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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
新人浄化師阿部スセリ編
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悪霊〜Dark night〜

悪霊〜Dark night〜



 気を失っている間に私は訳も分からない場所に連れてこられた。

 そこには、私の知らない「専門職」の人たちがいたのです。



「大宮からも聞いたと思うけどここは『日本御霊浄化組合』のカワグチ本部。長いからみんなは敬称で呼んでいて『ヤタガラス』って呼んでいるんだ」

「ヤタガラス?」

 ヒジリは指差す。その方向をスセリが見るとそこには日本御霊浄化組合のシンボルマークが描かれたフラッグが掲げられていた。フラッグには 日本御霊浄化組合の英語表記のの頭文字である[JSPA]と宝石、そして剣が交差している模様が描かれていた。

「ヤタガラスってどういうことをしているんですか?」

「ヤタガラスはこの世のものではないものを滅する、つまり浄化しているんだ」

「この世のものではないもの?」

 するとスセリの頭に浮かんだのは、謎の靄に襲われたあの日だった。それを思い出した瞬間悪寒が止まらない。スセリの表情を見たヒジリはその表情だと見当はついたみたいだね、と言うと口を開いた。

「我々の役割はこの世に害をなす悪霊を浄化すること。その専門機関がヤタガラスなんだ。悪霊は夜になると闇に乗じて姿を表す。そして、人間に襲いかかる。最悪の場合、人間は命を落とすことだってあるんだ」

「命を?!」

 スセリは驚いた。そして震えだす。

 あの時見えた黒い靄によって危うく命を落とすところだったとスセリは思い知らされた。そしてあの時助けられなければ今こうして立っていることもなかったのではないだろうか。

「悪霊と対峙できるのは『浄化師ジョウカシ』と呼ばれる専門職だけなんだ」

「浄化師?」

「浄化師は悪霊を討伐できる唯一の存在。浄化師には悪霊の姿がはっきりと見えて各々武器を使って悪霊を浄化するのが仕事だ。そこの鳴海が持っているライフルも悪霊を浄化するために使用される武器なんだ」

 スセリがシュンのライフルを見る。人を殺傷する武器ではなく、悪霊を対象として執行される武器なのだ。

「さて阿部さん。ここがどういうところか理解してくれたかな?」

「はい。基本的なことは。でも私が帰れない理由はどうしてですか?」

 スセリが聞くとヒジリはそのことか、と笑った。するとヒジリはスセリを安心させるためなのかソファへと促した。その様子をサトミたちが見守る。

「君が悪霊に襲われた時のことを教えて欲しいんだよ。あの悪霊はどんな形をしていた?」

「え?」

「思い出したくない気持ちはよく分かる。しかし、まだあの周辺には君を襲った悪霊の仲間がまだいるみたいなんだ。なんでもいいから教えてくれないだろうか」

 ヒジリがスセリを家に帰さなかった理由。それは情報提供の協力を得るためだった。闇夜の中で襲われたスセリは何か見ているかもしれないという小さな希望に賭けた。

 スセリは思い出す。

 あの時、見えたのは黒い靄。しかし、その中にキラリと光る鎌のようなもの。闇夜に光ったそれをスセリは必死に記憶の中から引っ張り出した。

「鎌・・・」

「?」

「鎌みたいなものが見えた気がします」

「鎌? どうしてそんなことが分かるんだい?」

 ヒジリの表情が変わる。スセリは記憶をたどり、記憶に忠実にヒジリに話した。

「キラキラ光るのが見えたんです。だから、何か武器なのかなって」

 スセリがそう言うとヒジリは驚いた表情で言葉を発さない。スセリが不自然に思い、見渡すとやはりヒジリと同じ反応をサトミもミホもシュンもしていた。まるで物珍しさを見るような、そして特殊な力を見抜いたかのような。

 スセリは不安になって口を開いた。

「あの、どうしたんですか?」

「阿部さん。そこまで見えるのは普通はあり得なんだよ」

「え?」

 ヒジリがそう言うと二人の会話を静かに見守っていたミホが動く。

「あんなあ、スセリちゃん。浄化師じゃあらへん一般の人が悪霊を見ても単なるモヤモヤにしか見えないんよ。せやけど浄化師は悪霊の姿をはっきりと目で捉えることができるんよ。浄化師でもないのに悪霊を目で捉えられるのは希少なんよ?」

 ミホの言葉でスセリはそうなんですか? と返す。

 スセリは最初こそミホの言う通り黒い靄しか見えなかった。しかし悪霊から逃げている間そして襲われそうになった瞬間、悪霊の姿を自分の目ではっきりと見たのである。

「まるで君は浄化師に成るべくして得た才能だろうね。ここではっきりした」

 ヒジリは真面目な顔をスセリに向けた。何を言われるのかと構えているとヒジリの口が動いた。


「阿部スセリさん。我が日本御霊浄化組合の浄化師として加入していただけないだろうか?」


 スセリはポカンとした。一体何を言っているのだろうかと頭の中で考える。そしてようやくヒジリが言ったことを理解し始める。

「は?! 私が浄化師?! ちょっと待ってください! 私、戦ったことなんてないし、武器なんて触ったことなんかないんですよ?!」

 スセリは自分は一般人で武器を扱うような専門職に向いていないと言った。しかし、ヒジリはスセリに言った。

「確かに浄化師は専門職と言った。しかし、ここは本部。つまりここが中心地。そしてここには優秀な浄化師が揃っている。教育に億劫な人間はいないと俺は信じている」

 ヒジリはどうやら本気らしい。スセリが戸惑っていると、ミホがスセリの隣に座る。

「スセリちゃんが来てくれれば肩身の狭い年下ライフから解放されるわー! うちは大歓迎や! 私やて浄化師やからスセリちゃんに基本的なこと教えられるて!」

 ミホがスセリの肩を握って言った。

 妙な自信にスセリはますます迷ってしまう。

 スセリはそこでもう少し待ってください、と保留の返事をして考えが固まるまでの時間が欲しいと伝えた。するとヒジリはその要望に応え、スセリは家へ帰宅することになった。

 スセリのいなくなった部屋ではシュンがヒジリに言った。

「どういうことですか? なんであんな一般人をスカウトしたんですか?」

「鳴海。俺は本気だ。生まれながらにして悪霊を目で捉えることができることをこのまま宝の持ち腐れにしておくわけにはいかんだろう」

「大宮! お前も何かないのか?」

 一言も発さずに一部始終を見ていたサトミの口が開いた。

「確かに私にも賛同しかねる部分はあります。普通の浄化師が訓練を重ねても悪霊の姿を捉えるには時間がかかるもの。私も同じでした。しかし、最初から悪霊がはっきりと見える彼女を迎え入れるという意思があるならば、私が責任を持ちましょう」

 サトミがそう言った。しかしスセリの意思を尊重して欲しいとサトミは言った。あくまでスセリは一般人であり、悪霊とは無縁の生活を送っていた。彼女にも決定権があり、最終判断がどんなものであろうと従うことを。

 ヒジリは頷いた。

 ヒジリはその場で解散を命じる。するとシュンがミホに言った。

「そういえば熱田はどうした?」

「今日は非番で出かけてくるって言ってました」

「そうか」

 シュンはそう言って窓の外を眺めた。

 スセリは建物の外へ出た。建物を見上げると古びた洋館のようでツタが無数に絡まっている場所だった。都会化が進んでいるこのご時世にこんなにもレトロな建物がまだあったのか、とスセリは思った。

 しかし頭の中に浮かんだのは、ヒジリの言葉だった。

「私が浄化師? 待ってよ、私には仕事がある。これから頑張らなきゃいけないのにこんなこと・・・あり得ない!」

 スセリはそう言って歩き出したのだった。



 そしてスセリは出社した。しかし、悪夢のような現実が突きつけられた。

「誓約違反?」

「そうだ。連絡もよこさないというのは社会人としてどうなのか?」

「それは! 悪霊に襲われて・・・!」

「あの日本なんとか組合の人から電話はもらったが、そんな世間的にもはじかれた奴らのことなんか信じられるか」

 数日後スセリは会社へ出社したが、そこで上司に突きつけられたのは解雇通告と戦力外通告だった。スセリはサトミから連絡を入れたことを伝えるが、取り合ってもらえない。

 スセリは何度も説得しようと弁明をするが取り合ってもらえない。結局スセリは解雇通告の紙を手渡されてしまい、とぼとぼと帰ったのだった。

 スセリの目の前は真っ黒になり、希望の光を見失い地獄の亡者のように歩いた。

 スセリは負の感情を溜め込んだまま、夜にカワグチステーションへ降り立った。スーツ姿でとぼとぼと歩く姿は物悲しい。


 なんで・・・? 私は頑張って頑張って就活して、内定をもらったのに・・・。なんでこんなことになったの・・・? 私はこれからどうすればいいの・・・?


 涙も枯れ果てている。車通りも減った道をパンプスで踏みしめながら音を立てて歩いた。その音も無常で何も聞こえなかった。

 絶望のどん底に突き落とされたスセリだったが、スセリはふと足を止めた。この寒気をスセリは知っている。運命の夜に巡り合った最悪の厄災。

「もしかして・・・」

 スセリは何かを察して、カバンに解雇通告をねじ込んで走り出した。夜風が顔に当たる。冷たい風を身体中に受けて走った。スセリの感じた予感は的中する。スセリを追いかける黒い靄。

 スセリは建物の影に隠れた。黒い靄から逃れるためにさらに闇夜へ逃げてしまう。スセリが息を整えているその時、耳元で低い声が響いた。

「俺から逃げた気になってんなあ・・・?」

 スセリは反射的に体が動いてよろめいた。すると黒い靄がスセリのそばまでやってくる。そしてその靄はスセリの前でだんだんと形を整えていく。幽霊のような生ぬるいものではない。負のオーラに包まれて現れた鬼のような異形の者だった。

 スセリはあの時ミホが言っていた言葉を思い出す。


『あんなあ、スセリちゃん。浄化師じゃあらへん一般の人が悪霊を見ても単なるモヤモヤにしか見えないんよ。せやけど浄化師は悪霊の姿をはっきりと目で捉えることができるんよ。浄化師でもないのに悪霊を目で捉えられるのは希少なんよ?』


 浄化師ではない一般の人が悪霊を見ても単なるモヤモヤにしか見えない。しかし、スセリは悪霊の姿をしっかりと目で捉えている。その恐ろしさに体は全く動けない。

 スセリの目はちゃんと悪霊の姿を捉えている。手にはあの時の鎌。スセリは本能で悟る。あの夜に自分を襲った悪霊であることを。

「逃げなきゃ・・・」

 スセリが呟くと、悪霊がニヤリと笑いスセリに近づいてくる。

「貴様、俺の姿が見えるなあ?」

「・・・?!」

「珍しい・・・。お前を食えば・・・もっと力がつけられるに違いねえ!」

 悪霊はスセリに襲いかかる。スセリは無様にも張った状態で攻撃を間一髪でかわす。スセリの心臓は早く打ち付ける。もはや早く打ち鳴らしすぎて心臓が止まるのかと思うくらいに暴走している。

 スセリは涙をにじませながら悪霊から命かながら逃げ出す。

 そんなスセリを見過ごすわけにはいかず悪霊は追いかける。



 一方その頃。日本御霊浄化組合の本拠地である洋館ではというとヒジリが窓の外を眺めている。すると目を細めた。何かを捉えたのか、すぐさま立ち上がり手元にある白い本体で黄色の線が入ったインカムを取り出す。

「全浄化師に伝える! 悪霊が出現した! 場所はカワグチステーション付近! 恐らく阿部さんを襲った悪霊だ! すぐさま現場へ急行せよ!」

 ヒジリの言葉の後すぐに二階からドタドタと足音が響く。ヒジリからの出動命令で全員が二階から一階へ動いた。

「金山さん!」

「今回は大宮。お前がむかえ。立石、鳴海は待機だ! 大宮、頼んだ!」

「ラジャー!」

 サトミは制服に身を包んで腰には脇差を指してまっすぐ立っていた。返事をすると、ヒジリの持っているものと同じであるが入っている線の色が緑色のインカムと片耳にイヤホンを指して洋館を飛び出していった。

 するとヒジリはスマートホンを取り出した。そして番号を選んで電話をかけた。

「金山だ。今どこにいる? 悪霊が出現した。場所はカワグチステーション付近だ。行けるか? 今回だけだ。すでに大宮が現場に急行している。頼んだぞ」

 ヒジリはスマートホンを切った。

 サトミが急いで向かっているその間もスセリは悪霊と追いかけっこをしていた。もうスセリの体力は限界に達していた。このままでは本当に悪霊に食われかねない。

 息を切らす音が静寂の中響く。もうスセリにはこれ以上動く気力も体力もない。

 今見つかればスセリの運命は最悪の方向へと進んでしまう。スセリは息を殺し、気配を消す。

 悪霊はスセリを探して動き回る。

 心臓の音が大きく打ち付ける。この心臓の音で悪霊に見つかるのでは? と思うほどに大きく感じてしまう。

 今のスセリには悪霊に対抗する術を持っていない。逃げる事しかできないのだ。今は見つかるまいとひっそりと息を潜める。

 ところが、


「・・・みぃつけた」


 スセリが潜んでいた物陰から悪霊が飛び出してきた。スセリは驚きのあまり固まる。もうスセリには逃げる体力は残っていない。スセリは最悪の結末を想像してしまった。

 すなわち、死だ。

「きゃあっ!」

 スセリが腕で自分を守ろうとした次の瞬間、

「ぎゃああああ!」

 悪霊の断末魔が響き渡った。スセリがゆっくり目を開けると悪霊を光が貫いた。そのせいで悪霊の体には風穴がはっきりとある。目の前で撃たれた衝撃にスセリは目を見開いた。絶句していると、スセリの目の前に人が立ちふさがる。

「ったく。せっかくの休みだったのに。僕の休み返せっつーの」

 若い男性の声がした。スセリはゆっくりと目を開ける。揺れる視線の先には頼もしいくらいに大きな背中。闇夜から突如として現れたヒーローだ。すると男性はゆっくりと振り返った。

 ラフな普段着を着た姿で手には二丁拳銃。ニヤリと笑ったそこにはどこか少年の顔にも見える。スセリは目を見開いた。

「まずはこいつを片付ける!」

 男性は狭い路地を走り回り、悪霊に向けて華麗に弾丸をぶつける。悪霊に数発当てたところで最後の一発が悪霊の体を突き抜けた。その瞬間、悪霊は断末魔をあげて、消えていった。

 男性は拳銃をくるくると指で回すと腰にあるホルスターに収納した。

「よしっ、いっちょあがり!」

 男性はスセリに近づいて手を伸ばす。大丈夫? と声をかけようとした瞬間、スセリにとって見覚えのある人物が現場に現れる。

「阿部さん?!」

「大宮さん・・・!」

 スセリの目の前にいたのは浄化師の制服姿で腰に脇差を指したサトミの姿だった。サトミの姿に安堵したのか、スセリはサトミに駆け寄った。

「阿部さん。まさか・・・」

「僕が現場に来たとき、こいつが襲われていた」

「そうだったの」

 スセリはサトミの胸の中でわんわんと子供のように泣いたのだった。

 阿部スセリ、二十二歳。この歳にして九死に一生を得た瞬間だった。するとサトミはスセリに怖かったね、よく頑張ったと優しい言葉をかけたのだった。そしてサトミの視線はスセリを助けた男性へと向けられた。

「あの人が・・・助けてくれて」

 スセリは泣きながらサトミに事情を説明すると、サトミはスセリと一緒に近づく。そして男性の頭をグーでポカンと小突いた。

「いったっ!」

「まさかあんたが現場に急行していたなんて思わなかった」

「金山さんから連絡が来たんだよ。カワグチステーションに近いところ歩いていたからな」

 男性とサトミがどこか親しげに話している。すると怖がるスセリを見たサトミが紹介した。

「でも無事でよかった。紹介するね。彼もね、日本御霊浄化組合に所属する浄化師なの。そして阿部さんが初めて襲われた日に助けたのも彼」

 スセリがゆっくりと顔を上げると、男性が近づいてくる。身を固めていると男性はニッと笑って自己紹介をした。


「僕は熱田アツタヨシキ。相棒は二丁拳銃。日本御霊浄化組合に所属する正真正銘の浄化師だ」


 スセリのその場に立ち尽くすことしかできなかった。



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