28 悪女ヘレーナ
婚約者を愛しているかですって?もちろん・・・愛していますわ。これは、きっと愛なのでしょう。あの方が私の姿を映し、私に声をかける度に私は満たされます。
そして、強い感情を私にぶつけるのです。それがたまらなく嬉しいのです。
もっと、怒りを向けてください。
ただ、義務的に接せられるより、そちらの方がどれだけいいことか。一度知ってしまえば、もう義務では満足できないのです。
王子を怒らせるために、王子の大切なマリアを傷つけることが私の日課になりました。
今日は何をいたしましょうか?
通りすがりに罵倒するのもいいですし、肩をぶつけるのも悪くありません。そういえば今日は実践授業がありましたね。
実践授業では、制服から動きやすい服装に着替えて授業を受けます。
「制服を使い物にならないようにして差し上げましょう。」
制服がなければ、私服で授業を受けなければなりません。制服姿の同級生の中、一人だけ私服姿。恥ずかしくて仕方がないでしょうね。それに、この学園の制服は高額です。男爵家が、もう一着買うのは苦労することでしょう。
娘が使用人の真似事をしなければならないほどの、貧乏なお家柄ですからね。
私は、今日の方針を決めて、取り巻きにそれを告げようとしました。しかし、丁度先生に呼ばれてしまい、私は仕方なく先生と共に空き教室へと行きました。
「先生、何の御用でしょうか?」
「ヘレーナ、落ち着いて聞くんだ。君の母君が・・・」
―――亡くなった。
曇天の中、速やかに行われた葬儀が終わり、私は呆然と墓標の前に立っています。
「お母様、どこに行かれてしまったのですか?」
「ヘレーナ・・・」
私の呟きを聞いた背後の人物は、痛ましそうに私の名を呼びます。
喪主の父、葬列客がすでに去った中、一人墓の前にたたずむ私を心配した王子が、ずっと背後に立っていました。
「君の母君は・・・残念だった。俺も義理の母として、これから多くのことを語り合いたかったが・・・もう、それはできない。もう、母君とは会えないんだ。」
「・・・ここにいても仕方がありませんね。」
「そうだな。冷えてきた、今日は部屋でゆっくりするといい。俺も、そばにいよう。」
王子が私に手を差し出します。それを一瞥して、私は首を振りました。
「ありがとうございます。ですが、結構です。」
「え?」
「失礼いたします。」
完璧な淑女の礼を披露し、私は王子の横を通り過ぎました。
部屋に戻り、私はソファに腰を掛けます。すると、侍女がお茶の用意を始めました。
それにしても、お母様はどこに行かれたのでしょうか?お母様の体には、お母様の魂がありませんでした。一体どこへ?
少し、探してみましょうか。
「今日はいいわ。もう、寝ることにします。夕食もいらないわ。」
「・・・承知いたしました。」
茶器を片付けて、侍女は部屋を出て行きました。
私は、立ち上がってベッドの上に横になります。すると、枕の下からカサリという音が聞こえました。何でしょうか?
「・・・手紙?」
可愛らしいピンクの封筒を見つけた私は、立ち上がって机に置いてあるペーパーナイフを使って、手紙を開封しました。
差出人は書かれていませんが、誰が書いたのかは一目瞭然だったので、特に警戒はせずに開封します。
愛しい子。最近は、少し歪んでいるものの、愛を知り成長したあなたに提案があります。一緒にやり直しましょう、レナ。
だって、あなたともっと話したいことがたくさんあるもの。私とあなたの時間が20年に満たないなんて、なんてひどい話でしょう。
だから、やり直しましょう。
あなたに、禁術の秘密を一つ、教えて差し上げます。きっと、また会えると信じて、私は先に行きます。
我が一族の禁術「支配」を使って、いつか幸せを手に入れましょう。
差出人は、やはりお母様でした。
「幸せ・・・幸せを手に入れるですか。」
つまり、私は今不幸せなのです。でも、少し前までは違いました。
お母様が生きていたころは、幸せでした。手に入れるまでもなく、幸せでした。
私は、手紙を最後まで読まずに閉じました。それは、最後の理性がそうさせたのです。
私は禁血で、膨大な魔力を持っています。そして、禁術も持っています。ですが、禁術とは、危険なものだからこそ禁術なのです。それを使用することの危険性は、何度かお母様から学びました。
人に流されて使っていいものではありません。自分の欲望に流されて、使っていいものではありません。よく考えて使わねばならない代物です。
「ひとまず、保留と行きましょうか。」
私は、机の引き出しに手紙をしまって、ベッドの上に寝転がります。
ちょうど、雨が降ってきて、窓に雨粒がぶつかる音が部屋に響きます。
「・・・もう、ここにはいないのですね。」
目をつぶれば、お母様の姿が浮かびます。いつも優しい笑顔で、私の話を嬉しそうに聞いて、マリアに対する意地悪の話は少し困った顔をなさって、それでも優しく笑って頭をなでてくださったお母様。もう、そんなお母様も・・・
「いないのですね・・・」
もう会えないのですね。もう、笑顔を見られないのですね。もう、話を聞いてもらうことも、聞くこともできないのですね。もう、頭をなでてもらえないのですね。もう、そばにいないのですね。
「あぁ・・・なんで。」
お母様の遺体を目にしても、お墓を前にしても、葬儀を行っている時も、流れなかった涙が、零れ落ちました。
「なんで、先に行ってしまわれたのですか・・・一緒に行きたかったです。そしたら、保留なんて考えも浮かばずに、付いていけたのに!」
私の嘆きは、誰にも聞かれることなく雨音に消されました。




