4 理想の王子様
隣国の服屋に、私はディーと共に入りました。どうやらここは、少し裕福な庶民が利用する場所のようです。貴族の利用する店とは扱う品も店員の質も異なりますが、それでも店内は清潔で、気持ちの良い空間となっています。
「おや、別嬪さん。騎士の旦那さまとデートかい?」
「え?」
「そうなんだ。今日は僕の誕生日でね。それを聞いた彼女が一緒に外套を選んでくれるといってね。」
「そうなの、ならこちらへどうぞ。外套はこのあたりにそろえてあるわ。ごゆっくり。」
「ありがとう。」
デートという言葉に気を使ったのだろう。店員は少し離れた場所でこちらの様子をうかがっていた。
「早く選んでしまおう。」
「えぇ。なるべく目立たない色の方がいいかしら?・・・でも、ディーはかっこいいから、どっちにしろ目立ってしまうわね。」
「かっこいい?」
「あ、ごめんなさい。女の子にかっこいいは、失礼かしら?」
「さぁ?他の女性がどうかはわからないけど、私はうれしいよ。かっこいいって言われると、自分を認めてもらっているって気がするんだ。ありがとう。」
「ならよかった。ディーはかっこいいわ!私の理想の王子様がそのまま出てきた、というくらい、私はあなたの容姿が好きだわ。あ、もちろん、あなたの優しいところや、気遣いのできるところ、剣が強いところとか・・・全部好きよ!」
「・・・ありがとう。」
少し頬を赤らめて、ディーはそっぽを向いてしまいました。褒められても、いつも笑顔を向けて礼を言う彼女には珍しい反応です。
「なら、レナの理想の王子様は、どの色のコートが似合うかな?」
「うーん・・・この中でなら、これね。」
私は、抑え目の青色のコートを手に取りました。本当はもっと鮮やかで、作りの凝ったものがよかったのですが、ここは庶民の店。これくらいの妥協は必要でしょう。
「私の瞳の色と同じだね。そして・・・」
ディーは私の瞳を覗き込みます。
「君の色でもある。」
「・・・そうね。」
そう、私の瞳の色も青色なのです。ちなみに、髪は銀色で、我ながらきれいな髪だと思っています。アンが丁寧に手入れをしてくれるおかげですね。
「選んでくれて、ありがとう。これにするよ。」
私に一瞬微笑んだ後、ディーは店員に買う旨を伝えました。
無事、コートを買い終えた私たちは、集合場所である広場に行きました。そこでは、すでにアンが待機しており、私たちの姿を見ると駆け寄ってきました。
「お嬢様、馬車の準備が整いました。ご案内いたします。」
「ありがとう、アン。でも、どこへ向かえばいいのかしら・・・」
「本日中に移動できる場所は限られておりますので、アンに任せていただけませんか?」
「そうね。任せるわ。ディーもそれでいい?」
「あぁ。」
全員納得し、私たちは馬車に乗り込みました。御者はアンが務めてくれます。
見た目はぼろいですが、しっかりしたつくりの馬車は、中はとても清潔で匂いなどもありません。クッションもいくつか用意されていますので、想像よりは楽な旅路になりそうです。アンに感謝ですね。
「では、出発します。」
ゆっくりと動き始めました。まだ街中ですからね。
「それで、これからどうするつもりだい?とりあえず、我が国は危機に瀕しているらしく、それを救うすべがこの隣国にあることは理解したよ。でも、そのすべとは何だろう?何か、思いつくものはあるかい?」
「そうですね・・・洞窟の中でも考えていたのですが・・・お母様から隣国の話など聞いたことがありませんの。私が知っていると、お母様は確信している様子でしたが・・・こころあたりがありませんわ。」
「・・・なら、もう一度君の母君の言葉を思い出してみるしかないね。そこに何かヒントがあるかもしれない。」
「そうですね。今日のお茶会は、急遽ひらかれたものでした。」
「?それは、今日母君にお茶に誘われたということかい?なら、私とは2人きりでお茶をするつもりだったんだね。」
「いいえ。実は、あなたを呼んだのはお母様ですの。」
「・・・それは、本当かい?私のもとには、昨日招待状が届いたんだけど・・・その招待状の筆跡は君のものだったよ。」
「え・・・名前を使われただけでなく、筆跡も同じだったと?」
「そう。君とは何度も手紙のやり取りをしているわけだし、私が君の筆跡を見間違えることはないと思うけど・・・とりあえずそれは置いておくよ。招待状が届いたのが昨日というのも、不思議だと思わないかい?」
「・・・確かに。不思議だと思うけど、それは家族ですから当日でいいかと、後回しにしただけかもしれません。」
「そうだね。その可能性もあるか。なら、この問題はひとまず流して、他に母君は何か言っていたかい?」
少しだけ招待状の話は引っ掛かりますが、それは頭の中から追い出します。筆跡のことは、私の書き損じの手紙を使った、筆跡をまねて書いただけ、という理由で無理やり納得させ、お茶会でのことを思い出させます。
「最初は、2人だけのお茶会でした。給仕もアンだけで・・・いつもなら、お母様の侍女もいるのですが・・・話の内容は、大したものではありませんでした。ただ、お母様のお顔の色が悪かったですね。私も悪かったので、お互い様ですが。」
「それは、何か悩み事でもあったの?私でよければ相談に乗るよ。」
「ありがとう、でも大丈夫よ。お母様にも、そう聞かれました。その後は、褒められましたね。良い娘・・・立派な王妃になれると。嬉しかったです。」
同時に、苦しかったですけどね。だって、王妃になれない可能性があるのですから。
「それから、ハインリヒ様と上手くいっているか聞かれました。」
「なんて答えたの?」
「・・・悪くはなっていないはずと。」
「そう。確かに、上手くいっているとは私も思わない。原因はわかっているよね?」
ヒロインが登場したからです。そのせいで、私が近づけません。恐ろしいヒロインの前には、悪役令嬢はしっぽを巻いて逃げるしかないのです。
「なぜ、ハインリヒを避けているの?彼は、君に何かしたのかな?」
「そ、それは・・・」
ディーは怒っているようです。いつもより声が低く、まとう空気も重いものになりました。ディーは王子とヒロインの友人でもあります。友人思いのディーは、王子を避ける私を責めているのでしょうか?それとも、ヒロインに何かあったのでしょうか?
「何か、したんだね?」
「いいえ!何もいたしていません!過ちなど犯していません!」
本当に、ヒロインには手を出していません。もちろん、彼女の私物にも。足も出していませんし、視線で攻撃などもしていません!
「過ちだと!?」
「ひぃっ!?」
声を荒げるディーが怖くて、つい情けない声が漏れてしまいました。
そんな私を、彼は困ったように見て、抱きしめました。
「ごめん、怖かったね。怖がらせて悪かった。君は、何も悪くない。」
「で、ディー・・・」
背中をさすり、私を落ち着かせようとしてくれているのでしょう。その試みは、成功しました。私の恐怖は払しょくされ、今は落ち着いていられます。
「大丈夫だよ、レナ。私が守るから・・・言って辛くなるなら言わなくていい。でも、楽になるのなら、どうか話して欲しい。」
「・・・はい?」
「ハインリヒに、何をされた?」
「・・・?いいえ、何も。」
「そうか。」
優しくそう呟いて、ディーは私の頭を優しくなでてくださいました。それが思いのほか気持ちがよくて、いつの間にか私は意識を失っていました。眠ってしまったのです。
「ハインリヒ・・・次会うときは、貴様の最後だ。」
眠ってしまったヘレーナを起こさないように小さな声で、しかしはっきりとベネディクトは呟いた。その目はどこまでも冷たく、氷の様だった。
「・・・殺す。」
馬車の中の会話を聞いていた侍女アンも、無表情ながらその瞳に怒りを宿して、宣言した。