差し出された手〜One step forward〜
差し出された手〜One step forward〜
その夢は都合のいい夢だったのか私にはわからない。でも確かに、私の想像を超えた確信がそこにはあったのです。
そして私は、日々の日常に別れを告げて、一歩を踏み出す引き金を引いたのです。
「・・・!」
誰かがスセリを呼んでいる声がする。しかしスセリは闇の中に閉じ込められている為に返事をしたくてもできない状況になっていた。
「・・・部! 阿部!」
スセリの名字を呼ぶ声がはっきりと聞こえてきた。スセリはゆっくりと目を開けた。するとそこには心配そうに覗き込むサトミとミホ、そしてヨシキの三名の顔が飛び込んでくる。
「よかった、気がついた」
スセリが目を覚まして安堵の声をあげたのはサトミだった。スセリは横に寝かされていた。
「ここはどこですか?」
「ヤタガラスの本部や。よかったあ」
ミホも言う。一体自分の身に何が起こったのか分からない。しかし思い出せるのはあの夜にヨシキと歩いていたら悪霊に遭遇したことだった。それを思い出したスセリはヨシキを見て言った。
「熱田さん! あの後どうなったんですか?!」
「安心してください。君が俺の拳銃で撃った弾が悪霊を撃ち抜いた。命拾いしたのはこっちのほうです」
ヨシキはあの日何が起こったのかの説明が入る。
スセリは飛ばされたヨシキの拳銃を握り、悪霊に向かって発砲した。その弾丸は悪霊を貫いて怯ませた。その隙をヨシキは見逃さずもう一つの拳銃を見つけ出し最後の一撃を食らわせた。しかしスセリは拳銃で撃った時の衝撃に耐えられず、弾き飛ばされ気を失ってしまった。
そのままヨシキに保護され、ここまで運ばれてきたのだと言う。
スセリが起き上がる為に手をついた瞬間、両手に激しい痛みが走った。思わず手を引っ込めるほどの強烈な痛みだった。
スセリが両手を見ると手は真っ赤に腫れ上がり、うまく手が動かせない状況だった。この怪我もヨシキが説明する。
「武器に慣れていない人間が武器を扱うとその衝撃と威力に耐えられない。浄化師が使っている武器は、悪霊用に改造されたもので一般の拳銃よりも威力と衝撃は並外れている。その怪我は拳銃を使った証だ」
スセリの両手はわずかな刺激でも激痛を伴う。あまりの痛みにスセリは顔をしかめる。スセリは治りますよね? と聞いた。それに対してサトミは答えた。
「治るわ。でも、この腫れの規模だと時間がかかるのは避けられないわね」
治るなら安心だとスセリはまずは胸をなでおろす。しかし時間がかかるというのはなかなか否めない。それほどの怪我をしたのだとスセリは実感する。
その後スセリの両手には塗り薬が塗られ、ガーゼで保護したのち、包帯で手のひらを覆われた。指だけを巻かずに包帯からニョキッと出ているようになっている。包帯で保護されたところから若干の痛みはあるものの、先ほどのような鋭い刺激はない。
ヨシキから事の詳細をスセリが眠っている間に聞いていたサトミとミホ。ミホがスセリに言った。
「スセリちゃんは度胸があるねんなあ」
「ど、度胸・・・?」
「まさか熱田先輩の拳銃を撃つなんてうちには無理やもん!」
ミホがそう言った。単なる冷やかしにも聞こえるものではあるが、浄化師から見れば素人が浄化用の武器を使うというのは信じがたいことだった。
サトミがスセリに言った。
「阿部さん。拳銃を撃ってこれくらいの腫れで済んでよかったくらいよ。普通だったら骨の一本二本折れているわ」
「骨?! 私骨折してないんですか?!」
「してないわよ。これには私たちも驚いているわ。確かにすっごい腫れているけど、骨に異常はなかった」
スセリが驚いている間、サトミは椅子に腰を下ろした。
するとスセリは一人考えていた。そうあのスカウトの話を受けるか否かだ。
最初スセリは浄化師という専門職のことも無知で、悪霊が見えるという才能を秘めているのも無自覚だった。悪霊に襲われて開花したのだ。
断る気でいたが、会社は解雇され、食い扶持もなくなったピンチに陥っている。そして今回ヨシキと一緒にいるところで悪霊に襲われた際、怖い怖いと恐怖に怯えながらも銃口を悪霊に向けて発砲した。
結果として怪我の代償は負ってしまったものの、悲観していなかった。むしろ達成感がある。
悪霊がはっきりと見える。浄化師用武器の衝撃に耐えた。浄化師になるべくして備わった天性の才能。この力を活かして、悪霊を浄化して、悲しむ人が減るなら・・・私は・・・。
スセリはそう思った。
あんなに曖昧だった答えは悪霊に三たび襲われてからはっきりと分かった。すると、スセリはサトミの名前を呼んだ。
「大宮さん」
「何?」
「私、金山さんからのスカウト受けようと思うんです」
「え?」
突如として放り込まれた爆弾発言にサトミは目を丸くした。サトミはスセリの決意を確かめるためもう一度聞いた。
「阿部さん。それは本気で言っているの? あんな怖い目にあってもなお、浄化師になりたいって思えるの?」
サトミの目は真剣そのものだった。浄化師になるということは平和な日常に別れを告げて、悪霊を浄化する人々が知れない裏の仕事をすることになる。浄化師は悪霊に襲われる確率が格段と上がる。
スセリはサトミの目を見て言った。
「私はあの時無我夢中でした。でも、悪霊が見られること、専用の武器に耐えられたこと。最初は嫌だなって思ったけど、この力を活かせるなら本望だと思ったんです。覚悟は・・・できています」
スセリなりの覚悟を見せた。それを見たサトミは分かったわ、と頷いた。するとサトミは優しく微笑んでスセリに体は大丈夫かどうかを聞いた。スセリは大丈夫です、と伝えるとサトミはスセリを連れて移動した。
二人がやってきたのは歴史感じる扉の前。表札には、「所長室」と書かれている。スセリが扉をノックした。
「大宮です」
「入りなさい」
サトミが扉を開ける。スセリもついていくと所長室の中にはたくさんの書物に書類が置かれている。まるで書斎室だ。ヴィンテージ調の机の前に所長であるヒジリが立っている。
「どうしたんだい? 阿部さんもいるのか」
「金山さん。阿部さんから例の話の答えが出たようです。私はその答えを聞いていますが、金山さんには直接本人から伝えた方がいいと思いまして」
サトミから話を聞いてそうか、とヒジリは言った。そしてヒジリはスセリに視線を移した。そしてスセリに問う。
「阿部スセリさん。俺は本気で君を浄化師として迎え入れたい。どうだい?」
「そのお話、お受けします」
スセリは真剣な眼差しを向けてそう言った。スセリの声色には明らかに決意の色が見え隠れしている。スセリがスカウトを受けたということは平凡な日常から切り離されて、平凡とは無縁の生活をすることになる。
そんな覚悟はとうに出来ていた。スセリはそう思っている。
スセリの答えを聞いたヒジリはそうか、と嬉しさをかみしめた。そしてスセリに手を差し出す。スセリが差し出された手を見つめているとヒジリは言った。
「改めて、日本御霊浄化組合へようこそ、阿部スセリさん」
差し出された手をスセリはそっと握り、二人は握手を交わした。
こうしてスセリは浄化師としての道を歩み始めるのであった。
科学の発展した世の中にはびこる非科学的な存在・悪霊。悪霊から人々を守る為、スセリは決意を新たにした。
スセリが浄化師になる決意をしたことはすぐさま他の浄化師にも伝えられた。一番喜んでいたのはミホだった。
「ほんま?! 年の近い子が来てくれて、うち嬉しいわぁ!」
ミホはそう言いながら喜んだ。
そしてスセリに間一髪のところで助けられたヨシキにもこのことが伝えられた。すると、そうか・・・とつぶやいた。
「お手並み、拝見といくか」
ヨシキは静かに夜空を見上げてつぶやいたのだった。