お茶でも飲んでいくかね
桜井勝はごく普通の好々爺である。毎日孫と遊び、毎日ゴミ拾いをする、齢70の好々爺である。今日も今日とて、近所の公園のごみ拾いに行った後、行きつけのコンビニでポケットティッシュとブレスケアタブレットを買って家路についていた―――のだが。
キュギイッ!!キキキィィィィイイイイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!ぐわしゃぁああ!!ぶちゅ。
真っ白な空間。桜井勝の魂と、女神が対面している。
「桜井勝さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます。」
「はあ。」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
桜井勝(70)
レベル100
称号:転生者
保有スキル:お茶でも飲んでいくかね
HP:2
MP:99
「というわけで、いきなり草原に放り出されてしもうた…しょうくんとさなちゃんまっとるだろうなぁ。」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が好々爺の前に現れた!
「ほぉ。スライムかね。昔はゴミバケツに入っとったもんだが…。」
うろたえない、好々爺。
「ふうむ、保有スキルというのは、使えるもののようだが、お茶でも飲んでいくかね?」
うばほん!!!
草原に縁側とお盆に乗った緑茶、おせんべいとお饅頭セットが現れた!
「まあまあ、お座り。」
スライムは、遠慮しながらも縁側に腰かけた。腰だったのか!そこ!!!
「お茶は飲めるかい?このおせんべいはね、ばあさんが好きだったやつなんだよ。ばあさんはね、そりゃあ近所でも有名な美人さんでね、わしが初めて声をかけた日はね、うれしくてうれしくて…(以下略)」
スライムはおせんべいを食べ終わってお饅頭に手を出した。手だったのか!そこ!
「その饅頭はね、わしらの結婚式で配ったやつなんだよ。本当に幸せな結婚生活でね、孫も8人いてね、幸せなんだけど、ばあさんだけがいなくなってしまってね。はやくわしもばあさんに会いに行きたいんだけど健康でねえ…。ここにきてしまっては、孫にも会えなくなりそうだしねえ…。」
スライムは居た堪れなくなったので、お饅頭を食べた後、そっと好々爺をひとのみにした。すべてを消化した後、冷めたお茶を飲んで、スライムは少しだけ泣いたという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
好々爺は時間を巻き戻されて、コンビニ入り口前に立っていた。コンビニ前で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが、それに気づく様子はない。
好々爺はコンビニでポケットティッシュとブレスケアタブレットを買って家路についた。家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「もう少々早く通りかかっておったら…ばあさんの所に行ってたやもしれんのぅ…。」
好々爺は、毎日日替わりで孫たちの面倒を見ながら穏やかな生活を送っていましたが、敬老会ののど自慢大会で2位を取って以来歌うことにハマってしまい、週に2回のペースでカラオケに通い始めてからすっかり耳が遠くなり、何を言ってもただニコニコしているだけになってしまったのち、88歳の時カラオケルームで大音響の中眠っているのを発見されてそのまま息を引き取ったという事です。




