11 異質な女
重苦しい空気が漂う、玉座の間。険しい顔をした王が視線を落とせば、跪く男が一人いた。公爵家の当主、ヘレーナの父は青ざめた顔で跪く。
「どういうことか、説明せよ。」
「・・・っ」
それに答えたのは、一人の騎士だった。
「はっ。ご存じの通り、現在国内では死の雪と呼ばれる現象が起こっております。死の雪については割愛いたしますが、その現象が魔導書によるものだということが、公爵夫人の証言で明らかになりました。そして、その術者も同様であります。」
「続けよ。」
「はっ。公爵夫人の証言では、公爵家令嬢ヘレーナが、凶行に及んだということです。」
「聞いておったな?」
「・・・はい。」
「どういうことか、説明せよ。」
「・・・申し訳ございません。」
公爵はさらに頭を下げる。しかし、それで許せる問題ではない。
「我は、説明せよと言ったのだ、公爵。」
「・・・申し訳ありません。把握しておりませんでした。なぜこのようなことが起こったのか、なぜヘレーナが魔導書を持っていたのか・・・全く見当がつきません。」
「話にならんな。」
「娘は、勘当いたします。」
「・・・」
「必ずや、ヘレーナを捕らえ、責任を取らせます。」
「・・・」
「どうか、お許しを。」
「・・・下がれ。」
「・・・っ、し、失礼いたします。」
逃げるようにさがる公爵に、王は内心ため息をついた。
責任を取るつもりもない。いや、とれるわけがないほどの重い罪だが、それを理解して責任を取ると言わないわけではない。公爵は、ただ自分が責任を取りたくないのだ。すべては、娘のせいで、関係がないと本気で思っている。
「・・・ぎりっ」
「歯が削れるぞ、ハインリヒ。」
公爵の後姿を射殺す気かというほどに睨みつける自身の息子。感情を表に出すことは何時もたしなめているが、一向に直らない。
なんでも、婚約者に一度外交用の笑みを浮かべたら泣かれてしまったとかで、それ以来作り笑いはしないことに決めたという。頭はいいはずなのに、そういうところは馬鹿で困ってしまうが、そこもかわいいと思うのは王も親ばかだろう。
王は、謁見の間を後にして、息子を伴って執務室に行き、人払いをした。
「親父!まさかレナのことを疑っていないよな!?」
「・・・はぁ。お前はどうなんだ。」
「レナがそんなことするわけない!」
「根拠は?」
「レナのことを知っていれば、あの子が国を愛していることはわかるだろ!あの子は、国を守るため、支えるため、勉強だって頑張っていた!」
「・・・それで?それを大臣たちに言うのか?」
「・・・」
どうやら、息子がそれをそのまま言うほど馬鹿ではないらしいとわかり、王は安心した。さすがに、そのまま大臣たちに主張しにいこうものなら、地下牢に幽閉するつもりだった。
「少しは頭が冷えたか?」
「・・・悪かった。親父に怒鳴っても仕方がないよな。」
「で、お前はどう見るんだ?公爵はともかく、公爵夫人はヘレーナ嬢を愛していたのだろう?それがなぜ、娘に濡れ衣を着せるのか?」
「・・・それが、レナのためになると、夫人は考えているのだと思う。」
「だろうな。そうなると、お前は認められていないのかもな。」
「なっ・・・くっ。俺もそう思った。これは、俺との婚約を破棄させるためなんじゃないかと・・・それくらいしか思いつかない。」
「そうか。とにかくだ、夫人の思惑は関係なく、ヘレーナ嬢は指名手配することになるだろう。もちろん、罪人としてな。」
「親父!」
「ただし、注釈はつける。必ず生け捕りに、無傷でと。理由は、この現象について詳しく取り調べるためだ。」
「レナに聞いてもわからないだろ。あの子は、関係ない。」
「本当にそうか?」
「親父は、レナを疑うのか?」
「・・・ヘレーナ嬢は、もう何か掴んでいると思うぞ。あの子は、どこか未来でもわかっているような行動をとる、不思議な子だ。」
「確かに・・・でも、流石にレナでもそれは無理だろ。」
「それは、ヘレーナ嬢に会えばわかる。おそらく、この現象の鍵は、彼女が握っている。すべてが彼女を中心に回っていると、考えている。」
「そんな、まさか・・・」
ありえないと目で語る息子は知らないのだ。でも、王は知っている。
公爵夫人が愛しているのは、娘だけ。
それに気づいたのは、最初に公爵と公爵夫人を見た時だった。
公爵夫人が夫を見る目は、いくら政略婚だったとしても冷たいものだった。逆に、熱いともいえるその目は、憎しみの宿る目だと王は感じた。
その目に公爵は気づいていないようだったが。
公爵夫人は、王の目から見て異質だった。
貴族とはいえ人間。多少の感情があるはずの公爵夫人。しかし、彼女の笑顔はいつも張り付けたような笑顔で、誰と話していても何の感情も浮かばないようだった。
前述したように、夫への感情は浮かぶが、それは憎しみ。公爵夫人が本当に笑うのは、娘がいるときだけだった。
彼女が動くのは、夫か娘のためだけ。あとは、すべて駒としか見ていない。それが、王の公爵夫人に感じた人間性だった。
娘の婚約者である自身の息子さえ、その感情は動かない。ただ、娘を幸せにできるかどうか、それしか見ていなかった気さえして、王はそのことに憤りを感じていた。
もちろん、表には出していなかったが。
何も知らない息子は、いつも微笑んで温かく迎えてくれる夫人のことをよく思っていたが・・・馬鹿なので仕方がないだろう。知らない方がいいこともあると、あえて王は伝えなかった。
さて、異質な夫人だが、どこまでが彼女の手によるものなのか?
実は、この現象を引き起こしたのは彼女と言われても、王は納得する。それが、夫か娘が関わることなら、彼女は国を亡ぼす危険を冒すこともいとわないと思ったからだ。
国ですら、彼女にとっては駒でしかない。いや、ゲーム盤だろうか?
娘が安全に暮らせる盤上を作り、そこで娘を幸せにする駒を配置する。彼女がやろうとしているのは、そういうことかもしれない。
だが、この出来事が、彼女の娘の幸せにつながるとは到底思えなかった。
だから、王は答えにたどり着いた。
夫への憎しみ、それを晴らすのか?そのために、娘を勘当させ、公爵家とのかかわりを絶たせるために、濡れ衣を着せた?
実際、公爵たちの間に何があったのかは知らない。今は公爵が恨まれて当然の状態ではあるが、それ以前から彼女は憎しみを公爵に向けていた。
「そういえば、彼女もそうだな。」
「彼女?」
「公爵夫人だ。彼女も、ヘレーナ嬢同様、未来を見ているかのような行動をとっていたなと。」
王は、その真実を知ることはないが、この時一番答えに近づいていた。




