29 復讐者 ヘレーナ
婚約者を愛しているかですって?
さて、どうでしょうか。
登校して、自分の席に私は座ります。
いつもすぐに挨拶をして近づいてくる取り巻き達ですが、このところは遠くから困ったように私の顔をうかがうだけです。親を失った同級生への接し方が分からないようでした。
私も一人になりたかったので、この状況を放っておきましたが、昼食の時間だけは共にしていました。流石に公爵令嬢に一人で食事をさせるわけにはいかないと思ったのでしょう。
ぎこちない会話が私の隣で行われますが、私はただ聞き流し会話には加わりません。
考えなくてはいけないことがありました。
これからどうするのかを。禁術を使用して、再びお母様に会うか、このまま生きるか。2つに一つです。
自宅に戻れば、ここでも居心地の悪い空気に包まれました。使用人たちも、私への接し方を悩んでいるようです。今は、必要最低限の会話しか致しません。前は、少しくらい世間話も致しましたのに。
今日も同じかと、部屋で考え事をしている私を、一人のメイドが話しかけてきました。
少しは気分転換になるかもしれないと思っていましたが、メイドの表情を見て私は顔を険しくしました。メイドの顔は真っ青だったのです。
「体調が悪そうね、もう休んだら?話なら明日聞くわ。」
「い、いいえ。これは、心の問題ですので。どうか、話をさせては頂けませんでしょうか?」
「・・・わかったわ。ただ、せめてソファに腰を掛けてくれるかしら?これで倒れられたわ、貴重な働き手が使い物にならなくなってしまうかもしれないわ。」
「あ、ありがとうございます。では、失礼いたします。」
そう言って、メイドは深く礼をした後にソファに浅く腰を掛けました。背筋は緊張して不自然に伸びています。先ほどとは違って、倒れそうな印象はもうなく、顔は青いままですが覚悟を決めた顔をしていました。
これから、一体何が話されるのでしょうか?
「お嬢様は・・・奥様の死因をご存じでしょうか?」
「・・・それは、どういうことかしら?いいえ、まずは質問に応えましょう。死因は、病死と聞いているわ。」
そう口にして、何か違和感を感じました。ですが、まずはメイドの話を聞くことにしましょう。
「そう、ですよね。でも・・・私、見たんです。アンの服に血がついていて・・・ほんの少しだったのですが、エプロンのお腹あたりについていたんです。その時は、なんとも思いませんでした。けがをしたのだと思ったのです。ですが、そのあと旦那様に呼ばれたんです。」
アンとは、このメイドの同僚にあたります。私とは、特に交流はなく、雑談をすることもない、見かけたことがある程度の関係です。
「部屋を掃除してほしいと。ワインをこぼしたなんて、おっしゃるんです。奥様の部屋で。」
「・・・それは、どういう意味かしら?」
「わかりません。でも、私は変だと感じました。もともと、旦那様は奥様と交流がほとんどありません・・・それに、掃除を頼むなら奥様が手配すると思うのですよ。」
「そうね。それで、お母様の部屋で、あなたは何を目にしたの?」
「・・・部屋は、ワインの匂いが充満していました。実際、ボトル2つ分のワインがこぼれていて、カーペットを交換することに致しました。旦那様にあらかじめ指示をされたのです。奥様は、部屋にはおられませんでした。」
「・・・わかったわ。確か、お母様は中庭で発見されたと言っていたわね。」
「はい。」
「他に、何か変わったことは?」
「・・・葬儀の後、私はワインのこぼれたカーペットを、探したのですが・・・もう、処分された後でした。」
お母様の葬儀で慌ただしいというのに、カーペットの処分など後回しにしてもいいことを、速やかに行っていたというのは怪しいですね。
ワインのこぼれたカーペット。それも、2本もこぼすことなんて、そうそうありません。何かがあったと言っているようなものです。
ワインは、匂い消し・・・血の匂いを消すために使ったのでしょうか?お母様が部屋で殺されたのならの話ですが。
「あ、あと・・・すいません、これは関係がありませんでした。」
「何かあったの?関係のないことでも怒らないから、とりあえず話してくれるかしら?」
「わかりました。でも、本当に関係ないと思います。実は、葬儀が終わった後、お嬢様のベッドの上に、奥様の部屋に置いてあった人形が転がっていたのです。・・・すみません、気味の悪いお話ですよね。」
「人形・・・あぁ、そういうことね。わかったわ。話をしてくれてありがとう。今日はもうさがっていいわ、私も考えたいことがたくさんあるから。」
「はい。失礼いたします。」
メイドは、入ってきた時よりも軽い足取りで部屋を出て行きました。
さて、もう・・・これは確定ですね。お父様には、愛人がいるので怪しいとは思っていました。だから、お母様が邪魔で・・・なんてことも考えていました。病気なんて、信じられないって気持ちがあって、お父様が怪しいと思っていたのです。
血がついていた、アンというメイドが実行犯でしょうか?ですが、それは関係のないことですね。問題は誰が殺したのではなく、誰が殺したいと思ったか、です。
人形については、お母様が私に手紙を書くために使ったのでしょう。なぜ、死んだお母様が手紙を書けたのか。それは、お母様が禁術を使って、人形の体で手紙を書いたからです。
「さて、お父様・・・覚悟はできているのでしょうか。」
お母様を殺したのです。娘に復讐される覚悟は、もちろんできていますよね?
「問題は、どうやって復讐を成し遂げるか、ですわね。愛人を殺してしまえば、復讐になるかしら?確か、踊り子だったわね。」
お父様が守りに入っていなければ、簡単に殺せそうですわ。
「でも、お父様は、また愛するかもしれませんね。お母様を裏切って踊り子を愛したのですから、踊り子が消えれば別の女性を愛すかもしません。それでは、復讐になりません。」
どうすればいいのか、いい案が浮かばないまま私は眠りにつきました。
次の日、いつものように取り巻きを引き連れて昼食をとろうと、カフェテリアに向かっている時でした。
中庭と校庭の間にある渡り廊下を歩いている時、取り巻きが声をあげました。
「あの女、こんな時に。」
「ちょ、今はだめだって。」
声をあげた取り巻きの口を、別の取り巻きがふさぎます。私は、取り巻き立ちの会話を聞き流していましたが、異様な空気を感じ取って声をあげた取り巻きの視線をたどります。
そこには、日のあたるベンチに並んで座る、仲睦まじい姿の男女がいました。
皆様の期待を裏切らず、王子とマリアですわ。
その時、何かが割れたような気がしました。私の中の何かが、粉々になってしまったような感覚に陥って、それから何かがはまりました。
はまったものは、復讐に必要なピース。
「へ、ヘレーナ様!?」
取り巻きたちは、昨日のメイドのように青ざめていました。失礼ですわね、私は今、笑っていますのよ?とっても気分がいいですわ。
悩んでいたのが馬鹿らしい。
禁術?使おうではありませんか。どうせ、この後の未来など望むものではないのですから。
復讐?もちろん完遂させますわ。だって、そういうものでしょう?
王子?ただの道具ですわ。復讐に使えそうな道具。せいぜい、私の役に立ってくださいな、私の婚約者様。




