2 悪役令嬢は国を出ます
美しい長い金の髪を後ろにまとめ、深い青い瞳も美しい。すべてが完璧で、私の理想の王子様・・・の容姿の男装令嬢の彼女は、ベネディクト。親しい者は、彼女をディーと呼んでいます。
「レナ、今日はお招きありがとう。最近君と話す機会が減ったから、嬉しいよ。」
お母様にあいさつをした後、彼女は私の横の席に座って、微笑んだ。
「そうね・・・確かに最近ゆっくり話す機会がなかったわね。」
仕方のないことです。なぜなら、彼女はゲームでは、ヒロインのサポートキャラ。ヒロインの最初の友達でもある彼女は、やはり現実でも彼女と交流があります。恐ろしくて、不用意に声をかけられなくなってしまいました。
「ハインリヒも、最近君に会えないせいか元気がないんだ。今度は彼も呼ぶといい。」
「・・・善処します。」
「善処か。」
「レナ、定期的にお招きするように。婚約者の名が泣きますよ。」
「はい、お母様・・・」
腹をくくるしかありませんね。大丈夫、きっと嫌われてはいないはずです。いじめなんてしていませんし、勉強・・・コホン、授業態度は評価していただけていますし!
それから、ディーを質問攻めするお母様を止めることもできずに、私は赤くなったり青くなったりして、お茶会を過ごしました。
そして、それは起こったのです。
シャン シャン シャン
澄んだ音が響き渡ります。何の音かと、私たちは周囲を見渡し、庭に一つの丸い物体が転がっているのを見つけました。それは、白くて、ゆっくりと不思議な動きをして転がっています。
「何でしょうか?」
「魔法?いや、あんな魔法は聞いたことがない。とにかく、触らないように・・・」
「・・・」
「奥様!」
白い塊を見ていると、執事長が慌てた様子でこちらに駆けてきました。そこまで慌てた様子の彼を一度も見たことがなかった私は、動揺してしまいます。
「屋敷へお戻りを!町は今、白い玉に襲われて・・・っ!ここにも・・・とにかく、中にお入りください!あれに触れれば、命を食われます!」
「そんな!」
「レナ、とりあえず中に入ろう。」
ディーに手を引かれ、アンに後ろから押されて、私は屋敷へと走り出そうとしました。しかし、有無を言わせない声が止めます。
「待ちなさい!」
「お母様?」
「奥様!話は後で、今は中にお入りください!」
「レナ、あなたはこの国を出なさい。」
「お母様!?それは、どういうこととでしょうか?」
「私は、この現象を知っています。このままだと、この国はすべての命を吸われ滅びるでしょう。今は、魔力のない者だけが死に至っていますが、あの玉は成長します。成長した玉は、魔力のある者の命すら奪う。その前に手を打つのです。」
「それは、あの玉が獲物を選んでいるということですか?」
「いいえ。今は、魔力の多いものからは魔力しか奪えないということです。詳しく話している暇はありません。あなたは、隣国へ行くのです。」
それは、お願いではなく、命令。初めて、お母様が私に命令しました。
「わかりました。それで、隣国で私は何を」
「危ない!」
腕を引っ張られて、ディーに抱き留められました。どうやら、白い玉が襲い掛かってきたようです。
「あなたならわかるはずよ。だって、隣国へ抜けるための洞窟を作るくらいですから。」
「え?」
確かに、私は隣国へ抜けるためのトンネルを作りました。それは、もしも死刑に追い込まれそうになった時、逃げ出すためです。しかし、なぜそれをお母様が?
「行きなさい。そして、この世界を救ってみなさい、未来の王妃。」
「・・・わかりました。」
時間はもうないと、感じました。庭には、いつの間にか5つの白い玉が獲物を探す様に、動き回っています。私は、アンに目配せをします。アンは頷いて、急いで屋敷へと荷物を取りに戻りました。いつでも、隣国へ行く準備はできていたのです。
「レナ、私も行くよ。君一人には重すぎる話だ。」
「ありがとう、ディー・・・でも、迷惑にならない?」
「むしろ、栄誉になるな。話が本当なら、国を救う手伝いができるということだからね。それに、君を守る騎士なんて、素敵だと思わないか?」
「ディー」
素敵なのはあなただわ。
正直、アンと2人だけは心細かった。剣の腕がたち、男装までしているディーがいれば、安心だ。もしものときも、彼女の魔法があれば安心です。
「お嬢様、準備が整いました。」
「はい。では、行ってまいります、お母様。」
「・・・気を付けて、レナ。」
私たちは、庭の奥へと走り出しました。庭の敷地内にある森に入る前に、一度だけ振り返ると、お母様が見送っている姿が見えました。早く屋敷へと入って頂きたいですが、嬉しくもあります。私は、しっかりと礼をして、森へ入ります。
実は、洞窟は我が家の敷地内にあります。
隣国との間にある山。それは、わが公爵家のもので、だからこそ誰にも悟られることなく、洞窟を作ることができました。お母様はお見通しのようでしたが。
光がところどころさす浅い森の奥に、緑豊かな山があります。
洞窟の入り口は、背丈ほどの雑草で隠された、私の腰のあたりまでしかない穴です。
シャン
「!」
「まさか、追ってきているのか!?レナ、早く入って。アンも。」
音に振り返ってみれば、木の陰からこちらへと飛び出してくる白い玉が。それを見たディーは、剣を鞘から抜いて構えます。
「お嬢様、まずはアンが入ります。中の安全を確認しますので・・・ですが、余裕はないので、アンがお入りになった後すぐにお嬢様もお入りください。」
「わかったわ。」
私が理解したのを確認して、アンは身軽に中へと入っていきました。荷物を抱えているというのに、あの身のこなしは素晴らしいですね。
「ディー!私も入るわ!」
「私もすぐに行く!」
最後にディーに声をかけて、私はアンに続いて穴へと入りました。
「お嬢様、中の安全を確認いたしました。ご安心ください。」
屈みながら穴を進む私に、奥から抑揚のない声が送られてきました。私は歩みを早くして、青白く輝く出口を目指します。
物音が背後から聞こえ、ディーが追い付いてきたことが分かりました。
「レナ、これはどこまで続くんだい?この狭い道では満足に走れない。すぐに玉に追いつかれてしまうよ。」
「もうすぐ抜けられるわ。この先は、天然の洞窟につながっているの。そこは魔光石が設置されているから、視界も明るいはずよ。」
魔光石とは、石の中にたまった魔力を光に変換させて、魔力がある限り光り続ける石だ。一定の魔力がたまるまではただの石で、魔力がたまればなくなるまで光り続ける。そして、魔力をまたため始めるという石。
「そうか。・・・実は、2人が穴に入った後、とんでもないものを見てね。複数の白い玉が森の中を突き進み、こちらに向かっているのが見えた。」
「!・・・急ぎましょう。ここを抜ければ、追手対策もあります。」
なるべく急いで前に進む。
シャン
「来た!」
「もうすぐよ!」
数メートル先の青い光。出口はもうすぐです。さらに足を速めますが、ドレスなので走りにくい。でも、ドレスを着ての逃走は訓練したので、普通の令嬢よりは速いと思います。
「お嬢様、ご友人は?」
「すぐ後ろにいるわ!玉も追ってきている!」
出口から聞こえた声に返事をしているうちに、穴を抜けた。そのまま奥へ進む私。ディーもアンに言われて奥へと進み、穴に向き直った。
「封鎖いたします。」
アンが手に持ったハンマーを、あらかじめ壁に印をつけていた場所へ向けて、振り下ろしました。すると、音を立てて壁が崩れ、穴がふさがります。
「・・・これで、後には戻れないわね。」
「そうだね。・・・もちろん、洞窟に出口はあるよね?」
「ありません。」
ディーの問いに、アンが答える。淡々と答えられたディーは、納得した後に驚く。
「それはあるよね・・・て、え?ない?」
「この洞窟はね、本来の出口が崩れていて使えないの。私が空けた穴を除いてね。それも今ふさいでしまったわ。」
「・・・どうするの?もちろん、考えがあるんだよね?」
「えぇ。」
そう、この逃走用のトンネルは未完成・・・というより、トンネルとして一生完成させることのない代物です。入口か出口、どちらかがふさがっている状態で使うつもりでしたので。
今見ていただいた通り、入り口は追手防止のため埋める予定でした。そして、出口は他国に作らなければならなかったので、手が出せなかったのです。直前まで。
出口から、隣国の者が入ってきても困りますし。
「私が出口を作りますわ。」
「・・・レナ、それってどれくらい時間がかかるの?君って、土が得意ってわけでもないでしょ?土の使い手ならまだしも。」
「安心してください。あと5回程度で出口を作れますから。数分で終わりますよ。ただ、そこまで行くのに、数時間はかかりますけどね。」
「そう。安心したよ、ここで一週間過ごすとか言われたら、気が滅入るからね。なら、早速そこへ向かおう。」