6 方針
ざわざわざわ。
朝の喧騒が私たちを包みます。
「とりあえず、何か買って馬車で食べようか。」
「そうですね。これでははぐれてしまいそうです。」
「では、お嬢様と友人様は先に馬車へ。私が朝食を見繕ってきます。友人様はなにかお召し上がりになれないものはございますか?」
「特にないよ。ここは君の侍女のお言葉に甘えさせてもらおう。いいかな?」
「えぇ。アン、お願いね。」
「かしこまりました。」
私たちはその場でアンと分かれて、馬車に向かいました。
馬車を預けている場所も混雑していました。どこにいっても人ばかりですね。
「あった、あの馬車だ。」
「中で待っていましょうか。外にいてもすることもないですし。」
「そうだね。」
冷たい風が吹いているので、外で待っていては風邪をひきます。私たちは、馬車の中でアンを待つことにしました。
「風が遮られるだけで、ずいぶん違うね。それにしても、隣の国なのにここまで寒さが違うとは、驚いたよ。この国では、もう雪が降るかもしれないね。」
「そうですね。我が国も寒い季節になりましたが、まだ雪の降る気配はありませんでした。この国の気候に耐えられるか不安ですね、長く滞在する気はありませんが。」
「そうだね。なるべく早く・・・あの現象を解決しないとね。」
「その話ですが、あの現象を引き起こしたものに心当たりがあります。お母様が国の危機だとおっしゃっていたのを踏まえると、七禁書ではないかと。」
「やっぱり、レナもそう思う?」
どうやら、ディーも同じことを考えていたようです。私は、乙女ゲームの知識ですけどね。
「ここでは人の耳があります。そのお話は道中お話しするべきかと。」
「アン!」
唐突に馬車の中へひょっこり顔を出したアンに、私とディーは驚きました。
「そうだね。なら、王都に向かってくれるかい?理由は道すがら話そう。」
「・・・」
「アン、王都に向かってくれる?」
「かしこまりました。では、お話の合間にでも、これをお召し上がりください。」
アンは、3つ紙袋を馬車の中に置き、お茶の用意を始めました。
私は、置かれた紙袋の一つを開けます。まだ温かいそれは、串焼きでした。おいしそうですが、何のお肉か気になりますね。アンが選んだものなので、変なお肉ではないでしょうが。
「こっちはパンか。焼きたてだね、おいしそうだ。」
ディーも私と同じように紙袋の中を見ています。
アンは、お茶を蒸らしている間に、ナプキンを私とディーの前に用意してくださいました。そして、最後の紙袋の中から、リンゴを出してディーのナプキンの上に置きました。
「ありがとう。レナ、パンは丸パンと白パンどっちがいい?」
「白パンで。」
「はい、白パンね。」
私のナプキンの上に、白パンが置かれます。ところで、丸パンって何のパンでしょうか?丸い形の普通のパンのようです。
「お嬢様、どうぞ。」
アンは、私にウサギ型に切ったリンゴを、並べて見せてくださいました。可愛いです。
「ありがとう!アンは、本当に手先が器用ね。」
「喜んでいただけて嬉しいです。では、お茶も用意させていただいたので、出発いたしますね。御用の際はいつでもお呼びください。」
「アンも一緒に食べましょうよ。」
「お気持ちだけ頂きます。先を急ぐべきかと思いますので。私は御者をしながら済ませますので、お気遣いなく。」
無表情でそう言って、アンは馬車の外へと行ってしまいました。
間を置くことなく、馬車が動き始めます。
「レナ、さっきからそこからいい匂いがしてるけど、何が入ってるの?」
「串焼きよ。」
「一本もらっていい?」
「えぇ。たくさんあるから、好きなだけ食べられますよ?」
紙袋を差し出すと、ディーは迷わず一本取って口に運びます。私もそれを見て、つくねのようなものが刺さった串を取りました。
「それで、七禁書の話だけど。我が国にある七禁書の話は知ってる?」
「はい。喰らいの書ですよね?」
「うん、それだけ?」
「・・・そうですね、名前くらいしか。どのような魔法が発動するかなどは、知りません。」
「それは、発動させないと分からないよ。実は、喰らいの書の他に、とある禁書が我が国にあったらしい。その禁書が、喰らいの書に対抗する禁書だとか。」
「本当ですか!なら、それを使えば!・・・え、禁書?」
「そう、禁書なんだよ、それも。禁書っていうのは、知っての通り使用を禁じられた魔法書で、許可なく手にしただけで罰せられる。まぁ、国の危機なら、そのことには目をつぶってもらえると思うけど。」
「そうですよね。」
国の危機を救うためなら、許される行為だとは思います。しかし、私は悪役令嬢、何が起こるかわかりません。罪状の一つに、禁書の使用が加わる・・・あの夢は、正夢だったのでしょうか?違いますけどね。あれは、ただの断罪イベントの一つです。
「その禁書なんだけど、今我が国にはないらしい。隣国との友好関係を築くために、隣国へ贈ったそうだよ。」
「なら、この国にあるということですね。だからお母様は・・・」
「・・・そういえば、その母君のお兄様が、この国の伯爵家を継いだらしいね。」
「お母様のお兄様・・・私にとっては、伯父ということになりますね。そうなのですか。私の伯父が、この国の伯爵・・・」
「知らなかったんだね。私は、とりあえずその伯爵に会いに行くべきと思うけど、会ったこともないと不安だね。」
「ごめんなさい。」
「あぁ、責めているわけではないよ!ただ、面会できるかどうか。ま、やってみよう。」
ふと思いましたが、私ではなくディーこそが、国を救うのにふさわしいのではないかと思います。現時点で私が役に立ったのは、隣国に何事もなく入国できたということだけです。それも、ほとんどアンが手配してくださったものですし。私、役立たずですね。
乙女ゲームの知識も、あまり役には立ちませんでしたし・・・
「レナ、なんで落ち込むの?」
「・・・私が役に立てていないので。お母様に、未来の王妃とまで言われて、国を救うよう指示されたのは私です・・・が、現状何の役にも立てていません。」
「役に立っていないとは、私は思わないよ。だって、そもそも君が動かなければ、私も君の侍女も動かなかったんだよ?」
「え?」
「いや、だって君が行くというから、私は付いてきたんだよ。君を守るために。アンも同じじゃないかな?」
「・・・でも、ディー・・・国の危機ですよ?そういわれたら、動きますよね?」
私が国の危機を強調して聞きますと、ディーはわかっていないと、笑いました。
「国の危機といわれても、救おうとは思わないよ。だって、そんな力私にはないもの。」
「それは、私だって・・・」
「でも、救おうって、思ったんだよね?」
「・・・はい。」
「それが君のすごいところだよ。そして、君にはそれができるだけの何かがあると、私は思っている。」
国を救うなんて、大それたこと思えるほど私の力はありません。それでも、私は本気で救う気でいました。今思えば、馬鹿だと思います。
「だから、なんでまた落ち込むんだい?未来の王妃様。」
「・・・そういわれて、きっと舞い上がっていたのです。恥ずかしい限りです。」
「それは、今言うことではないよ、レナ。この国で、やるだけやって、もう何もできないって思ったとき言えばいい。たぶん、そんなときは来ないと思うけどね。」
「なんで、そこだけ自信満々なの?」
「信用しているから。」
その信用はどこから来るのでしょうか。
「レナも、信用しているから、世界を救う気になったんじゃないの?」
「信用・・・誰をですか?」
「君の母君だよ。」
「あ・・・」
そうです。私は、お母様に国を救うよう言われたのです。それが、私の自信。
思い出しました。
そうです、私が何より信用するお母様が、私にできると思って国を救えと指示を出したのです。だから、私はただそうすればいいのです。できることなのですから。