1.俺は転生したのでしょうか
「お待ちください、お嬢様!」
そんな俺の叫びも虚しく、お嬢様…第三王女ベルタは踵を返した。
衛兵たちに拘束された俺が見たのは無慈悲な冷酷に満ちた表情。ずっとお仕えしてきた美しく優しい王女はそこにはいない。
一年前に俺が差し上げた向日葵色のドレスを翻し、彼女は言い放つ。
「あなたは私を生かす代わりに処刑されるのです。これぞ最高の死…裏切り者のあなたには、勿体ないくらいね」
「そんな!私は、お嬢様のために…!」
愕然とする俺に、王女は振り返ってにっこりと微笑んだ。
「さようなら、クレーヴェル。私の為に死んでくれてありがとう」
その言葉を合図に、衛兵が俺の体を引きずって処刑台へ上がる。
絞首台…極悪人の処刑場。幾度となく見てきたものを前にしているのに、その存在はいっそうおぞましい。
沸き立つ民衆の前で首に縄を掛けられる。霞む視界の中、遠くを見れば、広場の隅には従者を従えた王女がこちらを眺めている。
その悠然と佇む姿を見て、俺の中で何かが音を立てて壊れた。
床が抜かれるその瞬間、強く願う。
地獄の支配者たちよ——。
「どうか俺に、ベルタへの復讐の機会を」
薄れゆく意識の中、最期に俺の目に映ったのは、絞首台の足元に咲いた小さな白い花たちだった。
ふと意識が浮上する。
いや、待て待ておかしいだろう。俺はたしかに絞首刑に処されて死んだはずだ。
なぜ今「意識が浮上する」…?
重い瞼を持ち上げると、俺はどうやら真っ暗な部屋に横たわっていたようだった。
どういうことだ。
ここはどこなんだ。
俺はどうなってしまったんだ——。
軋む体を起こして己の体を探ってみる。
俺の知らない素材で作られた衣服だ。表面がツルツルしている。何か気持ち悪いな…。
そしてどういう訳か、いつまで経っても暗闇に目が慣れない。いや、慣れているのかもしれないが、視界が霞んでよく見えないのだ。
分からないことだらけで混乱してしまう。
俺は一体…と、その時。
バンッと勢いよく扉が開かれ、光が差し込んだ。
いきなりの眩しさに思わず目を細める。
扉を開いた人物は、ドスドスと音を立ててこちらへ歩み寄り、
「いつまで寝てるの、お兄ちゃん!」
…お兄ちゃん?
オニイチャンッテナンダッケ。
もしかして…いや、もしかしなくとも。
「あなたは、妹…?」
「は?あなたって何?急に怖いんですけど」
怪訝な顔をされてしまった。
明るくなった部屋を見渡してみる。
小さな机に薄い絨毯、そして何やら奇妙なものが天井からぶら下がっていて、壁には見たことのない衣服が吊ってある。
「あ!ほら、佐々木くんから電話来てるじゃん。お兄ちゃんが寝坊なんてするから」
「で、電話…?」
投げられたものを慌てて捕まえると、そいつは俺の手の中でいきなり喋りだした。
『やっと出た。おせーよ有馬!大会遅れんぞ!』
なんだこれ…。
よく分からないが、昔お嬢様と遊んだブリキ缶電話のようなものだろうか。遠くにいるであろう人の声が聞こえる…それも間には線も何も引かれていないのに。
「あ、えっと…」
『どうした?もしかして体調崩してんのか』
口調からして恐らく俺…“有馬”の友人なのだろう。ならば受け答えはもっと気軽な感じで…。
「わ、悪い。大会と言ったか?その…今日の大会の場所はどこだったかな」
『はぁ!?県立ホールだよ、バカ!まさかまだ家にいるんじゃないよな』
「…家、にいる…」
『嘘だろ…ったく、今日は俺らの代の最初の大会だから絶対勝つって意気込んでたのはお前じゃねーか。パーリーのお前がいないんじゃ、俺らだって困る』
「ほ、本当に申し訳…いや、悪かった」
電話の向こうで佐々木がため息をついたのが伝わってくる。ずいぶんと高性能な電話だ。
『とにかく!早くこっち来い、お前が来るまでは俺がどうにかしとくから。急げよ!』
ブツッと音を立てて声が聞こえなくなった。
呆然と手元を見つめる俺に、妹はどこから持ってきたのか革製のカバンを押しつけた。
「はい、お弁当も入れといたから。早く着替えて行かないと」
「あぁ…ありがとうな」
着替え、か。もしかしてこれだろうか。
壁に吊られていた服を手に取る。しかしせっかく取ったそれはパッと妹に奪われてしまった。
「何やってんの!今日は座奏だからこれじゃなくて普通の制服なんでしょ!」
棚から出されたのは、俺が着ていたはずのものに似た素材の服。内側には“有馬”と書いてあった。
…あ、俺、異国の文字は読めるのね。
そういえばさっきから意思疎通はできてるしな。
「お兄ちゃん、今日変だよ。大会なんて行って大丈夫なの?」
「平気だ。心配しなくていい」
俺の置かれている状況を知るには、ここで大会とやらに出かけていくのはちょうどいいだろう。
とにかく佐々木の話では俺は急いで県立ホールとやらに向かわなくてはならないらしい。
妹に渡された服に袖を通し、カバンを担いで家を出たものの。
「…県立ホールってどこだ…」
どうやら俺の困難はまだ終わる気配を見せない。
知らない人間に知らない場所、そして明らかに俺のいた世界よりも進んだ文明。
この状況から導き出される結論は一つ。
「俺は、転生したのか…?」




