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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
新人浄化師阿部スセリ編
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初任務〜Ideal and reality〜

初任務〜Ideal and reality〜



 私はこうして日本御霊浄化組合の浄化師への一歩を踏み出した。

 期待と不安の中、私は初任務に駆り出された。

 真っ赤に腫れ上がったままの両手を包帯でぐるぐる巻きにして、痛みを噛み締めながら進んだ。



 朝日が窓から差し込んだ。その瞬間、部屋に鳴り響くけたたましいアラーム音。ベッドがもぞもぞ動いている。布団の中から手が伸びてアラーム音を消した。ベッドからむくっと起き上がる。スセリだ。スセリは眠い目をこすり周りを見渡した。

 ここは日本御霊浄化組合の本拠地である草薙館の中。そしてそこに所属する浄化師たちが共同生活をしている場所。そしてスセリは部屋の中にいる。

 まだ片付け終わらないダンボールが置いてあり、ハンガーに浄化師の制服が下げられて、壁のフックに引っかかっている。

 スセリはベッドからおりて、カーテンを開ける。すると、眩しいほどの朝日が差し込んだ。

 スセリは朝日に向かって呟いた。

「今日からか・・・」

 スセリはすぐに顔を洗い、髪の毛をとかす。そして浄化師の制服に着替えると、髪の毛を整え始める。少し長くなった髪の毛を束ね、一つに結んだ。そして浄化師の証明である腕章を腕につけようとするも、ブレザーが意外と邪魔をしてなかなか通さなかった。

 まだ出動するわけではないから、後でつけようと制服のポケットの中に入れた。

 制服に着替えたスセリがやってきたのは、化粧室。

 この化粧室は三階にのみある特別な部屋だ。三階は女子部屋があるということで、化粧室には化粧用の大きな鏡や、全体が写る姿鏡が置いてある。

 スセリはいつも持っている化粧用ポーチを持って化粧室へ行くと、先客がいた。

「おはようございます!」

 スセリが挨拶をするとその人は振り返った。

「おはよう!」

 サトミだった。サトミも制服に着替え、髪の毛もばっちり整えている。そしてスセリが挨拶をした時は唇にリップグロスを塗ろうとしているところだった。スセリが化粧を始めようとするとサトミが言った。

「いよいよね。どう?」

「緊張します。ちゃんとできるのかな? って」

「そうよね。まだ二十二だもんね。初めて社会に飛び出す人が抱える不安は言葉で表せるものじゃないわ。それは浄化師でも同じ」

 スセリにとって今日は浄化師としての初任務となる。緊張するのは当然だった。しかし、今日からスセリはサトミと一緒に行動し浄化師としての訓練と仕事を学んでいくことになっている。

 スセリが加入するか否かが賛否両論に分かれた、あの会議でもサトミはスセリが加入することに対して賛成を唱え、加入した暁には自分がスセリの教育係を務めることを約束していた。

 スセリは鏡に写る自分を見ながら、自分の顔に化粧を施していった。



 準備を終えてサトミと一緒に二階へ向かう。すると美味しそうな匂いが漂う。

「いい匂い!」

「朝ごはんの時間よ。今日の食事当番は誰かしら?」

 二人はパブリックルームの椅子に着席する。するとキッチンから顔が覗き込む。

「おはようさん」

「金山さん?!」

 なんとキッチンから顔を出したのは、所長のヒジリだった。ヒジリは制服姿にはアンバランスなエプロン姿だ。手にはフライパンを持っている。

「今日は俺が当番だからな。もう少しで出来るからな」

 そう言うとヒジリはキッチンへ戻った。

 サトミとスセリは席に座り、朝食を待った。朝日が窓に差し込んでとても綺麗だ。するとぞろぞろとパブリックルームへ集まりだした。

「スセリちゃん。おはよ!」

「ミホ!」

 ミホがやってきた。制服姿ではなく、普段着の姿だった。

「ほんま似合うわ! スセリちゃんの制服! 今日から初任務やろ? 緊張するわあ。サトミさん。武器はいつ渡すんですか?」

「初任務前に渡すつもり」

「そうですか。スセリちゃん! がんばりぃや!」

 ミホは笑顔を向けた。スセリも頷いて返す。

 すると今度はヨシキ、シュンもやってきた。スセリの制服姿を見たヨシキはこれはいいと声をかけた。

「見違えたね」

「ありがとうございます。これから宜しくお願いします」

「そんなに堅くならなくてもいいって」

 ヨシキはそう言った。フレンドリーに接してくるヨシキとは真逆に何も話しかけずシュンは席についた。表情もあまりなく、すんとしている。スセリがシュンの方を見ると一瞬だけ目があった。しかし鋭い眼光が向けられて怖くなりスセリは目をそらしてしまった。

 するとキッチンからヒジリがやってきた。

「はい、お待たせ! 今日の朝食だよ!」

「金山さんの朝食なんて久しぶりです」

 ヨシキがそう話すとヒジリは机の上に手料理を置いていく。朝の定番である卵焼きが大量に皿の上に並べられて、ほうれん草のおひたしが並んだ。

 お茶碗にはご飯が盛られ、お味噌汁が湯気を上げている。

「さあ遠慮なく食え!」

 するといただきます! と声を上げて箸を持つ。スセリはその場で固まり、テーブルの上にある料理を見渡した。その様子を見たヒジリがスセリに声をかけた。

「阿部さん。どうしたんだい?」

「すいません。他の人の手料理なんて初めてだったので」

「え? 初めて?」

 スセリの発言にヒジリは耳を疑った。生きていれば他の人間が作る料理を食べる機会はたくさんある。しかしスセリがこのような発言をしたということには、そうなるきっかけがあったということだ。

 ヒジリは追求しようとしたが、今この場では朝食がまずくなることはしたくなかった。時間が経ったら真相を聞こうと決めてこの場は追求しなかった。

「是非料理の感想を教えてもらいたいものだ。遠慮しないで食べなさい」

 ヒジリに言われてスセリは箸を持った。スセリは卵焼きを口に運んだ。すると醤油のしょっぱさが口の中に広がった。

「・・・美味しい」

 スセリが呟くと、だろう? とヒジリが笑った。

「今日は初任務だな。大宮のそばを絶対離れるんじゃないぞ」

「はい」

 スセリは返事をした。

 スセリは来る初任務に向けて朝食をしっかりと食べてエネルギーを補給したのだった。



 午前十時。始業。

 スセリは自分の名前札を持って作戦準備室へ向かった。スセリは出勤を示す赤い方を表にしてかけた。

 ついに始まるんだ、とスセリは決意を固めた。するとスセリを呼ぶ声がする。サトミだ。サトミについていくと草薙館の奥へやってきた。

「ここはどこですか?」

「ここはね、私たちにとって大事な場所なの」

 サトミが鍵を持って扉を開ける。スセリの目に飛び込んできたのはまさに非日常の光景だった。扉の先にあったのはたくさんの武器だった。武装集団を思わせるほどのたくさんの武器が収納されていた。

「ここは日本御霊浄化組合の武器庫。悪霊襲撃に備えて各階にあるの。確かここに・・・」

 サトミは武器庫の奥へ進んで行く。スセリは本物の武器を目にして体がすくんだ。武器なんて普通の生活をしていれば触ることなんてないからだ。これが日常を捨てるということかとスセリは自覚し始める。

「あったあった!」

 サトミが声を上げた。そしてサトミは両手に黒いケースを大事そうに抱えてこちらへやってくる。サトミはケースを持って武器庫を出た。そして武器庫に鍵をかける。

「スセリさん。いい? ここにある武器は対悪霊専用。人間に対して殺傷効果はないけど、一応お偉いさんから施錠の義務を徹底されているから必ず武器庫の鍵は施錠するのよ」

 スセリはサトミから聞いたことを必死にメモを取る。初めての職場ですぐに物事を覚えるためにはメモが欠かせない。スセリが会社で働いていた時に覚えたことだ。

 二人は作戦準備室へ移動した。

 サトミは持っていた黒いケースを机の上に置いた。そしてサトミはケースの蓋を開けた。そこには銀色の小さな拳銃と拳銃を収めるホルスターが入っていた。

 銀色の光沢が光り、持ち手のところには鳥の装飾がある。

「これがあなたの相棒よ」

「相棒?」

「悪霊を浄化する武器よ」

 スセリは拳銃に目を見やる。これが私の武器? とまじまじと見つめる。サトミは武器について話してくれた。

「これは小型拳銃よ。新人浄化師は必ず使用する武器なの。小型拳銃は小さいし、軽いし、新人でも扱いやすいの。スセリさんにはまずはこれを渡すわね」

 サトミはホルスターを取り出した。それをベルトに通し、スセリの腰に巻いた。留め具を止めてホルスター付きのベルトが腰に固定された。

「私、使えるか不安です」

「そうよね。拳銃なんて普段使わないもの。でもね、安心してこの小型拳銃は誰でも扱える。そのうちに慣れるはずよ」

 サトミの手からスセリの手に小型拳銃が渡る。スセリはそれをまじまじと見つめる。サトミはスセリに拳銃の扱い方を教えてもらう。

 安全装置は常にかかっているが、悪霊が現れると拳銃に埋め込まれた浄化水晶の力で自然に外れる仕組みであること。新人でも扱いやすいようになっているが、その反面衝撃力と攻撃力に欠けること。

 スセリは頷いてホルスターに小型拳銃をしまったのだった。

「かっこいいわよ、スセリさん」

「ありがとうございます」

 スセリはホルスターに触れる。スセリが悪霊に対抗できる唯一の手段であることを実感した。

 作戦準備室へ向かうとすでにミホとヨシキが待っていた。サトミはスセリを席に座らせた。すると作戦準備室にヒジリが入る。

「今日出勤しているのは鳴海以外だな。まずは阿部さん。君にこれをあげよう」

 ヒジリから渡されたのは、片耳イヤホンとインカムだった。

「これで出動している間に何かあれば仲間同士で連絡が取れる。必ず自分の名前を言ってから用件を伝えること」

 スセリはそれを持ち、早速装着した。むず痒いがこれには慣れるしかないと自分に言い聞かせた。



 午前十一時。始業から一時間後。

 スセリとサトミはカワグチの街中にいた。

「悪霊が出現するのは夜って言われることが多いけど、たまに昼に不可解な現象が起きることがあるの。それって大体悪霊のせいだから現場で情報収集をするのも大事な仕事なのよ」

「そうなんですね。てことは昼に悪霊を浄化するなんてことはしないってことですか?」

「実はそういうわけではないのよね」

 サトミが苦笑いをする。

 スセリの中にある悪霊浄化のイメージは夜だった。そのイメージはスセリが悪霊に襲われた時間が夜だったせいでついたものだった。

「確かに昼に浄化することは夜に比べれば少ないかもしれない。でもね、薄暗い場所や天候が悪くて薄暗い昼は夜と同じくらいガンガン悪霊が出てくるのよ」

 スセリはえ?! と驚いた。

 パトロールをする理由はそこにあるのだとスセリは結論付けた。するとサトミは液晶端末を取り出した。

 この液晶端末は地図情報や今日出動している浄化師が誰なのかという情報が入っている。

「私たちの管轄はカワグチ。意外とカワグチは広いのよ。しかも都会の場所と自然豊かな場所もある。その落差で油断して悪霊を浄化するどころか大怪我をして撤退なんてよくあることなの。出勤している浄化師が担当エリアに分かれて今、パトロールしているところよ」

 スセリが液晶画面を覗き込むと、カワグチ全体の地図が表示された。そして各エリアの場所に本日パトロールに向かっている浄化師の名前がローマ字で表示される。

「今日私たちが担当するエリアはチュウオウ地区よ」

「チュウオウ?」

「簡単に言うとカワグチステーションのある地区とチュウオウ地区に隣接するニシ地区とナンペイ地区の三つの地区。まとめてチュウオウ地区と呼んでいるんだけどそこを今日はパトロールするのよ」

 サトミの液晶端末はスセリが独り立ちしたら支給されるとサトミは言った。

 液晶端末にはチュウオウ地区の部分に[Satomi Omiya][Suseri Abe]の名前がある。

 カワグチには十の地区が存在し、それをジャスパが特別な区分に分けてパトロールを実施しているのだ。

 液晶端末にはアオキ・シバ地区の部分に[Miho Tateishi]、トヅカ・カミネ地区の部分に[Yoshiki Atsuta]、アンギョウ・シンゴウ地区の部分に[Hijiri Kanayama]の文字がある。

「Kanayama。もしかして、金山さんまでパトロールしているんですか?」

「ええ。残念ながら今ヤタガラスは人手不足なの。ちゃんと休みは取らないといけない。金山さんはヤタガラスの中で誰よりも悪霊を浄化した経験のあるレジェンドよ。ちょっとやそっとのことじゃやられないわ」

 サトミはそう言った。サトミが言うくらいなのだからきっと本当に違いない。スセリはそう思った。

 サトミとスセリはチュウオウ地区を回り歩いて異常がないか見回った。

 人々は笑い合い、特にこれといった大きな事件も起きていない。スセリはいつもの日常であることをかみしめた。



 午後四時。始業から五時間後。

 薄暗がりになってきた。するとサトミのポケットから音が漏れた。するとサトミは取り出す。そこには、[check!]という文字が浮かんでいた。

「なんですか?」

「特に異常なし。パトロール終了という意味よ。もし何か不審なことがあれば、メモを残すの。そのメモは悪霊が出るかもっていう懸念だから、夜になったらその日の浄化担当者がその部分で張り込むのよ」

「張り込み?!」

 スセリは驚いた。

 そしてチュウオウ地区はこれといって不審な点は見当たらなかった。サトミはスセリにチュウオウ地区のパトロール終了のチェックをタップした。

「はい。これで昼の勤務は終わり! 一旦草薙館へ戻るわよ」

 サトミはスセリと一緒に草薙館へ戻っていった。

 草薙館へ戻ってきたらすぐにやることをサトミはスセリに教えていた。二人が向かったのは、祓部屋。祓部屋には悪霊の出す瘴気を清めてくれる効果がある聖水が流れる。

 サトミとスセリはブレザーの制服だけを脱ぎ、霧吹きに聖水を貯めて全身に吹きかけた。体を清めた後は聖水で手洗いをする。これで終わりだ。祓部屋から出て作戦準備室へ戻る。

 やはりチュウオウ地区は草薙館から近いため誰一人帰ってきていなかった。

「そして全員が帰ってきたらパトロールの報告をするの。ちなみに今日の浄化当番は私たちだからね」

「じゃあ悪霊が出たら・・・」

「行くわよ。その地区へね」

 サトミが笑った。スセリは息を吐いた。二度も襲われたあの悪霊と今度は対抗できる手段をもって対峙できるということになる。スセリは包帯でぐるぐる巻きにされた掌を見る。まだ治っていない掌をじっと見つめていた。



 午後六時。始業から七時間後。作戦準備室。

 この時間になれば、全員が揃う。そして、パトロール報告が実施される。するとシバ地区をパトロールしていたミホから報告があがった。

「シバ地区の川べりで不穏な水の流れがありました。最近は天気も悪くなく、台風すらきていなんです。もしかしたら悪霊の前触れかもしれんです」

「やはりシバ地区か」

 ヒジリが報告を聞いて唸った。どうしてそこまで頭を抱えるのかがスセリにはわからない。するとヨシキが教えてくれた。

「阿部。シバ地区のイメージは?」

「イメージですか? なんか川が多いイメージです」

「そう。シバ地区は川だけでなく、水路がたくさんある。悪霊だけでなく幽霊は水辺を好む。だから、シバ地区はその環境の特性上悪霊の出現率が高いんだ」

 ヨシキは言った。それを聞いた後でヒジリの反応は相応のものだったことが理解できる。

「出動はシバ地区だ。大宮。くれぐれも気をつけろ」

「はい」

「そして阿部さん。記念すべき初任務だ。しっかり現場では大宮の指示に従って動くこと。そして何かあれば、必ず連絡をすること」

「はい!」

 スセリはヒジリの言葉に大きな返事をした。いい声だ、とヒジリは呟いた。スセリは壁に貼られたカワグチの地図を見る。そこに書かれたシバ地区の文字。それを見て、ホルスターに入れた小型拳銃を握りしめていた。

 パトロール報告が終わると夕食が待っている。

「スセリちゃん! 頑張ってな!」

「う、うん」

 ミホが激励の言葉をかけてくれる。スセリはまだ緊張が取れないのか、返事が上手くできない。その様子を見たヨシキが言った。

「僕の拳銃で悪霊を浄化した子の感じにはなかなか見れないな。とりあえず胸張っていけ」

「はい」

 スセリは返事をした。

 するとヨシキはスセリに小型拳銃を取り出すように言った。スセリは小型拳銃を取り出した。ヨシキは指差す。

「いいか? 悪霊が現れた瞬間に、拳銃は安全装置が外れる。見つけた瞬間に狙撃するんだ。ただ小型は扱いやすい分、勢いと攻撃力に欠ける。一発で仕留めようと思うな。何発も撃って浄化するんだ」

「何発も?」

「そうだ。小型拳銃は武器に慣れるために開発された武器だ。一発で仕留めるようにはできてない」

 二丁拳銃を愛用するヨシキはスセリに扱い方を教えてくれた。するとサトミは助かるわ、とヨシキに言った。

「私、ずっと脇差だったから拳銃はなかなか教えられないもの」

 サトミはそう言って笑った。



 午後八時。シバ地区。悪霊浄化任務開始。

 サトミとスセリはチュウオウ地区から離れたシバ地区へやってきた。シバ地区はたくさんの河川があることで有名であるが、スセリの想像以上に水路が廻られている。

 人通りはあるものの、多くはない。街灯が少ないために人通りが少ない。

「シバ地区は水辺が多いことと街灯が少ないから悪霊が出現する率が高いと言われているの」

「光が少ないと出やすいんですか?」

「悪霊は明るいところが苦手なの。それが街灯の光であってもね」

 スセリは辺りを見回した。街灯も少なく、闇に包まれている。ここが都会に近い場所とはなかなか思えない雰囲気だ。

 サトミはこんなことも教えてくれた。

 シバ地区が悪霊の出現率が高い場所と言われていることをシバ地区に暮らす人々は古来からその存在を恐れながら生活してきたという。そのため、シバ地区では暗い場所を一人で歩くことはあまりないのだという。

 夜の水辺には人っ子一人いない状況だ。サトミから教えてもらったことをスセリは状況を見て察した。

 するとサトミが足を止める。

「サトミさん?」

「スセリさん。残念だけど、小型拳銃をホルスターから抜いておいて」

 サトミの目は真剣そのもの。全神経を集中させて辺りを索敵している。体に備わったセンサーをフル稼働させて悪霊の気配を感じ取る。

 スセリはついに悪霊が来たと心に決めてサトミの言う通りにホルスターから小型拳銃を抜いた。月明かりに照らされて小型拳銃に埋め込まれた浄化水晶がキラリと光る。

 サトミはスセリに小さな声で言った。

「悪霊の気配がすることを金山さんに伝えて」

 スセリは頷いてインカムのスイッチを押した。そして誰にも聞こえないような小さな声で声を出す。

「こちら、阿部と大宮です。シバ地区で悪霊の気配を察知しました」

『こちら金山。そうか。ではそのまま浄化にあたれ。何かあればすぐに連絡を入れろ。いいか、怪我だけはするな。大宮にもそう伝えてくれ。以上』

 ヒジリからの応答が返ってきた。

「サトミさん。何かあれば連絡するように、怪我だけはするなとのことです」

「わかったわ。いい? 無傷で帰るわよ」

「はい!」

 サトミは集中して気配を追い、スセリはそんなサトミの後ろについていく。息を殺して気配を消す。

 二人は水辺へ近づいていた。すると、小さな声をスセリの耳が捉えた。スセリはゆっくりと指をまっすぐ指差す。その指差した先をサトミとスセリが見る。するとそこには、この世のものとは思えないほどにゆがんだ物体が揺らめいていた。

 するとスセリの小型拳銃の安全装置がカチャンと外れた。その音を聞いたサトミはゆっくりと脇差を抜いた。

「安全装置が外れたということは、どうやら当たりのようね」

 サトミの脇差を見たスセリは息を飲んだ。普通の刀とは違う、青白い光を放っている。そして刀身には虎が彫られている。

 するとサトミはスセリにこう指示をした。

「これから悪霊をこちらにおびき寄せる。悪霊に向かって一発撃つのよ。悪霊がこちらへ来たら私が応戦する。そしたらスセリさんは隠れて悪霊を狙い撃つのよ」

「・・・」

「大丈夫。浄化用の弾丸は人間に当たっても死なない。私のことは構わずに撃ってちょうだい」

 緊張するスセリにサトミが声を出す。サトミの指示通り、スセリは悪霊に向かって銃口を向けた。そして、ゆっくりと引き金を引く。


 バン---!


 銃声が響いた。それにつられるように悪霊がぬるっと現れてサトミとスセリの姿を捉えた。

「・・・!」

 言葉にならない言葉を発して悪霊は姿を現した。二人の言葉はこの悪霊には届かないらしい。スセリはすぐに隠れ、サトミが脇差を悪霊に向けた。

「大宮サトミ。今からお前を浄化し、元の流れに戻す!」

 悪霊はサトミの言葉に耳を傾けず、問答無用で襲ってくる。サトミは悪霊の攻撃を脇差の刃で弾いた。そしてそれを皮切りに悪霊の体に刃を通す。

「すごい!」

 スセリは陰から見守っていた。サトミの戦闘を見てスセリは思わず攻撃も忘れて息を飲んだ。月明かりに照らされたサトミの姿はまるで踊り子のようにすら見えたのだった。

 サトミの勝ちに思えた。しかし、サトミが断ち切ったはずの悪霊の体は元へ戻っていく。

「何?!」

 これにはサトミも驚きを隠せない。サトミの刀身にはもちろん悪霊を浄化するために必要な浄化水晶が埋め込まれている。これが効かないということは、浄化水晶の力が衰えてきている証拠であった。

「殺す・・・」

 悪霊の声がスセリに聞こえた。

 浄化水晶の力を失ったサトミにとってみれば悪霊に対抗する手段をなくしたも同然だ。今、悪霊を浄化できる武器を持っているのはスセリだけだ。

 悪霊はスセリに気づいていない様子だ。そこでサトミは作戦を変え、悪霊を引きつけ始めた。それを見たスセリは思わず立ち上がった。

「サトミさん!」

 スセリはどうしてサトミが悪霊に攻撃をしかけないのか分からなかった。サトミは脇差で防御するだけで攻撃を全くしない。

「どうして、どうしてですか、サトミさん」

 スセリは呟いた。すると、手に持っていた小型拳銃が目に入る。今、この状況を打破できるのは自分だけだ。そうスセリは思った。

 スセリは出動前にヨシキから聞いた言葉を思い出す。

「小型拳銃は扱いやすい分、攻撃力と勢いが欠ける。一発では倒せない。何発も打ち込んで、時間を稼ぎ悪霊を浄化する!」

 スセリは悪霊に向かって銃口を向けた。そして震える手で悪霊に向かって弾丸を撃ち込んだ。

 スセリの放った弾丸は悪霊を貫通する。すると悪霊の怒号が響く。弾丸を見たサトミはニヤリと笑った。サトミの意図をスセリが汲み取ったとわかった瞬間だった。

「スセリさん! 悪霊にどんどん撃ち込んで!」

 サトミは声を上げて、スセリに指示を出した。スセリはその指示に従い、何発も悪霊に撃ち込んだ。浄化水晶の埋め込まれた弾丸の威力は絶大だった。

 悪霊はどんどん勢いを弱めていった。

「スセリさん!」

 サトミが声を出すと、スセリはもう一度銃口を悪霊へ向けた。そしてとどめの一発を悪霊に撃ち込んだのだった。悪霊は一瞬で静かになり、静かに消えていった。

 その姿はまるで小さな光の粒になって消えていく。心が締め付けられるように虚しく感じる。スセリはその虚しさを心のどこかに覚えがあった。

「スセリさん。助かったわ。本当にありがとう。初任務お疲れ様」

「・・・ありがとうございます」

「元気がないわね」

「悪霊ってこんなに虚しい消え方をするんだなと思うとなんだかやるせない気持ちになって・・・」

 スセリの言葉にサトミは頷いた。

 サトミは脇差をしまい、スセリに言った。

「確かに悪霊は今を生きる私たちにとっては命すら脅かす存在なの。だけど、元は生きていた人間そのもの。何かの理由があって悪霊となって暴れる。世の中は悪霊を消せ、討伐しろって野蛮な言葉を使うけど・・・」

 サトミは夜空を見上げて言う。

「私たちは浄化師。悪霊を殺すんじゃない。悪霊というものから解放し、元の流れに戻す。それが私たちの仕事なの」

 サトミはそう言った。スセリはその言葉が心に刺さった。

 悪霊は元々この世を生き抜いた先人たちだ。そしてあの世へ行くはずが何かの理由があって悪霊と化してこの世で大暴れしてしまう。悪霊たちも好きで暴れているわけではない。

「悪霊たちも苦しんでいるんですね」

「そうね。私たちはあくまで浄化するのが仕事。悪霊を殺すって考え方は絶対にしてはダメ」

 サトミはスセリにきつく言い聞かせた。スセリはわかりましたと頷いた。そしてサトミはインカムを取り出して、連絡する。

「こちら、大宮と阿部。シバ地区の悪霊を無事浄化しました」

『こちら熱田。お疲れさん。怪我してねえか? どうぞ』

「ええ。私もスセリさんも無傷よ。ただ私の脇差の浄化水晶が弱くなってたみたいで、スセリさんのおかげで倒せたわよ。どうぞ」

『そうか。帰ってきたら研ぎ直しだな。気をつけて帰ってこいよ。以上!』

「ラジャ」

 インカムに登場した声はヨシキだった。

 状況を報告し、サトミはインカムを切った。

「スセリさん。帰りましょうか」

「はい」

 スセリはサトミと一緒にシバ地区から草薙館のあるチュウオウ地区へ戻っていった。



 こうしてスセリの初任務は終わった。

 スセリは帰りながらずっと考えていた。スセリも悪霊に襲われた人間であるから、悪霊は諸悪の根源と思っていた。しかしサトミの言葉を聞いてその考えはだんだんと薄れ始めている。

 スセリはホルスターに収めた小型拳銃にそっと手を触れるのだった。



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