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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
新人浄化師阿部スセリ編
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美しい世界〜This is my everyday〜

美しい世界〜This is my everyday〜



 あの激痛はどこかへ消えてしまった。

 それにしてもあの時私に語りかけた声は誰だったんだろう? ヨシキさん? サトミさん? ミホ? ヒジリさん? まさかのシュンさん?

 でも体は私の予想以上に動かない。

 ついに死んじゃったのかな・・・。



 ゆっくりとスセリが目を開けた。ぼやけた視界が次第にはっきりしてくる。無機質な天井。それに反して柔らかいベッド。スセリは自分の腕を動かした。そして手で自分の顔に触れた。

 頬には絆創膏、頭には包帯の感触があった。

 スセリはぼんやりとした意識の中で一つずつ思い出す。

 浄化師認定のテストに行き、そこで悪霊浄化を行った。すると強い悪霊と対峙し、自分を犠牲にする覚悟の捨て身作戦をして怪我をして。

 スセリは思い出した。テストが終わったあとはそのまま体力の限界が来て倒れてしまった。スセリは勢い良く起き上がった。

「いっ?!」

 スセリは顔をしかめてお腹を押さえた。

 一番の怪我は脇腹の切り傷だ。脇腹は消毒した後、薬を塗ったガーゼをあててそれを包帯で巻いている。

 生きている。

 スセリは痛みで実感する。スセリはベッドから降りる。すると痛みが増す。痛みで顔を歪ませながら壁を手すり代わりにして扉へ向かう。

 スセリがドアノブに手を伸ばした瞬間、ドアノブが動いて扉が開いた。スセリの様子を見に来たミホだった。

「スセリちゃん?!」

「・・・ミホ!」

 スセリはミホのところへ一歩一歩近づいていく。スセリはミホの腕を掴んでなんとか立っている。

「スセリちゃん! まだ横になってないとアカン!」

「テストは?」

「?」

「ミホ! 浄化師のテストはどうなったの?! 私、浄化師になれるの?!」

 スセリはミホに対してすがるように聞いた。ミホにはそれが狂気じみて少し怖かったが、スセリに言った。

「テストはもうおわたで。後は結果待ち。スセリちゃん、大怪我をしてしばらくは絶対安静や」

 ミホの言葉にだんだんとスセリの熱が引いていく。

 スセリはミホに促されてベッドへ座る。

「ねえスセリちゃん。ここだと寂しいやろ? うちが支えてやるさかい、お部屋戻らん?」

「いいの?」

「ええよ。うちを少しはたよりぃや」

 ミホに支えられてスセリは一歩一歩と歩き出す。歩くたびに傷が痛み、顔をしかめる。ミホから大丈夫? と何度聞かれてもスセリは大丈夫と返したのだった。

 今まで自由に動いていた体は人に援助してもらわなければ動けない体に一時的ではあるがなってしまったスセリは、歯痒く感じた。

 数日ぶりに部屋へ戻ったスセリは椅子に座らせてもらった。

「ミホ。ありがとう」

「ええよ。気にせんといて。それにしても、スセリちゃんの部屋初めて入ったわ。とってもいいインテリアやな」

 ミホはスセリの部屋を見渡した。すると、写真立てに目が行く。ミホがスセリに聞こうとすると、あの言葉を思い出す。


 人には話したくないことの一つや二つある。話したくなったら話してくれるだろう。


 ヨシキやシュンが言っていた言葉だった。

 しかしそうは言われてもミホは気になって仕方がない。ミホは怒られることを承知でスセリに聞いた。

「なあ、スセリちゃん」

「?」

「この写真って・・・」

 ミホは写真を指差した。スセリはああ、とつぶやいた。先ほどよりも反応は鈍い。ミホは内心聞いてはいけないことを聞いたのでは、と顔をひきつるがスセリは口を開いた。

「私のお父さんとお母さんだよ」

「スセリちゃんのパパとママ?」

 スセリの部屋に飾ってある写真の正体はスセリの両親だった。ミホは写真立てを持ってスセリの隣に座った。

「スセリちゃんかわええな! パパとママは元気にしてるん?」

 ミホの言葉にスセリは少し苦笑いをしながら答えた。

「・・・死んじゃったの。ずっと小さい頃に」

 スセリがそう言うとミホは言葉を失った。言いたくないことの一つや二つの一つをミホがこじ開けてしまった。ミホは小さな声でスセリに言った。

「ごめん。あまり言いたくないよね」

「そんなことないよ。ミホ、大丈夫」

 ミホはスセリの言葉に若干の安堵感を覚えた。スセリは昔の思い出話を始めた。


 スセリは生まれも育ちもカワグチ。

 優しい両親に囲まれて何不自由なく育った。

 しかし悲劇は突然やってきた。スセリがまだ十歳にも満たないほどに幼い頃、スセリの両親は不慮の事故で亡くなったのだ。一度に両親を失ったスセリは引き取り手の親戚を探したが、どれも断られたらい回しにされ最終的には児童養護施設で育った。

 小学生。中学生、そして高校生と両親の愛情をあまり受けぬままにスセリは育った。そして必死に勉強して補助金を得て大学へ進学。同時に児童養護施設を巣立っていったのだ。

 唯一の家族写真は部屋にある一枚だけだ。

 写真の裏にはスセリを含めた全員の名前が書いてある。

 阿部タケト

 阿部サミラ

 阿部スセリ

 どこにでもいる普通の家族の普通の幸せの象徴だった。


 話を聞き終わったミホは涙ぐんでいた。

「こんなこと聞いてよかったん? すごく辛い記憶じゃない」

「いつまでもくよくよしても家族が帰ってくるわけじゃない。なんだかんだ言っても私は施設での生活は苦しくなかったよ。ただ、私のことをたらい回しにした親戚には二度と会いたくないけどね」

 スセリはそう言った。

 その目はどこか憎悪を孕むような恐ろしい視線をしていた。いつもまっすぐに見つめるその視線はどこにもない。それをミホは何も言わずに見ていた。

「だから他人の料理は食べたことがないって言ったんやね?」

「そう」

 スセリは頷いた。

「スセリちゃん。うちらは家族や」

「家族?」

「うちらは共同生活をしているのはチームワークを高める為。浄化師はチームワークがめちゃめちゃ大切なんや。スセリちゃんもうちらの家族同然。熱田先輩もサトミ先輩も、金山さんも思とるよ。表情には出ないけどきっと鳴海先輩も」

 ミホの言葉にそうだよね、と頷いた。

「きっとスセリちゃんが無事でパパとママも安心したんやないの?」

 スセリは確かに、と笑った。



 スセリが浄化師認定テストで大怪我を負ってから数週間が経過した。

 スセリはヒジリからの指示を守り、絶対安静を余儀なくされた。しかし、スセリは今動いたら体が二度と戻らなくなると釘を刺された為、指示を守っていた。

 その代わりスセリはできる範囲での仕事を一手に担った。

 実務労働ではなく、事務作業による労働を実施した。大怪我をしたが、完全に動けないだけではない。スセリは何か役に立ちたいとヒジリに相談したところ簡単な事務作業をすることになった。

 仕事が終われば、パブリックスペースでみんなで夕食をとる。いつもの日常が戻りつつあった。部屋へ戻れば、小型拳銃を磨いて出動の機会を待っていた。

 そんなある日のことだった。

 その日は悪霊出現もなく穏やかな日だった。草薙館のインターホンが鳴った。

「誰だろう?」

 ヨシキが玄関へ向かった。モニターを見てヨシキは顔色を変える。

 扉を開けるとそこにはスーツ姿のコウシロウの姿があった。

「熱田さん。ご不沙汰しています。綿津見コウシロウです」

「どういった御用件で?」

「阿部スセリさんのテスト結果をお持ちしました」

 ヨシキはそうですか、と呟き二階でミホと談笑しているスセリを呼んだ。

 スセリはようやく階段を降りれるようになっていた。松葉杖をついてやってきたスセリをコウシロウは出迎えた。

 そしてスセリに同伴したのはヒジリだった。

「前回のテストの際は、大怪我を負わせてしまい申し訳ありませんでした。どうやら、悪霊が負のパワーを吸い込みすぎて強力になってしまったようです。しかし、その悪霊を浄化したことは変わりありません。ですので・・・」

 コウシロウは紙を手渡した。

 そこにはこのように書かれていた。


 阿部スセリ様

 厳正なる試練の結果、悪霊を捉える目及び悪霊浄化技術を評価し、正式な浄化師としてここに認めます。

 悪霊対策部


 紙に書かれた言葉にスセリは言葉を失った。スセリの持つ書類をチラッと見たヒジリはスセリに言った。

「やった! 阿部さん! 合格だ!」

「合格?」

「そうだ! 悪霊対策部が君を正式な浄化師と認めてくれたんだ!」

 現実をなかなか受け入れられずスセリは呆然としている。しかしヨシキの顔を見てその事実は現実味を帯びた。スセリの表情が変わる。そしてコウシロウに向かって頭を下げた。

「ありがとうございます」

「阿部さん。本当におめでとう」

 コウシロウはそう言った。

 スセリはその証明書類を離さずにしっかりと持っていた。

 スセリが合格した話は瞬く間に広まった。スセリが松葉杖をついてパブリックルームへ行くとテーブルの上には豪華な料理が並んでいた。

「美味しそう!」

 スセリが近づくとエプロンをつけたサトミがやってきた。

「スセリさんが来たわよ!」

 サトミの声が聞こえるとミホがやってきてスセリを支えながら席へ誘導した。

「どういうこと?」

「スセリちゃんが合格したって聞いて、みんなでお祝いするんやよ! ささ、座って座って!」

 ミホに促されてスセリは席に座る。

 テーブルの上にはお寿司や唐揚げ、ポテトサラダなど料理が並んでいる。

「実はこれほとんど鳴海先輩が作ったものなんやよ!」

「鳴海さんが?!」

 スセリがキッチンを見るとそこではフライパンを動かして料理をしているシュンの姿があった。あまりにも意外な姿にスセリは恐る恐る声をかけた。

「鳴海さん・・・」

「・・・阿部か?!」

 少し驚いたのかシュンの声は上ずった。しかしすぐにいつもの冷静さを取り戻してスセリに言う。

「大宮や立石に頼まれただけだ」

「鳴海さん。ありがとうございます」

 スセリはそう言ってキッチンを後にする。シュンはスセリの後ろ姿を見た。松葉杖をつきながらよろよろとしている姿は本当に危なっかしい。しかし、どこかで背中を押したくなる感情になる。

 これが彼女の魅力なのだろう。シュンはそう思うのだった。

 こうしてシュン特製の料理がずらっと並ぶ中、スセリの合格パーティーが行われたのだった。

 グラスにジュースを注ぎ終わると、ヒジリが音頭をとる。

「今回は阿部さんの浄化師認定を祝ってかんぱーい!」

「かんぱーい!」

 グラスを傾けて乾杯をすると、ジュースを喉に流し込む。スセリの喉をオレンジの酸味が駆け抜ける。久しぶりのジュースにスセリは「おいしい!」と声を出す。

 そして料理を皿に運び、そして口に運んだ。

「おいしい!」

「でしょ?! シュンさんの料理はおいしいんだから! いっぱい食べな!」

 サトミはスセリに言った。

 スセリは幼い頃に家族を失い、様々な理由で親戚中をたらい回しにされ、最終的には児童養護施設へ送られてしまった。児童養護施設の暮らしはいろんなことがあったけど、別に特別辛いことはなかった。しかし、誰かの作る料理などあまり口にしてこなかった。料理に愛情がこもっているようにスセリの心はあったかくなった。

 スセリは周囲を見渡した。

 スセリの周りにはサトミやミホ、ヨシキとシュン。そして頼もしいヒジリがいる。今自分の周りにはこんなにも楽しい仲間がいることにスセリは嬉しさを覚えて思わず笑顔がほころんだ。

 その様子にヨシキが聞いた。

「阿部どうした? なんで急に笑ったんだ?」

「なんでもないです!」

 スセリは笑ったのだった。



 お祝いパーティーの翌日。

 草薙館の作戦準備室ではヤタガラスの浄化師が全員集められていた。全員が制服に身を包み、並んでいる。そしてスセリも制服姿になり松葉杖を使って立っている。スセリの前にヒジリがやってくる。

「では、阿部スセリ。前へ」

「はい」

 スセリは松葉杖をつきながらヒジリの前へやってくる。ヒジリの手には青い生地に白い刺繍が入った腕章を持っていた。スセリはあの正体がなんなのか分からない。するとヒジリはスセリに言った。

「悪霊対策部より浄化師認定を受けられた為、今日より阿部スセリを日本御霊浄化組合の正式な浄化師として所属することをここに証明する。そしてこの腕章は浄化師になった人間だけが持てる浄化師の証明となる腕章。これを受け取りなさい」

 ヒジリの手からスセリの手へ腕章が手渡される。スセリはその腕章をしっかりと見る。すると青い生地には模様が刻まれ、そして[Suseri Abe]と刺繍がされていた。

 スセリが見渡すとヨシキもサトミもシュンもミホもスセリが手渡された腕章を身につけている。

 スセリは本当に浄化師になったんだと実感させられた。スセリはその腕章を小型拳銃を収納するホルスターを止めるベルトにあるフックに取り付けた。

 スセリはヒジリに言った。

「私阿部スセリは浄化師として、現世を悪霊の浄化と浄化による鎮魂をすること、そして人々の幸せを守り抜くことをここに誓います」

 スセリは礼をした。

 これはスセリが事前に考えた言葉ではない。今思ったことをスラスラと言ってのけたのだ。スセリの目は決意にあふれていた。




 ほんの数カ月前までは平凡な生活をしていたはずだった私は、命を賭けた試験を突破して悪霊を浄化する専門職「浄化師」への道を歩みだしたのだった。

 きっとこんな未来は、私だけではない、死んでしまった両親も想像していなかっただろう。まさか自分に悪霊が見えることができるなんて。

 どうして訓練を受けていないのにどうして悪霊が見えるのか?

 それにはまだまだ謎が多くてよく分からない。

 きっとその謎も解明できるはず。

 今の私にできることは、悪霊を浄化して元の道筋へ導くこと。そして、安らかに眠ること。この弾丸で、運命を切り開いてみせる。




 こうして新人浄化師阿部スセリは誕生した。

 スセリはまだ怪我が完治していない為まだ仕事はできないものの、復活の日は近い。

 スセリはその後、様々な困難にぶつかることになるが・・・それはまだ先のお話。



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