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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
最強の悪霊マーラーとの死闘・前編
105/130

予兆〜Cold gaze〜

予兆〜Cold gaze〜



 悪霊マーラーがカワグチにやってくるかもしれない。お母さんが命を賭けて浄化した最強の悪霊がカワグチに再来する。そして、その悪霊はお母さんとお父さんを殺しただけでなく、生きながらえているということに怒りを覚えた。

 悪霊マーラーに備え、ヤタガラスはカワグチに厳戒態勢を敷いていたのだった。



 午前十時。トヅカ地区。パンケーキ屋店内。

 トウキョウの流行りが揃うトヅカ地区のとあるパンケーキ屋さんにスセリとミホ、サトミ、アズミの四名の姿があった。四人はパンケーキを頬張っている。

 ヤタガラスの女子会だ。

「スセリちゃん! こんな美味しいお店、どこで見つけたん?!」

「そうよね。これ、最近トウキョウで流行っているパンケーキ屋さんでしょ?」

「親友が教えてくれたんですよ。行ったら美味しかったから、休みの日に食べてみてって」

 スセリが言った。

 パンケーキ屋をスセリに紹介したのは親友のハルカだった。

 最近は忙しない業務のせいで休息の時間を取れなかった。そこでトヅカ地区のパンケーキ屋にヤタガラスの女性達全員で訪れたというわけだ。しっかりと赤い浄化水晶のお守りを身につけるなど対策ば完璧だ。

「女子は甘いもの食べないとストレス溜まるんよ!」

「わかるわあ。私も研究に詰まるとコンビニでプチケーキ買っちゃうのよねえ」

 アズミも口角が緩む。

 女性達は束の間の休息を楽しんだ後、まっすぐに草薙館へ帰っていく。トヅカ地区へはアズミの運転する車でやってきた。草薙館へ戻る車中の中で運転席に座るアズミと助手席に座るサトミ。サトミが後部座席を見ると、スセリとミホが寝息を立てていた。

「大人なのにぐーすか寝るなんて」

「まあまあ大宮さん。いいじゃない。はしゃぎすぎて疲れちゃっただけよ」

 アズミがサトミをなだめた。すると、サトミはアズミに話題を振った。

「こんな楽しい時間の後に申し訳ないんですけど、悪霊マーラーのことどう思いますか?」

 アズミは息を吐いて一呼吸置いた後、話し始めた。

「そうねえ。実は最強の悪霊がいるという噂は私も把握していたわ、でも、実際それをみたこともなければそれに対峙した人とも会って話をしたこともない。実態がつかめないから、私の中で一気に都市伝説化していって信じなくなっていった」

「へえ」

「悪霊や浄化水晶を研究する研究者がそんなことを信じないというのもおかしな話なのよ? でも、最強の悪霊のことを知った時は死に物狂いで調べたのを今でも覚えているわ。それこそ、まだ研究室に木俣がいなかった時だから寝食忘れてやっていたかしら?」

 アズミは笑いながら言った。

 そこで集めた恐ろしいほどに膨大な資料が、悪霊マーラーに対する知識の源になっているのだ。

「浄化師専門スクールで教えてもらったんです。学校で教わるのはあくまで基礎知識であって、現場に出ればそれを凌駕するものばかり。その時は悪霊研究のスペシャリストが必ず組合には常駐しているからその人に聞くといいでしょう、って。でも、私が配属された時には人手不足で研究者いなかったんですけどね」

 サトミは笑った。

 サトミの悪霊に対する知識はすでに学校で教わっている基礎知識を凌駕するほどの情報量である。それは研究者から教わった、わけではない。先輩であるヒジリやシュンが教えてくれた受け売り情報である。

「でもすごいじゃない。努力の賜物よ」

 アズミは笑った。

「でも、残酷なことを言うけど悪霊マーラーは確実にカワグチに来るわ。それは防ぎようがない」

 アズミが言った現実にサトミは驚かなかった。サトミもなんとなく察していた。浄化師といえど、命の限りがある脆い人間。脆い存在の人間が最強の悪霊と謳われている存在を防ぐなど到底不可能な話だ。

「悪霊マーラーの情報は本当に少ないの。彼女には知能があるから自分を襲った浄化師たちを次々と殺している。復讐と口封じでね。だから彼女の情報が一切出てこないのよ」

 車は赤信号で止まった。

「勝ち目がないわけじゃない。彼女は最強と謳われているけど、所詮悪霊よ。浄化水晶には敵わないし、昼間は出現できない。最強と言われて驕りたかぶっているけど・・・、必ず足を踏み外して落下する。必ず!」

 アズミがそう話すと、信号は青に変わり勢いよく発進した。アズミの言葉にサトミもそうですね、と言って前を向いた。



 午後十四時。チュウオウ地区。大きな河川の土手。

 そこにはヒジリが立っていた。制服姿で川の向こうに見える街を見ている。ヒジリが見つめるのはトウキョウの街。大きな河川がカワグチとトウキョウの境になっているのだ。

「奴が来るのは必然かもしれないな」

 ヒジリがそう呟くとポケットの中にあるスマートホンの着信音が鳴った。

「もしもし。ああ、お久しぶりです。階段から落ちたって聞いて心配してたんですよ?」

 ヒジリが笑顔になる。かなり親しみのある話し方だ。電話をかけてきた相手も静かに笑った。

『なーに、心配いらねえよ。俺は元浄化師だ。階段から落ちたくらいじゃ死なねえよ。もう完治して元気に隠居生活してらあ』

 少しガサついた声がする。しかし声はとても元気だ。

「相変わらずですね、佐和目さんは」

 なんと電話の相手はサミラの後輩であり、ヤタガラスの元リーダーである佐和目ユウだった。ユウが浄化師を引退した後もこうして電話をしたり、時にはお互いの夫婦揃って食事へ行くなど、とても仲がいい。

 そしてヒジリを次期リーダーへ指名したのも他でもないユウだった。ユウは引退するその日までヒジリにリーダーとしての教えなどを叩き込んだ、ベテラン浄化師でヒジリの憧れでもあった。

『最近連絡してなかったが、最近のヤタガラスはどうだ? 最近の若者はすごいか?』

「すごいもなにも・・・、今年新人の浄化師が来たんですよ」

『新人浄化師か。そいつはどんな子だ?』

 ユウが興味津々で聞いてくる。ヒジリは言った。

「きっとこれを聞くと・・・佐和目さん驚くと思うし、何より逆らえない運命だったんだって思いますよ?」

『おいおい、どうしたそんなカッコつけて。お前らしくない。早く聞かせろ!』

「新人浄化師の名前は阿部スセリです」

『阿部スセリか。ん? 阿部・・・? 金山・・・、まさかその新人浄化師は・・・!』

 ユウが驚きに打ち震えている。ヒジリが口を開いた。

「はい。佐和目さんの先輩である阿部サミラさんの娘さんです」

 それを聞いたユウは言葉を失っていた。その後、ヒジリはスセリがどうやってヤタガラスと出会い、浄化師になったかを詳しく話した。

 会社帰りに悪霊に襲われた時、ツキヨミの力が目覚めたこと。その会社は解雇となり、路頭に迷っていたところを才能を買われ、しっかり認定試験を受けて浄化師の資格を得たこと。

 そして何よりユウが頑張ってもたどり着けなかった両親亡き後のスセリの壮絶な人生。その話を何も言葉を発さず、ユウは静かに聞いていた。

 話終わると電話口のユウの声は震えていた。

『そうか・・・。可哀想に・・・。でも・・・生きててよかった。俺が調べても、全然分からなかったからな。その子は、どんな子だ?』

「最初は危なげだったんですが、今ではヤタガラスに欠かすことのできない浄化師の一人です。壮絶な人生ゆえにまだ心の奥底には真っ黒い恨みを孕んでいる。とても不思議な子です。自慢の浄化師です」

 ヒジリがはっきりとそう言った。泣いているであろうユウが鼻をすする音が聞こえてきた。そしてユウはヒジリに聞いた。

『彼女は・・・娘さんは、母親に、櫛田さんに似ているか?』

「はい。似ていますよ。佐和目さんが守ってきたあの赤い浄化水晶のペンダントは彼女が使っています。母親の形見が我が子へ受け継がれたこと、俺は嬉しいです」

 ユウはそうか、と言った。

『きっと櫛田さんもあの世で喜んでるだろう。まさに・・・、運命だな』

 ユウはそう言ってまた涙ぐんだ。ユウがとても喜んでいることを電話越しでもはっきりと分かった。

「佐和目さん」

『ん? なんだ?』

「佐和目さんや櫛田さんたちが命を賭けて浄化した、あの最強の悪霊がカワグチへ来るかもしれないという情報が入ってきたんです」

 それを聞いたユウの声色が変わった。ユウたちが命を賭けて浄化した最強の悪霊だけで、ユウは全てを察する。

『もしやマーラーか?』

「お察しが良くて助かります。以前マーラーと対峙した佐和目さんなら、何か分かるかなと思ってお聞きしたく・・・」

『俺は運良く奴の目をかいくぐっている。奴は必ずカワグチに来るだろうな。娘さんは少し気をつけたほうがいいかもしれない。金山、お前は娘さんが櫛田さんにそっくりだと話したな。そうなると娘さんが狙われる可能性が高い。気をつけろ』

「・・・わかりました。ありがとうございます」

 ヒジリはお礼を言った。するとユウはヒジリに言った。

『金山』

「はい」

『いいか、死ぬなよ。生きて必ずまた会おう。次会うときは・・・娘さんにも会いたいからな。ヤタガラス全員死なせるな。いいな? それがヤタガラスリーダーの役目だ』

 ヒジリに対してユウが言ったこの言葉。それはリーダーとして貫禄のある声。重みのある声にヒジリは思わず言った。

「ラジャ!」

『頑張れよ、金山リーダー。またな』

「はい」

 ヒジリはそう言って電話を切った。

 ヒジリはスマートホンをポケットにしまうと歩き出した。



 午後二十時。チュウオウ地区。草薙館。パブリックルーム。

 タイコウとアズミが椅子に座り向き直っていた。二人は悪霊マーラーについて調べていた。その照らし合わせをしている最中だった。

 そのときだった。パブリックルームにある電話が鳴り出した。それにハッとしたタイコウは急いで電話へ駆け寄る。

「こんな時間に何かしら?」

 アズミはそう言ってタイコウを見る。

 タイコウは受話器を取り、耳に当てる。

「はい、日本御霊浄化組合です。どうされましたか? はい、はい・・・。え?! それは本当ですか?! 確認は?! 正確な情報なんですね・・・。わかりました。すぐにみんなに伝えます。失礼します」

 タイコウは電話を切った。一体何の電話? とアズミが聞くとタイコウが口を開いた。

「悪霊マーラーがカワグチに侵入したという情報が入りました・・・」

「なんですって?! 正確な情報よね?!」

「電話をくれたのは悪霊対策部の綿津見さんです。正確も何も・・・」

 それを聞いたアズミはうなだれた。予想はしていた。どんなに頑張っても悪霊マーラーの侵入は食い止められないと考えていた。しかし、こうして現実を突きつけられると心にずしりとくる。

「木俣。全員をパブリックルームへ! 急いで報告よ!」

「はい!」

 アズミは指示を出し、タイコウは急いで各々の部屋で休んでいる浄化師たちを呼びに行った。そしてアズミは考えていた。

「カワグチだけで食い止めなければ、必ず他の場所へも流れる。そうなれば被害は甚大なものになってしまうわ。ヤタガラスが食い止めないと!」

 アズミは急いで別館へ戻り、資料を取りに戻った。草薙館は一気に緊張感に包まれた。


 ヤタガラスと悪霊マーラーが遭遇する運命の日まで、残り二日。



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