草薙館〜Japan Spirit Purification Association〜
草薙館〜Japan Spirit Purification Association〜
---日常に別れを告げた。
これがいいことなのか悪いことなのかは分からない。でも私はこの道を歩むと覚悟を決めた。
日に日に研ぎ澄まされる感覚に不安と違和感を抱きながら。
数ヶ月後。
スセリは今まで暮らしていたマンションを出払った。引越し業者に荷物を運び出してもらい、自分は簡単な荷物を持ってマンションを後にする。それにはこのような理由があった。
スセリは浄化師になる決意をした。そこで言われたのは、今現在所属している浄化師たちはヤタガラス本部で共同生活をしているのだということ。スセリもその共同生活に混ざることになったのだった。
スセリはマンション近くのバスに乗り、途中下車して歩いた。そして再びヤタガラス本部の前へやってきた。
今日からここがスセリの新しい新居となる。スセリが見上げていると、扉が開いた。そこには制服姿ではなく女性らしい服装に身を包んだサトミの姿があった。サトミは本日非番。その為制服を脱いで年相応の服装に身を包んでいたのだ。
「スセリさん。いらっしゃい」
「大宮さん。今日から宜しくお願いします」
スセリは丁寧に挨拶をして頭を下げた。するとサトミはスセリに言った。
「そんな大宮さんだなんて・・・。普通にサトミでいいわよ。私も名前で呼ぶから」
「じゃ、じゃあ・・・サトミさん」
スセリがそう言うとサトミは嬉しそうに笑った。
「もう引越し業者が来て、荷物は全部部屋に搬入済みよ。でも、まずは私たちの仕事場兼生活寮を案内しないとね」
サトミはそう言った。スセリはサトミについていくように歩き出す。まずスセリは門を通り、中庭へ行く。向かう先には建物の中に続く扉へ向かう道がある。
「ここはね通称・草薙館と呼ばれているの。築百年の洋館だったのをリノベーションとリフォームしたらしいわ。見た目は古臭いけど耐震工事はしっかりやってるから、大地震が来ても大丈夫」
ツタで絡まる外観。そして草薙館を囲むレンガ造りの塀。その塀にはキラリと光るものが見える。スセリはその部分を見てみる。するとレンガにキラキラと光る宝石が埋め込まれていた。それはそのレンガだけでなく等間隔で埋め込まれていた。
スセリが興味を示したレンガのことをサトミが教えてくれる。
「これは浄化水晶と呼ばれるものよ」
「じょうかすいしょう?」
聞きなれない名前にスセリは首をかしげた。
「浄化水晶は悪霊を浄化するために必要なものなの。浄化水晶は悪霊を浄化して消滅させる不思議な力がある水晶で、ああやって壁に埋め込むことでここに悪霊が襲撃してきても拮抗できるようになっているの。まあ、悪霊だけに効果抜群の見えないバリアをつくっているって感じかな」
サトミの説明になるほどとスセリは頷いた。
浄化水晶に関してはまた詳しく説明すると話がまとまり、二人は草薙館の中へ入っている。何度か来たことはあったが、本当にタイムスリップしたかのようなレトロ感溢れるインテリアだった。室内へ上がると最初の部屋へ通される。
部屋の内装は大きなテーブルに数個の背もたれの椅子。たくさんの本がしまわれた本棚に大きな黒板。
「ここは作戦準備室。ここに浄化師全員が集まって出動前や作戦会議をする部屋よ。ここで指示を仰いで出動するってところから。私たちの拠点とも言えるね」
サトミが説明しているとスセリはあるものに目を移す。それは作戦準備室の扉近くに下げられた名前札。それぞれの名前札にはヤタガラスに所属している浄化師全員の名前が彫られ、フックに下がっている。
しかし違うのはその色だ。サトミとミホ以外の名前札だけが赤だった。一方のサトミとミホの名前札は青になっている。この名前札についてスセリはサトミに聞いた。
「これは今日出勤している人を指してるの。赤は出勤、青は非番。非番の人は必ず自分の名前札を青にしてここに引っ掛けなきゃいけないの。そうしないと作戦がうまく立てられない時があるから」
スセリはへえ、と見上げた。近いうちに自分の名前が彫られた名前札を引っ掛ける日も近い。
作戦準備室を後にして連れてこられたのは四つ並んだ小さな部屋。そのうちの一つの扉をサトミが開けた。
小さな部屋にあったのは簡易ベッドと椅子だけ。
「ここは仮眠室。私たちが出動するのは主に夜だけど、すぐに出動できるようにここで仮眠したり休憩したりする場所かな。まあ、休憩室よ」
「四つあるんですか?」
「そうよ。一人一部屋使えるようにね。男女分けるためでもあるわ」
仮眠室の内装は四つとも全部同じだ。そして鍵もかけられるためプライバシーも守られる。その部分もサトミはスセリに教えてくれた。
仮眠室を離れ、作戦準備室近くに戻る。二階へ続く階段のそばにまた別の部屋がある。その中へはいるとまた扉が二つある。真っ白な内装でスセリは見渡す。
「ここはどこですか?」
「ここはね、私たち浄化師にとって大切な部屋、禊部屋よ」
「みそぎべや? 何をする場所なんですか?」
「悪霊浄化した後にここへ帰ってきて、最初に寄る場所よ。ここで、悪霊の穢れを清めるの」
サトミが扉を開くとそこには延々と水が噴水から溢れていた。見た目は普通の水と変わらない。ここが禊部屋と呼ばれる所以はこの延々と流れる水が関係しているとサトミは言った。
「この水はただの水じゃない。これは聖水と呼ばれているものなの。あらゆる不浄なものを清め、穢れを落としてくれる。少しでも穢れが残っていると悪霊に狙われることが多くなるだけじゃなくて、悪霊の行動範囲を広げてしまう原因になってしまうの」
「そうなんですね・・・」
二人は禊部屋を離れていった。
まだ一階には紹介しなくてはいけない部屋がまだあるが、それは今後教えることになった。
「この草薙館の二階と三階は私たちが共同生活をする生活寮になっていて、二階が男子部屋、三階が女子部屋になっているの」
階段を上がると大きな机が置かれ、椅子がたくさん置いてある。
二階にはパブリックルームと呼ばれる共有スペースがある。ここで食事をしたりするという。各自の部屋があり、食事はパブリックルームでいただく。生活寮は俗に言うシェアハウス方式であることをスセリは理解する。
パブリックルームと隣接しているのがキッチンだ。キッチンはとても大きく、大きな冷蔵庫に食器が収められた戸棚。元々キッチンではなかったが、リフォームしたため部屋は広々としているままだった。
サトミは大きな冷蔵庫を開けた。すると中には野菜やお肉、調味料などの様々な食材が保管されていた。
「ちなみにここでは食事も買い物も当番制よ。スセリさんは料理はする?」
「簡単な料理なら少し・・・」
「まあ、そこまで高度な料理を要求しないから安心して。ちなみに買い物のお金はすべて公費で賄われているから給料からさっ引くことはないわ」
「え?! そうなんですか?!」
スセリは驚いた。
普通ならばいくら当番制であっても食事代も給料から引かれる仕組みになっていることがほとんどだ。しかしここは公費という場所から支出される。給料から引き落とされることはない。どういうことなのか、とスセリは聞いた。
「ほら一応日本御霊浄化組合は日本政府公認だから。まあ、公務員と同等って感じなのよね。でも認知度も低いし、世間様から見ればはじかれたようなものだけどね。まあ、浄化師の仕事してたら公務員じゃないから! って思うことのほうが多いわ」
サトミは笑った。
ここで食費に困らないことをスセリは分かった。
そしてサトミとスセリは女子部屋のある三階へあがった。廊下にはたくさんの部屋が並んでいるが現在使用されているのは三つのみだ。
「ここが女子部屋のある三階よ。一番奥から私、その隣がミホ、そしてミホの隣の部屋がスセリさんの部屋になるわ」
扉の前へ行くとまた扉近くの壁に表札が書かれている。
そこには「阿部スセリ」と書かれた表札が下がっていた。スセリは部屋の扉を開けた。するとそこには、ベッドと机、クローゼットと少し古臭いが趣があるインテリアの室内が目に入った。
そして端っこには運び込まれたスセリの荷物が置かれている。
「どうかしら?」
「すごい! ありがとうございます!」
スセリはお礼を言った。
他にも大浴場も見た。三階のお風呂は女子風呂となっている。女性は全員ここで入浴を行う。もちろん掃除は当番制。
一通り草薙館を見て回ったサトミとスセリは一階へ戻ってきた。すると同じく非番のミホが戻ってきた。
「あれ?! スセリちゃん?!」
「ミホさん?」
「そういえば引越し今日やったなあ! これからよろしくなあ! あと、うちはさん付けしなくてもええって! 年もそう変わらないから「ミホ」って呼んでえーな!」
ミホの明るい声とまっすぐ刺さってくるような声がスセリを突き抜けた。スセリがミホの名前を呼ぶのを今か今かと待っているとスセリは少し照れながら言った。
「これからよろしくお願いします・・・。ミホ」
「それやそれや! よろしく、スセリちゃん!」
その様子を見たサトミはため息をついて頭を抱えた。
「ミホ。また買い物? 散財もいい加減にしなさい」
「サトミさん! うちは散財してません! ショッピングが好きなだけです!」
サトミが呆れていたのはミホの両手にあるたくさんの紙袋。この紙袋はすべて近くにある大型ショッピングモールのものだ。非番の日くらい好きにさせてください! とミホは言った。
するとミホはこれから二人してどこへ行くのか、と聞くとサトミは所長のところへ行くところと伝えるとミホも行くと言い出し、手に持った紙袋を急いで部屋へ置きに行った。
「騒がしくてごめんなさいね」
「いいえ。私一人暮らししていたんで賑やかなところは大好きです」
「それはよかった」
サトミが言った。
荷物を置いたミホも合流し、三人は所長室へ入っていくのだった。
所長室に入るとヒジリが待っていた。
「阿部さん。どうだい、草薙館は」
「すごく素敵な建物です。部屋までご用意してくださりありがとうございます」
スセリが頭をさげる。
するとヒジリは椅子から立ち上がり、大きなプレゼント袋をスセリに手渡した。スセリがプレゼント袋の中身を聞くとヒジリは言った。
「これは君の制服だよ」
「制服ですか?」
スセリはプレゼント袋を開けた。すると紺色の裾が短いブレザーに紺と水色のチェック柄のスカート、そしてその下に履く黒いスパッツ。足に履くフットカバー。そしてブレザーの胸元には[JSPA]の文字と宝石と剣が交差するシンボルマークが刺繍されていた。
「早速着てみてほしい」
ヒジリに言われてスセリは早速制服を身につける。
「似合ってるわ」
「スセリちゃん似合いすぎや!」
サトミとミホが口々に言う。サイズも申し分ない。浄化師は悪霊との戦闘があるため、制服は動きやすさを重視したものになっている。ちょっとのことでは破けない優れものだ。
しかしスセリには気になることがあった。今着ている制服とサトミとミホが着ている制服は全然デザインが違うことだ。それに関しては、浄化師によって制服のデザインは異なり、個性が光るものになっている。
個性だけではない。浄化師が扱う武器によって制服のデザインを変えることもあるという。
「うちの武器は弓矢なんよ。せやから、制服はスカートじゃなくて着物の袴みたいな制服なんや」
ミホが教えてくれた。
「今後はこの制服を着用して仕事をすること。そして阿部さんの教育係は、そこにいる大宮に全部任せることにしている」
ヒジリはサトミを見た。そしてスセリもサトミを見た。サトミは頷いた。
真新しい制服を着たスセリはだんだんと不安に駆られる。教育係のサトミを信じていないというわけではない。むしろ心強いくらいだが、未知の世界に飛び込む恐怖がスセリを支配していた。
今まで通りの生活を送っていれば、悪霊がはっきりと見えなければ、このようなことにはならなかった。
しかしスセリは自分の意思で日常と別れを告げた。後悔はしていない。
そんなスセリの様子に気づいたヒジリがスセリに言う。
「大丈夫だ。大宮はとても優秀な浄化師だ。様々な悪霊と対峙して、困難を乗り越えたベテランだ。きっと阿部さんを立派な浄化師に育ててくれるはずだ」
ヒジリが言った。サトミはスセリの想像以上に立派な浄化師だったということだ。
スセリは頭を下げて、サトミとミホと共に所長室を後にした。
スセリはサトミとミホと共に女子部屋のある三階へあがった。サトミは引越ししてすぐだから疲れているだろうということで早めに休むようにスセリに言った。スセリはサトミの言葉に甘えて先に部屋に戻った。
部屋の中にある、ダンボールを開けて備え付けのクローゼットに入れて、それ以外はマンションでも使用していたプラスチックケースの中に入れた。
そして大切な小物も置いていく。ベッド脇には小さなテーブル。その上にはあの写真立て。幼いスセリとそれを囲んで笑顔で写る両親。
スセリは制服を脱いで、ハンガーにかける。そして動きやすい部屋着に着替えた。ベッドの上に大の字になって天井を見上げる。
「浄化師か・・・」
スセリは静かにそう呟いた。