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19 可哀そうな聖女



 私の大切な友人が、いわれのない罪を問われている。それに何もできないのが、とても悔しい。


「レナは、私を救ってくれたのに。私は・・・」



 数年前、私は光の使い手として、聖女であることを求められていた。貴族の子女として求められる態度や知識をおさめ、光の使い手として目覚めてからは、聖女として慈悲深さを求められた。

 嫌気がさしたのは言うまでもない。小さいころから本を読むのが好きだったが、その本も聖女の読みそうなものに限られてからは、何一つ面白みのない日々が過ぎ去った。

 そんな私が彼女初めて会ったのは、王城の一室だ。


「ベネ、ご挨拶を。」

「初めまして、ベネディクトと申します。」

 動きにくいドレスを着て、それをものともせず、張り付けた笑顔を浮かべる。手入れされたつやつやの髪、綺麗な爪・・・完璧な姿。

 誰もが私を聖女と呼んだ。それにふさわしい姿でいることを求めた。


 だから、私はいつものように聖女らしく、すべてを包み込むような笑みを浮かべ、挨拶をした。

 それにこたえるように、優雅に挨拶を返す少女。


「初めまして、ベネディクト様。私は、ヘレーナと申します。聖女様の噂は私も耳にしていますわ。皆様の希望の光となる、治癒魔法をお扱いになるとか。私も王子の婚約者という立場上、お世話になることがあるやもしれません。どうか、その時はよろしくお願いいたしますわ。」

「えぇ、それはもちろんですわ。」

「ふふ。約束いたしましたよ?お父様、私、ベネディクト様とバラ園に行ってもいいかしら?」

「あぁ、ベネディクト嬢がかまわないのなら、娘に付き合っていただけるかな?」

「喜んで。では、行きましょうか、ヘレーナ様。」

 挨拶を済ませた私は、公爵家の令嬢と城のバラ園に行くことになった。

 今日は、父に連れられて城に来ていたのだが、そこで公爵一家と顔を合わせることになったのだ。もともとそのつもりだったのだろう。このように連れ出されて挨拶をさせられることは、よくある。きっと聖女を自慢したいのだろう。


 私は聖女が嫌いだ。理想の聖女を強制される身にもなってほしいと思う。みんなの憧れとは、ある程度の才能と努力、とてつもない我慢をすることでなれるものだ。

 好きなものですら、みんなの聖女像に合わせなければならない。花が好きと言っているが、別に特別花が好きということはない。綺麗だとは思ってもそれだけだ。


 さて、次代の王妃に一番近いこの少女は、私にどのような聖女像を抱いているのだろうか?やはり、花が好きだと思っているのだろうか?なら、花の知識を披露するとしよう。

 それとも、この年頃の少女は誰でも好きな、恋の相談というものでも聞かせてくるのだろうか?なら、反応を見ながら、少女が望む反応を返すとしよう。


 どうせ、私には聖女しか求められていないのだから。


「ベネディクト様は、騎士の鍛錬場へ行ったことはありますか?」

「・・・いいえ?」

「そうですか。」

 なぜ、鍛錬場の話題が出たのか?わからないまま、私は公爵令嬢と共に、バラ園に来た。


「バラはお好きですか?」

「えぇ。バラというより、花全般が好きですわ。」

「そうなのですか。なら、私一人で行くとしましょう。」

「え?」

 公爵令嬢は、足早にバラ園の奥へと行った。私は、訳が分からずに、ただ彼女を追う。


「待ってください、一体どこへ?」

「騎士の鍛錬場ですわ。こちらから行くことができますの。ベネディクト様はどうぞお花でも鑑賞なさっていてください。」

「え、それは・・・え・・・」

 なんという勝手な令嬢だと思った。自分から誘っておいて、私を置いて別の場所に行ってしまうなんて。でも、鍛錬場というのに興味が引かれて、私は令嬢を追いかけた。

 追いかける私を見て、令嬢は謝ってきた。


「ごめんなさい。あなたを誘ったのは、鍛錬場に行きたかったからなの。お父様を連れて行くわけにはいきませんし、お父様から離れる口実が欲しかったのですわ。用が終わればバラ園に戻りますから、どうぞお好きなお花を鑑賞なさっていてください。」

「別に好きじゃないわ。」

「え?」

「!」

 こぼれた本音に、目の前の令嬢より私の方が驚いた。なぜ、こんなことを口走ってしまったのか、不思議だった。

 聖女像を崩してしまった私は、冷や汗を流して令嬢を見た。


「そうですか。なら、一緒に行きましょう。私も、花を見るより人間を見るほうが好きですの。もしかしたら、ベネディクト様も?」

「・・・その、そういうわけでは。」

「あら、人間はお嫌い?」

「いえ、そんなことは!」

 なんだろうこの感じは。私はいつでも聖女らしく振舞うことができた。それは、自分より何十も年が上の人でも、逆に言葉も話せないような子供でもだ。なのに、この令嬢の前では、聖女の仮面が外されてしまう。


「私は、どうでもいいわ。お母様とハインリヒ様以外は、みんな同じですもの。ただ、花よりは面白いというだけですわ。」

「・・・そうなのですか。」

 変わった人だ。こんな人が未来の王妃か。

 自分勝手にふるまい、突拍子もないことを言う彼女のことが、私は嫌いだと思った。それでも、笑顔は崩さずに彼女と接する。


「・・・ベネディクト様はお可哀そうね。」

「可哀そうですか?」

「えぇ。私と同じで求められる人間ですもの。私は王子にふさわしい婚約者。あなたは、聖女。私は生まれで、あなたは力のせいで、すべてが決められてしまった。でも、私とあなたの違いは、求めるものがあるかないかだと思うの。だから、可哀そうだわ。」

「求めるもの・・・ですか?」

「えぇ。あ、着いたわ。」

 彼女は、白い建物の中に吸い込まれるように入っていく。

 全く、好き勝手言ってくれる。勝手に憐れんで、自分の幸せをかみしめるタイプか。気に入らない。


 同じ。そういわれて感じたのは、怒り。彼女と私は違うと思った。私は、聖女でいるために努力をして我慢もしている。でも、彼女は王子の婚約者でいる努力をしているのか?我慢をしているのか?私にはそうは見えなかった。


 嫌な気持ちになったが、それでもここまで来たのだからと、彼女を追って建物に入る。そして、彼女を探して固まった。


 そこにいたのは、幸せそうな彼女。

 目の前に立つ、金髪の少年に向けて、はにかんだ笑顔を向ける彼女は、年相応の少女の様だった。


 本当の笑顔だ。


 それを見た時、私は確かにかわいそうなのだと実感した。

 最後に、本当に笑ったのはいつだろうか?


 魔法で治癒した人がお礼に来ても、特に何も感じなかった。

 顔を高揚させて、食事のお誘いをされても、特に何も感じなかった。

 父に、お前のおかげで助かっているとねぎらわれても、特に何も感じなかった。


 今にも息を引き取りそうな人がいても、特に何も感じなかった。ただ、求められているだろう聖女像を演じるだけ。どのようなことが求められているのかを考えて、実行するだけだった。


 彼女の目の前にいる少年は、おそらく王子だろう。つまり、彼女の婚約者だ。

 我慢する必要なんてないんだ。だって、彼女は王子の婚約者を望んでいるのだから。


 私が感じた怒りは、ただの嫉妬だ。




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