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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
大宮サトミと凶悪犯編
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草薙館の来訪者〜Cheeky brother〜

大宮サトミと凶悪犯編

草薙館の来訪者〜Cheeky brother〜



 悪霊の正体は何なのか?

 その質問をヤタガラスの先輩達にぶつけるとこのような回答が多く返ってくる。

 悪霊の正体。それはかつてこの世を生きていた人間たちであると。この世に生きる人全員が必ず死という終わりを迎える。

 しかし、その際未練を残して亡霊のままこの世を彷徨う場合がある。亡霊ならば時たま人を驚かしたりするだけで大きな被害は与えない。せいぜい心霊現象止まりになる。

 ところが、妬みや恨みなど負の感情を吸い込むと無害な亡霊は有害な悪霊となって現世に生きる人間たちを平気で襲うのだ。

 そう全員が必ず悪霊になることはないのだ。

 深い恨みを持ったまま死んで自ら悪霊に身を堕とす者以外は・・・。



 午前八時。草薙館。パブリックルーム。

 ヤタガラスのメンバーが朝食を食べていた。今日のメニューはサトミ特製の和朝食だ。玄米に芋の入ったお味噌汁、焼き魚というオーソドックスなもの。

 しかし健康に気を使った立派なメニューだ。

 しかしパブリックルームにやってきているのはサトミ、ミホ、シュン、ヨシキ、ヒジリだけだった。スセリがいない。

 その理由は単純だった。

 昨日のことだった。スセリは倦怠感と発熱に襲われた。体温を測ると38度を超えていた。すぐさま岩永兄妹の元へ連絡が行く。

 やってきたのはコノハですぐさまスセリの診察を始める。

「うん。風邪ね」

「風邪?」

「多分仕事の疲れから体の抵抗力が弱ったのよ。まあ、そろそろ来ると思ってたけどね。だから熱が下がるまで絶対安静よ」

 コノハから風邪と診断されてスセリは昨日より自室生活を余儀なくされた。風邪を移したくないとスセリはずっとベッドの中に入って安静にしていた。

 スセリの部屋にはサトミが作った栄養満点の卵雑炊がある。それを食べてコノハからもらった風邪薬を飲んで安静にしていた。

「風邪早く治るといいですね」

「そうね・・・」

 ミホが言うとサトミも頷いた。するとヨシキがテレビの電源を入れる。流れたのは朝のニュース番組だ。

 するとテレビからニュース速報を知らせるチャイムが鳴り始める。テレビ上部に字幕で表示される。


 星見ホシミアマツ死刑囚 死刑執行。トウキョウ西地区連続殺人事件容疑者。


 ニュースキャスターも慌てて速報原稿を読み始めた。

「えー速報です。十年前に発生したトウキョウ西地区連続殺人事件で逮捕され死刑判決が出ていた星見アマツ死刑囚ですが、本日早朝に死刑が執行されたとのことです」

 それを見ていたヤタガラスもはあーと息を吐いて声を上げる。

 ニュースは切り替わって刑務所の外観からの中継やコメンテーターの話が流れている。

「あの犯人死刑執行されたのね」

「サトミさん。あの人誰なんですか?」

「ミホ、知らないの? 世間を騒がせた連続殺人事件よ?!」

 サトミがそう言った。

 トウキョウ西地区連続殺人事件。

 トウキョウを恐怖のどん底に落とした凶悪事件は十年前に発生した。

 現場はトウキョウの西地区全域。夜遅くに一人で歩いていた女性を襲い、ナイフでメッタ刺しにして殺害するという残忍な手口だった。警察は多くの人を総動員して犯人確保に動くも、被害者は増える一方。

 結果として十人殺害、二人怪我になってしまった。

 捜査中に被害者女性が通った通り道に設置された防犯カメラに映っていた一人の男性が重要参考人となり事情聴取を開始。その際に連続殺人の犯行を細かに自供した為逮捕に至った。

 その男こそが星見アマツなのである。

 星見アマツは「女性の叫び声がたまらなく興奮する」と供述しており、世間を騒がせ、精神鑑定まで取られた。裁判でも愉快犯的な思想が出所後も同じ過ちを繰り返しかねないとのことで無期懲役の判決が言い渡される予定だった。しかし、残された遺族の無念の叫びと世間の声が作用して、無期懲役から死刑判決へとくつがえったのだ。

 死刑判決に際して星見アマツな何もコメントを残していないが、死刑判決が出た時もニュース速報として駆け巡ったのだ。

「世の中怖いねんな」

「人の負の感情が生み出したのが悪霊だ。悪霊も脅威ではあるが、もっと恐ろしいのは人間なのかもしれねえよ」

 シュンはそう言ってコーヒーを飲んだ。

 今日もカワグチは平和だった。そうヤタガラス全員が思っていたのだった。



 午前十一時。アオキ地区。商店街。

 ヤタガラスの日課である昼のパトロールが始まった。サトミはアオキ地区のパトロールを任せられた。

 今日の天気はどんよりの曇。雨が降っていないだけマシとサトミは歩き出した。アオキ地区にある商店街は人が多い。商店街を歩いていると様々な声をかけられる。

「あらま! 浄化師さんじゃない! お勤めご苦労様!」

「ありがとうございます。お変わりありませんか?」

「ええ! 私たちが安心して暮らせるのは浄化師さんがいるからなのよ。これからも頑張りなさい!」

 商店街を訪れた人たちにサトミは背中をポンと叩かれる。その声を力にサトミは前へ歩き出した。

 アオキ地区の主な場所を回り、悪霊の気配もないことを確認してサトミは液晶端末にタップして異常なしと打ち込んだ。

 サトミはゆっくりと歩き出した。

 一方その頃草薙館ではスセリが一人で草薙館の留守番をしていた。

 病人のスセリは自分の部屋で安静にしているが、スセリ以外はパトロールに出かけている。昼間はよっぽどのことがない限り人は訪ねてこない。最悪電話や緊急通報だ。それだけなら要件を伝えるだけなので、頭が回っていなくてもなんとなくで大丈夫なのだ。

「ゴホッ」

 スセリが咳き込んだ。弱ったなあ・・・、と呟いた。

 するとピンポーンとインターホンの音がした。スセリは重い体をゆっくりと起こす。ふらふらと歩いていると、頭は重く足元はおぼつかない。熱で体がおかしくなっている。

 しかしインターホンの音が連続で鳴らされてスセリは焦る。早く行かなきゃと玄関へ急ぐ。階段を踏み外さないように注意しながら玄関へ行く。

「どちら様ですか?」

 聞き取りづらいガラガラ声でスセリは声をかけて扉を開ける。

 すると扉の前には若い男性が立っていた。白いワイシャツに青チェックのネクタイ。まるで高校の制服を思わせる。すると若い男性はスセリに向かって言う。

「あんたここの浄化師?」

「はへ?」

「ここはヤタガラスの拠点。浄化師じゃねえと入れねえからな」

「あの・・・私はここの浄化師ですけど・・・?」

 頭がほとんど働いていないスセリはなんとか言葉を紡ぎだす。会話が成立するように動けるだけの思考で会話をする。

「聞いてんの?」

「はへ、私は浄化師ですよ? 今、私だけで・・・」

 熱が上がって会話が成立しなくなってきた。スセリも何を自分が話しているのかわからない。スセリの会話にイライラして若い男性も表情や態度から苛立ちや怒りを感じる。

「あんた!」

「ひっ!」

「俺の言いたいことほんとにわかってんの?! いい加減にしろ!」

 スセリは身を引いた。風邪を引いているせいで感情の浮き沈みも激しい。怒られたことにスセリもシュンとしてしまう。

 すると若い男性はスセリを押しのけてツカツカと草薙館の中へ入ろうとする。スセリは風邪の影響で力が入らず止められない。

 その時だった。

 若い男性の頭に強烈な鉄拳が振り下ろされた。若い男性は頭を押さえてうずくまる。

「何すんだよ! ・・・?!」

 若い男性が見上げた瞬間に顔が凍りついた。スセリもだるさに耐え切れずしゃがみこんだ。スセリはそのまま意識を手放してしまった。

「あんた。こんなところで何してんのよ・・・」

 鉄拳をお見舞いした正体。それはアオキ地区のパトロールを終えて帰ってきたサトミだった。いつもの優しいサトミとは一線を画す、恐ろしい顔をしていた。

 若い男性は恐ろしい形相のサトミに震え上がっていた。



 午後十三時。草薙館。作戦準備室。

 パシッ!

 何かを叩く音が聞こえた。

「あんたねえ、ここに来ることを悪いとは言わないけど体調不良者を怒鳴るってどういう神経してんのよ」

「わかんねかったんだよ!」

「今は落ち着いているけど、あんたもね来る時は連絡くらいよこしなさいよ!」

 作戦準備室からはサトミの声が響いた。

 その様子を扉越しでミホやヨシキ、シュンが聞いていた。シュンは呆れたようにため息を吐いた。

「まーた始まったよ。大宮姉弟の喧嘩」

「サトミ先輩、弟さんいたんですか?」

「そうそう。大宮は普段は優しいんだが、弟が絡むと人が変わるんだ。弟のタクヤくんがヘマすると大宮は人が変わって鬼の形相になる。喧嘩するほど仲がいいと言うんだが・・・」

 ヨシキが腕組みをして息を吐いた。

 三人が話している間にも作戦準備室からは大宮姉弟の喧嘩する声が聞こえていたのだった。

 喧嘩が始まって三十分後。作戦準備室が静かになった。すると作戦準備室の扉が開いて、サトミが出てきた。

「ああ。すいません。作戦準備室を占領してしまって」

「いいよ。それでタクヤくんは?」

 サトミが指をさす。そこには椅子に静かに大人しく座っているサトミの弟・大宮タクヤが座っていた。

「それで大宮弟は一体草薙館にどういった用で来たんだ?」

 シュンがそう聞くとタクヤはシュンに言った。

「ムカついたから家から出てきたんです」

 タクヤの言葉に全員が「は?」と首をかしげた。サトミが強がって話したがらないタクヤに代わって話し始めた。

 タクヤは現在高校二年生。タクヤはチュウオウ地区にあるサトミの実家で暮らしている。しかし、タクヤは母親である大宮ナナと大喧嘩をしてしまったという。ついその場で「家出してやる!」と言って荷物をまとめて出てしまったとのことだった。

 友達の家に転がり込むわけにはいかず、一番高校から近い場所がサトミがいるヤタガラスの本拠地である草薙館に行くと決めたのだった。

「このことは金山さんに許可を取ってあるから問題ないけど、このことは母さんに連絡するから。母さんああ見えて意外と心配性だから警察沙汰になるかもしれないからね。いいね、タクヤ」

「・・・はい」

「しばらく口答えは禁止だから」

 サトミは笑顔でタクヤに言った。笑顔の裏にある怒りの声にその場にいる三人は身震いしたのだった。

 タクヤが母親のミヤコと大喧嘩して家出同然で家を飛び出し、姉のサトミを頼って草薙館へやってきたのだった。

 タクヤがやってきたその日はサトミの機嫌はとても悪かったのだった。

 しかしそんなヤタガラスの愛すべき平和は突如として舞い込んだ大事件によって、一旦の終わりを迎えることになった。そんなことをヤタガラスは知る由もなかったのである。



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