双子の魂を浄化せよ〜Operation start〜
双子の魂を浄化せよ〜Operation start〜
カワグチに夜が来た。
そしてヤタガラスにも本番の夜が来た。
カワグチを騒がせた、謎の悪霊に終止符を打つべく夜のカワグチを走り抜ける。
常識なんて関係ない。科学の発達したよくわからない理論も関係ない。全てを逸脱して私は走る。
双子の魂浄化大作戦、作戦開始---。
午後八時。アオキ地区。カワグチ庁舎付近の路地裏。
スセリは約束通り単独でアオキ地区へ向かった。スセリは出会った裏路地へ行く。そして小型拳銃を抜いた。
やはりその場に悪霊はいるらしく、安全装置は外れる。スセリは警戒させないように小型拳銃をしまう。そしてスセリは深呼吸をして高鳴る鼓動を落ち着かせる。今から行うのは悪霊の誘導だ。
スセリは覚悟を決めて一歩を踏み出す。
「私よ、姿を見せて」
スセリが声をかけると、黒い靄がゆっくりとスセリに近づいてくる。スセリが目をこらすと黒い靄の中に小さな子供の姿が見えた。
以前昼間で見た子供である。
「待ってたわ。さあ、私についてきて。絶対離れちゃダメよ」
「・・・」
スセリは赤い浄化水晶を見せて悪霊と共にチュウオウ地区へ向かう。悪霊は首を静かに縦に振ってスセリの後ろを着いていく。
カワグチは基本的にヤタガラスの管轄である。非常事態を除けば外部からの応援を呼ぶことはまずいない。勝手に現れて悪霊をやたら浄化する野蛮な浄化師はカワグチにはいないということだ。
スセリの後ろをゆっくりと黒い靄がくっついてくる。
会話がない。しかし、悪霊特有の淀んだ気配がしない。スセリのことを信頼しているからかは分からない。スセリは緊張の面持ちをしながらチュウオウ地区へ向かった。
同時刻。カワグチステーション付近。
スセリがアオキ地区に行っているまさにその時、ミホとヨシキが動いていた。そして追い込まれている。
「おいおい! 強いぞ!」
「熱田先輩が煽るからやです!」
ミホがヨシキに反発する。誘導するどころかヨシキの闘争心に火がついて思わず拳銃を発砲してしまったのだ。
「熱田先輩! 落とし前つけてくださいね!」
「わかってるよ!」
ミホに怒られ、ヨシキもなんとかこの場を抑えようとするが相手はスセリとミホが手傷を負わせた悪霊だ。浄化師に不信感丸出しで、敵対心すら見せてくる。そこにヨシキが先制攻撃を仕掛けて来れば怒りくるのは当然のことだった。
悪霊は怒り狂い、ヨシキとミホに襲いかかる。
「・・・待て!」
悪霊は何度もヨシキとミホに攻撃を仕掛け、それをヨシキがことごとく凌いでいる。
「阿部! 早く!」
ヨシキは攻撃を弾きながら言う。今回の作戦はヒジリの許可が下りるまでは浄化作業は禁止だ。そのためヨシキとミホはなす術がない。この場を解決する方法はスセリが早くここへ到着すること。
ヨシキは言わずにはいられなかった。
すると待ち望んだ声がする。
「お待たせしました!」
スセリの声だ。振り返るとスセリが息を切らしながら走る。切らした息を整えていくとヨシキとミホは思わずガッツポーズをする。すると逆上した悪霊がスセリに襲いかかる。
「?!」
スセリはとっさのことで間に合わない。スセリは目の前が真っ暗になる。このままではまた悪霊にやられる。そう思った瞬間だった。
スセリの目の前にスセリが連れてきた悪霊が飛び出す。まさに人間を悪霊が守るという信じられない光景があった。
「悪霊が阿部を守ってる?!」
「嘘っ?!」
ヨシキとミホも驚いている。これにはスセリも驚いて固まっている。するとスセリを守った悪霊が逆上した悪霊に必死に何かを訴えかけているように見えた。
「・・・て!」
「・・・!」
「・・・かった!」
「・・・?」
「もう一・・・会えて、・・・しい!」
「・・・も」
何を話しているのかよくわからない。しかし断片的な言葉だけが分かる。二つ並んだ悪霊がスセリの方を見る。すると悪霊の腕がスセリに伸びる。スセリは何をされるのかと身を固めている。
ニュッと伸びたのは、スセリの胸元で輝く赤い浄化水晶のネックレスだった。スセリは声を出す。
「これに触ったら消えちゃう!」
スセリがそう言った次の瞬間だった。浄化水晶の力が双子の悪霊へ影響を及ぼす。真っ赤な浄化水晶から漏れた温かな光が、双子の悪霊を包み込んだ。
「ヨシキさん!」
「阿部! 大丈夫だ! しっかり見届けろ」
スセリは思わずヨシキに助けを呼んだ。しかし、ヨシキは助けには応じずそのまま見届けることを課した。スセリは目の前で起こることを固唾を呑んで見守った。
浄化の光。
すると、浄化の光は弱まり悪霊の禍々しい力は一切なくなっていた。スセリの目の前には幼い少女が並んでいた。背格好も髪型も、そして顔も同じ。そして片方の少女の腕には傷が。
スセリはハッとした。この少女たちが悪霊の正体だと。
スセリは思わず目線を合わせた。
スセリに双子の少女たちは微笑む。
「ありがとう」
「私たちの願いを叶えてくれてありがとう」
少女たちがスセリに言ったのは感謝の言葉だった。スセリは思わず笑顔になる。しかしスセリの胸の中は悲しみでいっぱいだった。今すぐに泣き出しそうなくらいだ。
今目の前にいる双子の少女たちはすでにこの世にはいない。そしてこんなにも純粋に笑う普通の少女が負の感情を吸い込んで悪霊と化してしまったことが胸が痛い。そして片方の少女の腕に付けられた傷を見てさらに心が痛む。
「あの子の傷って・・・」
「恐らく立石と阿部が出撃した時に付けた傷だ。目印とはいえ、痛々しいな・・・」
スセリはもう我慢ができなかった。目には涙をためて口を動かした。
「ごめんなさい・・・! ごめんなさい・・・!」
すると少女は笑った。
「大丈夫」
「私たちを助けてくれてありがとう。私たちを元の場所に戻して」
その言葉を聞いてスセリはハッとする。柔らかく無邪気な言葉で包んでいるが、言っていることはつまりこうだ。
私たちを浄化して。
悪霊と化した双子の少女はこうして片割れに出会えて本懐を達成し、元の流れに戻ることを望んだのだった。
スセリはホルスターに触れた。このような武器で可愛い少女たちを痛めつける浄化などいけないと。
「私は・・・どうすれば?!」
するとインカムが鳴った。一部始終を聞いていたヒジリがついに決断を下した。
「浄化師熱田ヨシキ、立石ミホ並びに阿部スセリ。今より悪霊の浄化を許可する。熱田。阿部を頼む」
「ラジャ」
ヨシキはインカムを切ると涙でうずくまるスセリの隣にやってきた。するとスセリの小型拳銃を取り上げて拳銃の中に装填された弾丸を取り出した。
「何をするんですか?」
「いいから。さ、これを受け取れ」
ヨシキは双子の少女に弾丸を手渡した。すると双子の少女は浄化水晶の光に包まれた。その弾丸を大事そうに握り、笑い、そしてもう二度と離れ離れにならないように手をしっかりと握る。
光に包まれながら少女はスセリ、ヨシキ、ミホの方を見て微笑む。
「ありがとう」
その言葉を残し、双子の少女は浄化の光とともに姿を消した。すでにこの世には存在しない存在。二人は痕跡を何も残すことなく、跡形もなく消えた。
ヨシキはインカムに向かって言った。
「・・・浄化完了」
『そうか。熱田。落ち着いたら、立石、阿部両名を連れて戻ってこい。報告は後日にする』
ヨシキはヒジリとの通信を切った。
地面に手のひらと膝をつけて動かないスセリの肩にヨシキの手が触れる。スセリはヨシキの顔を見上げる。
「僕もこんな悪霊は初めてだ。でもな、抵抗をしない悪霊にお前は銃口を向けなかった。阿部。お前は根っからのお人好しだ」
「・・・」
わかっていた。
こんなこと、自分が痛いほどわかっていた。それが悔しくて仕方がない。ちゃんと浄化しなくては浄化師として失格だ。自分の中に余計な感情がうごめいて、引き金を引くことができなかった。
スセリにヨシキはこう続ける。
「浄化師は悪霊を消す仕事じゃない。負の感情を断ち切り、浄化し、元の流れに戻すこと。優しさがなきゃこんなことできない。抵抗しないしかも子供に対して銃口を向けなかったのは、阿部が優しいからだ。その優しさを決して手放すな。もっと上を目指すならな」
ヨシキはそう言った。
スセリは涙を抑えることなく、地面にひれ伏して泣き叫んだ。それには近くで見ていたミホですら心を痛めるほどの感情だった。
「スセリちゃん。帰ろ」
「・・・」
ミホに連れられてスセリは立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
ヨシキは双子の少女が消えた場所を見る。本当に痕跡一つ残っていない。
ヨシキは思い出す。悪霊を目の前にして震えるスセリ。そして銃口を向けたくないと心と使命の間で葛藤するスセリ。
「よかったな、お前ら。誰よりも優しい浄化師に浄化してもらえて」
ヨシキはそう言った。
ヨシキが行ったもの。それは悪霊に痛みも苦しみも感じさせない、とても優しい浄化方法だ。弾丸には悪霊を浄化する浄化水晶が組み込まれた特別なものだ。それを手渡すことにより、優しい光に包まれて悪霊は元の流れに戻るというもの。
悪霊は大体見境なく人間を攻撃し、体を撃ち抜かれたりと壮絶な最期を迎えることがあるが悪霊の中には負の感情を克服し、自ら浄化を望む悪霊もいる。そんな悪霊だけに浄化師が唯一できる慈悲深い浄化だ。
優しい浄化師でなければできない。
三人は草薙館へ戻っていった。
カワグチステーション前は三人の気持ちとは裏腹に、日常の姿を見せていたのだった。




