君待つ時間
教室が夕暮れ色に染まる中、また右手でページをめくる。
放課後になってから二時間ほど、俺はこの教室で本を読んでいる。
窓の外に見える野球部の喧騒、反対側の校舎から聞こえる吹奏楽部の演奏。そんな彼ら彼女らの輝かしい青春の前には、きっと今の俺が過ごす時間はちっぽけな物なんだろう。けれど俺はこの時間が好きだった。
それは単に静かな場所で本を読むのが楽しいということもあるけど。顔を上げて時計を見るともういつもの時間なんだけどまだ来る気配はない。
こういうのはいつもではないけど、たまにはあることだから、あまり気にせずに再び目線を本に落とした。
いつの間にかグラウンドから生徒の姿がなくなり、どこからか響く音色も聞こえなくなった。
無音の廊下にパタパタと足音が響いて、俺は本を鞄にしまう。
間もなく教室の扉が開かれ、息を切らした彼女が言った。
「ごめん遅くなった!」
「いいよ、帰ろうか」
「うん!」
もうこの時間になると校舎の中には人はほとんどおらず、誰ともすれ違うことなく外に出るとひんやりとした空気が首筋を撫でた。
「別に待ってなくてもいいんだよ?」
嬉しいけど、と付け加えて彼女は笑った。
そんな顔をしてくれるから待つんだよ、なんてかっこつけたことは流石に恥ずかしくて言えないけど、たまには照れた顔も見てみたいから少し正直になろう。
「美咲と一緒に帰りたいから」
「……急にそういうの、ずるい」
残念ながら、美咲がすぐに俯いてしまったので赤い頬はほとんど拝めなかった。結構勇気出したんだけど。
「それにしても二時間もどうやってつぶしてるの?」
美咲はまだ赤みを帯びたままの顔をこちらに向けて話題を変えた。
「だいたい本読んでるかな」
「わっ、すご。私だったら絶対無理だ。二時間も耐えられない」
「まあ、俺は――」
君を待つ時間が好きだから。