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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
新人浄化師阿部スセリ編
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テスト〜Run,Suseri!!〜

テスト〜Run, Suseri!!〜



 あれからどれくらいの時間が経過したのだろう?

 私は先輩と一緒に悪霊に関すること、悪霊に対する浄化方法、武器の扱い方を学んだ。全ては私を正式な浄化師にするため。そして、悪霊対策部が提示したテストに合格するため。

 短い期間の中で私は走り続けた。

 そして、運命の日はやってくる。



 スセリは制服に身を包んでいた。スカートを履き、スパッツを履き、ジャケットを着用する。伸びた髪を一つに結んで、指ぬき手袋を着用する。

 スセリが部屋を出るとそこには制服姿に身を包んだサトミとミホがいた。

「いよいよね」

「はい」

「緊張してる?」

「緊張してます。合格できるかどうか」

 サトミの言葉にスセリは口を開いた。するとミホがスセリに近づいて背中をポンと叩いた。

「大丈夫や! スセリちゃんは努力してきた。自信を持ちぃや!」

「うん」

 ミホの慰めにはスセリは何度も救われてきた。スセリは静かに歩き出した。

 武器庫に行き、自分の小型拳銃をホルスターに入れて弾丸を装填する。このテストには助けてくれる先輩はいない。スセリが誰の力も借りず一人で乗り越えられるかも試されるテストだった。

 スセリは緊張と不安で押しつぶされそうになっていた。すると、後ろからスセリの名前を呼ぶ声がした。スセリが振り返るとそこにはヒジリ、ヨシキ、シュンの三人が立っていた。

 スセリの見送りに来たのだった。

「阿部。いよいよ今日だな、どんなテスト内容かは分からないが、気をつけろよ」

「はい!」

 普段はクールであまり人との関わりを持たないシュンが、スセリに激励を送る。スセリの背筋は伸びた。シュンからの激励など普通はもらえないからだ。

「阿部さん。これは俺からのお守りだ」

「お守り?」

 ヒジリが手渡したのは、真っ赤な石が金具で止められているネックレスだった。燃え盛る炎のように真っ赤な石にスセリは目を奪われた。これは? とスセリが聞くとヒジリは言った。

「これは浄化水晶だ。浄化水晶は悪霊から守ってくれる。特に真っ赤な浄化水晶には特別力が強いと言われているんだ。きっと阿部さんのピンチをチャンスに変えてくれるはずだ」

 ヒジリの言葉にスセリは頷いて、それをクビにつけた。スセリの首元で真っ赤な浄化水晶が輝く。ヒジリは似合ってるよ、と言った。そしてスセリの頭に手を置いた。大きな手にどこか懐かしさを覚えるスセリは見上げた。

「大丈夫だ。できることはしっかりやった。その答え合わせだ。行って来い!」

「はい! 必ず、合格を掴んでみせます!」

「その意気だ」

 スセリはまっすぐにヒジリを見る。草薙館の扉を開けたのだった。

 スセリは車に乗り込んで揺られていた。車を運転するのはヨシキだった。テストを行う場所は悪霊対策部のあるアオキ地区だ。

 草薙館のあるチュウオウ地区からさほど遠くはない。

 車の窓の外をぼーっと眺めるスセリ。そのスセリを運転しながら見守るヨシキ。ヨシキはスセリに忠告した。

「阿部。どんなテストが来るか分からないが、怪我だけはするな」

「怪我?」

「悪霊によって命を落としているのは浄化師も同じだ。俺が浄化師になる時もテストを受けたが、その時の大怪我が原因で浄化師になれなかった奴らもいる。それだけ過酷かもれない」

 ヨシキの言葉はとても重い。スセリはその言葉を受け止めたつもりだった。しかし、この後のテストでヨシキの言葉の重さが語る現実を思い知らされることになるのだった。



 アオキ地区に到着。

 車を降りると目の前には大きな建物がある。

「ここは?」

「ここはカワグチ庁舎。この中に悪霊対策部があるんだ」

 アオキ地区には庁舎や役所などの公的機関が密集する場所である。二人がやってきたのは、悪霊対策部が入っているカワグチ庁舎だ。

 二人が庁舎の中に入ると、中は静寂に包まれ沢山の人々が仕事をこなしている。静寂の中でパソコンを打つ音や紙の擦れる音が聞こえるだけだ。

 二人はエレベーターで上階へ上がり、悪霊対策部の窓口へやってきた。

「本日浄化師認定テストを受けに来た、日本御霊浄化組合の阿部スセリです」

「こちらへどうぞ。担当者が参ります」

 するとヨシキはスセリの肩を叩いた。

「僕が立ち会えるのはここまでだ。ここからは一人で頑張るんだ」

「はい」

「終わったら、連絡してな。いいか、傷一つ作ってくるなよ」

 ヨシキはそう言って帰って行った。スセリは深く頷いた。

 ヨシキがいなくなって三分ほどでスセリの元へスーツを着た男性がやってきた。

「君が阿部スセリさんだね?」

「はい」

「私は悪霊対策部の綿津見ワタツミコウシロウだ。これからテストの概要について説明しよう」

 コウシロウはスセリを連れて庁舎を出た。

 やってきたのは庁舎の裏だった。コウシロウはスセリにテスト内容を説明した。

 今回のテストは実戦形式でのテストである。これからスセリは二十四時間庁舎の裏にある林で滞在してもらう。その中には悪霊が沢山うごめいている。そんな悪霊を浄化しながら、二十四時間耐え忍ぶというものだった。

 戦闘不能になるほどの大怪我を負った場合は続行不可能と判断され、テストは無効判定されてしまう。

 説明を受けたスセリはホルスターから小型拳銃を抜き、林に向かって銃口を向ける。すると安全装置がカシャン! と外れた。

 どうやらこの真昼間でも悪霊がうようよいる様子だ。

「それでは期待している。阿部さん」

「行ってまいります」

 スセリは走って林の中に入った。その後ろ姿をコウシロウは見守った。

「本当に見えるのか? 私はまだ信じがたい」

 コウシロウはそう呟いた。コウシロウはヒジリとのやりとりを思い出していた。


『阿部スセリという女性の浄化師認定をしてほしい。彼女は訓練を受けていないが、悪霊の姿を目で捉えることができる』

『なんですって?! しかし、浄化師認定するには乏しいです。浄化師は悪霊との戦闘が主な仕事です。戦闘をしたことのない素人を認定するわけにはいきません』

『彼女は確かに未熟です。しかし、今俺の部下たちが彼女を必死に育てています。まだおぼつかないところはありますが、素質はあると。人類が発展すると同時に悪霊は増える一方だ。少しでも多くの浄化師が必要なのは、悪霊対策部が頭を抱えている問題だろう?』

『確かにそうです。しかし、素人の浄化師など自殺行為同然です!』

『では悪霊対策部で彼女をテストしてください』

『テスト?』

『悪霊対策部主導で彼女をテストしてください。テスト内容に我々は水を差しません。もし、そのテストに合格したら彼女を正式な浄化師と認め、浄化師証明書の発行をお願いします』


 スセリの後ろ姿を見守ったコウシロウは思った。


 悪い。金山。私は阿部スセリを疑ってしまう。そのため、この試練は彼女にとっても過酷なものになるだろう。必ず生きて帰るんだ、阿部スセリ。


 一方のスセリは林の中を歩いていた。手には安全装置の外れた小型拳銃を構えている。いつどこで悪霊が飛び出してくるかわからないのだ。

 全神経を集中させる。そして己の目を信じて悪霊を探す。

 怖いくらいに静かな林の中。スセリの息の音だけが聞こえて来る。

「安全装置は外れたまま。悪霊が確かにいる。だけど安全装置はあくまで気配察知だけに過ぎない。厳密な悪霊の位置までは分からない」

 スセリはそう言った。

 同じ拳銃を使うヨシキから教えてもらった拳銃による索敵だが、これはあくまで悪霊の気配を察知するセンサーのようなもの。正確な位置までは分からない。おおまかな情報を知りたいときに使うものだ。

 するとスセリの目はかすかな葉の動きを目で捉えた。風も吹いていないのに不自然な動きをする葉にスセリは小型拳銃を向けた。

「見つけた!」

 スセリは目標に向かって小型拳銃を撃ちこんだ。すると、甲高い断末魔が響いた。スセリの撃った弾丸が命中した。その瞬間悪霊が姿を表す。

「見えるのか?!」

 悪霊がスセリに近づいてくる。悪霊は昼間には見えない。弾丸を撃ちこんでも見えない。しかしスセリの場合、弾丸を撃ちこんだ瞬間に悪霊を目で捉えることができる。

 小型拳銃は勢いと攻撃力が弱い。そのため、何発も撃ちこまなければ浄化できない。そのためスセリは何発も悪霊に撃ちこんだ。

 五発ほど撃ちこんだ瞬間、悪霊は浄化水晶の力で朽ちて消えてしまう。スセリはその消える最期の瞬間まで見つめていた。完全に消えた瞬間、スセリは小型拳銃を胸に当てた。

「成仏してください」

 悪霊の冥福を祈った。

 しかし安心している場合ではない。これから夜がやってくる。夜は悪霊が最も活発に動く時間帯だ。夜になれば問答無用でスセリに襲いかかる。休憩などさせてくれないだろう。

 昼はなるべく体力を温存する作戦に出る。

 これはミホから教えてもらった作戦だった。

 昼間でも浄化師は悪霊の気配を察知することができる。しかし、多くの人々が行き交う昼間では明るい上にはっきりと悪霊の姿を目で捉えることはできないため浄化はしない。悪霊の姿がはっきりと見える夜でないと浄化はしない。

「ミホ。なんとか朝まで耐え忍んでみせるから」

 スセリは一度木を背もたれに休憩した。



 そして決戦の夜が来た。

 スセリは持っていたライトのスイッチを入れると腰の金具に取り付けた。ここからは悪霊が活発的に動く時間帯になる。気を休めた瞬間に大怪我に繋がってしまう。

 スセリが歩く先に、邪悪な空気が流れる。

「?!」

 スセリはその空気の重さに思わずひるむ。小型拳銃の安全装置は外れたままだ。スセリは必死に目をこらす。そしてついに悪霊の姿を捉えた。

「いた・・・」

 スセリは先制攻撃とばかりに悪霊に弾丸を撃ち込む。すると悪霊が撃たれたところを抑えてスセリに向かう。

 悪霊はスセリを殺そうと手を伸ばして引き裂こうとする。しかし、スセリは走ってかわす。スセリは何発も弾丸を撃ち込まなくては浄化できない。一発だけでは意味がない。スセリは撃ち込むチャンスを狙う。

「小娘・・・!」

 悪霊がスセリを捕まえようと手を伸ばし、スセリは間一髪で逃れる。地面に転がり落ちて体に土がつく。

「今だ!」

 スセリが小型拳銃を構え、何発も撃ち続けた。すると悪霊は悲鳴をあげて消えていった。スセリは制服についたホコリを払い、上がる息を整えながら立った。そして、悪霊の前で手を合わせて尊敬の念を込めて祈る。

 悪霊も元は生きていた人間。浄化することは元の流れに戻すということだ。それをスセリはサトミから教わっている。

「・・・浄化できた」

 スセリは赤い浄化水晶に触れる。自分を信じてくれる人たちを感じられるものだ。必ずテストに合格すると誓ったのだった。

 スセリの匂いを嗅ぎつけて多くの悪霊が襲いかかる。スセリは必死に戦い、浄化を続けていく。ヒジリからもらった赤い浄化水晶の力も相まってスセリは何体も悪霊を倒していく。

 林の中にはスセリの放つ銃声とスセリが風をきる音だけが響いた。

 スセリはここまで自分でも体力が有り余っているなんて考えもしなかった。むしろ体力には自信がなかった方だ。テストに向けて体力作りも欠かさなかった。


 息が苦しい---! 胸が苦しい---! 足がガクガク震えてる---! 走り続けて足が痙攣し始めたんだ。でも、まだ夜が明けない! 頑張れ! 生きて生きて、必ず先輩たちのもとへ帰るんだ!


 スセリはそんな強い信念を持って悪霊を浄化し続けたのだった。



 あたりの悪霊は全て浄化したかのように感じた。

 またスセリの周りは静寂に包まれる。しかし、スセリは足を止めた。


 何?! この背中に突き刺すような視線は?! 他の悪霊とは違う! この重い空気は何?!


 スセリはゆっくりと後ろを振り返ると、暗闇から何かが伸びてスセリの頬をかすった。そしてスセリは勢いに押されて腰を打つ。スセリを襲った何かは素早く離れていく。

「私の知ってる悪霊とは違う!」

 スセリの頬から血がにじんでいる。まるで鋭利な刃物で切られたようなものだ。

 スセリの目に映ったのは、スセリよりも大きな悪霊が浮いていた。

「大きい?!」

 スセリが目を見開いて驚いていると、悪霊の手の爪が鋭利な刃物のようにキラリと光っていた。あの爪がスセリの頬を傷つけたものだというのに察しがついた。

「来たわね、小娘」

 悪霊が喋り出す。

「貴女、他とは違う匂いがするね」

 悪霊が近づく。するとスセリは一歩引く。小型拳銃を向けるが、引き金が引けない。スセリの中にある恐怖心がスセリを止まらせているのだ。

「お前のことを昼間ずっと見てたよ。真昼間は私らの姿は見えない。それなのに貴女は見えた! きっとお前を喰えば、もっと強い存在になれる! お前の肉を、喰わせろォ!」

 悪霊はスセリを喰わんと襲いかかる。スセリはかろうじて避ける。スセリは走りながら弾丸を撃ち込む機会を狙う。

 しかし、今までたくさんの悪霊と相対した。体力はほぼ残っていない。なんとか最後の力を振り絞って走っているに過ぎないのだ。今足を止めればもう動けなくなる。

「今だ!」

 スセリは隙を狙い何発か弾丸を撃ちこんだ。しかし悪霊はビクともしない。今までの悪霊はこの量の弾丸で浄化できていた。しかし、相手はまだ健在だ。

「なんで?!」

 スセリに焦りが生まれる。焦りはスセリの足元を狂わせ、スセリは地面に叩きつけられた。スセリの体に痛みが駆け巡る。骨は折れていないが全身打撲のような痛みが走った。

 転んだスセリを見て、悪霊は笑い出す。そしてスセリに近づいてくる。

「転んだ転んだ!」

 まるでスセリを面白がるように笑い出す。スセリは起き上がろうとするが起き上がれない。

「私に喰われな! 私はここで幾人の人間を喰ってきた! お前もその血肉となりなさい!」

 スセリに向かってあの刃が迫る。スセリはかわそうとしたがかすかに爪が脇腹を擦り、痛みが走る。白い服は一瞬で真っ赤に染まる。

 怪我だけはするな。

 ヨシキとの約束だった。しかしその約束はこの一撃で破られることになった。

 浄化師になるテストというのはここまで過酷なものなのか。スセリは思い知らされた。先輩たちもこの過酷な試練を乗り越えてここにいるのだと。

 そして多くの浄化師の命の礎の上にあるということを。


「私・・・死んじゃうのかな」


 スセリはそう呟いた。



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