日だ。

どんなに気をつけろと言われても、普通に通学はするし電車にも乗る。

そもそも、どうやって気をつけろというのだ。相手はナニモノかも分からないし、昼夜を問わずあ現れているらしいじゃないか。都心部だろうが郊外だろうが現れる正体不明のものを、どう気をつければいいんだ?防御しようもないし、鎧でも着るのか?


「おい」


後ろから突然声をかけられ、我に返った。

草野が何度か声をかけていたらしい。課題に集中していたのと、例の映像を思い出して気分が悪くなっていたのとで、気がつかなかった。


「ごめんごめん、集中してたわ」


「会見やるらしいぞ」


唐突に言われ、全くなんの事か分からない。


「政府が会見するんだってさ、ここまでネットやら世間やらが荒れ放題だから」


あぁ、なるほど。

先日の映像がネットに流れたあとからは、相当荒れている。

子供達は怖くて外に出れないという話しも聞くし、小学校も異星人の話題になるとクラス中が泣き叫ぶパニックなどが伝染しているらしい。子供なんかは敏感だから、特にパニックに陥りやすいだろう。

大人ですら外出を控えたり、一人で歩かないようにしている人も増えている。

なにせ、物騒なものがやたら売れているというのも恐ろしい話しだ。

ネットでスタンガンやら護身用のナイフやら、品切れも続出しているようだ。普通に歩いてて、そこらじゅうにスタンガンが溢れているなんて考えるだけで物騒すぎる。得体の知れないバケモノよりも、生きている人間がパニックに陥る方がよっぽど危険だ。

おそらく政界の人間も、そういった考えから会見を開いてしっかり説明するのだろう。


「会見って、何を話すんだろうな?そもそも正体が分かったとか、守る術が分かったとか、そういった具体的な事を知りたいよな」

と、俺はつくづく当たり前の返事をした。


「さぁなぁ。明日の夕方らしいから、授業中だな。おそらくみんな教室抜けて会見見るんだろうな」


クリエイティブな専門学校というのは、授業中は意外と自由だ。

無理にアイデアを出そうとするのではなく、息抜きをしながら、図書室に行ったり他の景色を見たりしてアイデアを出す事が許される。行き詰まった空間でいい発想は出ないという考えの教師がほとんどだ。

うちの学校の周りには、さほど離れた距離でもない位置に代々木公園や新宿御苑など大きな公園がある。気晴らしに何度か行って、草野と延々とダベっていた事もあった。まだ1年の時だ。課題にもさほど追われず、余裕があったから学校帰りに寄り道をする事も多かった。

カフェで他愛のない話をしたり、課題の話もまあまあしたかな。卒業して余裕が出たら、それぞれ就職先は違うだろうが、たまに会ってダラダラ喋るのもいいな。

 

草野が続けざまに話している。


「SNSに流れてくるのは不気味なのばっかりで、やんなるよ。やれ、対策を考えた、とか、やれバケモノ退治の方法、やら、みんなヒマなんだな~」


草野は少し前まで居酒屋でバイトをしていたはずだ。2年になってから課題が本格的に多くなってきたからやめたという話しだ。バイトをしていない分、課題に追われて結局のところ時間が足りないとよくぼやいている。

しかも草野は埼玉の狭山市に住んでいる。俺よりも通学時間はかなり長い。午後だけのわずかな授業のために片道一時間半をかけて来るのはすごい気力だ。

俺はできるだけ家から通いやすい場所の学校を選んだ。(もちろん専門課程の授業なんかもしっかりチェックしたうえでだけど)


そのうえ、草野はしっかりSNSやら、流行りのネット情報なんかもしっかり抑えているもんだ。

俺が知らない情報を意気揚々と教えてくれる。内容はあまりにも幅が広いから、全く興味のない話題も少なくはないけれど…

おそらく通勤時間はずっとネットを見ているのだろう。よく頭が痛くならないもんだ。

俺だったらSNSばかりを見続けるのは苦痛だ。


そんな会話をしながら、ひたすら課題に向かってアイデアをひねり続ける。

最近は集中できないからいいアイデアなんか出やしねぇ。




 7


「えー、この度世間を騒がせている事件について正式な発表を国民の皆様にお知らせする運びとなりました」


そんな言葉から会見は始まった。

会見?というより単なる何かの発表のようだった。会見というのは記者などがワラワラいて、質問が飛び交うもんだが、映像を見ていると政界の人間?が数人いるだけで会場は静まりかえっている。極力最小限の人間だけて行われているような映像だ。

かなり大々的な発表であるらしいにも関わらず、こんなにこぢんまりと開かれているのに肩透かしをくらった。


「おーい」

草野が小走りでこっちへ向かってきていた。

俺は笑ってしまった。

 

「おい、なんで笑ってんだよ」


息をあげながら草野が少しふてくされながら俺に聞いてきた。


「いや、だってさ、おまえって遠くから走ってる姿を見てもすぐわかるんだな」

走っている姿も滑稽なくらいふんぞり返っていたからだ。


「そうかぁ?ずっとこういう走り方だからよくからかわれたけどな。なおんねーよ」


ちょっと不満気味に言っていたが、俺はおかしくてずっとニヤけてしまっていた。

 

「そんなこたいいんだよ。場所があったから、行こうぜ」

続けざまに草野が言った。



俺たちは学校の最上階である5階にいる。

ここは講堂があるが、専門学校の講堂の使用頻度は恐ろしく低い。入学式に入ったくらいか?あとは質素な体育祭の時に少し使われる程度だ。

5階は講堂があるのと、古いデスクやイスなどの備品が置かれている倉庫部屋があるくらいだ。あとは端っこに非常階段程度か。

普通の生徒はまずここに足を運ぶ事がない。夏場は日当たりが良すぎるせいで恐ろしく暑くなるという理由もあるからだ。

 

だが、今日の今の時間はあちこちに生徒が散っていて、落ち着ける場所が他になかった。中庭やベランダなどのいい場所はすでに取られていて、仕方なく俺たちはこの場所へ来た。


やはり俺たち以外は誰もいなく、スマホの音量を大きくしても誰かに迷惑をかける事もなかった。

そもそも、日本中の大半の人間が今この会見を見ている事だろうから周りに気を配る事もないだろう。



「先日よりネット上で騒がれている映像などの公式な発表を致します」


「映像に映っているのは、人間です。まぎれもなく人間です。一般的な人間とは少し違いますが、人間である事はしっかり調査し、確認しておりますので異星人などの生物ではありません」


すでに頭の中は大混乱だ。草野も黙ったままスマホの小さな画面を食い入るように見つめている。バカバカしいと笑える状態ではない。


「彼らには目がありません、視力がありません。専門家などの調べによると、視力がない為トンネルや地下道など暗いところで生活しているのではないか、という事です」


「国民の皆さんに危害を加えている理由については今現在理由が定かではありません、原因究明を急いでいるところであります」


「日本国内全て、できる範囲ではありますが監視カメラを取り急ぎ設置する次第です。そして、地下道などの空洞にあたるような箇所全て調査し、彼らを確保し原因追求を早急に試みる方針です。彼らは複数確認されておりますが、現時点で何名いるか、どこにどのくらいの数いるのかなども分かっておりません」


「また、一刻も早く行方不明になっている方々を保護し、救命する事に全力を尽くします」


淡々と語っているが、恐ろしい内容だぞ、これは。なんだ?人間とは?人間がなんでこんなバケモノみたいな姿になるんだ?


「彼らの姿ですが、人間が退化したような姿である事は間違いありません。現代社会において必要不可欠なスマートフォンやパソコンなどを長時間必要とし、依存しすぎて取り込まれてしまった結果の姿です。

ネットなどを見続け、入り込みすぎてしまった結果、人間の体の防御本能が働いたのではないかというのが専門家の見解であります」

 

体に、生命に、悪影響を及ぼすのなら、見ないべきだ、見てはいけない。人間の体の内部からそういった司令が出たのか?そんな風に人間の体が変化するものなのか?視力を必要としない体ができあがったのか?


「また、視力を失った分、体を守る為に手が長くなったと考えられます。自身の周りを探る為、身の回りに危険を及ぼすものがないかどうかを探る為だと考えられます」


「彼らは視力がない分、一般的な人間より聴力が優れていると思われます。彼らの動きは手で探る以外は聴力のみが頼りとなっているのが映像で確認されています」


それがあれか、紙くずみたいなのを放り投げて確認する映像か。恐らく紙くずを投げて人間にぶつかったり、人間が踏んだりすればそこに人がいるかどうかの判断ができる。

いたってシンプルな方法だが、確実といえば確実だ。




 8


世界は変わってしまった。


 

今まで生活していた空間はどこにもない。

全く違う異世界に降り立った気分だ。


世の人々の慣れは怖い。適応能力に優れているのが人間という生物なのか。


音が全くない。静寂に包まれた空間だらけだ。


渋谷の大型ビジョンも今は真っ黒だ。

店などいたるところで流れていたBGMはなくなった。

俺もイヤホンをする事がなくなった。スマホで音楽を聞く人はほとんどいなくなった。


かろうじて音が聞こえるのは安全な家の中や、電車や車の音だけか。


 

街中に監視カメラが全て行き届くように設置されている。

奴らがいつどこから現れても把握できるようにだ。その監視カメラを24時間体制で見ている監視員ももちろんいる。少しでも奴らの姿を確認できたら、そのカメラのある位置から1キロ以内にいる人間に警告が伝わる。

警告の伝え方は音ではない、光だ。

唯一彼らに悟られない手段は目に見える光しかないからだ。音を立てればすぐに気づかれてしまう。

監視カメラにも強い光を放つライトが付属で設置されている。一般人が持つスマホやガラケーには光で警告が伝わる通知が来る。だから誰しも手にスマホを握りしめたまま歩いている。光ったら常に目にする事ができるようにだ。


スマホが光って通知が来たら、俺らは静止するしかない。音を立ててはいけない。奴らが過ぎ去り、奴らの住処に帰って行くまで静止して音を立てないようにするしかない。今の所はこんな原始的な方法でしか身を守る手段がない。


街の喧騒があると、自ら発する音が聞こえにくくなる、その為街から音が消えた。街に流れていた音楽もなくなった。

せいぜい家の中は安心だろうと、小音でテレビを見るくらいだ。とは言え、最近のテレビも殺伐とした内容ばかりで見る気が失せる。普段はあまり見ないSNSを多く見るようになったな。

つまらない内容でも、他に見るものもなく、気晴らしにはちょうどいいと今更ながら思った。


「ただいま」


ふぅ、とため息をつくように母親が帰ってきた。

家の中が唯一の安らぐ空間だからだ。


「今日は大丈夫だった?」


大丈夫、とは、光の事だ。警告に触れる事なく過ごせたかという意味だ。


「今日も大丈夫、通学中は電車だし、家から駅までの歩きは常にスマホが目に入るように歩いてるからさ」


「そう、そうよね。

会社の人でね、昨日警告が来たって。横浜の駅だっていうのよ、あんなに人が多い所でよ!どこから来るのかしら… でもね、すぐ警告は解除されたから距離が少し離れてたみたいね。光った瞬間に大勢の人の動きが一瞬にして止まったって。すごいけど、ホントに怖い事よね」


と、興奮してるのか、まくしたてるように一気に喋り出す。身近で警告があったという話しはチラホラ聞くが、いつ聞いても慣れるもんでもない。


「そういえば、うちのクラスのやつも何人かあったってさ。駅近くじゃなかったみたいだけど、住宅街とだったかな」


学校に行っても同じような話題が常に耳に入る。どこどこで警告に合った、と。車の中から姿を見たやつもいるとかいないとか。

 

実際、ドライブレコーダーでの映像は特に多く流れてくる。ニュースでも頻繁に流れるのは車からの映像だ。

奴らは人間なのだ、人間だから、車や電車にかなうわけもない。

車で走りされば逃げ切れるし、いざとなったら轢いてしまう事もできる。いまの所そういった類のニュースは聞いた事がないが。


しかし、彼らはどうやって生活しているのだろう。衣食住はどうなっているのだ?視力を必要としない世界とはどういう所だ。何故人間を攫うのだ。人間をどうしようというのだ。

専門家とやらが常に専門的な見解から答えを導き出すとかいうけど、新種?の人間の何がわかるというのだ。どう考えても人間が進化か退化したようにしか思えない。

人間の中でも突飛な考えの奴らは一定数いる。犯罪者の考えを探ろうとしても分からない事だらけだ、そもそも犯罪者の気持ちなんてわかりたくもないが。

新人類?とでも言うのか?奴らの心は人間と同じなのか?

 

普通の人間ですら10人10色だ、個々の考えなんてわかろうとしても分からない。

実際に奴らに触れ、話し、そしてようやく少しわかってくるのではないだろうか。


会話ができるのかどうかは不明だという事だが、住処については徐々に調べが進んでいるようだ。

そもそも人類はここまで進化した。科学技術も医学技術も数年前に比べたら格段に進化しているじゃないか。その人間にできない事なんてあるもんか。たかだか新種の生き物を見つけた程度だ、きっとそうだ。


「明日も無事に過ごせるといいわね」


そんな寂しい言葉を発して母親は洗面所に向かってしまった。

毎日が幸せで無事な生活か。少し前までは当たり前の事だったのにな。




 9


しかし、どう考えてもおかしい。

人間の進化?なんて普通に考えたら数十年単位で起こるわけがないじゃないか。

今までの人間の進化はどうだ。原人から現代人になるまで、何万年とかかってきたはずだ。それも見た目的には大きな変化は特にない。毛量や多少の骨格の変化などが数万年かけて変化している。

せいぜい猿人の頃に遡ったところで、サルみたいな見た目程度の変化だ。

それが、唐突に体の部位が変化するなんて事があり得るのか?

進化のような、退化のような変異が。

発見されたのがたまたま今ってだけで、もしかしたらもう何年も、何十年も前から奴らはいたのかもしれない。


視力を必要としないなんて、現代人では考えられない事だと思っていたが、視力を司るが為に不必要な情報まで吸収してしまい、体に悪影響を及ぼす?

そんなような話しが公式の発表とされていた。

 

現代人で不要な器官…


現代だからこそパソコンやスマホを見る事を絶対的に必要としていたと思っていたが、知らず知らずのうちに膨大なほどの悪影響を及ぼしていたというのか。


確かに思い起こしてみると、通常だった頃の世の中はみんながみんなスマホばかりを見ていた。電車に乗ると年齢を問わずスマホを見ている人が大半を占めていた。

知らず知らずのうちに依存してしまい、見なければいけないデバイスとなり、昼夜を問わず捉われ続け、まるで支配されるかのようになってしまったのか。


わからなくもない。

まわりの人間は依存しすぎている人はたくさんいた。いや、今でもいるだろう。

睡眠時間を削り続け、プレッシャーやストレスを感じ続けていたらおかしくなるかもしれない。

 

そして体に変化を及ぼす?



部屋にこもって静かにしていると、不安がよぎるばかりだ。

だが、今は大きな音を立てるわけにはいかない。家の中にいても気にしてしまう。


明日も、明後日も同じように静寂に包まれて行動しなければならない。まるで生き地獄だ。




「あれ?」


今日は草野が珍しく来ていない。

授業は真面目に出ていたあいつが珍しいな。

少し心配だったので、一応LINEを送っておこう。


「どうしたー、腹でも壊したか?」


すぐに既読にはならない。仕方ない。


授業と言っても最近はほとんどが自習みたいになってしまっている。こんな世ではしょうがない。課題がプリントなどで渡され、それを黙々とこなすだけだ。

一応授業は毎日あるし、駅や街へ出れば普通に人が行き交っている。

ただ、皆がスマホを握りしめて歩き、ほぼ無言を貫いている。


その時、スマホが強い光を放った。


授業中だ、教室には8割くらいの生徒がパソコンに向かったり机に向かったりして課題のデザインを考えていたところだ。


一瞬にて張り詰めた空気になる。


初めて警告に触れた瞬間だ。

今までは通常通りに生活していても、スマホが強い光を放つのを見た事はなかった。

明らかに違う光を放っていた。


元々静かだった教室が、尚静けさを増す。


静寂に包まれて、息苦しくなる。息を殺して音を出さないように、体も動かさず顔も動す事ができず、皆止まっている。教室が耳をつんざくような音のない空間に一瞬にして変わってしまった。


どこにいるんだ?どこに出たんだ、やつは。

1キロ以内じゃ範囲が広すぎるとの世間の声が上がり、最近になって500メートル以内に変更になった。

この場から500メートル以内、学校の外を含めて駅の近くの方までが範囲に当たる。まさか構内じゃないだろうな?白昼堂々と構内に入るというのはさすがに現実的ではないか。


長く感じた、非常に長い時間に感じた。


ようやく光が消え、あちこちから安堵のため息が聞こえた。

小声で「怖かった」やら、「どこだろう」との声も聞こえてきた。

場所はスマホですぐわかるので、俺もすかさずチェックをした。

駅とは反対方向の、ガード下あたりらしい。その辺りに一瞬だけ現れたらしい、との事だ。


くそっ、なんで今日に限って草野がいないんだ。

気軽に話す相手がいないのは今日は特にしんどい。


「おい、学校の近くにやつが出たぞ」


とりあえずLINEだけ送っておく。


 

結局、その日一日既読にはならなかった。




 10


2、3日過ぎても草野と連絡は取れないままだった。

何度か電話もしてみたが、繋がらない。自宅の番号は知らない。

ニュースを見ていると、行方不明者の情報や出現した時の映像が流れ続けている。埼玉県の情報は特に注意しながら見ていた。


まさか、とは思うが、思いたくもないが。


行方不明者はほとんどが監視カメラに映っているので、身元が分からないままという事はほぼなかった。すぐに情報が公開され、日時と共に映像が流れる。見落とす事もないと思う。


母親が心配そうに声をかけてくる。


「どう?大丈夫?」


「うん?平気だよ。心配だけど」


心配は心配だ。

だが、心の中ではさほど心配していないような自分もいる。

なぜかと言えば、行方不明になったとしても、遺体などが見つかった事実はない。怪我をして戻ってくる事もないが、どこかに囚われているだけなのかもしれない。

相手は同じ人間だ。同じ心を持つ人間だ。無意味に人を傷つけるような事をするだろうか?

利用されるだけなのか、奴隷のように?地下のどこかでか?


地下と言っても、今はあちこちで捜索が行われている。正直言うと、見つかるのは時間の問題だとも思っている。警察や自衛隊が本気を出せば、すぐに見つかるのではないか、と。


このところ母親もやはり元気がない。

俺の友達の居所が分からないという理由だけではないのは明白だ。母親だけじゃない、皆だ。皆が元気になれるはずもない。


昨日は母親も警告に合ったと言っていた。

駅付近でまだ明るい時間だ。明るい時間にも関わらず、監視カメラの強い光は尋常ではなかったという。

青白い?いや、青緑のような色合いだったと言っていたか。昼間でも光を見逃す事のないように、特殊なライトが使われているようだ。

商店街の通りに数カ所設置されているカメラが一斉に強い光を放ったというのだ。日中であっても不気味な光景だ。

 

幸い1、2分で光は消えたらしいが、この辺りも安心できない地域だという事が判明した。

場所によって、奴らが現れやすいというのはチラホラ聞く事があるが、自分が住んでいる場所でも、と考えると気分が晴れるわけもない。


かと言って家に篭っているわけにもいかないのが現実だった。

徐々に慣れてきているのは事実だ。警戒心が弱まっているわけではないが、奴らに対する対応力がついてきたのか、皆が普通に生活している。

学校では、何度も遭遇してるけどなんともない、などと大口で話しているやつもいる。

確かに、相手が人間だと思えばなんとかなるんじゃないか?という気がしないでもない。


だが、奴らの生態は当初に公開されていた発表とは少しづつ違ってきている事も分かった。

実際、走るのはかなり早いらしく、普通に走っても追いつく事ができないらしい。細い道や地下の空洞などを利用しているようで、一般の人がたやすく走れるような場所ではない所を走る事ができると。

目がないのに、でこぼこの道をたやすく走るとは、かなりの運動能力だ。


警官がちょっと走った所で追いつけない最大の理由がこういう事らしい。


そもそも、奴らは人間を、普通の人間を、傷つけるつもりはないのではないだろうか?




 11


9月になっても、いつも通りの毎日が過ぎていく。

ただ、草野がいないだけの毎日が過ぎていく。


特に世の中に変化はない。皆が気をつけながら生活しているだけだ。何も変化がない。

いつまでこんな状況が続くのだろうか。早くなんとかならないものか。


全く眠れない日が多くなってきた。 

今日も寝付く事ができない。パソコンに向かっても、課題をやる気になれない。全てにおいて、やる気を失う。


深夜3時過ぎ、眠れないままリビングに降りて冷蔵庫を開ける。

特に喉が渇いたわけではないが、ぼんやり冷蔵庫の中を見つめる。


リビングにはシーリングライトがうっすらと点灯している。真っ暗は危ないから、と母親がいつも一番暗い設定のままにしている。


明るくしなくても室内は何がどこにあるか把握しているから、コップを取り出すのも特に問題はない。

リビングの窓からは横のガレージが見える。小さな窓から、外に設置されている防犯用のライトでうっすらとガレージが照らされている。車もなにもないもんだから、ガランとしたガレージを照らしているだけだ。


冷蔵庫を開けたまま特に何が欲しいわけでもなく、ぼーっとしていた。


その瞬間、外からなにか物音が聞こえた。

この音は、どこかで聞いた事があるような気がする。

どこで聞いた音だったか…なんか引っかかる音だ。

俺はずっと微動だにせず考えていた。


 、、、思い出した!奴らの合図じゃないか。紙くずを放り投げる合図だ。

と、いう事は奴がいるのか?今?そこに?


一瞬にして頭の中が真っ白になった。唐突に背中が凍りつくような恐怖を感じた。


冷蔵庫は開けたままだ。冷蔵庫の明かりがゆらぎ、影が見えた。

俺は音を立てないよう、慎重にゆっくり振り返った。


リビングには何もない。家の中は安全だ。


だが、影が見える、ガレージが見える小さな窓に、間違いなく影が見える。

俺は一歩も動く事ができない。


スマホを持っていない。部屋に置きっぱなしだ。今、スマホは光っているのか?外の監視カメラは光っているのか??


背中から滝のように脂汗が流れ出している。夜はもう真夏のような暑さはなく、涼しくなってきたというのに、全身がびっしょりになるくらいの汗が流れてTシャツに染みているのが分かる。

じっと動かずにいても、動いている影があるのは見える。俺は動いていない、明らかにガレージだ。何かがいる、犬や猫か。

いや、頭の中では明確に分かっている。奴がいる。間違いない。


影のシルエットが人間ではない。よくニュースで見る映像そのままだ、手が長い。暗いから顔までは分からない。奴がゆっくりとガレージの中を歩いている。何かを探しているかのように。


ゆっくり徘徊し、おそらく奴が投げたであろう紙くずのようなものを拾う仕草をし、そのままくるりと来た道を戻って行った。 


わずか1分くらいの時間だっただろうか。歩道に出て、どこかへ向かって行ったようだった。



俺は動けない。まるで一時間くらいに感じた。

汗が止まらない。こんな恐怖を感じたのは初めてだ。


なんで今に限って部屋にスマホを置いて降りてきてしまったんだ。最近はトイレに行く時ですら持ち歩く癖がついているくらいなのに。くそっ。

スマホを持っていようがいまいが、事態が変わるわけではない事は分かってはいたが、恐怖で何かに怒りをぶつけたいような気分だった。




 12


昨夜の事は母親には言わない。

言っても、恐怖を与えるだけになってしまう。余計な心配をさせたくなかったし、不安を煽るような事もしたくない。

最近ではニュースも全ての出現や警告は報道されなくなっている。人がさらわれそうになった、ケガをした、など人間が被害を被った場合のみ報道されるようになった。

ネットで検索すれば細かな出現情報は見る事ができるが、母親はそこまで見ていないようだ。パソコンはそこそこ使えるが、スマホの操作はあまり得意ではないし、パソコンでもニュースなどをチェックする癖もない。


自分の中で止めておけばいい。それでいい。朝起きてすぐにガレージを見たが、何も異変はなかった。荒らされてもいなければ、何かを盗まれたわけでもない。何も変わらない朝のガレージの光景だった。


そして、同じように毎日を繰り返す。

皆が慣れてきているこの異常な世の中で。


今日は二時限目からの授業だ。朝は少し遅い。

母親と朝の時間が同時になるのは週の半分くらいだ、今日は俺が起きた時はすでに家を出ていた。それも幸いだった。

普通に授業を受け、1日過ごせば自分も落ち着くだろう。いつも通りになるだろう。


家のドアを開け、外に出る時には左右を見て、やはり緊張感を持って出る。

電車にさえ乗れば安心だ。安堵できる空間があるのはありがたい。


学校の門は常に厳重に閉ざされるようになった。出入りの度に重いガラスの扉を開けるのやや大変だが、それも仕方ない。一階は窓や非常口など、授業中は常にしっかり施錠されるようにもなった。


「今日も来てないか」


草野が来なくなってどれくらい経っただろうか。10日、いや、もう二週間になるか。

クラス担任に聞いてみたが、俺と同じく連絡が取れないので分からないという事だった。

家に電話しても連絡が取れないという事か…本当に、何があったんだよ。


授業が全て終わり、帰宅時間になったけどまだ気分は晴れない。このまま家に帰るのもなんだか嫌だな。

少し寄り道をして帰るか。人が多い所なら大丈夫だろう。

そんな軽い気持ちで渋谷へ向かった。家電量販店をブラッと見るには最適だ。


電車を降り、人の足音だけが流れるホームを歩き、より一層複雑になった渋谷の地下を歩いて地上へ出る。

家電量販店に行くには渋谷か横浜だ。住んでる場所から言えば横浜の方が断然近いが、今日はすぐに家の方へ向かう気にはなれなかったから渋谷を選んだ。


建物に入るまではいつもスマホを握りしめて緊張感が漂う。奴らはどんな場所でも現れる。昨日の姿を思い出し、ブルッと背筋が寒くなる。あの姿はもう二度と見たくはない。

入り口に向かい、すぐにエレベーターに乗る。とりあえずいつも一番上の階まで行く。そこからゆっくり一階ずつフロアを見て回るのが俺の習慣だ。デザインに限らず、家電量販店を見て歩くのは楽しいもんだ。

イヤホンコーナーは随分とこぢんまりしてしまったようだ。売れ行きがよくないのだろう、それもそうか。外を出歩く時にイヤホンをつける人がめっきり減ってしまったもんな。


ゲームコーナーや最新のAIが搭載された家電、スマホで遠隔操作できる家電、本当に随分と進化してるもんだ。ここ数年での家電の進化はめまぐるしい。俺が小さかった時には考えられないような電化製品が当たり前のように並んでいる。声だけで電化製品を操作できるなんて、ちょっと前には考えられなかった技術だ。

今日は学校帰りだから、普通のバッグだけ持っていたが、家電製品のパンフレットで気になったのを詰め込んだ。


地下一階まで見て回り、時間は5時を過ぎた。そろそろ家に戻るか。

地下からは上がりの階段がおっくうだったので、エレベーターを使い一階まで上がる事にした。


 

そう、それは、その時だった…





 13


ようやくエレベーターが動いたあと、乗っていた4人は静かに降りていく。

家電量販店の入り口にモニターがあった。入る時には気付かなかったが、どうやらこの辺りの監視カメラの映像を流し続けているらしい。

そこで、さっきの奴の映像が流れていた。かなり近い、代々木公園の方に向かっているようだ。

監視カメラには「何時何分の映像です」と大きく右上に映し出されていた。

ついさっきだ、5時5分という表示が映っている。

今の時間は5時18分、わずか13分前。どうりでスマホが光りを放ち続ける時間が長いわけだ、こんなに近くにいたのなら納得だ。

納得と同時に、身の毛のよだつ恐怖が襲う。連日でこんなに遭遇する事があるのか、奴らはそんなにも身近になっているのか?俺だけが気付かないだけで、奴らはどんどん人間の世界に幅をきかせているのか?


映像を回りの人も見続けていた。どこへ向かうのか、どんな動きをしていたのか。

代々木公園方面の道を少したどたどしい足取りで奴は向かっていく。


画面を見ていると、俺は真っ青になった。


「なんだこれは、どういう事だ」


何かの間違いだろう、いや、単なる偶然か。

何度も何度もその映像を見る、しばらくすると繰り返されていた画面が終わり、通常通りの監視カメラの映像になった。見ていた人も、静かに去っていく。


俺は今、何を見た?俺は今、何を考えているんだ。



あの、奴の歩き方には見覚えがある…


いつも見ていた、あのふてぶてしいような歩き方。

俺は困惑した。恐ろしい発想しか浮かんでこない。どうしたらいいんだ、どうすればいいんだ。



 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


困惑しても、誰かに助けを求めていても無駄な事はわかりきっている、そして、今までの疑問が一致してしまう。


俺は泣きそうな気持ちを抑えながら、一階の電気関連売り場の入り口近くに売られていたヘッドライトを勢いよく手に取った。無我夢中だった。


そのまま一気に走った。店員が声をかけてくるのも振り切り走った、とにかく走った。

向かうは代々木公園だ。




 14


息が上がり続け、心臓の鼓動がどんどん早くなる。それでも走るのを止めず一気に進む。

絶対にこっちだ。確証はないが、代々木公園は学校からもそんなに離れていないし、なにせ俺たちが足を運んだ事のある場所だ。

思い出の、なんてもんじゃない。ただ、どうでもいい話をダラダラとしていた場所、それだけだ。


ようやく息苦しいまま代々木公園に到着した。渋谷から向かったから、脇の方の小さな入り口から入っていく。

ひとまず、息が落ち着くまでゆっくり公園内を歩く。どこだ、どこへ向かったんだ。

公園内はかなり広い、奥の方までは行った事がない。春になるとバラがたくさん咲くであろう「バラの園」と書かれた場所を通り、池のある方に向かう。

この辺りは歩いている人や、犬の散歩をしている人がチラホラいる。人の多い所にはいないだろう。どこか、抜け道のような場所が…


どんどん奥へ進んでいく。9月だからまだ夕方は明るいが、時刻が進むにつれ徐々に暗くなってしまうだろう。時間がかかればかかるほど暗くなる。一刻も早く見つけたい。


ドッグランがある場所をぐるっと周り、すでに公園内を一周するくらい歩いているのか、という感覚に見舞われた。

細い道を抜けた時、少し薄暗い場所があった、歩く道のないのところ脇だ。ツツジやサツキなどが生い茂っているので人が入れそうな空間ではないが、硬い花の枝を無理やり通り抜ける。


「いて、いてててててて」


ツツジなどの枝はかなり硬くて痛い。長袖だったのが幸いだけど、足は7分丈のパンツだ。腕も足も、結構なスリ傷ができてしまっているだろう。ピリピリとした痛みを腕や足に感じる。


「なんだ、これ」


土が盛り上がっている部分に小さな穴があった。直径1メートルくらいの穴だ。そこを覗いてみたら真っ暗な空間が広がっているように見える。

まるで、洞窟?

 

スマホの明かりを照らしてみる。空洞が広がっているのか、光が届かずどうなっているのか見えない。

さっき家電量販店から持ち出したヘッドライトを開けてライトをつけてみる。申し訳ないという気持ちになりながら。

ヘッドライトの光は瞬く間に空洞の奥まで伸びて行った。1メートルくらいの入り口?からは想像できないような空間が広がっていた。かなり広いぞ。どこまで伸びているんだ?


恐怖を感じないわけではなかった。だが、ここは東京のド真ん中だ。スマホの充電もまだ80%ある。もちろん電波も届く。いざとなったらここから警察に電話すればすぐに助かるに決まってる。

そう自分に言い聞かせ、意を決して中へ入っていく。ヘッドライトをしっかり頭に装着し、取れないように気をつけながらゆっくりくぐって中に入る。


パッと見では土に囲まれただけの空洞だ。よく子供が隠れ家にするようなタイプの場所だ。

そうだ、子供の隠れ家なんかかもしれない。だとしたら俺は笑いものだ。


少し気を軽くし、奥へゆっくり歩みを進める。


「なんだ、おかしいぞ」


奥へ行けば行くほど、どんどん横に空間が広がっている、そして、どんどん下り坂になっていて、下に降りていくようだ。かなり急な下り坂になってきた、すでに地下一階くらいの深さくらいになってないか?うっかりすると足を滑らせそうになる。慎重に歩いて行く。


どこなんだ、ここは。


昔作られた防空壕か?トンネルや地下鉄を作ろうとして、何か問題があってそのまま放置された空間などがあるというのは聞いた事がある。おそらく、奴らはそういう空間を探して住み着いているんじゃないか?


あっというまに恐ろしいくらいの広さになった。ヘッドライトの明かりでは照らしきれないので、正確な広さは分からない。


少し先に、何か見える。鉄の棒のような、工事現場の足場のようなものがある。

なんでこんな所にこんなものが?

近づいてみると、やはり足場のように鉄パイプが組まれて、二階くらいの高さの所に人が立てるような場所がある。なぜ、こんな所に足場が?他には何もない。かなり厳重に作られていて、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにもない。

ゆっくり物音を立てないように、俺は足場をしっかり登ってみた。

やはり二階くらいの高さになった、ここで誰かが何かをしていたのか?それとも何かを建設しようとして途中段階なのか?


少し高い位置にいれば安心感が増す。なぜだろう、とりあえず俺はここに腰掛け、少し休んでみようと思った。




 15


辺り一面、電気がなければ真っ暗だ。全くの静寂で土と少しの石が転がっているだけだ。腰掛けたまま、ゆっくり大きく周りを見回す。高さは3、4メートルくらいか?距離は分からない、うっかりすると来た道が左右どちらか分からなくなってしまいそうだ。この空間は空気も悪く、熱が篭ってジメジメ暑いのに、身震いが起こる。

地面を照らしてみると、ある事に気がついた。

俺の靴の足跡…と、他にも足跡のようなものがある。ひとつ、ふたつ、、、、無数にある。


人間の足跡だろうか。奴らの足跡だろうか。


ゾッとした、恐怖で発狂しそうになる。

ここに奴らがいるのは間違いない。人間のいる空間と、奴らのいる空間を繋いでいる道なのも間違いない。俺はとんでもない事をしてしまったのか。すぐに警察を呼ぶべきか、そうだ!警察を呼んで助けてもらえばいい!


スマホをすぐに取り出し、唖然とする。


圏外だった。地下で、圏外になってしまっていた。

もうどうにもならない。ここから静かに逃げるしかないのか。逃げられるのか。


俺以外誰もいない空間だったはずの場所に、遠くから何か物音が聞こえてきた。

背中にジワジワ汗をかき始めた。一気に背中がびっしょりになるのを感じた。


俺はゆっくり音のする方向を見た。ライトが俺の顔の動きと共に照らされた方を見る。

小さく、遠くに何かが見える。人間なら声を出して助けを求めればいい。

だが、人間とは限らない。いや、奴らも人間なのか、だが助けを求められる相手ではない。


思ったよりも早いスピードでこっちに向かってくる、心臓の鼓動がどんどん早くなる。顔じゅうにも汗がしみわたって、目に汗が入る。

 

やっぱり、奴だ。


足音はほとんどしない、洋服のような布を体にまとって手を大きく振りながら歩いている。

目はない。やはりない。だけど一直線にまっすぐに歩いている。人間の世界に向かって歩いている。


俺の方は見向きもしない。やはり目がないからライトの光にも気づかないらしい。そのまま俺の真下まで来た。

奴は止まる事もなく、何も確認もせず俺が来た道をまっすぐに登って行った。


間違いなかった、ここが奴らの出入り口だ。

もちろんここだけではないのは分かっている。はっきりしているだけでも日本全国で監視カメラに映像が残っているからだ。おそらく、こういう場所を見つけて奴らの場所にしているんだろう。

光が届かない空間で、どうやって生きていくんだ。食べ物はどうしているんだ、生きるために必要なものが揃っているとは思えない。


あいつが出て行ったって事は、必ず奴が戻ってくるわけだ、どうしたらいいんだ。

もはや全く身動きできなくなってしまった。外はもう真っ暗だろう、でも、せめて電波が届く所まで戻らないと俺は助からない。


この奥には、草野もいるのかもしれない。分からない、何も分からないが、可能性はゼロじゃない。


今頃母親はどうしているだろうか。俺が帰宅していないのを単なる寄り道だと思い、一人で夕食を食べているくらいの時間か。いつもだったら俺は部屋に篭っている時間だろうか、なんで俺はこんな所にいるんだ、なんでこんなところに来てしまったんだ。

 

10分くらい経過し、遠くからまた音が聞こえた。奴が戻ってきたのかもしれない。

さっきとは違う、人間の声が聞こえる!

もしかしたら、奴が人間を捕まえて戻ってきてるんじゃないか?どうしたらいいんだ?人間が騒いでいたら俺がいる事がバレてしまう。


どうすればいいのか困惑している間にも、どんどん人間の声が近くに聞こえてきた。

悲鳴のような絶叫のような声だ、男の声が聞こえる。


とっさに俺はヘッドライトの明かりを消した。

真っ暗な空間になれば人間の目には見えないはずだ、この足場も俺がいる事も。


助ける事ができなくて申し訳ない気持ちもあるが、みんな捕まってしまったら終わりだ。なんとしてでも助けを求めなければならない。


叫び声がどんどん近くなり、真っ暗な空間の真下を通過していった。

どんどん奥へ向かっていき、声が聞こえなくなった。


ライトを点け、辺りを見回すと元の静寂の空間だけが残っていた。




 16


時刻は10時を過ぎた。スマホで時間だけは確認できる。

どうしたらいいのか分からないまま時間だけが過ぎて行く。何度か奴らが通り過ぎて行った。

人間がいたのは最初の一度だけだ、あとは奴らが一人ずつ往復していくだけだった。


なんだろう、慣れてしまったのかさほど恐怖を感じなくなってきた。

最初に見た時に感じた違和感を覚えている。人間が連れられてはいたが、捕らえ方に強行な感じを受けなかった。

男性の声だけはわかったが、どのような体格なのか、年齢も分からなかった。


奴らは人間を捕まえて、何をしようとしているんだろう。殺しているのか?なんのために?

自分たちのために働かせる?いや、そんなのは違う気がする。


俺は興味が湧いてきた。彼らがもし、人間を敵視していないとしたら?

人間が彼れらに恐怖を感じているのは見た目だけじゃないか、実際行方不明になった人達がどうなったか知るものはいない。

彼らを悪と決めつけているのは人間だ。人間の勝手な偏見でしかない。


意を決して、ゆっくり立ち上がる。

何時間もここに座っていたから、足が痛くて仕方ない。体がバキバキしている。しかも腕も足もスリ傷だらけだ。

ゆっくり体を起こし、足場を降りていく。

音を鳴らさないように、慎重に注意しながら土に降りた。


「行こう」


決心した。奥へ行こう、彼らの住処を見てみたい。

死ぬかもしれない、どうなるかも分からない。不安がないわけはない、だけどここまで来たら行くべきだと思った。


ゆっくり歩みを進めていく、土と石があるだけの道を。足元をしっかり見ていないと、たまに転びそうになるくらいの大きい石がある。

まだやや下り坂が続いていて、先はどれくらい長いか分からない。




 17


歩き続けて7、8分くらい経っただろうか。辺りの景色が変わってきた。

足場があった鉄バイプがあちこちに転がっていて、何かを作ろうとしているかのように見える。

彼らの住居などを作る材料にしているのか?


いつ、どこで彼らが現れるかは分からない。とにかく端に沿ってゆっくり静かに歩いて行く。

彼らは足が早いから出口まで数分で着いてしまうのだろう。

俺には果てしなく長く感じる道のりだが。


かなりひらけてきた、長く暗い空間にいたからか、暗闇に目が慣れたのか、少し明るさを感じるような気がする。


途端に見えたのは、彼らだった。

3メートルくらい先の位置に、二人歩いている。テキバキと歩みを進め、あっという間に去って行ってしまった。

ここは、彼らの住居のようだった。


雑然とした何もない空間に、仕切りのようなものが鉄パイプなどで組まれている。

全て平たい空間に敷かれている。目が見えない分、上への広がりが作れないようだ、上への空間が安全だったのはさっきの足場で確証していた。


だが、ここにも足場のようなものが1箇所だけあった。

何故だ?上への空間は不要なはずなのに、上へ行く足場がある。


彼らの行き来が激しくなってきた。

彼らの足音に紛れるように、俺はゆっくり足場へ向かう。


ゆっくり、慎重に、気づかれないように…


足場を静かに上がり、上へ登る。さっきと同じような高さで作られている。

これは、誰が作ったんだろう。


そこから彼らの行動を見ていると、よくわかる。

彼らは普通にここで生活をしているんだ、この暗黒の空間で。

音はほとんどない、彼らは喋らない。足音や何かを運んでいるような音が聞こえるだけだ。

やはり、目がないから音に対して敏感になっているんだろう。


だが、なんて事だ。

俺には全く怖さがなくなっていた。

彼らは敵ではない、普通に生活しているだけの人間だ。

俗世に取り込まれてしまって、行き場をなくした人間が、ここに新たな生活空間を作り出そうとしているだけだ。


俺はハッとした。

彼らの中にいる、一人の通り過ぎた人を見たからだ。


あいつ、あいつは、あのモニターで見た、草野じゃないか。


声を出しそうになってしまった、だけど今声を上げるわけにはいかない。

体型や身長を見ても、草野そのものだった。なんであんな姿に…


そんなにも、そんなにも苦しめていたのか。SNSなどに取り込まれ、体に異変を生じてしまうくらいに苦しんでいたのか。俺は何も気付かなかった、気付けなかった。

悔しさと悲しさでいっぱいになる。草野は今、どういう気持ちでここにいるんだ、ここにいる事を選択したのは、やはり苦しい現代社会にいられなくなったからなのか。


あらためて周りを見回してみる。

彼らはこの生活を選んだ、ここにいる事を選択した。

苦しい地上での暮らしにうんざりし、地上の暮らしを捨てここに行き着いた。

それが、自然であるかのように、それが当たり前であるかのように。


歩きまわっている彼らの姿に、さっきまで渋谷を歩いていた雑踏の中の人のような雰囲気は全くない。ギスギスした険悪な雰囲気や、時間に追われている姿、スマホ片手に歩く姿。全てをとっぱらってここに行き着いたのが彼らだった。



何時間経過しただろうか。

俺は彼らの姿を見続けていた。草野らしい人物はどこかへ行ってしまった、見えなくなった。


そこで突然ものすごい強い光が走った。

俺が入って来た方向からとてつもなく強い光が照らされた。


人間だ、何人もいる。





 18


俺は今、見慣れた天井を見上げている。

いつもの自宅のベッドだ。

怪我はほとんどスリ傷だけだった。休んでいても、頭の中は真っ白だ。


あの時、たくさんの人間が俺を救出に来た。

深夜になっても帰宅しない俺を心配し、母親が警察に相談した。

渋谷や代々木公園の監視カメラに俺が複数映っていた。公園内にもカメラは複数あったが、俺が入って行った場所は死角になっていたらしい。

だから今まで彼らの出入りも確認されなかったわけだ。


俺が助け出されたのは明け方だったらしい。

強い光が照らされた瞬間以降、あまり記憶がない。


たくさんの人間が一斉に走り出し、彼らを捕まえていた、俺はそれを一目散に止めようと走り出した事だけは覚えている。

俺は必死だった、彼らが作り出した安堵の空間を壊す権利はない、人間はなんて愚かなんだ、何故、無害の彼らを敵視するのか。


泣きながら叫びながら必死で止めようとしたのを覚えている。

人間達は俺を制して、落ち着けというような言葉を発していた。


俺は今でも間違っていたとは思わない。

彼らは人間にとっての悪ではない、現代の人間として生きていく事ができなくなり、新しい住処を作り出そうとしていただけだ。それだけだ。

彼らを哀れに思う事もない、全く新しい世界を築こうとしていた、彼らにとっての生き方を探し求めていただけじゃないか。



救出されてから一ヶ月以上が経過していた。

その後の彼らは人間に捕らえられているようだ、強暴性はない、とかなんとかニュースでほざいてやがる。

当たり前だ、ただの人間なんだから。


救出直後、俺は10日間入院していた。

精密検査が必要だと言われ、身体中調べられた。レントゲンにMRIに採血、胃カメラ、聴力視力、全ての検査が行われた。

バカバカしいと思いながらも、黙って受けていた。

もちろん異常なんかない、精神科の検査が一番辛かった。色々聞かれたからだ。


入院中は警察なんかも多く来た。大半が心配しているそぶりを見せながらも、俺がどういう行動をとっていたか興味本位に感じられた。

ほとんどを「忘れた」と言い続けた。



これから彼らはどうなるのだろうか、平穏な生活が送れるのだろうか。

あれをきっかけに、全国あちこちで彼らの住処が発見された。

同じようにたくさんの人間が攻めていき、彼らを確保している。

作りかけのトンネルや地下鉄、人間の世界には空洞になっている地下がごまんとある事がわかった。


どこに収容されるのだろうか、無事だろうか。


彼らも同じように身体中検査されているのだろう。ただの人間なのに、ちょっと今の現代の生活に馴染めなかっただけの人間なのに。


俺は何度も草野の事を思い出した。

悔しかった、俺が気付いてやれなかったのがただただ悔しかった。

友達とは言え、俺は何も知らなかった事を思い知らされた。


俺は救出され出す時、何度も何度も草野の名前を大声で叫んだ。

あいつは反応していたのだろうか、そこにいたのだろうか、俺の声に気付いたのだろうか。気付いたとしても、俺はあいつに何もしてやれない、草野も俺には会いたくないかもしれない。


もっともっと話していればよかった。他愛ない話しだろうが、なんだろうが少しでも支えになれたのかもしれない。悔しくて、何度も何度も涙がこみあげた。







 19


「いってきます」


勢いよくドアを開け、外に出る。

夕焼けがキレイだ。


コンビニに行き「袋はいりません、ペイペイで」と伝え、買い物をさっさと済ませる。


 

あの件から一年以上が経ち、俺は就職した。望んでいた会社は叶わなかったが、小さなデザイン会社に入社した。

小さい会社でも、仕事が認められれば大きな仕事に繋げられる可能性もある。

いずれ、念願の家電のデザインの仕事に関われるかもしれない、それも夢ではない。

仕事に対する意欲はあるが、いつも心の中にはぽっかりと空間が残っていた。


もらったレシートをクシャクシャに丸めてコンビニ入り口にあるゴミ箱の方へ投げる。

思った以上強く投げてしまいゴミ箱の側面に当たり、跳ね返って俺の足元にぶつかった。


「いてっ」


思わず声が出た。

だけどちっとも痛くなんてない。丸めた紙くずなんて痛いわけがない。

子供や犬猫に当たってもケガをする可能性はほぼないだろう。それが分かっていたから彼らは紙くずをチョイスしていたのだ。

実際今の俺のように、声が出たり、少し驚いてちょっと後ずさりくらいはするだろう。それでいいのだ、物音さえ聞こえればいいのだから。

彼らは人間に害を与えるつもりなんてはなからなかった。



歩いていると、あの時の事を思い出す。


全てが夢だったんじゃないか、俺の妄想だったんじゃないか。

朝起きて思う時がある。


だが、全て現実なのもわかりきっている。

結局人間は変わらない、この便利な現代社会の中で生きていくだけだ。便利とは裏腹に、追い詰められている人間が多数いるのもまた事実だ。


テレビやネットはほとんど見なくなった。あれ以降は勝手な憶測やフェイクニュースが飛び交うだけの代物だった。どこを見ても、真実なんてありはしない。

一時期ネットの規制なども行われていたが、結局今の人間は以前と全く変わらず、スマホを見続けてネットの中に取り込まれている。その先に何があるんだろうか、また、同じような事の繰り返しになるんじゃないか。


今でも思う、彼らの住処は本当に全て見つけ出す事ができたんだろうか?

現時点でも古い地下鉄が放置されているというような話しは見聞きする。もしかしたら完全な住処を作る事ができているんじゃないだろうか?


彼らが人間をさらっていった理由なんてものは単純だった。自分たちの仲間を見つけていただけだ、彼らは自分達と同じような苦しみを持った人間がわかるらしい。視力がない分、五感のうちのほかの感覚が非常に優れていた。

行方不明になった人間は、苦しさから解放されていたんじゃないだろうか?


最初に目撃されたのは田舎だったが、あんな田舎でも現代の生活に馴染めなくて苦しめられている人がいるという事を考えると、いたたまれない。


足場があったのも、彼らが作り出したものだった。彼らの体が変化する途中までは目が見えていたらしい、その段階で見張り場を作ろうとでもしていたのだろう。


あの時、草野は発見されなかった。DNA鑑定で一致する個体がいなかったという事だ。

俺は安堵した。


もし、彼らの住処がまだ残されているのなら、安堵の地として平穏に暮らして欲しい。

決して人間に邪魔されることなく、生活できる環境を作り出していて欲しい。



 その時、手に持っていたスマホがふと強い光を放った気がした。


「そんなバカな」


じっとスマホを見続けてみたが、光ってはいなかった。気のせいか。


バッグの奥からイヤホンを取り出す。ずっと使っていなかった。

世の中は元に戻ったように見える。雑踏の騒めきや、店で流れている音楽、全ての音が戻ってきた。

静寂に慣れたあとは、音が息苦しく感じる時がある。

街には常に音が溢れ出している、無音だった時が嘘のように。


イヤホンを付け、スマホで音楽を流す。

音量を大きめにあげて、帰路につく。









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