表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
新人浄化師阿部スセリ編
9/130

彼女の過去を知る者〜Reunion〜

彼女の過去を知る者〜Reunion〜

 ある晴れた朝のことだった。

 スセリは普段着で部屋にいた。今日は非番の日だ。スセリがヤタガラスに加入して初めての休みだ。スセリは久しぶりに外へ出かけることにした。

 草薙館の扉の前に立った時、スセリはミホに話しかけられた。

「スセリちゃん。おはよ!」

「ミホおはよ」

「今日は休みやっけ?」

「うん。そうだよ?」

 ミホはそれを聞くとそうなんやぁと頷いた。

「スセリちゃん。少し先輩面してええ?」

「?」

「休める時はしっかり休んでおいたほうがええよ。仕事は過酷だし、体を休めないと仕事に影響が出ちゃうからね」

 ミホがそう言うとスセリはわかりました、と思わず敬語になってしまう。するとミホは敬語なんていらんよ! と笑顔で返してくれた。

「いってらっしゃい!」

「いってきます!」

 ミホに見送られてスセリは草薙館の扉を開けた。草薙館の壁に埋め込まれた浄化水晶が太陽の光に反射してキラキラと光る。スセリにとって今日の時間の流れはゆっくりに感じた。

「それにしても・・・本当に持ってきて大丈夫なのかな?」

 スセリの腰にはなんと悪霊浄化用の小型拳銃がホルスターに入った状態で腰に下げていた。本来は持って行くつもりなんてなかった。しかし、出発前にミホにこう言われたからである。


「スセリちゃん。小型拳銃は持って行ったほうがええよ」

「え? どうして? 任務じゃないのに?」

「私たち浄化師は普段から持ち歩いていい武器があって、それが拳銃や。拳銃を使う浄化師だけは普段も持つことが許されてるんよ。ほら、スセリちゃんが二度目の悪霊襲撃の時にヨシキさんが助けてくれたやろ? ヨシキさんは非番の日でも拳銃を持ち歩いているんよ」

「そうだったんだ。で、でもさ! 拳銃なんて物騒なもの職質されたら終わりじゃ・・・!」

「大丈夫! 浄化師証明手帳を見せれば」


 ということだった。

 スセリはいつ警察に声をかけられるのかヒヤヒヤした。しかしそんなヒヤヒヤ感を醸し出しておどおどしていると逆に怪しい。スセリはホルスターをしっかりとベルトに巻いて上着でうまく隠した。

 今日は小型拳銃を使わない日であることを切実に願った。



 草薙館を出たスセリが向かったのは、チュウオウ地区にある大型ショッピングモールだった。食品売り場を始め、数々の専門店に話題のフードストア、誰でも楽しめるフードコート、そして映画館といった娯楽施設も兼ね備えた場所だ。

 スセリは怒涛の日々を過ごしてきた。その日々を少しでもリフレッシュするためにここへやってきた。

 スセリは何軒も服の専門店を歩き回り、服を選んでいる。何もない平和な日常を過ごしているとスセリは思い込む。しかし、試着室に入った時のことだった。気になった洋服を着るために今着ている洋服を脱ごうとすると、何かに当たった。

 ふと見ると、それは小型拳銃の入ったホルスター。

 普段身に付けることがないものを目にした瞬間にもうあの頃には戻れないのかと思わずにはいられなかった。しかし、その後ろめたい気持ちには見切りをつけた。


 どうしてそんなに悲観的になるの?

 私は自分の意思で浄化師になるって決めたんだから。

 ここで逃げちゃいけない。負けちゃいけない。絶対に私は、負けない。

 負けてなるものか---。


 スセリは心の中でそう呟いた。

 スセリはその後複数の服の専門店で服を購入した。手には購入した店の袋が三つほどある。スセリはルンルン気分でショッピングを楽しんでいた。

 時間もお昼時になり、スセリはフードコートへやってきた。そして、昼食となる食事を店で注文した。

「いただきます」

 スセリが手を合わせた。スセリが食べているのは、ラーメンだった。輝くスープに縮れ麺、チャーシューに卵。出来立てのラーメンが白い湯気を発している。

「おいしい!」

 スセリに思わず笑みがこぼれた。

 スセリが学生時代、よく友達と食べていた。しかし大学を卒業してからというもの食べていない。久しぶりの味にスセリは舌鼓をしていた。

 すると、急に声をかけられる。

「スセリ?」

 自分の名前を呟く声。スセリはラーメンを食べる箸の手を止めた。スセリが声をした方向をみるとそこにはスセリと同い年くらいの女性が立っていた。

 オフィスカジュアルな服装に手には小さなポーチを持っている。髪の毛は茶髪でアイロンで巻いて少しウェーブのかかった髪の毛。今時の女の子を彷彿とさせる。

 スセリの口から名前がこぼれた。

「ハルカ?」

 スセリがそう呟くとスセリがハルカと呼ぶ女性が近づいてきた。

「本当にスセリ? 本物? 幽霊じゃないよね?!」

「死んでないから。私は正真正銘阿部スセリ。今年大学を卒業したばかりの新社会人です」

 スセリは情報を全部話すと、女性の笑顔は花開く。

「久しぶり! こんなところでスセリに出会えるなんて嬉しい! え? 今日は休みなの?」

「え、ええ、まあ」

「私も今ランチタイムなの! 一緒にご飯食べよう!」

 女性はスセリの向かい側に座った。

 スセリを知る女性、香山カヤマハルカにスセリは近況を聞く。

「相変わらずハルカはキラキラしてるね」

「そうかな? でも仕事柄こんな感じだよ?」

 ハルカは今時の女の子というような雰囲気だった。ハルカは大のオシャレ好きで世間の流行に敏感である。そのため、ハルカのポーチも可愛いものになっている。

「でもスセリも仕事どうなの?」

「それがね・・・色々あって会社解雇されちゃったの」

 スセリが言い出しづらそうにしたが、思い切ってハルカに打ち明けた。それを聞いたハルカは驚きを隠せなかった。ハルカと最後にあったのはまだスセリが会社員として駆け出していた時期だったからだ。

 ハルカは今はどうしているの?! と聞いた。

 スセリは今は新しい職場にいることを伝えるとハルカは安心しているようだった。しかし、ハルカの興味はそこで尽きるわけではない。その職場がどういうところなのか気になって仕方がない。

「その新しいところって何してるの?」

「これ」

 スセリはカバンの中にある浄化師証明証を見せた。浄化師証明書にはスセリの顔写真と名前、そして扱う武器、所属部署と「この者は日本御霊浄化組合に所属する正式な浄化師であることをここに証します」と文言と悪霊対策部の印鑑が印字されている。

「スセリ。これって」

「私、日本御霊浄化組合の浄化師になったの」

「じょ、冗談よね?」

 ハルカは少し笑いながらスセリに言った。スセリは隠していた小型拳銃が見えるように服を寄せた。

「私が冗談言う人間に見える?」

 小型拳銃を見たハルカの顔は真顔になる。本当に浄化師なんだと思い知らされる。

 ハルカはスセリに言った。

「なんで浄化師になっちゃったの? 浄化師ってあの悪霊を駆除するやつでしょ? 怪我したり最悪死んじゃったりするそんな危険な仕事をどうして・・・?」

 ハルカはなぜスセリが浄化師になったのか分からない。

「私さ、会社の帰りに悪霊に襲われて浄化師の人たちが助けてくれたんだ。でもね、会社には無断欠勤扱いになっちゃって、挙げ句の果てには解雇されてさ」

 スセリは一つ一つを思い出すように話し出す。

「大変だったね。でもさ、再就職先が浄化師ってどうなの? 危険と隣り合わせの仕事じゃない」

「私さ、最初に襲われた時に私の中で何かが狂って悪霊が見えるようになっちゃったんだよね」

「どういうこと?」

「浄化師の先輩たちから聞いた話だと悪霊は夜に出現することが多いの。その姿を目で捉えるのは普通はできないんだって。浄化師としての訓練を受けないといけないらしいの。でも私は見えちゃった」

 スセリは苦笑いをしながら言った。

 スセリが特別な訓練をしていないのに悪霊を捉えることができた理由は未だにわかっていないがスセリはその力を最大限に生かして悪霊に苦しむ人々を救いたいと考えていた。

 だからと言ってスセリは完璧人間ではない。

 悪霊が見えるという第一段階をクリアしただけに過ぎない。まだ武器にも慣れていない、まだ一人で浄化していない。まだまだ新人どころか素人なのである。

 ハルカとの会話は弾み、知らないうちに時間は過ぎていく。

「私そろそろ仕事戻るね」

「そっか。また遊びに行こうね」

 スセリとハルカは手を振って別れた。一人になったハルカは息を吐いた。


 なんで浄化師なんかになっちゃったの?

 阿部スセリ。

 あなたはそこまで強靭じゃないでしょ? 私の知っているスセリはそんな危険に自ら飛び込む人じゃない。

 私の知っているスセリは・・・、大人に対して殺したいくらいに憎悪を燃やしていた悲しみと孤独の権化のようなものだった。優しい子だった。それなのに・・・。

 スセリ、ごめんね。私は、スセリが心配なの。

 スセリが浄化師になること、私はまだ認められないの。


 ハルカはそう思った。

 ハルカはスセリの過去を知る唯一の人物だ。スセリの笑顔の裏側には奈落の底のように深い悲しみと憎悪の炎があった。

 そんなハルカの心配など知らず、スセリは休みを満喫して草薙館へ戻ってきた。

 スセリを迎え入れたのはシュンだった。

「鳴海さん・・・」

「今戻ったか。金山さんがお前を呼んでいた」

「金山さんが?」

「緊急の用事ではないかもしれないが、突っ立っている暇があったらすぐに所長室へ行け」

 シュンに言われてスセリは返事をして所長室へ走って行った。

「金山さん」

「阿部さんか。入りなさい」

 スセリが所長室の扉を開けるとそこにはヒジリが椅子に座って待ち構えていた。

「休みのところごめんね」

「何かあったんですか?」

「そろそろ君の独り立ちを賭けたテストをしようと思うんだ」

 それを聞いた瞬間にスセリの背筋は凍りついた。スセリは目を見開いてしまう。まさかの新事実にスセリは驚いてヒジリに聞く。

「実はね、阿部さんが浄化師に加入する際俺の方で手続きをしたんだよ」

「手続き? どんなですか?」

「多分他の先輩たちからも聞いたかもしれないが、日本御霊浄化組合は日本政府から正式に認められた組織だ。つまりは公務員と言っても過言ではない。浄化師の登録を俺が代理で行った」

 ヒジリは一冊のファイルを取り出した。

 スセリが何のファイルなのか聞くと、金山は浄化師証明書という公的な証明書だった。そのファイルの中には、ヒジリやヨシキ、サトミ、ミホ、シュンといった日本御霊浄化組合の全員の写真が貼られた書類がファイリングされていた。

 そしてその中の一番最後に「阿部スセリ」と書かれた証明書が出てきた。

 浄化師証明書にはこんな言葉が書かれていた。


 右の者を日本御霊組合の正式な浄化師と認め、浄化行為及び対悪霊戦闘を許可、いかなる権利をここに保証する。


「でもそれとテストとどういう関係が?」

「それがね、普通浄化師はそれ相応の訓練を積んでテストを受けて浄化師として認められる。だけど阿部さんはそれをすっ飛ばしている状況なんだ。浄化師として活動をするためには、浄化師証明書を手に入れなければならない。そこで俺は提案した」

「提案?」

「仮の証明書を発行し、向こうが定めたテストを突破できれば正式な浄化師として活動を許してほしいとね」

 ヒジリは天性の才能を持つスセリのことを第一に考えた結果、テストを行うことでスセリが浄化師に適任であることを証明するというものだった。

 日本政府は悪霊対策部という特別な部署を設立し、日本全国の浄化師の管理・対応・認定・監視を行う公的機関である。日本御霊浄化組合のあるカワグチでは、アオキ地区に悪霊対策部は設置されている。

 悪霊対策部を納得させることができれば、スセリは晴れて正式な浄化師となれるのである。

「私、浄化師になったものだと思ってました」

「そうだろう? まあ、浄化師(仮)みたいなもんだ」

 ヒジリはそう言った。しかしヒジリはこれでも悪霊対策部に全力で掛け合ってもぎ取った最高条件であることも話した。

 ヒジリは改めてスセリの意思を問う。

「阿部さん。どうだ?」

「分かりました。そのテスト、お受けします」

 ヒジリをまっすぐに見つめるその視線にヒジリは深く頷いた。よく言った、とヒジリはスセリの決断を褒める。

 スセリの意思が示されたことをヒジリはその日のうちに悪霊対策部へ連絡することになった。



 夕食を食べている時にはすでにヤタガラスのメンバーにテストのことが知らされていた。

「でもスセリちゃんに対して酷な試験やったらどないすんですか?」

「確かに。スセリさんは悪霊を捉えることができるだけでまだ武器も不慣れ。テストまで残り二ヶ月。武器を使いこなせないとテストはクリアできないわ」

 ミホとサトミが話している。その内容はスセリを案ずるものだった。するとシュンが口を挟んだ。

「絶好の機会じゃねえか。あの新入りが本当に浄化師としてやってけんのか見極めることができる。今後役立つかどうかがな」

「役立つ役立たないとかなんてこと言うんですか! スセリちゃんは実験のマウスやないんですよ?! 鳴海先輩!」

 シュンの言葉に反抗的な態度をとるミホ。するとシュンはミホをまっすぐ見据えて言った。

「俺たちがしてることは悪霊へ対する尊敬の念と命のやり取りなんだ! 一般市民が悪霊に殺されている。俺たち浄化師だって例外じゃない。今まで悪霊を浄化してきて幾人の浄化師が命を落としているんだ。テストに受からないんだったら、浄化師になる資格なんざねえ! 立石。お前も例外じゃねえぞ」

 シュンに言われてミホは何も言えなくなってしまう。

 シュンの言っていることは正論の他でもないのだ。一般市民が悪霊に襲われ命を落としているように浄化師たちも懸命に闘い、悪霊に殺されてしまうこともある。

 今こうして平和な世が保たれているのは、悪霊に立ち向かったたくさんの浄化師たちの落としていった命の上に成り立っているのだ。

「喧嘩はやめろ!」

 ヨシキがシュンとミホの間を制した。

「鳴海さん。今俺たちができることは、阿部をテストで良い結果を残せるように指導してやることだと思うんです。何より、どうして阿部が特別な訓練を受けていないのに悪霊が見えるのか、その秘密を知りたい」

 ヨシキの言葉に確かに、とサトミが言った。

 するとシュンはヨシキに言った。

「生まれつきから悪霊を捉える目を持つのはごくわずかだ。医学的なところから見ると突発的な遺伝子異常というのが一般的なものだったはずだ。最近研究者の間で新しい見解が見えているらしい」

「新しい見解? それは?」

「遺伝だ」

「遺伝?」

 シュンはヨシキに新聞記事を渡した。そこには、大きな見出しで『悪霊見据える神様の眼、解明か』と書かれている。その記事にヨシキは目を通す。

「『当事者の親、もしくは親戚、さらに遡った人物に浄化師だった人物がいた場合その力が遺伝する確率が高いことが最新研究で明らかになってきた。当事者からどのくらい離れているか、それによって能力の強弱に影響が出るのか、その確率など詳しい研究はまだ確率されていない』。まさか、シュンさんは阿部の親戚に浄化師がいたとでも言うんですか?」

「それは知らねえよ。突き止めたいなら阿部本人に聞けばいい」

 シュンがそう言うが、サトミはそれは難しいと思うわ、と続けた。その理由をサトミは話す。

「スセリさん、あまり親とか親戚のこと話さないのよ。それに話したがらないから、あんまり深入りしないほうがいいかもしれないわ」

 サトミの言葉にヨシキは唸った。

「ま、誰にでも話したくないことの一つ二つあるもんな。話せる時に聞ければいいか」

 ヨシキはそう言った。

 一方のスセリは部屋にいた。明日は仕事だ。仕事に備えて早く休むことにした。スセリは自分のスマートホンを取り出して画面をタップする。その中にはたくさんの思い出が詰まっている。

 スセリは一枚の写真をタップした。そこには今日再会したハルカとの一枚だ。二人でクレープを持っている写真だ。写真の中の二人は笑顔だった。

「また会いたいな」

 スセリは窓の外を見た。

 窓の外には人類の文明社会の象徴である電極が光っていた。キラキラと光っているのは人々が行き交うカワグチステーション付近。その周りにはレストランなど遅くまでやっている店の明かりがポツポツと灯り始めた。

「今日は悪霊は出ないでほしいな」

 スセリがそう呟いた。視線の端っこには家族写真がある。

「テストだって・・・。でも、乗り越えないと。私の居場所はここしかないんだから」

 そう言ってスセリは目を閉じたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ