20 嫉妬から好意へ
「これから模擬戦をやるそうですわ。私は見るつもりですが、ベネディクト様はどうされますか?血が流れるようなこともあると思いますが・・・」
「私も見させていただきます。血など、何度も見ました。私は聖女ですから、そういう現場に呼ばれることもあるので。」
「あぁ、そうでしたわね。それは失礼をいたしました。」
なぜか嬉しそうに笑う彼女。私はただ苛立ちがつのるが、ここで引き返すのもなんだか嫌だったので、その場に残ることにした。
「ベネディクト様がよろしければ、私たちお友達になりませんか?」
「友達・・・ですか?」
何度か言われたことがある言葉だ。私は、いつもそれに笑って答えるが、実際友達付き合いをしている人間はいない。その場の付き合いでしかないのだ。
「もちろんですわ。これからよろしくお願いします。」
「よかった。なら、私のことはレナを呼んで。あなたは、ベティでいいかしら?」
「かまいませんよ、レナ。」
「ありがとうございます。あなたなら、私の素を見せられますから、とっても嬉しいです。」
「それは光栄ですね。ですが、なぜそこまで私を信用なさって頂けるのでしょうか?まだ出会って1時間もたっていない仲だというのに。」
「聖女だからですよ。」
「・・・」
やはり、私は聖女としか見られない。この令嬢にとって、私はただの聖女でしかないのだろう。都合のいい聖女でしか。
「あなたは、聖女の印象を大切にしているようだから。私がどんな変なことを言っても、あなたは口外なんてしないでしょ?」
「変だなんて、レナは素敵な令嬢ですわ。」
「心にもないこと、ありがとう。さぁ、模擬戦が始まるようです。一番手は、騎士見習い同士ですね。」
鍛錬場には、王子の他に騎士の人も20名ほどいる。数名は見たことがある顔程度の認識はあるが、全くわからない顔の者が多い。ここに賊がいたとしても私は気づけないだろうな。
私は、失礼のないようにしっかりと模擬戦を観戦することにした。
1時間後、私は王子の手を握って目を輝かせていた。
「ハインリヒ様、私感動いたしました!あなたの流れるような剣技は、剣を知らぬ身でもため息がこぼれるほど美しく、相手をねじ伏せる力がありますね!すごいです!すごいですわ、ハインリヒ様!」
「え、えーと・・・べ、ベネディクト嬢か?あれ、こんなこど・・ごほんっ。えー、えー・・・レナ、一体どういう状況なんだ?」
こど・・・子供か。確かに、少しはしゃぎすぎたかもしれない。私は王子の手を握っていたことに気づいて、そっと手を離した。
「目覚めたのですよ。そして、ハインリヒ様が目覚めさせたのです。」
「なんだそれは?」
大して興味のない模擬戦だったが、何度か見ているうちに前かがみになって見るようになり、白熱した戦いになると息をするのも忘れるほどにのめりこんだ。そして、決め手は王子の模擬戦。
まだ小柄な成長しきっていない王子が、大人の力強い剣を受け、それを打ち返しなおかつ打ち負かした。その姿は輝いていて、私は見惚れてしまった。
かっこいい!
「ベティ。」
「はっ!申し訳ございません、私としたことが取り乱してしまいました。」
「そうですか。でも、それは喜ばしいことです。では、ハインリヒ様、私たちはこれで。今日は有意義な時間を過ごさせていただきました。」
「そうか。お前が満足したのならいいが・・・今度はどこかに出かけよう。いつも、俺の鍛錬の姿を見ているだけでは飽きるだろう。」
「そんなことありませんわ。私、ここに来るのが一番の楽しみですの。また、来てもいいですか?」
「もちろんだ!・・・ベネディクト嬢も、剣に興味がおありならいつでも来てくれていい。騎士団長や俺の護衛の剣は本当に素晴らしいものだ。機会があれば見て欲しい。」
「ありがとうございます!ぜひ・・・あ・・・」
聖女が鍛錬場に通う?そんな聖女像は、ないだろう。
でも、見たい。こんなにも心を動かされたのだ。私は、ここに通いたいと思った。でも、それはとても困難なことだった。
父に、家の者に知れてはならない。しかし、聖女ともてはやされてはいても、ただの令嬢である私が王城に行く理由はなく、王城に行くことができなければ鍛錬場にも行けない。
「ベネディクト嬢?」
「ベティ、何を落ち込んでいるの?私たち、友達でしょう?」
「レナ?」
彼女はにんまりと笑うと、唐突に疲れたようなため息を吐く。
「王妃教育って、とっても大変なの。一人でやっていると気が滅入っちゃうのよ。だから、どこかの聖女様を巻き込もうって考えているの。」
「それって・・・」
王子の婚約者、しかも次期国王を期待されている王子の婚約者となれば、王妃教育を受けることになるのが通例だ。
なぜ、私が王妃教育なんて・・・とは思ったが、別に王妃教育も聖女教育も変わらない。どちらもつまらない勉強だ。だったら、王城に行く言い訳ができる王妃教育を受けよう。いや、そちらの方が受けたいのだ。だって、私のためになるのだから。
「もちろん、一緒にやってくれますよね?辛い時だって一緒、それが友達というものですから。」
「わかりました。レナ、本当によろしくお願いしますわ。」
「こちらこそ。」
「なんだかよくわからないが、良かったなレナ。」
「えぇ。では、また。」
王子に別れの挨拶を済ませた私たちは、鍛錬場を出てバラ園へと向かった。
「そうだ、一つだけ忠告します。」
「なんでしょうか?」
前を歩く彼女が立ち止まり、振り返った。
その顔は、真顔だ。
「王子に手は出さないでくださいね?あくまで、友人と接する分には目をつぶります。先ほども、色恋ではなく敬意だったので大丈夫だとは思いますが。もし、それに色が混じれば・・・」
「・・・そのようなこと、あるわけがないですよ。王子は、あなたの婚約者ではありませんか。私がそんな節操なしに見えますか?」
「いいえ。私は、きっとベティが、王子の良き友人になってくださると思っています。変な話をいたしましたね。早く戻りましょう、父たちに見つかる前に。」
ウィンクをしていたずらっ子のように笑うレナを見て、私は好意を持った。
いつのまにか、嫉妬は消えていた。
一緒に、模擬戦を見て、応援をして、それをこれからも一緒にするために、手を貸してくれて。あぁ、これでは本当に友達だ。
昔好きだった本は、冒険ものだった。そこでは、信頼できる仲間がいて、友達がいて・・・そんな人が欲しいとずっと思っていたけれど、叶わない私は本を読んでいたのだ。
「ねぇベティ。あなた変わったわ。もう、可哀そうだなんて思えないもの。」
「・・・そうですね。私もそう思います。」
気づいたら、私が見る世界はきらきらと輝いていた。
もう、色あせた聖女の見る世界を見ることはないだろう。




