元凶を探せ〜Desire claw marks〜
元凶を探せ〜Desire claw marks〜
あの血まみれの現場は私の脳裏から離れない。目の前にある光景は決して二時間サスペンスでもミステリー映画でもない。
・・・現実だ。
私はここまで凄惨な現場なんて見たことがない。私も悪霊に襲われたことがあるが、最悪あのような事態になっていた可能性だってある。それを考えると悪寒が止まらない。
私たちはその元凶を探すことから始まった。
草薙館の作戦準備室。
今日は昨日の早朝に起こったことについて会議を行う。そしてヒジリの手元には最新の情報が書かれた書類がある。
ヒジリは早速書かれたことを報告する。
「あれから情報がまた増えたのでここで報告するぞ。現場はニシ地区繁華街付近。負傷者多数。最終的には二名が大怪我を負い、病院に搬送されたが亡くなった。大量出血が死因とみられる。怪我をした人を確認したところ全員が引っ掻き傷のようなものをつけられていた。まるで鋭利な爪か何かで引っかいたような傷だそうだ」
ヒジリの言葉に全員の表情が曇る。
悪霊に襲われ攻撃をされれば命を落としてしまう可能性だってある。その現実をまざまざと見せられたのだ。スセリも心が痛い。今でも思い出せば、心が痛くなる。その場から逃げ出したい気持ちにもなる。
「現時点でニシ地区の悪霊と同じタイプの悪霊はカワグチ内のどの地区からも通報はありません。おそらく、ニシ地区に止まっている可能性があると思います」
ヨシキが進言する。
するとヒジリはそうか、と呟いた。ヒジリは今後を話す。
「この事件が解決するまでニシ地区を重点的にパトロールする。今回の悪霊は凶暴で大怪我の可能性さえある。阿部、立石がパトロールでニシ地区に行く際は必ず熱田、鳴海、大宮、俺の誰かと一緒にさせる。もちろん夜の浄化作業もだ。あの凶暴さは新人が太刀打ちできる相手ではないからな」
ヒジリはそう言って会議を終わらせた。
スセリが向かったのは一階の武器庫だった。小型拳銃の弾丸が尽きかけてきたために補充しにやってきたのだ。弾丸を装填し、他の弾丸もホルスターの中にしまった。
ニシ地区に現れた悪霊は生易しいものではない。スセリの場合、勢いと浄化能力が低いため何発も悪霊に打ち込まなくてはいけない。他の浄化師と違って一発では仕留められないのだ。
弾丸が足りなくなるのは普通だった。
「大丈夫かな」
スセリがポロッと弱音を吐露する。
すると草薙館に緊急通報のサイレンが鳴り出す。
「まさか?!」
スセリは武器庫から急いで作戦準備室へ向かう。作戦準備室にはシュンが通報の連絡を受けていた。シュンが電話を切る時には草薙館にいる浄化師が集まっていた。
「例の悪霊に関する通報が入った。場所はニシ地区」
「悪霊の通報って今はお昼ですよ?!」
「ケガ人が出ているんだ。今は現場を見ないと判断できない。熱田。行ってくれるな?」
「ラジャ」
シュンはヨシキにニシ地区に行くように伝えるとヨシキは承諾した。そしてシュンは補佐役としてスセリを同行させる判断を下した。スセリも驚いているが、今回の相手は凶暴でベテランの枠に入るであろうヨシキですら怪我をする可能性がある。
スセリは多少なりとも経験を積んでいる。補佐役という立場ならついていくべきと判断したのだ。
「いいか、阿部。今回は並みの相手じゃない。危険と判断したら熱田と一緒に逃げてこい。逃げるのは悪いことじゃない」
「ラジャ」
スセリが言うとヨシキに肩を掴まれた。
「阿部。行くぞ」
「ラジャ!」
ヨシキはスセリを伴って草薙館を出て行ったのだった。
午後十二時。ニシ地区。繁華街付近。
ヨシキとスセリがニシ地区の繁華街にやってきた時には異様な静けさだった。お昼でまだ店が開いていない。静かなのは普通なのだろうが、異様な静けさで逆に恐ろしい。
静けさの中を歩く二人は急に足を止めた。
体の中を悪寒が駆け抜ける。鳥肌が立つほどに気持ち悪い。そして寒気がする。スセリが自分の腕を組んだ。それを見たヨシキがスセリに言った。
「気配感じたか?」
「・・・はい」
「これは・・・かなり血の気配がするな。阿部。小型拳銃を準備しておけ。僕の後ろから付いてくるんだ」
「ラジャ」
ヨシキの指示に従いスセリは小型拳銃を抜いた。そしてヨシキも二丁拳銃を抜いた。抜いた瞬間、
カチャン。
スセリの小型拳銃、ヨシキの二丁拳銃共に安全装置が外れた。鳥肌さえ立たせる気配は確実に悪霊が近くにいることを示唆している。安全装置の外れた音が聞こえた時点でヨシキは身を固めてゆっくりと進んで行く。
スセリもヨシキの後ろに回って付いていく。
そしてヨシキが「そこだ!」と拳銃から二発弾丸を放った。その弾丸は繁華街の裏路地に向かってまっすぐと伸びた。当たり前であるがそこには誰もいない。浄化師といえど昼間は悪霊の姿を見ることができないのだ。
弾丸は確実に黒い靄に当たる。するとスセリの目の色が変わった。
「・・・?!」
声を出すのも忘れ、顔は青ざめる。そして震えが止まらない。それを見たヨシキはスセリを連れて影へ隠れた。
するとヨシキはスセリを胸の中に抱き寄せて、聞いた。
「見えたか?」
「・・・はい」
「僕の体を影にして少しだけでいい。確認してほしい」
ヨシキはそう言った。スセリはヨシキの肩越しに裏路地を見る。するとスセリは恐ろしさのあまり呼吸をするのも忘れていた。
裏路地には黒い靄と共にスセリよりもはるかに大きい悪霊の姿があった。鋭い目に血の滴る歯、そして極め付きは鋭い爪。爪は全てギラリと妖しく光り、全てが凶器になる得るほどに恐ろしいものだ。爪からもポタポタと赤い血を滴らせている。
「どうだ?」
ヨシキの声でスセリは現実に引き戻された。スセリはゆっくりとヨシキに伝える。
「大きい悪霊で鋭い牙と爪があります・・・。爪から血が・・・もしかしたら、誰かが・・・」
スセリの声が震えていた。
ヨシキはそうか、と呟いた。
「阿部。お前は僕の後方にいろ。撃てるときは撃て。悪霊は浄化水晶の含まれたもので傷つけられると傷ができて元には戻らない。阿部。覚えておけ」
「でも見えないんじゃ?!」
「大丈夫だ。気配だけは感じる」
するとヨシキはスセリから離れて、裏路地へ飛び出す。そして悪霊に向かって弾丸を一発撃つ。悪霊がヨシキを捉える。
「さあ、お前の相手は僕だ。かかってきな!」
ヨシキが挑発するように二丁拳銃の銃口を悪霊に向ける。すると悪霊は大きな爪を鳴らす。その音は重厚な音で金属が擦れるような耳を塞ぎたくなるような音。ヨシキの喉がゴクリと動いた。
ヨシキの目には黒い靄でしか見えない。しかし金属の擦れる音はしっかりと聞こえている。しかし悪霊の姿が見えないヨシキに悪霊からの攻撃を受ければ、回避するのはほぼ不可能だ。
スセリはヨシキの後ろで悪霊の姿をしっかりと見る。
以前は昼に悪霊を見ることはできなかった。しかし今はできる。今は冷静に自分の力を分析できる余裕などない。今は偶然に乗っかってヨシキの援護をしようと言い聞かせた。
すると悪霊はヨシキに近づいていく。ヨシキは気配の強さを感じながら徐々に下がり出す。
周囲に漂う血の香り。
生々しい香りにスセリの頭はおかしくなりそうだった。思わず顔をしかめた。
その瞬間、ヨシキに向かって爪が振り下ろされる。
「?!」
するとヨシキは気配を察して避ける。それにはスセリは驚き、呼吸も忘れていた。ヨシキは浄化師として数々の修羅場を経験してきたベテランだ。見えない悪霊と戦うことも何度かあっただろう。その経験が生かされている瞬間をスセリは見た。
「へえ、僕を殺す気満々じゃないか」
ヨシキはニヤリと笑う。
ヨシキは情熱的な男だ。自分が窮地に追い込まれたり、相手が強いほど熱くなる。生まれながらに情熱的な男だ。
ヨシキは避けた瞬間に再び弾丸を靄にむかって撃ち込む。弾丸は運悪く悪霊をかすってしまう。
しかし擦りはしたが悪霊は動きを止めた。
ヨシキはニヤリと笑った。すると、靄の後ろの方に目を疑う光景が映る。それは大怪我をして倒れている数人がいる。それを見たヨシキは目を見開いた。
スセリの言葉は間違っていなかった。
心がぐらっと揺らぐ。ヨシキの頭の中にフラッシュバックが起こる。その一瞬の隙を悪霊は見逃さなかった。
悪霊の爪がヨシキに向かって斬りかかる。それをスセリは見逃さなかった。
「ヨシキさん!」
スセリが呼び、小型拳銃を撃つ。
スセリが撃った弾丸は悪霊の爪に飛ぶ。しかし勢いが弱く、爪は弾くことができない。爪の軌道を少し変えることができたが爪はヨシキの腕に振り下ろされた。
「くっ?!」
スセリの声のおかげでヨシキは動けたものの、制服が裂け、ダラダラと血が流れた。ヨシキの左手が血で真っ赤に染まり、ポタポタと滴る。
「ヨシキさん!」
「大丈夫だ! これくらいなんともない」
ヨシキはそう言って拳銃をあげようとするが、怪我のせいで腕が全く上がらない。顔をしかめて無理にあげようとするがそれでも上がらなかった。
「殺す・・・!」
悪霊の声をスセリはとらえた。
このままではヨシキが殺されてしまう。スセリはヨシキの前へ飛び出して引き金を引いた。弾丸が悪霊を貫通する。すると悪霊は苦しみだす。
スセリの弾丸に入れられた浄化水晶が効いている証拠ではあるが、スセリの小型拳銃の弾丸一発だけでは浄化できない。
悪霊はスセリに爪を立てた。スセリの頬から血がツーっと滴る。そして悪霊は姿を消した。
スセリが肩で荒い呼吸をしていると肩を掴まれた。
「何してんだ・・・?! 後ろにいろって言ったろ・・・」
「そんな怪我して黙って見てろって言うんですか?! 殺されかけたんですよ?!」
スセリの声が荒ぶると、それを聞いてヨシキは「悪いな」と静かに笑った。そして左手を抑えた。
ヨシキはスセリに指示を出した。
「まずは被害者の確認だ」
ヨシキは立ち上がった。スセリに支えられながら怪我をした人たちの元へ安否確認へ向かう。
声をかけたところ、二名倒れている。一人は比較的軽傷。もう一人も大怪我に見えるが、傷は浅い。スセリは救急車を呼んだ。
「救急車が来るまで、僕たちはここで待機だ」
「はい」
スセリはヨシキを座らせ、倒れている被害者に近寄ってポケットからハンカチを取り出す。それを破って被害者に巻く。
「大丈夫ですか? 救急車がもう少しで到着します」
「す、すいません・・・」
もう一人にはスセリはジャケットを脱いできつく結んだ。
「痛くないですか? もう少しです」
「あ、ありがとう・・・」
スセリは持てるものを全て被害者に使用する。そしてハンカチの残りをヨシキの腕に巻いた。
ヨシキに巻こうとすると僕はいい、と断る。しかし、スセリは強引にヨシキの制止を振り切りハンカチで腕を保護する。
それから数分後にスセリが呼んだ救急車が呼ばれ、被害者は救急車で運ばれた。後で事情を聞かせてもらうことを伝え、承諾を得たことを確認して救急車は離れていった。
「阿部。僕たちも帰ろう」
「ヨシキさんも手当しないと」
「・・・」
ヨシキは黙ってしまった。
するとヨシキは被害者が倒れていた場所を見る。そこには小さな血だまりができていた。それを見たヨシキは脳裏に映像が流れる。
血まみれの大人の男女。そして幼い少女。それを幼いヨシキが立ちすくんで呆然としている。顔にはヨシキのものではない血が付いていた。幼いヨシキは目に大粒の涙をためながらただ立ちすくむしかできなかった。
「ヨシキさん?」
「なんでもない。阿部。草薙館まで支えられるか?」
「大丈夫です。急いで帰りましょう」
スセリに支えられながら、ヨシキは歩いた。
ヨシキとスセリが現場から離れたのは到着してから二時間後の午後二時だった。膠着状態が続いた結果だ。
スセリはインカムで草薙館にいる浄化師に連絡を入れた。
「こちら阿部と熱田です。草薙館にいる浄化師に連絡です。悪霊は早朝の事件を引き起こしたものと判断。被害者は二名。すでに救急車要請して救急搬送済みです。私はかすり傷ですが、ヨシキさんは左腕をざっくり切られています。医者の手配をお願いします」
すると、耳からあることが伝えられた。
スセリは「ラジャ」と伝えてインカムを切った。




