25 王子をください
やっとのことで、出口の扉の前まで来ました。そこには、王が騎士たちに守られて立っています。
「ハインリヒ、お前はさっさとここを出て、外の混乱した貴族がおかしなことをしでかさないよう見張っておけ。」
「わかりました。しかし、陛下はどうなさるおつもりですか?」
「あれを止めるために指揮をする。公爵、お主にも手伝ってもらうぞ。」
「へ、陛下!?わ、私は剣の腕も魔法の才もありません!王子についていたほうがお役に立てると思います。」
「肉壁になれ。あれは、お前の妻だろう・・・妻のしたことの責任を取れ。」
「そんな・・・あんな女、ただの政略結婚で・・・私には、愛した女性がいるのに、あんな女のために!」
「やめてください、公爵。レナ、もう行こう。ディーも、レナの護衛のために一緒に来てくれ。」
「あぁ、そのつもりだよ。」
父のひどい言葉を聞かせない為でしょうか、王子は私を連れてこの場を去ろうとしています。ですが、それでは駄目なのです。
ここで、父が肉壁になって死んでしまえば、せっかくここまで生かしてきた意味がありません。
「お待ちください。陛下、母は・・・公爵夫人は私が止めます。」
「何を言っている?」
「レナ!」
「レナ、やめるんだ。俺と一緒に行こう。君が責任を感じる必要はないんだ。俺と一緒に、俺の傍にいてくれ。頼むから・・・」
「ハインリヒ様。」
「っ!」
私は、王子に笑顔を向けました。口元だけ笑みの形を作った嘘の笑みを。
「邪魔をなさらないでください。私はあなたのことを愛していますが、これを邪魔されるのは・・・少し癇にさわります。」
「れ、レナ・・・」
「陛下、どうか私たちの邪魔はなさらないでください。これは、お願いではなく警告です。」
「・・・親子だな。全く無礼な物言いだ、口だけの馬鹿であるなら、戻ってきたとき相応の罰を与えさせてもらう。示しは必要だからな。」
「どうぞお好きなように。・・・陛下、もし国を救うことが・・・母を止めることができたのなら、褒章を頂けますか?」
「褒章だと?」
「はい。ハインリヒ様を頂戴いたします。」
「っ・・・レナ。」
顔を赤くして、王子はそっぽを向いてしまいました。この反応だと、王子の心的には問題がなさそうですね。嬉しい限りです。
「それは、褒章にならないであろう。もとより、ハインリヒとお主は婚約状態。つまり、ほぼ手に入っているも同然なのだ。」
「ですが、私はもう公爵令嬢ではありません。貴族ではないただの娘です。ですから、王妃の座に座ることはできませんでしょうし・・・ハインリヒ様だけを頂こうかと思いまして。」
「・・・お前には王妃の座についてもらう。この国は死の雪で混乱した。そんな国を立て直せ。それが、お前の義務だ。」
義務ですか。私は、公爵令嬢ではない、ただの平民の娘だと主張しているのですが、公爵夫人が起こした事件のしりぬぐいをしなければならないようです。
「かまいません。私は、ハインリヒ様と結ばれたいだけですから、それが叶うのなら面倒ごとをすべて引き受けましょう。」
「・・・っ。それは、本当か、レナ?」
「ハインリヒ様は、私の言葉をちっとも信用なさってくださいませんね。しっかりと私の心は言葉にしているはずなのですが。」
「それは、確かに何度も好意を聞いたが・・・君の態度が・・・最近は俺を避けているようだし・・・それが不安で。」
確かに、マリアが学校に現れてからは、マリアと一緒にいるハインリヒ様は避けていましたね。ですが、これは仕方がないこと。悪役令嬢がヒロインを避けるのは・・・あ、私悪役令嬢ではなかったですね。ここは、ゲームの世界でも何でもないのですから。
「もう避けたりしませんので、安心してください。安心して、私に愛されてください、ハインリヒ様。」
「・・・レナ!君は・・・なんてかわいいことを。いいや、かっこいいことか?どっちでもいい!とにかく、これからは君の愛を疑わない!だって、俺だけを望むとまで言ってくれたんだからな。俺だって、君だけを望む・・・君だけを愛させてくれ!」
「ハインリヒ様・・・」
私だけを愛させてほしいだなんて、私が最も欲しい言葉です。何度も繰り返したあなたとの日々ですが、いつもあなたは欲しい言葉をくださいませんでした。やっと、頂けたのですね・・・
「それで、ヘレーナ嬢・・・どのようにして止めるつもりだ?」
「それは、お母様の反応次第ですね。反応次第で、禁書を奪うか、命を奪うか決めます。」
「・・・これも、公爵夫人の手のひらの上なのか?」
「この状況のことですよね?恐らくそうだと思います。」
誰一人近づけようとしないお母様。まぁ、誰かに接近されれば捕まるのでそれは当たり前ですが・・・あの場にとどまっているのは、誰かに自分を止めさせるためでしょう。でなければ、どうにか脱出する術をあらかじめ考えて脱出しているはずです。
お父様が死んでいないのも、お母様の考えだと思っています。当然ですよね、お母様はお父様を愛しているのですから。
私は、お母様が生かしたいと考えているからこそ、お父様を助けました。それが大きな理由で、実はもう一つありますが・・・それはいいでしょう。
「そろそろ行きますね。おそらく、お母様は私を待っていると思うので。」
「・・・まかせた。」
「待ってくれ、レナ。俺も行く。」
「お前はだめだ。」
「親父!」
「見届けるのは譲る。混乱した貴族を見張るのは私がやる。お前は、ヘレーナ嬢がなすことを見守れ。おそらく、ヘレーナ嬢にとって、今はお前が邪魔だ。」
「・・・そうなのか、レナ?」
「邪魔・・・というより心配なのです。あの白い玉に魔力だけでなく生命を吸われてしまうのではないかと・・・おそらく、ハインリヒ様は3度程度しか耐えられないと思います。」
「俺は、剣の腕は確かだ。それは、レナも知っているだろ?」
「・・・わかりました。ただ、母との会話には口を挟まないでください。最後の会話となるかもしれませんので。」
「わかった。邪魔はしない。レナの許可はとった。これでいいだろ、親父。」
「・・・仕方がない奴め、勝手にしろ。」
そう言って、王は玉座の間を出て行きました。
一緒に出て行くかと思ったディーですが、その場に残っています。
「ディー?」
「私は、ここに残るよ。レナのために、ハインリヒを守ってあげないとね。」
「・・・本当ですね?」
「・・・」
「本当に、ハインリヒ様を守ってくださいね?」
「・・・もちろんだよ。」
「・・・」
嘘としか思えませんが、何も言わないでおきましょう。どうせすぐわかることですからね。
そして、私は動き出しました。
この国に戻った目的を、今果たそうと思います。
「この国は、私が救います。」




