手をつなげ〜Joint Operation〜
手をつなげ〜Joint Operation〜
たった一瞬の出来事だった。
謎の悪霊は私たちの想像と策略をあざ笑うかのように避け続けている。
悪霊の源は私たち生きる人間の憎悪や嫉妬などの負の感情。この感情はいつの時代もあるものだ。その感情が膨らむ限り、悪霊は進化し続ける。
得体の知れないものを私たちは、全力で追いかける---。
時間は巻き戻って午後七時三十分。草薙館作戦準備室。
シュンが出発して数分後はスセリを含む三名が待機していた。いつもならばパブリックルームで夕食を食べて待機しているはずだった。しかし、必ず緊急通報があることを見越した上で三名が作戦準備室に待機することになったのだ。
作戦準備室の机の上には飲み物や夜食であるおにぎりが置いてある。
作ったのは今日非番のサトミだった。
「はい、お夜食よ」
「ありがとうございます!」
サトミが皿いっぱいのおにぎりを運んでくれた。
「大変ね。私も出勤したいけどね」
「サトミさんは休みやないですか! うちは目指せホワイト組織目指してるんですから、休みは休みですや!」
ミホが笑いながら言った。そしておにぎりを食べて腹ごしらえをする。
そんな和やかな空気は一瞬で引き裂かれた。
草薙館に響くサイレンの音。スセリは思わず耳を塞ぐ。サトミは作戦準備室にある電話を取る。
「はい、こちら日本御霊浄化組合! はい、はい。ニシ地区ですね? かしこまりました。明るいところに避難していてください!」
サトミは電話を切る。すると、ヨシキがサトミにどういう状況か聞いた。
「大宮!」
「悪霊出現の緊急通報! 場所はニシ地区!」
「立石! 阿部! 二人でニシ地区へ行け! 悪霊の特徴が分かったら僕へ連絡してくれ! それをシュンさんに連絡する! 行け!」
「ラジャ!」
ミホは弓矢を担ぎ、スセリも小型拳銃をホルスターにしまい二人で草薙館を出て行った。
午後八時。ニシ地区。
チュウオウ地区はニシ区と隣接しているため、比較的近い。
通報のあった場所へ行くと、人一人いない閑散としていた。
ニシ地区はカワグチステーションのあるチュウオウ地区に隣接した地区で、居酒屋やスナック、レストランなどが多く立ち並ぶカワグチを代表する繁華街エリアだ。この時間帯ならば、店が開き多くのお客さんが飲み歩く賑やかな場所なはずだった。
しかしその繁華街とはかけ離れた様子に動揺を隠せない。
「なんでお店が閉じてるんだろう?」
「きっと悪霊が出たからや。悪霊が出たら、店を一時的に閉じるっていうのが悪霊対策部から指示されとるのよ」
ミホがそう言いながら、弓を持ち、弦を力強く引いた。しかし矢もないのに引っ張っている様子がスセリには不思議で仕方ない。
すると、ミホの手から弦が離れた。
ビイイイン!
弦のしなる音が周囲に響いた。ミホは目をつぶり、その音を聞いていた。
「ミホ。何してるの?」
「索敵や」
スセリはそれを聞いてピンとくる。自分が小型拳銃の安全装置を使った索敵をするように、他の武器にも索敵方法があると。
ミホの使う弓にも浄化水晶が含まれている。その弦をはじく音は大きく周囲に響き渡る。その音の違いで悪霊の索敵をするのである。しかしその音の変化は弓矢を使用する浄化師でなければ聞き分けることができない。つまりヤタガラスの中で、ミホだけが使用できミホだけが聞き分けられる索敵方法なのである。
「おるな。近くに」
ミホの言葉に張り詰めた空気が漂う。スセリも小型拳銃を抜いた瞬間に、安全装置が外れた。やはりミホの索敵は当たっている様子だった。
ミホはスセリと初めて共同で浄化作戦をすることになる。そこでミホはスセリに指示を出した。
「スセリちゃん、前に出れる?」
「前に?」
「うちの弓矢は後方からの攻撃と遠距離攻撃が有効なんや。前へ出ちゃうと浄化力が半減してしまう。スセリちゃん、いける?」
「大丈夫」
スセリはそう言って頷いた。その姿にミホは最初の頃に出会った頃のスセリと重ねていた。あのビクビクと震え、おどおどとしていた人はこんなにも肝の据わった人物になるとは思いもしなかったからだ。
「ミホ。行くよ」
「ええよ!」
スセリが前へ進み出す。人の声も風の音も一切しない無音の世界で、スセリの靴音と呼吸音だけが聞こえて来る。心がおかしくなるような静けさの中、スセリは全神経を集中して周囲を見る。
するとスセリの前方に黒い靄が見え始める。
「来た!」
スセリは迷わずに弾丸を放った。
弾丸は見事靄に命中する。すると靄から叫び声が響いた。スセリは確信した。ニシ地区に現れた悪霊だと。
「・・・!」
悪霊が言葉にならない叫びをあげる。その声はきっと先制攻撃をしたスセリに向いた怒りの声だ。スセリは悪霊をキリッと見据えた。スセリに与えられた任務は悪霊浄化だけではなく、目の前にいる悪霊がハトガヤ地区に現れた悪霊と同じなのかどうかを見極めること。
するとスセリに向かって悪霊の手が伸びてスセリを捕らえようとする。スセリは間一髪で交わす。
そしてスセリはまた小型拳銃を向けて弾丸を放つ。
その弾丸に悪霊の怒りはついに爆発する。
「お前を食べればもっと強くなる」
スセリはその声を決して聞き逃さなかった。スセリは悪霊からの攻撃をギリギリで避ける。しかし、着地に失敗して地面に叩きつけられる。体に痛みが走る。
「昼間はそうはいかなかったが、今度は逃がすものか・・・!」
腕を押さえながらスセリは確信した。
あの悪霊は昼間スセリが遭遇した悪霊だと。スセリは後方にいるミホに大声で言った。
「ミホ! この悪霊、私が昼間感じた悪霊!」
「マジか! すぐに熱田先輩に知らせんと!」
ミホはそうしてすぐにヨシキへ連絡を入れた。その後、ミホも矢を構え、悪霊に向かって放つ。
風を切る音と共にスセリの真横をまっすぐに矢が飛んでいく。矢は悪霊に命中する瞬間に悪霊によって潰されてしまった。
「ダメか!」
すると片耳につけていたイヤホンから音がなる。インカムからの連絡音だ。
「こちら、阿部!」
「こちら、立石!」
『こちら熱田。今シュンさんに連絡を入れた。シュンさんのところにもお前らが戦闘している悪霊と同じやつが出ている。立石! 阿部! シュンさんからの伝言だ。よく聞け! 浄化はしなくても、手傷を負わせろ!』
「ラジャ!」
「ラジャ!」
二人はインカムを切った。二人はヨシキを通じて受けたシュンの指示を受けて、最終目標を手傷を負わせるに変更する。
「ミホ! 私が囮になるからバンバン矢を射って!」
「何言ってるん?! スセリちゃん!」
「あいつの狙いは私に一点集中してる。私の小型拳銃だと手傷を負わせるのに時間がかかっちゃう。ミホなら、手傷を負わせられるよ!」
「・・・スセリちゃん。わかった!」
ミホはスセリの提案に乗った。
スセリは悪霊を引きつけるため前へ出る。そして小型拳銃を夜空に向かって撃った。発砲音に悪霊がスセリの方を睨む。
「私を食べるんでしょ? 捕まえられるものなら捕まえてみなよ」
スセリはこの時何も考えていない。
スセリは今までも人を煽るような言葉を言い放ったことがない。しかし、闘争本能であるアドレナリンが放出されているせいかはわからないが、スセリは今、人生で最大のハイテンションである。
スセリに煽られた悪霊は怒り狂い、スセリに襲いかかろうとする。
スセリは全力で逃げた。
まさに鬼ごっこだ。
スセリは体力が底なしであるわけではない。むしろヤタガラスの中では一番体力がない。この囮作戦はいい作戦ではあるが、スセリを犠牲にしかねない無謀な作戦でもある。
スセリは体力の限界まで悪霊から逃れ続け、なんとかミホの隙を作ろうとする。ミホは悪霊に悟られないように狙いを定める。
しかしミホもまだ新人浄化師。うまく狙いが定められない。
スセリちゃん。もう少し時間を稼いで!
ミホは心の中で叫んだ。
スセリからは大量の汗が吹き出る。体がだんだんと麻痺してくる。そろそろ体力が底をつくときスセリはついに足をもつれさせてしまう。転んだスセリを見て悪霊はしめしめと襲いかかろうとする。
「ここまで!」
「さあ遊びは終わりだ」
悪霊の腕がスセリに伸びたまさにそのとき---。
ビュッ!
風を切る音が聞こえた。その音は刹那。早すぎて聞こえない。
悪霊に向かって一本の矢が飛んだ。その矢は悪霊に命中、悪霊は苦しみながら黒い靄となり消えてしまった。
悪霊が消えてミホが近づく。
「スセリちゃん。大丈夫?!」
「うん。悪霊は?」
「手傷は負わせた。黒い靄になって消えたってことはまだ浄化できてへんけど。鳴海先輩からの指示はなんとか完遂したで。でもな」
ミホはスセリの手を握った。
「どうして囮作戦なんて危険なこと考えたんや?! スセリちゃん、またテストのときみたいに大怪我するかもしれへんかったんやで?!」
ミホはスセリに言った。スセリはごめんなさい、と謝った。これ以上のことを攻めることができずミホはそれ以上は言わなかった。
二人は揃って草薙館へ戻った。
その翌日。
ヒジリとサトミも含めた話し合いが行われた。
黒板には悪霊について分かっている情報が書かれている。大きな紙にカワグチの全体地図が印刷されており、ハトガヤ地区とニシ地区で悪霊と遭遇した位置が赤く印が付けられている。
「昨日の昼のパトロールにおいて悪霊の気配がしました。場所はハトガヤ地区。夜に俺が探索し悪霊と対峙。何発か撃ち込みましたが、まだ健在の様子です。そして、同時刻、西地区。そこでは悪霊の緊急通報があり、立石と阿部が向かいました。そこで阿部がハトガヤ地区の悪霊と酷似していると判断。正体がつかめないため、俺から手傷を負わせるよう指示を出しました。立石、阿部。そっちはどうだった?」
「はい。ニシ地区で暴れた悪霊はやはりスセリちゃんを狙っていました。なんとか手傷は負わせましたが、浄化できていません」
シュンの報告とミホの報告が終わった。
ヒジリはそうか、ご苦労様と労いの言葉をかけた。そして唸る。
「同時刻に別の場所で同じ悪霊? 考えづらいな」
「そうなんですか?」
「ああ。悪霊は元々亡くなった人間の魂そのもの。その魂が正しい流れに乗らずに汚れ悪霊となってしまったものが現世で暴れる。魂は細胞分裂はしない。その悪霊だけで唯一無二なんだ。別の場所で同じものが現れるのはあり得る話じゃないんだ」
スセリが聞くとヒジリが教えてくれた。
するとヒジリは考えをまとめる前にこう言った。
「奴に今回も協力を依頼するか。奴には俺から連絡を入れよう」
ヒジリのその言葉でお開きとなった。
話し合いから実に一時間後。
草薙館のベルが鳴った。来客を知らせる音だ。スセリが扉を開けると、そこには赤いシャツに黒いパーカー、小さなカバンを背負った青年が立っていた。
「ん? ヤタガラスにこんな子いたっけ? もしかして、新入りか? いつからここに? 名前教えてよ!」
「あ、あの、誰ですか?」
青年はスセリに近づき、スセリに質問をいろいろぶつけてくる。スセリが引いているとスセリの後ろからヒジリがやってきた。
「待ってたよ」
「おお。金山さん! 待たせたな!」
スセリは知り合い?! と二人の顔を何度も見てしまう。それに気づいたヒジリはスセリに言った。
「そういえば阿部は彼と会うのは初めてだね。彼はね---」
「金山さん。俺から言わせてよ」
青年はヒジリを制止して、スセリに言った。
「俺は三嶋フウマ。二十四歳。こう見えて、情報屋。よろしく、新人ちゃん」




