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6.過去の話

第三王女ベルタ様専属執事・クレーヴェル。


それが俺の前世だ。


代々王に仕える家系に生まれた俺は、幼い頃から使用人として教育を受け、育てられた。


そして十四の年に専属執事の任を拝するまでは、歳の近い第三王女…お嬢様の遊び相手として近くに置かれていたのだ。


お嬢様は幼少期から変わることなく美しかった。朗らかで優しく、例え使用人であろうと身分の分け隔てなく接する…俺の知るお嬢様はそんなお方だ。


お嬢様は第一王子ビルシェ様を弟に持つ。

決して王になることのない姫ではあったが、その徳ゆえに民からも愛されていた。


だがお嬢様は俺を裏切った。ベルタは自身の咎を無いものとするために、俺を死刑に処したのだ——。





「お嬢様、本当によろしいのですか」


王宮の一角にある一室。

俺の前には絢爛に着飾ったベルタの後ろ姿があった。


裾の広がった薄桃色のドレスは、薄いサテンの生地に光が踊っている。施されたレースはふわりと波打ち、胸元にはダイヤモンドの装飾が煌びやかに輝く。


ベルタのお気に入りの一着だ。


しかしその表情は曇り、普段の明朗さは影も見えない。


憂鬱の原因は間違いなく明日の式典だろう。


明日、ベルタは大臣の家に嫁ぐ。


王国内でもかなりの有力者である大臣の長男が家を継ぐので王室との繋がりを、という所謂政略結婚だった。


ベルタの姉君は二人とも異国の王室に入っている。ただ一人残った娘を王国内に留めておきたかった王にとっては、地位も財産も申し分ない相手との縁談は願ってもない話。


すぐに婚約の儀が行われた。


「このままでは明日王室を離れることになります。俺は…」

「いいのよ、クレーヴェル」


そう言ってベルタは微笑む。


貼り付けたような笑顔。それが心からのものでないことは明白だった。


大臣の息子であるドレンジアは優秀なことで有名だ。

しかし王は知らなかった。


ドレンジアには既に愛する人がいたのだ。


「私は第三王女…お父様の取り付けた縁談を断るだなんて、泥を塗るような真似はできません」

「しかしこのままでは…!」

「いいのです。私は別に…愛されなくとも」


王室を相手とする縁談など、大臣の息子とはいえ到底断れまい。そのためにドレンジアはある策略を目論んだのだ。


愛する人と結ばれるために、ベルタを排除すればよい——。


当人が婚約を破談とすればドレンジアは好きな相手を結婚相手として選ぶことができる。


ならばそのようにし向けよう、と。


それからというもの、ドレンジアはベルタと行き合う度に辛く当たるようになった。


暴言を吐き、何かあればすぐに手を上げ、時にはベルタの存在などないかのように振る舞う。


ベルタの優しさを悪用して、王の耳には届くまいと高を括って。


このままベルタがドレンジアのもとに嫁げば事態は更に悪化するだろう。


そこに幸福な未来など有り得ない。


俺にはどうしても、それが我慢ならなかったのだ。


「…クレーヴェル、一つだけいいですか」

「なんでしょう」


ベルタは鍵のかかった戸棚から徐に一枚の紙切れを取り出した。


繊細な筆致は間違いなく彼女のものだ。


その内容を一見して、俺はハッと目を見張った。


「これは…」


そこにはドレンジアが過去に行った贈賄に関する事実が連綿と書き連ねてあった。


父である大臣の補佐として働き始めてすぐの頃、ドレンジアに贈賄の疑惑が暗に持ち上がったことがあった。


証拠となる資料の存在や具体的な金額などの詳細な情報。これを公にすれば、ベルタとドレンジアの婚約は破談だろう。


当時はもみ消されたようだったが、どうしてベルタがこれを。


「それは私が少しずつ集めたものです。あの家の者に心当たりがありましたから」

「これをどうなさるのですか」


低い声で尋ねると、ベルタは伏し目がちに唇を噛む。


「…分かりません。私には、仮にも婚約者の過去を暴くなどと…そんなことをする勇気がないのです」


ベルタは紙を戸棚に戻し、鍵をかけた。


「このことは忘れてください」


ゆっくりと、まるで俺にしかと見せるように鍵をしまう。


その行動が暗に示していること。


「…俺が明日までにどうにかして見せましょう」


俺はお嬢様を真っ直ぐに見据えて言った。


「あなたをお守りします」





明くる日、王国内は揺れに揺れていた。


第三王女の婚約者であるドレンジアの贈賄が明るみになったからだ。


俺はベルタの記した紙を盗み出し、ベルタの関与が疑われぬように再度内容を書き写して王に提出した。

ドレンジアとその愛人は今頃狼狽しているだろう。


結婚の式典当日、青天の霹靂。


主人の婚約者の過去の罪を暴くなど、使用人である俺の成して良いことではない。


だが俺はベルタの為なら何だってする。


たとえそれによって俺が大臣の手の者に殺されようとも、ベルタの幸せが守られるのならばそれで良い。


戸惑う民衆と顔色を失った大臣を眺めながらそう思っていた。



——そう思っていたのに。



「クレーヴェル!貴様を国家反逆罪で逮捕する!」


気がつけば俺は縛り上げられて、王座の前に平伏させられていた。


もうドレンジアが手を回したのか。


それにしては対応が早すぎる。


婚約破談の話が通じたのはつい先程のはずだ。これまでの短時間の間に策を練って実行に移すなど、到底できまい。


「どうして…」


掠れた俺の声に、俺を捕らえた衛兵は告げた。


「第三王女ベルタ様より、貴様が婚約者であるドレンジア殿の罪を捏造し、結婚を妨害したとのお話があった」


——その瞬間、まるで俺のいる空間だけが夜の闇に落ちたように、目の前が真っ暗に染まった。


嘘だ。そう信じようとしても、体の震えが止まらない。


神経が切れてしまったかのように頭も働かず、俺は人形のように瞬きを忘れた。


「貴様は国家の平穏のため結ばれた婚姻を妨害し、国の転覆を図った。故に、貴様を絞首刑に処する!」


玉座の王からは燃え盛る怒りの炎を見るかのようだった。


大事な娘の結婚を邪魔されたのだ。

事実の正誤を確かめようとするだけの理性はどうやら残されていない。


俺自身でさえ言葉を返す余裕はない。


両脇を固める衛兵は、物言わぬ俺をじっと睨んだ。


「慈悲深きベルタ様が貴様との会話を望んでいる。最期に十分に謝罪を申し上げろ」


ギィッと音を立てて裁きの間の扉が開く。


そこに現れたのは…間違いなく、俺の仕える第三王女だった。


向日葵色のドレスを揺らして俺に歩み寄ると、ベルタは屈み、伏した俺に視線を合わせた。


その瞳の奥に広がる深い闇色に、俺はゾクリと背筋を震わせた。


「…ふ、いい気味ね。私の婚姻の邪魔をして、さぞかし私が憎かったのでしょう。でも残念。私があなたの怪しげな行動に気がつかないとでも?」


さも可笑しそうにベルタは笑う。


「お、嬢様…」

「絞首刑、ね。随分と優しい刑だこと。私の悲しみがあなたに分かって?それはもう…()()に値するほどの怒りを。でも、そうね…これで国中の民は私を悲劇のヒロインに仕立て上げる。そうしたら更に王室の支配権の拡大も進むでしょう。あなたも少しは役立ったわ」


「お待ちください、お嬢様!」


そんな俺の叫びも虚しく、ベルタは踵を返した。


衛兵たちに拘束された俺が見たのは無慈悲な冷酷に満ちた表情。ずっとお仕えしてきた美しく優しい王女はそこにはいない。


彼女は言い放つ。


「あなたは私を生かす代わりに処刑されるのです。これぞ最高の死…裏切り者のあなたには、勿体ないくらいね」

「そんな!私は、お嬢様のために…!」


愕然とする俺に、王女は振り返ってにっこりと微笑んだ。


「さようなら、クレーヴェル。私の為に死んでくれてありがとう」


その言葉を合図に、衛兵が俺の体を引きずって広場へ出て…処刑台へ上がる。


絞首台…極悪人の処刑場。幾度となく見てきたものを前にしているのに、その存在はいっそうおぞましい。


沸き立つ民衆の前で首に縄を掛けられる。霞む視界の中、遠くを見れば、広場の隅には従者を従えた王女がこちらを眺めている。


その悠然と佇む姿を見て、俺の中で何かが音を立てて壊れた。


あぁ、そうか。



俺はお嬢様の操る駒の一つに過ぎなかった。



床が抜かれるその瞬間、強く願う。


地獄の支配者たちよ——。


「どうか俺に、ベルタへの復讐の機会を」


薄れゆく意識の中、最期に俺の目に映ったのは、絞首台の足元に咲いた小さな白い花たちだった。

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