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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
明智大学大学院編
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浄化水晶と浄化師〜Unknown secret〜

浄化水晶と浄化師〜Unknown secret〜



 『神様の眼』についてとある学術書にはこんな記述があるとアズミ先生は教えてくれた。

 『神様の眼』は遺伝的要素の強い能力の一つである。悪霊を見る訓練を受ければ、目が悪霊に慣れて遺伝子が突然変異する。そしてその力は高確率で次世代へと受け継がれていく。

 稀に昼間も悪霊が見える人間もいたというが、前例が少ないためにその謎は解明されていない。

 私は訓練を受けていないのに悪霊が目で捉えられる、そして昼も見える。

 私は研究者たちが言う、「前例のない人間」なのである。



 問診を終えたスセリはアズミの研究室にいた。

「浄化水晶の研究って具体的にどんなことをしているんですか?」

「結晶の構成や色によっての浄化能力があるのかとか色々よ」

 アズミは言った。

「阿部さんが持っているその赤い浄化水晶はとても貴重なものなんだよ。赤い浄化水晶は希少な上、浄化能力が一番高い。よく赤い浄化水晶はそのネックレスみたいにお守りにする人が多いんだよ」

 スセリはネックレスに触れた。

 浄化水晶だからとあの時は戦闘に利用してしまったが、お守りになるにふさわしいものであったことを思い知らされた。

「阿部さんの小型拳銃にも浄化水晶が埋め込まれているから、人間には無害なのよ。だから浄化師に限って拳銃の携帯が許されているのよ」

 アズミは言った。

「へえ」

 スセリが頷いた。

 スセリが明智大学大学院の建物を出る。そしてスセリを見送るアズミとタイコウ。

「また次回。よろしくお願いしますね」

「ご協力感謝します」

 スセリが身を翻した瞬間だった。スセリの足が止まる。身を刺すような寒気がスセリを襲った。

 昼で温かいはずなのにぞわぞわと気持ち悪いほどの寒気が襲う。

 スセリが振り返るとアズミも同じように何かを感じた様子だった。

「まさか、悪霊?」

 スセリはすぐさま小型拳銃を取り出して、かざす。するとすぐにカチャンと音が鳴って安全装置が外れた。安全装置が外れたことが何を意味するのか、スセリは知っている。

「いる」

「木俣!」

「はい?!」

「すぐにこのことを守衛に伝えてこい!」

 アズミは的確な指示を飛ばしている姿をスセリは見ているが、その姿はまるで現役浄化師と見まごうほどの行動ぶりだ。やはり悪霊に対する知識が豊富だからこそこのような判断ができるとスセリは思い知った。

 タイコウはアズミに言われた通りに守衛室へ走って向かった。

 唯一戦える武器を持つスセリは小型拳銃を構えてよく目を凝らす。しかし肝心の悪霊がスセリには見えない。

「見えない!」

「何?!」

 スセリの声にアズミは驚く。

 昼でも浄化することは可能ではあるが、悪霊の姿が捉えられない上に弾丸を外してしまえば被害が拡大してしまう。スセリは下手に動けない。浄化師として動けるのは自分だけだ。スセリは動けなかった。

 まだスセリも新人浄化師。この状況を打破しようとできるほどの作戦など思いつくはずもない。思いつくのはすべて自らを犠牲にする捨て身の作戦ばかり。しかしその作戦を実行すればミホとの約束を破ることにもなってしまう。

 約束は破りたくない。

 そんな思いがスセリを思いとどまらせる。

 そして考えを巡らせる人物がもう一人。アズミだ。

 もちろんアズミも悪霊の姿を捉えることはできない。しかし研究者としての考えは豊富だ。


 浄化をするならば夜がベスト。昼に浄化をするメリットが今ない。阿部さんが見えるはずの悪霊が見えないとなると、必ず『神様の眼』を起動させるスイッチか何かがあるはず。


 アズミは頭の中にある見漁った研究資料を思い返す。

 『神様の眼』が解明されていないが、それを調べた研究者たちの研究報告なら腐るほどにある。その資料の文言を頭の中に叩き込んでいたアズミはふと思い出す。


 浄化水晶は悪霊を退くことだけではなく、水晶がバラバラになりあたりに飛び散った場合悪霊を狙い撃てる可能性が高い。

 もしそれが本当なら、浄化水晶が阿部さんの目を起動させるスイッチかもしれない。この状況で確認するほかない。もし阿部さんがそれで確実に悪霊を捉えられれば、その状況を打開できる!


 アズミは意を決しスセリに言った。

「悪霊の気配がする場所へ弾丸を撃ち込んでください!」

 スセリは驚いたが、恐らくアズミならば必ず成功するとスセリは確信していた。スセリは悪霊の気配のする場所へ銃口を向けて、引き金を引いた。


 バン!


 すると浄化水晶が弾け飛んだ。その瞬間、スセリの目に変化が起き始める。

 何もなかった影になっている場所にうごめくものがある。それを見てスセリは確信した。悪霊であると。

「見えた!」

「よし!」

 アズミはガッツポーズをした。悪霊はスセリに抵抗することなく消えてしまった。

 浄化ができなかった。しかし、一旦は退くことができたのだ。

 タイコウが守衛を連れてきた頃には悪霊の姿はなくなり、アズミとスセリだけが残された状態だった。

「やっぱり仮説通りだったわ」

「どういうことですか?」

「やっぱりあなたの目は正真正銘『神様の眼』。私が断言するよ」

 アズミがニッと笑った。

 詳細を聞くために大学院内のカフェテリアへ案内された。カフェテリアは食堂としても利用され、カフェスペースとしても利用される場所だ。温かい紅茶をテーブルに起き、アズミが説明する。

「『神様の眼』は解明されてないけど、研究報告は腐るほどにあるからその中の事例を試したまでのことよ。浄化水晶は元々悪霊を浄化するだけではなく、浄化水晶を砕いた時に飛び散る結晶は悪霊を狙い撃つ確率が格段に上がることが分かっているの」

「そうなんですね」

「私はてっきり今も見えてるんじゃないかって思ってた。でも違うのね。『神様の眼』を起動させるきっかけがあるだけなのね。浄化水晶はあくまで仮説だったけど、まさか浄化水晶がきっかけになるとは思わなかったわ」

 アズミは紅茶を飲んだ。

 タイコウはアズミに言った。

「てことは、彼女は本当に?」

「ああ。正真正銘の『神様の眼』の持ち主だよ。その起動スイッチは悪霊に浄化水晶を打ち込んだ瞬間。昼はそれで見ることが可能。夜は浄化水晶を撃ち込まなくても見える。また新しいことが分かってワクワクしてるよ」

 アズミは目を輝かせていた。

 輝きはギラギラでびっくりするほどに引いている自分がいた。

「このことは研究発表の論文に使わせてもらうわ。また次来る時にまた色々と聞かせてもらう形になるかもしれないけどいいかしら?」

「大丈夫です」

 スセリはそう答えた。

 まさかこのような形で可能性が見えるとは思わなかった。スセリは改めてお礼を言い、明智大学大学院を後にしたのだった。



 電車に揺られてスセリはカワグチステーションへ戻った。

 スセリは喉の渇きを覚えて近くのカフェに立ち寄った。今日は非番。仕事をしなくてもいい日だ。スセリはそこでアイスティーを購入し、イートインスペースで飲み始めた。喉を通る少し苦いアイスティーがスセリの体を一瞬で冷やし始める。

 するとスセリに声がかかった。

「新人ちゃん?」

 スセリが声のする方向を見るとそこにはフウマがいた。

「三嶋さん?」

「新人ちゃんこそ今日は非番?」

「はい」

 スセリの隣にフウマが座る。スセリは前触れもなく座ったことに驚きを隠せないが、公言せずにいる。スセリは話題を変えた。

「三嶋さんこそどうしたんですか?」

「え? 俺も休みさ」

「情報屋に休みとかあるんですか?」

「もちろんあるさ! 今のご時世ブラック企業なんて言われたくないだろ?」

「ブラックって・・・。情報屋は会社じゃないじゃないですか。休みの日だって三嶋さんが勝手に決めているだけなんじゃ」

 するとフウマは笑って新人ちゃんも言うようになったなあ、と続けたのだった。

 どこかに遊びに行っていたのか? とフウマは聞いた。スセリは有名な研究者のところへ行っていたことを伝えた。

「金山さんのお使いか?」

「私の目を調べるために金山さんに言われて行ったんです」

「目?」

 フウマはスセリから理由を一通り聞いた。すると目を覗き込んだ。距離の近さにスセリは固まってしまう。

「俺には普通に見えるけどなあ。浄化師になるべくしてなったってことだね。これは運命だよ」

「運命?」

 スセリが首をかしげた。

「運命だよ。普通その目を受け継いだ人の多くが浄化師を遠ざけるんだ。その中でごく稀に『神様の眼』を武器にして浄化師として活躍している連中も俺は何人も見てきた。そいつらは口を揃えて言うんだ。なるべくしてなった、これは運命なんだと」

 フウマの言葉を聞いて、スセリは運命かと呟いた。

 運命なんて信じない。ただの妄想で幻惑で突拍子もない夢物語だとスセリは言い聞かせてきた。『神様の眼』が覚醒したあの夜からスセリの運命は決まっていたのかもしれない。

 だからこそあの過去があったのかもしれない。

 しかしスセリは思い出したくもない悲しい過去に蓋を閉めた。

「運命だなんて私は思いません。私はただ、自分自身の考えを持って浄化師をしているだけです」

「新人ちゃんは年齢の割には達観しているね。逆に大人びた新人ちゃんも悪くない」

 フウマはまるでスセリを口説き落とそうとしているかのように迫ってくる。スセリも少し引き気味でフウマを見据えていた。

「新人ちゃん」

「はい」

「死ぬなよ」

 フウマの声のトーンが低くなる。先ほどまでの軽さをスセリは彼から一切感じなかった。その目は絶対に死ぬなよと訴えかけるような目だった。スセリは驚きつつも静かに頷いた。

 すると真剣な目はフウマから一瞬で消えて普段のフウマに戻る。

「じゃ俺はここでお暇するよ。じゃあねえ」

 フウマはスセリの元を去った。

 スセリはフウマの「死ぬなよ」の言葉が頭から離れなかった。その言葉には重さが感じられる。スセリはその言葉の意味を考えながら帰路についたのだった。

 ずっと泣いていたあの頃。地獄に突き落とされたあの時。真の愛情を知らずに育った今。

 スセリの中で思い出が交差する。蓋をしたはずなのにじわじわと思い出す。スセリは呆れの溜息をもらして草薙館へ戻るのだった。



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