その人はネズミ色だった
僕は受験生だ。最寄の駅にある予備校に毎日通っている。
いつまでやっても終わりが見えず、結果が出ていくわけでもない
退屈で変化のない、ただ目の前にある課題を片付ける日々。
そんな僕にも楽しみがあった。
駅の隣に申し訳程度の商業施設がある。
その中にある本屋で立ち読みをするのだ。
読みきるわけではない。少しだけ、ほんの数ページ。
その時間は僕に現実を忘れさせてくれる。
ピリピリとした受験生しかいない予備校を、遠く届かない志望校を。
僕は本の世界へ旅行をしているのだ。
そこには主人公がいて、何かが起こる。回りの人間との他愛のない会話。そこには平穏があり、笑いがあり、登場人物に余裕がある。この先にどんな展開が待っているとしても。
僕はこの辺りで本を閉じる。この先は受験後にすべてが終わり心置きなくこの世界に没頭できるときに。
なぜ本を読むのか?それは僕自信がこのような日々を求めているからだろう。ただひたすらに机に向かう日々。そこには平穏も笑いも会話もない。
そんなある日、僕はいつものように立ち読みをしていた。面白そうな題名の本を手に取り裏表紙を見る。そしてこの本に入っていく。そして本をもとに戻し店を出る。いつも本屋の店員さんに会釈をしてから出ている。やはり少し申し訳ないのだ。今度買いますと心で呟く。
店の出口に1人の男が立っていた。細身で眼鏡をかけている。どうせ○ニクロのセーターでズボンだろう。ちょっと不気味なただのおっさん。
「そこの君大丈夫かい?」
いつもならダッシュで逃げるところだが、なぜか足を止め振り返り顔をあげた。すると割りと若い男性だった。
「はい、大丈夫ですけど…」
いぶかしげに答える。久しぶりに声を出し少し裏返る。
「悩んでるように見えるけどね。悩みな、考えな、その時間が君の糧になるさ」
「別に悩んでなんかないですよ」
「そうかい。ならいいけどね」
そう言って男は立ち去っていった。
「悩んでいるように見えるのか」
僕は呟く。その言葉は僕の中でこだまして身体中に広がった。
僕は悩んでいた。争いが起こる受験に対して平穏を好む僕は順応できず悩み。笑いのない日々に飽きていた。少し自分の気持ちが理解できた気がした。しかし現実は変わらない。やるべきこともやることも。でも少し顔つきが明るくなっていく気がした。無いものを望んでもしょうがない。夢は見るものではない、掴みとるものだから。
何か大きな音がして崩れ去っていく。俺は受験が終わるまでここには来ない。振り替えってお辞儀をする。顔をあげるとそこには男がいた。曇りきったネズミ色をしている男だ。俺はそいつに笑いかける。そいつは眩しそうに俺を見る。前を向いた。そこには合格しか見えなかった。
ただいま!これからボチボチ頑張ります。




