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11.王女からの手紙(上)

『クレーヴェルへ



この手紙があなたに届くことを願います。


異世界の文字を使っていれば、他の人たちに読まれることはないと思いますが…誰に宛てたかさえも分からないかもしれませんね。


そもそも有馬くんがあなただという確証もありません。しかし私には、どうしてもクレーヴェルの雰囲気を感ぜずにはいられませんでした。


私が手紙を書いている理由は聡いあなたには瞭然としているでしょう。


あの日のことを話しておきたいのです。


あなたは私に裏切られたと思っていることでしょう。それは事実です。


私は大臣一家を没落させようと画策したのがあなたであることをお父様に伝えました。


しかしそれには理由があるのです——』





快晴の空の下、城の上層階のバルコニー。


眼下の街には民の混乱が見える。


彼らを見下ろしながら、私は向日葵色のドレスの裾を握りしめて唇を噛んだ。


つい先刻、専属執事であるクレーヴェルが婚約者ドレンジアの悪行をお父様に告発した。


贈賄——彼の罪はそれだけではないけれど。


それでも私が彼との婚約から逃れられるなら十分だと思った。


国を揺るがしてしまうことも承知の上。


突然の報せに惑う人々から目を背けたその時、静かな男声が私の名を呼んだ。


「…ルドルフ」


洗練された白いシャツの上に、裾に紋様の刺繍されたロイヤルブルーのローブをまとう男。細い髪は風にふわりと揺れ、切れ長の目が金色に光る。


彼はこの国でも随一の賢者だ。


王の政治における右腕であると同時に、王子や王女の教育係を受け持つ。


私にとっては幼い頃から慣れ親しんだ存在だ。


「申し上げたいことがございます」


いつもは優しげな笑顔を浮かべるルドルフだったが、今日は様子が違う。


「何でしょう」

「ドレンジア様の件です。あの告発をクレーヴェルに命じたのは…お嬢様ですか」

「…」


沈黙を肯定と取ったのだろう。

ルドルフは周囲を警戒し、声を潜めて囁いた。


「先程間者から報告がありました。大臣はクレーヴェルを極刑に処すよう手を回すつもりです」

「極刑…!?」


思わず息を呑む。


クレーヴェルが何の咎めも受けないとは思っていなかった。


しかしその罪は“婚姻の儀の一時的な妨害”。まさか極刑に値するほどのものではない。重くても職が奪われるくらいで済むはずだ。


それだけなら私の口添えでどうにでもできる。


贈賄は事実であり、確実にドレンジアに非があるのだから、お父様だって私についてくれるはずだと…そう考えていたのに。


「そんな、どうして…」

「恐らく王の側近に大臣と内通する者がいたのでしょう。クレーヴェルが提示した告発の証拠が聞き出され、書物は全て焼却処分されたようです。彼の贈賄告発は根拠薄弱となり、その目的はお嬢様の婚姻妨害へとすげ変えられました」


つまりクレーヴェルの罪状は“婚姻の儀の一時的な妨害”ではなく“婚姻の妨害”、そして“虚偽の告発”。


儀式ではなく婚姻そのものの妨害に加えて、大臣という権力者の名誉に泥を塗ったとなれば、それは国の平穏を揺るがす国家反逆罪となる。


国家反逆罪は即ち死刑だ。


それでも極刑を下すということは、裁判官が買収されているのだろうか。


ルドルフほどの賢さを持たない私でさえ分かる。


彼は逃れられない。


「…私のせいで…ッ!」


横暴な王妃から私を守ってくれたのはクレーヴェルだった。


人生の大半を共に過ごした大切な人。

そんな彼を極刑に送ったのは、紛れもなく私の狡さだ。


己に降りかかるであろう罪を恐れ、彼に重責を押し付けた。その結果がこれだ。


脳内がぐるぐると渦を巻き、立っていることすらままならない。


極刑の執行内容は——“異世界送り”。


数十年前、一人の研究者によって、異世界へ人間を転送する呪文が編み出された。


一番に異世界へ行ったのは当時最強と呼ばれた勇者だったのだが…彼は満身創痍の姿で帰還した。


瀕死の彼が残したのは、『異世界には行くな』という言葉。


それ以来、異世界へ通じる呪文は封印され、極刑の執行という限られた場合でしか使うことを許されなくなった。


極刑は死を意味する。


だが、自らの行く末が分からないという点で、それは死刑よりも遥かに恐ろしい。


そんな刑に、クレーヴェルが処されるなんて…!


「…ですが一つだけ、彼の極刑を避ける方法があります」


崩れ落ちた私の肩をさするルドルフが、躊躇いながら言った。


——あるのか。まだ、彼を救う方法が。


「不確実な上に、お嬢様は更に辛い思いをしなくてはなりませんが」

「構わないわ。教えて」


ルドルフは意を決したように口を開いた。


「大臣が手を回しきる前に、お嬢様がクレーヴェルを国家反逆罪で告発するのです」

「私が…?」

「お嬢様は第三王女です。あなたから直接お父上に罪状を訴えれば、裁判官を通じずに判決を下せるかもしれない。そうすれば、恐らくクレーヴェルは死刑となり、極刑は免れます」


思いがけない提案に戸惑う。

それはつまり——私が彼を裏切るということ。


「彼のことです。たとえ彼に極刑の判決が下されたとしても、あなたを守るため…甘んじて受け入れるでしょう」


知っている。


彼の優しさは十分に知っている。


「ですから私はお嬢様にお尋ねしているのです」


だからこそ、ルドルフは狡い。


「あなたは彼のため——彼に与えられるせめてもの幸せの代償として、彼に恨まれることを選びますか」


断れるわけがないと知っていながら、そんな残酷な選択を突きつける。


ルドルフが私の頬に伝う涙を優しく拭う。


きっと彼だってクレーヴェルを救いたいはずだ。できることなら他の方法で。


しかし賢者である彼がそう言うのだ。


他に方法はない。


「…私は、代償を背負ってみせます」


その先にどんな世界があったとしても、大切な人のため——。


私は彼の幸せを願った。

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