円周率
幸田遥はごく普通の数学教師である。毎日中学校に行って、毎日因数分解を教える、齢29の数学教師である。今日も今日とて、中学校帰りに、行きつけのコンビニでエナジードリンクとシャーペンの芯を買って家路についていた―――のだが。
キキキキイイ!!キイイイイイイイイイイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!ぐわしゃぁああ!!ぶちゅ。
真っ白な空間。幸田遥の魂と、女神が対面している。
「幸田遥さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます。」
「はあ。」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
幸田遥(29)
レベル8
称号:転生者
保有スキル:円周率
HP:34
MP:22
「というわけで、いきなり草原に放り出されてしまうとか、困ったことになりましたね、うむむ…。」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が数学教師の前に現れた!
「わっ!目の前にスライムがっ!武器も何もないのにっ!!この場合の、対処法っ!!!」
うろたえる、数学教師。
「そういえば、保有スキルを試してない!!よし!!円周率ぅー!」
スライムは、今にも襲い掛かろうとしている!
「まずい!!ええと、3.14っ!」
ぴちゅっ!!
スライムは、ほんのちょっとダメージを受けた!
「おお?!効いている!!よーし!! 3.141592653589793238462643383279528・・・」
ブ、ブー
不正解音が鳴り響き、攻撃は失敗に終わった。スライムは容赦なく数学教師を飲み込んだ。体を溶かされながら、5028のゼロを忘れていたことに気が付いたが、もう声を発することはできなくなっていた。スライムは、数学教師を捕食すると、真ん丸になって地の果てまで転がっていった。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
数学教師は時間を巻き戻されて、コンビニ入り口前に立っていた。コンビニ前で立ち止まった時に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが、それに気づく様子はない。
数学教師はコンビニでエナジードリンクとシャーペンの芯を買って家路についた。家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「もう少し早く通りかかっていたらひかれていた可能性が高い。危ないなあ、気をつけないと…!」
数学教師は、方程式が解けずに赤点を取っていた生徒に熱心に寄り添って数式の魅力を伝授することに成功し、物理学方面のプロとして活躍するようになったことを数学嫌いな子供たちに自慢し続け定年まで勤め上げたのち、かねてからの念願であった素数で人生を終えたいという願いを叶え、89歳で人生を終えたとのことです。




