振り返れば〜something to follow〜
悪魔の雄叫び編
振り返れば〜Something to follow〜
私が浄化師になってから数カ月。試験の時の怪我も完治し、晴れて浄化師として現場に復帰することができた。
怪我の後遺症もなく、私は今までのことを生かし仕事に従事していた。
そんなヤタガラスの元へ不気味な情報が舞い込んできた。
これが大きな事件の幕開けになるとも知らずに---。
午前十時。始業。
制服に身を包んだスセリは作戦準備室へやってきた。名前札を赤にする。出勤の証だ。スセリの浄化技術はまだまだだが、浄化師認定試験での規格外の悪霊を浄化したことによって、多からず少なからず度胸がついた。
ちょっとのことでは動じない。ある意味鋼の心を手に入れたようなものだ。
今日の出勤者が続々と作戦準備室へやってきた。
今日の出勤者はヨシキ、ミホ、シュン、そしてスセリだった。今日ヒジリは休み。そのため、今日の臨時リーダーは一番経験があるシュンになった。
「では今日のパトロール現場の振り分けを確認しろ」
スセリは液晶端末を起動させ画面をタップする。スセリの今日のパトロール地区はハトガヤ地区だ。昔から宿場町として栄えた古き良き地区である。
「最近は悪霊出現に関する通報は減っている。しかし、油断は禁物。しっかりパトロールしろよ」
「ラジャ!」
シュンの言葉に三人は返事をした。全員がそれぞれの地区へ出発した。
スセリも小型拳銃の弾丸を確認した後に草薙館を出発した。大怪我を乗り越えた体は痛々しい思いを知っている。大怪我だけは避けてなおかつ浄化しなくてはいけない。それをスセリは身をもって思い知ったのだ。
スセリはすぐにカワグチステーションの前まで行きそこからハトガヤ地区へ向かうバスへと乗り込んだのだった。
人々は街を行き交っている。その様子をスセリはバスの窓に凭れながら眺めていた。
午前十一時三十分。ハトガヤ地区。
バスを降りるとそこにはたくさんの住宅が並んでいた。そして用水路も流れている。
「よし」
スセリは気合を入れてハトガヤ地区を歩き出す。スセリは全神経を集中させて見回す。悪霊の兆候はすでにスセリは教えられている。その兆候に目を光らせながら歩く。
浄化師が徒歩でパトロールをするのは悪霊の兆候を見逃さないようにするため。自転車などのスピードの出るものに乗ってしまうとどうしても見逃す確率が高いのだ。
浄化師はこの現代社会においても徒歩という超アナログ方法を使用しているのだ。
スセリの歩く道の側には用水路が流れている。
カワグチの特徴の多くにたくさんの河川と街の中に巡らされた大小関係ない多くの用水路がある。
海は側にないけれど、水の息吹を感じることができるのだ。
眩しい太陽の下をスセリは歩いた。たくさんの花が咲き、水が流れ、風が木々を揺らす。風がスセリの髪の毛すらも揺らす。
すると突如スセリは何かを感じて後ろを振り返った。スセリの目は見開かれて息を荒くしている。まるで誰かに睨みつけられているかのように鋭い視線だ。
「何、今の・・・? 私、知ってる・・・!」
スセリは強烈な視線を感じてその場から動けなくなってしまった。背筋から冷や汗がつたう。
昼でも浄化は可能だ。しかし、視線の正体が本当に悪霊なのか疑ってしまう。スセリには見覚えがあった。
スセリの体が素直な反応を示している。スセリはその反応に全て従う決心をした。スセリはすぐさま液晶端末のメモを書き起こし住所を打ち込んだ。
スセリは小型拳銃による索敵を行うことにした。
悪霊がいれば自動で安全装置が外れる。浄化用拳銃に備えられている装置を利用した簡易索敵だ。
スセリがその場で小型拳銃を抜き、前へ突き出す。
しかし---。
小型拳銃の安全装置は外れないままだった。
「あれ? おかしいな」
スセリが確信した気配。それは浄化師認定テストの際に規格外の悪霊が発した独特の気配だった。その気配には弱いが同じ気配がしたことを体がしっかりと覚えていた。
「そんな。もう一度!」
スセリは場所を変えてもう一度小型拳銃を取り出した。しかし、やはり安全装置が外れなかった。
納得がいかないがあくまで小型拳銃での索敵は簡易的で確実性は低い。全てを信じてはいけない。
スセリは少し不安を覚えながらハトガヤ地区を後にしたのだった。
午後二時。ハトガヤ地区を走るバスの中。
スセリはハトガヤ地区を移動していた。あの謎の気配の正体がわからずどうすることもできない。今スセリにできることは作戦準備室での報告しかできないのだ。
すると、スセリの目が見開いた。
「あれって?!」
スセリはバスの停車ボタンをすぐ押して最寄りのバス停で下車した。そして急いで走りだす。スセリが追いかけているのは一人の子供。その子供の後ろについてくるもやもやとしたもの。
スセリは迷わずに小型拳銃を抜いた。すると安全装置がカチャン! と外れた。そしてスセリの目にははっきりと子供を追いかける悪霊の姿が見えていた。
「このままじゃ悪霊に!」
スセリは子供から悪霊の注意をスセリに集中させるため、小型拳銃を空に向かって撃ちこんだ。
バン!
すると悪霊がスセリの方を見た。その目は血走り、子供を追いかけていた理由が子供を襲い喰わんとしようとしているそのものだったのだ。スセリは走り出した。悪霊はスセリに向かって走りだす。完全に悪霊の注意がスセリに向いた。
スセリは悪霊を少し薄暗い路地裏へと誘導する。暗い場所の方がはっきりと見えて狙いが定めやすいのだ。
「なんで邪魔をする・・・?!」
「お前を浄化する!」
スセリは挨拶とばかりに悪霊に弾丸を一発撃ちこんだ。ただこれだけでは浄化できない。何発も撃ちこんで浄化しなくてはいけないのだ。スセリは何度も体勢を変えて、打ち込む気配を狙っている。
「お前を喰ってやる!」
「・・・!」
スセリは悪霊の攻撃をかわし悪霊が壁へ激突した隙に連続で三発の弾丸を撃ちこんだ。すると悪霊は浄化水晶の効果で粒となって消えていった。
スセリは安全装置を戻しその様子を最期まで見届け、目をつぶって冥福を祈った。
スセリがその場から離れようとしていた次の瞬間、またスセリはあの時の気配を感じる。
「なんで?!」
スセリはすぐさま小型拳銃を抜いた。しかし、安全装置は動かなかった。
スセリの目には悪霊の姿が見えなかった。
まるでスセリをあざ笑うかのように。
スセリはひとまずハトガヤ地区から離れて、草薙館へ戻るという選択肢を取ったのだった。
午後四時。草薙館作戦準備室。
パトロールを終えた浄化師たちが戻ってきた。そしてシュンを中心に報告会が始まる。
「では報告を」
「チュウオウ地区、異常ありません」
「シンゴウ・アンギョウ地区並びにトツカ・カミネ地区、異常ありませんでした」
「俺の担当だったアオキ・シバ地区も大きな異常はなかった」
ヨシキ、ミホ、シュンの順番で報告をする。
最後はハトガヤ地区をパトロールしたスセリの番だ。
「阿部。ハトガヤ地区の報告を」
シュンに言われてスセリは口を開いた。
「報告の前に本日悪霊を一体浄化しました。怪我人は特にいません。ハトガヤ地区をめぐる用水路付近に悪霊と思われる気配がありました」
「怪しい水の動きはなかったか?」
「ありません。念のため小型拳銃の安全装置が外れたかどうか確認しましたが外れませんでした。しかし、先ほど報告した悪霊を浄化後も同じ気配がして同様のことをしました。反応は同じです」
スセリの報告にシュンの顔色が曇る。
「そうか。今までの悪霊とはタイプが違うな」
「確かに。拳銃の安全装置による索敵に絶対はありませんが、これはおかしいですね」
シュンの言葉にヨシキが聞いた。シュンは判断を下す。
「今日の出動するのは俺だ。俺はハトガヤ地区へ出動する。その悪霊が移動する可能性を踏まえ、熱田、立石、阿部は緊急通報に備えて草薙館で待機。いいな?」
「ラジャ!」
全員が返事をした。
午後七時。草薙館玄関。
シュンはスーツのようにピシッとした制服に身を包み、制服の上からジャンパーを着る。腕には浄化師の腕章。そして背中にはケースに入ったライフルを背負っている。
「行ってらっしゃい」
「行ってくる。留守を任せたぞ」
ヨシキとミホ、スセリはハトガヤ地区に向かうシュンを見送った。
「鳴海先輩は相変わらず後ろ姿がかっこええですね!」
「ああ。あの人はこのヤタガラスの唯一無二なんだからな」
ミホとヨシキが話している。どうして唯一無二なんですか? とスセリが聞くとミホが教えてくれた。
「鳴海先輩はヤタガラスで唯一ライフルを使う浄化師なんよ。ライフルは新人じゃ扱うことができなくて、長い間拳銃での実戦経験を積んだベテランじゃないと扱えない武器なんよ」
「ヨシキさんでも?」
ミホに聞いたスセリ。それに対してヨシキ本人が答えた。
「僕も無理だよ。ライフルはどの浄化武器の中で浄化能力が一番高いけど、その分扱うのが難しい武器なんだ。だからライフルを持った浄化師は重宝される。かく言うヤタガラスのシュンさんもそう」
スセリはへえと頷いた。しかしいくら経験豊富なシュンといえど未知の悪霊に対して怖いという感情はないのかと思ってしまう。シュンを信じていないわけではない。
スセリはじっと玄関を見つめていた。
「シュンさんなら心配いらないよ。シュンさんの異名を知ってるか?」
「異名?」
「『ヤタガラスのスナイパー』だ」
スナイパー。
普段ならば映画の中だけで聞く言葉をまさか聞くことになるとは思わなかった。
午後八時。ハトガヤ地区用水路付近。
シュンはハトガヤ地区の用水路付近で探索をしていた。様々な経験で培った目を生かして、暗闇の中を進む。
「阿部の報告だとこの辺りだな」
シュンはライフルを取り出す。勿論ライフルにも安全装置があり、スセリがやっていることと同じ索敵が可能となる。
シュンはライフルを構える。しかし安全装置は外れなかった。
「外れないか」
シュンは場所を移動した。
すると背中をぞっと悪寒が走る。シュンはすぐさまライフルを構えスコープを覗いた。しかし悪霊の姿は見えない。
「どうなってる」
シュンは周囲を見渡す。
まるでシュンをあざ笑うかのように動いている様子だ。シュンは全神経を集中させる。すると視界の端に影が見える。
「見つけた!」
シュンはすぐさまライフルを向けた。その瞬間に安全装置が解除され、一発の弾丸が貫いた。
シュンの撃った弾丸は黒い影に撃ち込まれた。
狙った獲物は逃さない。『ヤタガラスのスナイパー』の異名は伊達ではなかった。
しかしシュンの背筋にまたあの悪寒が襲う。また周囲を見渡すが、悪霊は見えない。安全装置は外れていない。
するとシュンのインカムが鳴り出す。シュンはインカムのスイッチを入れる。
「こちら鳴海」
『鳴海さん! 熱田です!』
「熱田? 何かあったのか?」
『それが先ほど緊急通報が入りました。すでに立石と阿部が向かっていますが、阿部によるとハトガヤ地区で見た悪霊だったそうです』
「なんだと?! じゃあ俺が撃ったのは・・・?!」
シュンは動揺する。
ヨシキによるとシュンがハトガヤ地区に向かった一時間後に緊急通報が来て、ミホとスセリはハトガヤ地区から離れたニシ地区へ向かったという。そこではスセリが昼間のハトガヤ地区で遭遇した悪霊であったという。
なぜハトガヤ地区にいるはずの悪霊が離れたニシ地区に出るのか。今自分が撃ったのは確かに悪霊だった。ターゲットではない可能性もあるが、今撃った悪霊がニシ地区に現れるなどありえる話ではない。
シュンはインカムでヨシキに指示を出す。
「ニシ地区にいる立石と阿部に伝えろ! 浄化はしなくとも、手傷を負わせろと!」
『ラジャ!』
ヨシキからの連絡が途切れた。
シュンはどうなってやがる、と憤る。
シュンも今すぐにハトガヤ地区を出発するために暗闇の中を疾走するのだった。




