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一度きりの甘いルージュの香り

作者: 天野 進志

 一度きりの甘いルージュの香り



 公園は、多くの人が行き交っていた。


 そこここにあるベンチには、年も性別も様々な人たちが、ぼくと同じように一人座っている。


 ぼくはそんな目に映る景色ではなく、ただ一つの事を思い出していた。


 あれは夢だったのだろうか。



 目を覚ますと、真っ白な天井だった。


 消毒のにおいがする所や、周りの雰囲気からすると、ここは病院のベッドなのだろうと思った。


 「目、覚ましたわね」


 言葉こそ優しかったが、低く強い女の人の声が聞こえた。


 女の顔が横から、ぼくをのぞき込んできた。


 若そうな女だった。


 刺すような目つきで、ぼくの目を見る。


 白衣を着ている。


 医者なのだろう。


 「大変だったわね」


 大変? 何が大変だったのだろう?


 「少し診させてもらうわ」


 さっきから決められたセリフのように言う。


 女は返事を待つ様子もなく、ぼくの服をたくし上げた。


 細い指で体の要所要所を、ぐっぐっと押す。


 「大丈夫そうね」


 今度は聴診器をあてる。


 聴診器が、機械のように体を動き回る。


 それがすむと、医者はぼくの服を元に戻した。


 「じゃあ、最後に熱を測るわね」


 そう言うと、ぼくの顔に自分の顔を近づけた。


 丸くふくらんだ、紅い唇だった。


 鼻をつくようなルージュの香りに、ぼくは目を閉じた。


 額が合わさる。


 ほんの数秒。


 「もう大丈夫ね」


 表情一つ変えない。


 一体なんなのか、どうしていいか分からなかった。


 続いて、ベッドの柵に固定していたぼくの手と足の金具を、これも事務的に外していった。


 そんな状態だったことに、ぼくは少しも気付いていなかった。


 そう思った途端に、気が遠のいた。


 それだけの、そこだけの記憶。



 目を覚ますと、ぼくは公園のベンチに座っていた。


 あちこちに監視カメラ。


 あの香りは夢だったのだろうか。


 ベンチには、ぼくと同じように一人で座っている人たちがいる。


 多くの人たちが、行き交っている。


 誰もぼくを知らない。


 ぼくは、甘いルージュの記憶しかない。

今、どこかで、こんな事が実際に行われているのではないだろうか。

そんな空想と妄想を、主人公の視点にしぼって、短いお話にしました。

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