データ入力
水沼玲子はごく普通の事務員である。毎日書類にはんこを押し、毎日ボールペンをがめるおばちゃんたちと戦う、齢29の事務員である。今日も今日とて、きちんとファイリングしてあったはずの書庫がぐっちゃぐちゃになってたのを見つけてきっちり整頓しなおした後、行きつけのコンビニで鮭とばとバター飴を買って家路についていた―――のだが。
ギュウッ!ギュギューギュイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!ぐわしゃぁああ!!ぶちゅ。
真っ白な空間。水沼玲子の魂と、女神が対面している。
「水沼玲子さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます。」
「はあ。」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
水沼玲子(29)
レベル18
称号:転生者
保有スキル:データ入力
HP:20
MP:9
「というわけで、いきなり草原に放り出されてしまったみたいね…。」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が事務員の前に現れた!
「えっ!スライム?!武器も何もないのに!私闘えないよ?!」
うろたえる、事務員。
「あ、保有スキル!試してみたら…ってええ?!データ入力?!」
うばほん!!!
事務員がいつも使ってるデスクが出てきたぞ!!机の上にはおやつで食べてるかきピーものっている!
「ええと!!スライムについてのデータ入力!大きさは両手で抱えることができるぎりぎりくらい、直径約60センチ程度、水色で表面は水分を纏っており、目や口は見当たらない、やや怪しげな動きで接近するが、いきなり飛び掛ってこないあたり知性を感じないでもない。においはなく、声を発することはできない。よし、入力完了!」
事務員は入力完了のハンコをスライムに押した。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
事務員はスライムの体表の毒が手に付いてしまい絶命した。いつもの完璧な仕事ぶりが事務員の命を奪ってしまった!仕事ができるのも考えものだ!!スライムは、仕事はほどほどにするべきだなと思ったという。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
事務員は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが、それに気づく様子はない。
事務員はコンビニで鮭とばとバター飴を買って帰路に就いた。家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「ヤダ…もう少し早く通りかかってたらひかれてたかもしんない…気をつけないとねえ…。」
事務員は、与えられた仕事をきっちりとこなすだけでなく気が付いたところもきっちりと手を出して社内をどんどん改善していき、気が付いたら事務員の枠を飛び出して経営者になっていたのですが、家族経営の人事を揺るがす存在として恐れられてしまい突如解雇されたのち、小さな会社に転職し、大きな会社になった頃定年を迎え、おだやかな老後を送って73歳でこの世を去ったということです。
なお、解雇した会社はごく普通の零細企業として今も存在しているとのことです。




