翻訳
早川奈美恵はごく普通の翻訳家である。毎日英語の文章を読み、毎日誰にもまねのできないような心ときめく翻訳ができないか策を練る、齢58の翻訳家である。今日も今日とて、自分の解釈ですすめた翻訳に出版社から抗議が入ったことをひとしきり憤慨した後、行きつけのコンビニでスイートポテトと芋羊羹を買って帰路につこうとしていた―――のだが。
ギュキギッ!!ギュウキギュ―!!!
ドガ――――――――――――ん!!ぐわしゃぁああ!!ぶちゅ。
真っ白な空間。早川奈美恵の魂と、女神が対面している。
「早川奈美恵さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます。」
「はあ。」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
早川奈美恵(58)
レベル55
称号:転生者
保有スキル:翻訳
HP:6
MP:88
「というわけで、いきなり草原に放り出されるんだ、この年で…。」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が翻訳家の前に現れた!
「ひいいいいいっ!!!スライム出た、出たよ!!ちょっとまって!」
うろたえる、翻訳家。。
「あっ、保有スキル!!試したらどうかなるんじゃない?翻訳?!ええと、こんにちは!!」
―――こんにちは。
「食べないでください、私は食べられません。」
―――食べないでおきます。
「ありがとうございます、では失礼します。」
―――まるのみしますね。
スライムは翻訳家を丸のみした。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
翻訳家は時間を巻き戻されて、コンビニ入り口前に立っていた。コンビニ前で立ち止まった前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが、それに気づく様子はない。
翻訳家は行きつけのコンビニでスイートポテトと芋羊羹を買って店に戻ろうとしていた。店の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「もうすこし早く通りかかってたらひかれてたよ…もうじき長編小説の翻訳終わるのに完成しなくなるとこだった…こわ。」
翻訳家は、少々ごり押し感のある翻訳がぼちぼち取り上げられてたまに炎上することもあったのですがその勢いのある訳しっぷりのファンも多く、生涯を通して幅広い分野で英語作品を独特の日本語の言葉に直し続け、76歳でこの世を去ったということです。
なお、生涯に訳した本数は物語、映画、ゲーム、すべて合わせて2000本を越えたとのことです




