8.俺はどうすればいいのか…
どの道を通ってきたのかも覚えていない。
気がつくと俺は自室にいた。
「…付き合ってる、か…」
佐々木に告げられた事実とは、彼と鈴瀬が恋人関係にあるというものだった。
なんのことはない。
佐々木は鈴瀬が俺と浮気をしているのではないかと疑い、また俺が鈴瀬のことを探る中で交際がばれてしまうことを恐れて、俺に黙っておくようにと頼んできたのだった。
その代償が今俺の手の中にある。
スマホの画面には、つい先程彼に見せられたものと同じ写真。
いかにも幸せそうな二人の姿が写っている。
佐々木は俺に鈴瀬紫音という人気歌手のプライベート写真を握らせることで、俺の口をつぐませようという腹積もりらしい。
だがお生憎様だ。
「やっと、見つけた」
これはまさに…俺の求めていたもの。
鈴瀬の弱みだ。
そしてもう一つ…。
制服の胸ポケットを探ると、硬い感触。
そこに入っているのは小型のレコーダーだ。佐々木と俺の会話は全てここに録音されている。
これだけあれば十分なはずだ。
彼女の所属する事務所は、厳しく恋愛禁止の規則を敷いている。
俺がたった一通のメールに写真を添付して週刊誌にでも送ってしまえば、彼女は“終わる”。
だから今すぐにでもそうしてしまえばいい。
…のだが。
「くそっ…」
この異世界に転生したと知った時、俺はベルタへの復讐を固く誓ったはずだ。
それなのに、どうしても本当に慈悲深く美しいベルタに仕えていた頃の、前世の記憶が邪魔をする。
ベルタの執事という職の束縛が、俺に絡みついて離れない。
アイツだけが幸せになるなんて許さない。
俺を裏切ったアイツは、俺と同じように幸福を奪われて当然だ。
そう思っていたのに。
結局俺はあの写真を送ることはできないまま翌日の部活を迎えていた。
隣には佐々木がいる。
部活が始まる前には、あの事は誰にも言ってないよな、と釘を刺された。もちろん言える訳がない。
鈴瀬を破滅させるのは俺でなくてはならないのだから。
「ちょっとストップ。トランペット、今出るの遅れたでしょ。有馬くんかな」
「…あ、」
やってしまった。
つい考え事をしていたら小節の初めに出そびれた。
「もしかして調子悪いの?さっきからミスが目立つけど。体調崩してるなら…」
「大丈夫です。迷惑かけてすみません」
指揮棒を持った顧問が心配そうに眉根を寄せている。
佐々木もさっきからチラチラとこちらを伺っているのが分かる。俺が鈴瀬のことで気が散っているとでも思っているのだろう。
…まあ、実際そうなのだが。
それに先生だって分かっている。俺の調子が悪いのは今日に限ったことではない。
鈴瀬と話してからずっとだ。
大会もあるというのに、このままでは部活もままならない。
それでも先生が俺に何も言わないのは、きっと有馬が優秀なトランペッターだと信じているからなのだろう。信頼ってやつだ。
でも…俺は有馬ではない。
その日、俺は何度も合奏を中断させた。
頭を下げる俺を咎めた人は一人として存在しなかった。
「なぁ、ちょっといいか」
すごいデジャブ。昨日も同じようなことがあったのような…。
しかし部活が終わった後の賑やかな音楽室で俺に声をかけたのは、佐々木ではなく柴田だった。
そういえば佐々木は塾があるからと先に帰ったんだっけ。
「なんだよ」
適当に受け流しながら楽譜を片付ける。
「お前、何か悩んでるだろ」
ギクリと肩が跳ねた。
咄嗟に柴田に視線をやると、愛想の悪い表情はいつにも増して険しく、怒りを孕んでいるようにさえ見える。
「別に何ともないけど?」
「いや、でも」
「心配すんなよ、大丈夫だって」
「…大丈夫じゃないからあんなにミスってんだろうが!」
急に声を荒らげられ、驚いて鞄を取り落とす。中に入っていたメトロノームが鞄から飛び出して床を滑った。
辺りが一瞬で静まり返る。視線が集中しているのが分かった。
こんなことは初めてだ。
寡黙な柴田がこれほど大きな声を出すのは。
怯んだ肩を掴まれる。
「連続でミスるなんてお前らしくもねぇ!お前はパーリーだろ!パーリーならパーリーらしくまともな演奏くらいしろよ!」
グッと唇を噛んだ俺の目を真っ直ぐに見据えて柴田は言う。
「部員みんな困ってんだよ。今までの有馬ならこんなことはなかった」
ハッと周りを見渡すと、俺が初めて声をかけられた後輩…川島と目が合う。
視線が交わった途端、川島は気まずそうに俯いてしまう。
俺の存在は部員たちらにとって迷惑な存在なのだ。
そう悟った俺は、柴田に何も言い返すことができなかった。
柴田は低い声で告げる。
「お前をメンバーから外す」
外す。
つまり、大会に出さないということ。
北ノ花の吹奏楽部は人数が多く、大会に出られる上限人数を上回っている。
だからメンバーはオーディションをやって決定されているのだ。有馬はそのオーディションを通過してこの席を獲得していた。
——お前はメンバーとしてここにいていい人間ではない。
言外にそう言われているような気がした。
何もかも見透かした目がそう言っているような気がしたのだ。
ざわめきだした部員たちを横目に、柴田は一人楽器を携えて音楽室を出て行く。
俺にその後ろ姿を追いかけることはできなかった。
閲覧ありがとうございます!
補足 : パーリーとは、パートリーダーのことです。
吹奏楽部では楽器ごとにパートに分かれており、そのパートをまとめたり、パートごとの練習で指導をするのがパーリーの仕事です。
大体は(高校なら)三年生の中で一番上手い人が担当します。
…ちなみに、こんな解説なんてしちゃってますが、作者は吹奏楽部所属ではありません。
管楽器1ミリも吹けない(´・-・`)




