12 応え
私は、受け入れられない現実に、固まってしまいました。
乙女ゲームの悪役令嬢ヘレーナ。彼女でさえ見捨てなかったお母様に、私は見捨てられたのです。
確かに、お母様はゲームとは違います。でも、それはおそらく私が純粋なヘレーナではないから。だから、お母様は変わり、私を見捨てた。
「未来の王妃・・・どんな気持ちでそうおっしゃったのですか。」
さすがに、もう涙は流れない。もう涙が枯れるほど流してしまいましたので。
期待してくださった・・・そう思ったのは妄想ですか?
私に向ける優しい笑顔は、嘘だったのですか?
「レナ・・・」
すぐそばで、私を案じる声がします。
思い出しました。今、私は伯父様のお屋敷にある中庭にいます。ディーと共に、アンが入れてくれた紅茶を飲んでいます。お茶会という言葉は使いたくありません。最後にお母様と会ったのは、小さなお茶会でしたから。
とても、楽しかったのです。
王子のことを聞かれた時は、顔を青ざめさせましたが、それでも楽しかったのです。お母様、なぜ・・・
「・・・本当に、レナの母君が、レナを裏切ったのかな?」
「・・・ディー。」
その言葉にわずかな希望を見出して彼女に目を向けますが、わかってしまいました。彼女は、何とか私を元気づけようとしてくれているだけだと。おそらく、彼女のもとには確かな情報が届いていて、お母様が私と親子の縁を切ったことは確かなことなのでしょう。
「ごめん・・・なおさら傷つけたね。」
「いいえ。」
きらきらとした理想の王子様。それがディーです。でも、今は私を心配してくれているのでしょう、夜も眠れないのか化粧で隠してはいますがひどいクマです。こんなにも友達思いの彼女を見て、私はひどい友達だと思いました。私がひどいという話です。
「母君の代わりなんて、できない。でも、私もハインリヒもついているから・・・!レナ、どうか・・・」
「・・・ハインリヒ様ですか。」
「そうだよ!ハインリヒは、君の無罪を信じている!」
「そうですか。それで?」
「・・・?」
続きを促すと、ディーはわからないといった顔をします。
「それで、ハインリヒ様はどう動かれているのですか?」
「・・・それは・・・」
動かれていないのですね。王子としては、それが正解でしょう。ただ、私の心は冷えましたけど。
信じて、何が変わるのでしょうか?
「レナ、信じてくれ。ハインリヒは、確かに動いていない。でも、君が国に戻らないことには動きようがないと言っていた。もちろん、君に危害を加えられないよう、守る準備はしているとも・・・だから・・・」
「ディー。」
「何だい?」
私は、お母様によく私自身が言われたことをディーに言いました。
「言いたいことは、はっきりと言ってください。先ほどから、私に何をして欲しいと思っているのですか?最後まで言っていただかないと、わかりません。」
「・・・そうだね。なら、レナ・・・国に戻ろう。」
「わかりました。」
「怖いと思うけど、絶対私がま・・・え?」
驚いた顔をするディーに、私は無表情のままもう一度了承します。
「国へ戻ります。」
「・・・そう、そっか!安心してくれ、私がレナを必ず守るから!」
「・・・」
「レナ?」
「・・・何でもありません。」
本当は、聞こうと思いました。処刑されるようなことになっても、守ってくれるのですかと。でも、それは彼女には酷な質問です。
彼女にだって、大切な家族がいます。友達がいます。将来があります。
それを、たんなる一友人の私のために捨てさせるなんて、できるわけがありません。
それに、もうどうでもよくなりました。
王子のことは、愛しています。ですが、命を懸けるほどではありません。
お母様のことは、愛しています。ですが、愛されていないと知った今、生きる気力がなくなってしまうほどに、私はお母様の愛なしでは生きていけないのです。
悪役令嬢ヘレーナも、こんな気持ちだったのでしょうか?
彼女は、もしかしたら絶望から、破滅の道を突き進んだのかもしれません。
伯父様に帰ることを伝えれば、反対されると思っていましたが、あっさり認めてくださいました。伯父様は私に少なからず愛情があると思っていましたが違うようです。どうでもいいですが。
出発の日、行きとは違い、帰りは伯爵家の馬車をお借りすることができ、とても優雅な旅になることが決まりました。伯父様のご厚意に感謝しつつ、見送りには来てくださらない伯父様には、少しばかり悲しくなりました。
ディーは、私を馬車までエスコートして、アンが馬車の扉を開きます。
「・・・え?」
「どうしたの、レナ?は?」
私が馬車の中を凝視すれば、不思議そうにディーも馬車の中をうかがって固まりました。
「何を驚いているんだい?ほら、さっさと行こうじゃないか。」
何食わぬ顔で・・・いいえ、別に我が物顔で馬車に乗っているのは当然のことですが、ついてくるなんて一言もおしゃっていなかった伯父様が、すでに馬車に乗っていました。
「遠慮しないで、さぁ乗りなよ、レナ。」
「・・・そうね。ディー、アン、早く乗りましょう。」
「あ、あぁ。」
戸惑いながらも、ディーは私に手を貸してくださりました。その手を借りて、私は馬車に乗り込みます。
伯父様の前に私が座り、私の隣にディーが座ります。必然的に、アンは伯父様の隣に座りますが、特にアンの表情に変化はありません。
「レナの侍女は優秀だね。僕の侍女に欲しいくらいだよ。」
「ご遠慮願います。」
今まで無表情だったアンの顔が、わずかに歪みます。それほど嫌だったのでしょうか?伯父様は少し変わったところはありますが、優しく見目もよい主人とは、仕える側からすれば魅力的だと思います。そこまで眉をしかめることはないと思いますが。
「君の侍女は、君以外に仕える気はないんだよ。君のことをよくわかっている侍女だね。」
「確かにアンは、私のよき理解者です。優秀ですし、できればずっとそばにいてほしいです。」
「その言葉に嘘偽りはございませんか、お嬢様。」
「え、えぇ。」
「ずっと・・・それは、永遠、未来永劫ということで、よろしいでしょうか?」
「そういうことになるわね・・・ちょっと重かったかしら?」
「いいえ。お嬢様、私は未来永劫、誰が何と言おうが、あなたに仕えさせていただきます。」
「・・・あの、アン?」
嬉しいはずの言葉ですが、なぜかものすごく重く感じてしまいます。確かにアンがそばにいれば安心ですし、ずっと一緒にいたい気持ちはありますが、なぜか私以上に言葉が重たいのです。
「先ほどの言葉、嘘ではないのですよね?なら、何の問題もないはずです。」
「・・・うん、そうね。」
「君の侍女は、押しが強いようだ。そして、レナは押しが弱い・・・参考になったよ。」
「何の参考よ!ディー!」
「クス。冗談だよ。残念でしたね、伯爵。どうやらフラれてしまったようで。」
「仕方ないさ。それに、優秀な彼女がずっとレナのそばにいてくれるというのなら、そっちの方が僕としてはありがたいことだよ。レナは、大切な姪だからね。」
「あ、ありがとうございます。」
「本当のことだから。それにしても、本当によかった。少しは、生きる希望を見出せたようだね?」
「・・・はい。」
お母様に裏切られたと思ったときは、生きる気力が全くありませんでした。すべてがどうでもいいと思ったほどです。しかし、ディーとアンが寄り添ってくれたおかげで、私は少しばかり頑張ってみようと思いました。
お母様に裏切られたことは、私の大きな傷になっています。
裏切られたとは決まっていない。そんな慰めは役に立ちません。私の中で8割がたお母様は裏切ったのだろうと結論付けています。
なら、2割にかけるのか?いいえ違います。
お母様が裏切っていないと信じて、国へ帰るわけではありません。
自暴自棄になって、ディーに言われたから国に帰る・・・というわけでもありません。
「・・・もう、王妃になることはありませんが。」
指名手配をされた令嬢・・・いいえ、貴族ですらなくなった小娘。それがどうやったら王妃になれるでしょうか?王子と結婚できますでしょうか?
未来の王妃の期待は、応えられませんでした。ですから、もう一つの期待に応えるのです。
「国を救ってみせます。それが、お母様が私に望んだことでしたから。」
決意を伯父様に伝えれば、伯父様は目を細めました。それは、穏やかな顔です。
「僕は、いい妹がいたが・・・いい姪もいるようだ。そんな姪を手伝うのは、伯父の楽しみの一つというものだな。」




