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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
新人浄化師阿部スセリ編
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慈悲の心〜Lost〜

慈悲の心〜Lost〜



 悲しすぎる。虚しすぎる。

 私の心の中に生まれた言葉たちは悲しい言葉ばかりだった。怖いわけじゃない。

 だけど、虚しすぎる感情に私の心は迷い始めていた。



 初任務の翌日。

 スセリは自分の部屋にいた。朝起きてカーテンを勢い良く開ける。しかしスセリの心は晴れなかった。

 昨夜に経験した悪霊の最期の姿が脳裏に焼き付いて離れないのだ。なんて儚くて虚しい最期なのだろうと何度も思い出しては心を締め付けられた。

 スセリは今日も仕事である。浄化当番ではないものの、今日はまた先輩浄化師と一緒に仕事をすることになる。

 スセリは聖水で清めた制服に袖を通す。そして掌を包帯で再びぐるぐる巻きにした。しかし、あまりお腹が空いていないため、パブリックルームへ行くことはなかった。

 すると部屋をノックする音が聞こえた。

「スセリさん。大宮よ。入っていい?」

「はい」

 ノックをしたのはサトミだった。

 サトミは手にサンドイッチを乗せた皿を持って部屋へ入ってきた。

「食欲ないの?」

「はい・・・」

「昨日のこと気にしてるの?」

 サトミが聞くとスセリは静かに頷いた。

 サトミはスセリの隣に座る。

「それ、私も最初は悩んだわ。私たちは浄化しているんだって言っても世間は討伐しろって思っている。その矛盾は今でも拭いきれてないわ」

 サトミはスセリに言った。

「すぐに考えをまとめろなんて言わない。浄化師の誰もがその問題の答えを求めてもがいているのよ」

 サトミはサンドイッチをスセリに手渡した。今日の朝食当番はサトミだったため、サトミお手製のサンドイッチだという。

「今日はパトロールでしょ? しっかり食べないと」

「・・・いただきます」

 スセリはサトミからサンドイッチを受け取り、口へ運んだ。

「おいしい」

「でしょ。今日一緒についてくれるのは私じゃないけど、大丈夫。頑張って」

 サトミに背中を押されて、スセリは制服を整えホルスターに小型拳銃を収納して草薙館を出て行った。



 今日スセリがついたのは、熱田ヨシキだった。

 二丁拳銃を武器にするヤタガラスの頼れるリーダー的存在だ。

「今日はよろしくお願いします」

「よろしく。ちゃんと悪霊を浄化できるように手助けするよ」

 ヨシキは笑い、二丁拳銃をホルスターにしまった。小型拳銃よりも大きい普通の拳銃を持つヨシキ。自分はあの武器を使ったのかと感慨深くなる。

「さて今日僕たちが行くのは、ここだ」

 ヨシキが取り出したのは液晶端末だ。

 カワグチ全体の地図が表示され、[Yoshiki Atsuta][Suseri Abe]の名前が映し出される場所を探す。そして二人の名前がある場所を見つけた。

「トヅカ・カミネ地区ですか?」

「らしいね。チュウオウ地区とはまた違う街並みだからね」

 ヨシキに連れられてスセリはバスに揺られてトヅカ地区へやってきた。トヅカ地区は都会化が進む住宅地だ。たくさんの車が行き来し、人の動きが活発だ。

「こんなに人がいるのに悪霊は出るんですか?」

「出るさ。悪霊が好む嫉妬や恨みといった負の感情がある限り、悪霊はそれを生きる糧にしているからな」

 ヨシキは言った。

 スセリはそうなんですか、とホルスターに手を添えた。

 ヨシキと一緒にトヅカ地区を歩き、悪霊が出そうな場所に目星をつける。トヅカ地区のパトロールが終われば、次はカミネ地区だ。トヅカ地区からカミネ地区までもう一度バスに乗って向かった。

 到着したカミネ地区はトヅカ地区とは違う風景をしていた。住宅地が主だったトヅカ地区とは違い、緑が多い。カワグチで生まれ育ったスセリもカミネ地区がどういう場所なのかは知っている。

 カミネ地区は都会と自然がうまく共存している地区だ。自然公園なども整備されているため、カワグチの中でもオアシスのような場所である。

「さあ、次はカミネ地区だ」

「はい」

 ヨシキに連れられて、スセリは動く。するとヨシキはスセリにこのように指示を出した。

「阿部。小型拳銃を抜け」

「は、はい」

 ヨシキに言われるままにスセリはホルスターから小型拳銃を抜いた。するとヨシキもホルスターから拳銃を一丁取り出した。もしかしたらこれから悪霊を浄化しようというのか、とスセリは思った。

 しかし、小型拳銃の安全装置は外れていない。悪霊が現れたその瞬間に外れる特別仕様であるが、音が一切鳴らない。スセリはヨシキに聞いた。

「熱田さん。安全装置が外れてないのにどうして小型拳銃を取り出すんですか?」

「僕たちの武器は悪霊探知機の役割を果たしてくれる時があるんだ。僕たちの武器には言わずもがな浄化水晶が埋め込まれている。浄化水晶は悪霊を浄化する効果がある。昼間見えない悪霊の気配をあぶり出すには、浄化師の武器が役立つんだ」

 ヨシキは拳銃を周囲にかざす。

 ヨシキの持つ拳銃にも小型拳銃と同じ悪霊が出現すると外れる安全装置が備えられている。周囲にかざした後も拳銃の安全装置は外れることがなかった。

「昼間は悪霊の姿を捉えることができない。それは新人だろうが、金山さんくらいのベテランでも同じだ。その時は自分の武器を使って索敵するんだ。もし一人で任務をする時になった時も使ったほうがいい」

 ヨシキはそう言った。

 ヨシキはスセリに小型拳銃を周囲にかざして索敵をするように指示をした。ヨシキとスセリはカミネ地区の同じ場所に移動してスセリが小型拳銃での索敵を行った。

 周囲は静かでスセリとヨシキの息の音しか聞こえない。

 小型拳銃の安全装置は外れなかった。

 そこから今スセリがいる数メートル範囲には悪霊がいないことを知る。ヨシキはそれでいい、とスセリに伝えた。ヨシキはそのままスセリを連れてその場から離れた。

 トヅカ・カミネ地区のパトロールが終わった。

 結局トヅカ・カミネ地区には悪霊の気配は一切なかった。ヨシキとスセリは液晶端末をタップしてパトロール終了の記録を打った。

 二人はバスに揺られて、チュウオウ地区にある草薙館へと戻っていった。



 場所は変わって草薙館。

 作戦準備室にはスセリとヨシキを含めて、本日出勤メンバーが揃った。

 それぞれの担当地区のパトロールを終えて報告会を始めようとした。それぞれが報告していくなか、スセリはヨシキに背中を叩かれた。

 スセリは立ち上がった。ヨシキが見守るなか、スセリはパトロールの報告をする。

「トヅカ・カミネ地区のパトロールをしましたが、両地区とも悪霊の気配は一切ありませんでした」

 スセリが報告したのはパトロールで気になったことはない、ということの報告だった。

 報告をさせてもらうのは、スセリの今後を見据えて経験させておきたいというヨシキの計らいでもある。

 今日のパトロールではどの地区でも異常は見られなかった。

「こんな日も少なくない」

「?」

「悪霊は毎日出るわけじゃない。こうして悪霊一体も出ずに僕たちが出動しなくてもいい平和な日があるんだ。別に悪霊が出ないというのが当たり前なんだから」

 ヨシキがそう教えると、スセリはそうなんだと自分のなかで納得した。

 スセリにとって悪霊出没のない、平和な日が訪れた。

「こんなふうに特に悪霊浄化がない日だって少なくない。そんな時は浄化担当者も草薙館で待機している形になるんだ。もし、悪霊が出たら僕たちのところに連絡が来る手はずになってるんだ」

 ヨシキから説明を受けてスセリはポケットからメモ帳を出してメモを取り始めた。

 その様子を見たヨシキはスセリを呼んである場所へ連れていく。それは、パブリックスペースである。スセリはヨシキに席に座るように促された。

 わけも分からずスセリは席に座る。

「熱田さん。これはどういう・・・?」

「いいから。阿部はそこで待っていて」

 ヨシキが向かったのは、キッチン。何かを作っているのは見当がついたが、一体何を作っているのかはわからないままだった。

 待つこと数十分後。

「阿部。待たせたな」

 ヨシキの声が聞こえてきた。スセリが振り返るとヨシキの手には皿がある。スセリの前に置かれた皿の上にはチキンとトマト、レタスが挟まれたサンドイッチが置かれていた。

「今日の任務はだいぶ阿部に実務経験させたからな。これは僕からのご褒美だ」

「ご褒美って・・・。私は二十二ですよ? もう子供じゃないです」

「いやいや。僕から見れば阿部はまだ大人になりきれていない子供だよ」

 ヨシキは笑った。

 スセリは少しバカにされたようで心がもやもやしてしまったが、もしかしたらそうかもしれないと思えなかった。

 ヨシキは温かいうちに食べろ、とスセリに言った。

 スセリはヨシキ特製サンドイッチを手に取り、口に運んだ。

「美味しい」

「だろ? 前に他人の作った飯を食ったことないって言ってたな。それ、本当か?」

 ヨシキはスセリに聞いた。するとスセリはサンドイッチを食べる手を止めて、サンドイッチを皿の上に置いた。

「本当ですよ。自分で作ったご飯はありますけど」

 スセリは笑った。その顔はどこか本当の感情を押し殺しているようにも見えた。笑顔の仮面を被り、道化師のように振る舞う。そんなスセリにヨシキは何かを感じた。

「・・・あんまり話したくないことなのか?」

 それを聞いたスセリの顔から笑顔の仮面が剥がされた。スセリは静かに頷いた。

 それを見たヨシキはそっか、と呟いた。

「話したくないことの一つや二つあるもんな。もし話せるようになったら聞かせてくれよ」

 スセリは頷いた。



 スセリは仕事を終えて自室へ戻っていた。

 寝巻きに着替え、ベッドに入る。ベット横のスタンドを消してスセリは布団をかぶった。

 しかし、数時間後のことだった。

 スセリは勢い良く起き上がった。時間はまだ深夜だ。

 スセリは切羽詰まった表情と息切れ、そして冷や汗をかいている。スセリの頭の中に響いたのは、男性の怒号と罵声だ。スセリの体は震えだす。しかし、次第にスセリの表情は憎しみの表情へと変わった。

「・・・」

 静かに呼吸を整える。

 悪霊は生きている人間の憎しみや恨みといった負の感情を好む。悪霊を浄化する浄化師がこのような迷いを持ってはいけない。スセリはそう自分に言い聞かせた。



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