セイエイ14歳 クレイドルとの出会い (クレイドル視点)
贄の絆と同じ世界設定で、あるシーンの抜粋です。そのうち長編の一部になる予定。
王の側妃の子セイエイの物語より。
「クレイドル・メイフォン殿。」
名前を覚えられているとも、声をかけられるとも思っていなかったので、クレイドルは驚いた。
「蒼将軍に知っていただけているとは・・光栄です。」
その頃のクレイドルは、貴族嫌いを隠そうともしていなかったので、挑発的にそう告げると、セイエイは薄く笑った。
「宰相閣下の子飼いのひとり、切れ味鋭い辣腕ぶりはよく耳にしますよ」
「恐縮です。それで、私に何か?」
美貌と才能と血筋に恵まれた王の庶子が、平民上がりにどんな用があるのかと、嫌味でも言いにきたかと敵意も隠さなかったと思う。セイエイはそんなクレイドルの様子を意に介さなかった。
「貴殿の真摯な仕事ぶりを見込んで、知らせておきたいことがあるので、聞いてもらいたい」
そう前置きして、ある地方の実情とそれに対して考えうる政策をほのめかされ、クレイドルはうなった。
淡々と話し終えたセイエイは、最後に真剣な表情でクレイドルを見つめる。
「この話を私から聞いたとは決して言わないでもらいたい。私と話をしたこと自体も内密に」
「なんですか、それは!」
「今まで通り、貴殿と私に面識はない、ということにしてもらいたい、と言っているのです」
その迫力に、クレイドルは気圧されて黙った。
セイエイは、普段遠くからよくみる、感情を落としたような冷たい表情になり、それでは、と告げて歩み去った。
それからも内密に呼び止められ、同じような話をされることが続いた。
話に上がる地方が、セイエイの遠征先と重なることに気づいたのはそれから間も無くで、告げられる政策が、現状取りうることのできるほぼ最良の対策であることにも驚かされる。悔しくて、クレイドルが知恵を絞り考えた対策が、費用や人材の面で、あるいはその地方の来歴によるしがらみ、治める領主の性格・・・そんな様々な理由でうまくいかず、結局セイエイの案がぴたりとはまる。
そんなことが続くと、クレイドルは憤りを感じて、セイエイに噛み付いた。
「それだけの現状把握能力と、政策立案能力をなぜ生かさない! こそこそと私に話をするのではなく、宰相閣下に堂々と提案なさればいい! 政にも参加なさい!」
セイエイは笑った。年下の出来の悪い弟を見るような、若さをうらやむような老成した表情を浮かべた。
「あなたのまっすぐな性格は人間としては好ましい、ですが、宰相閣下のご苦労を察しますね。今は良いかもしれませんが、少しは本心を隠したり駆け引きを覚えなければやっていけなくなりますよ」
年下のセイエイに若造扱いされて、クレイドルは口をパクパクさせた。
セイエイはふっと表情を陰らせると続けた。
「これではあなたは納得できないでしょうから・・・。宰相閣下のお考えを聞かれるといい、“セイエイ”を政に参加させることについて。内密に尋ねれば、閣下も率直に教えてくださるでしょう」
そしてクレイドルは敬愛する宰相に内密に提案した。セイエイを政に迎えてはどうかと。これまでいくつもの提案を受けていていずれも的を射ていたのだと付け加えさえした。本当は、皆の前で正式にセイエイの参画を提案しようと思っていたのだが、宰相が率直に教えてくれるだろう、というセイエイの言葉が耳に残り、宰相と2人きりのときに話した。
宰相は黙って話を聞き、まず確認した。この提案を、他の誰かにもしたのか、と。
否定すると、セイエイと面識があることを、他の誰かに知られていないかを確認した。
再び否定すると、深々とため息をついた。
「セイエイ殿を政に迎えることはない。あの方が無能でも有能でも、だ。あの方は大いなる火種。政に関わらせては国が荒れる。お前の話を聞く限り、あの方自身がよく自覚なさっておられるようだ」
そしてしばらく思案してから、子供の頃のようにクレイドルの頭に手をのせた。
「お前の正義感は政には必要な質だが、それを振りかざすだけでは何もできない。もっと周りを見なさい。そしてどうすれば最善の未来を引き寄せられるか考えるのだ。お前自身のふるまいもそのための道具にできるのだよ」
それから、国を預かる宰相の顔になって続けた。
「あの方と関わるのなら覚悟することだ。公につきあうのならば、宰相としてお前を今までのように政に関わらせることはしない。これまでのように付き合いを続けるのならば、隠し通すだけの技量を身につけよ。それができないのならば、いっそきっぱりと縁を切ることだ。」
そして、話は終わりだとばかりに、クレイドルを下がらせた。
それからしばらくして、クレイドルは、夕闇の中にセイエイを見かけて追いかけ、話をする機会を得た。連れて行かれたのは使われていない小部屋で、セイエイは、窓際の光の届かぬ影の中で、壁にもたれていた。
「追いかけてくるなんて不用意でしたね、何か用事でも?」
「宰相閣下とお話しした」
セイエイは虚をつかれたように瞬きしてから、なんでもないことのように続けた。
「ならば、縁を切るよういわれたでしょうに」
他人事のような言い方にクレイドルは唇を噛み締める。
「お前は大いなる火種だ、と。どういうことだ」
セイエイはくつくつと空虚に笑った。
「宰相閣下はお優しいな、火種、火種にすぎないとは。・・・私は、王家の忌み子、災いの種。・・・・・・私自身は・・・を、あの方を守るもので・・」
そこで、急にセイエイは言葉を途切らせ、身を抱くようにしてずるりと座り込んだ。
ぎょっとして走り寄り、セイエイの手から血が伝うのを認めて息を飲む。
「怪我をしているのか!医官を呼ぼう!」
「いら、ない!・・・私は、王弟の管理下で、飼い殺される身。生きてさえいれば、問題ない」
セイエイは喘ぎなら言葉を続けた。
「少々、きつく、折檻された、だけです。・・・それより、話を、終わらせましょう」
胸の奥まで見通すような眼で見上げて、問いただされる。
「それで、メイフォン殿は、この火種を、どうされる?」
「火種だなどと!・・・・・俺はただ、お前とこれからも話がしたい。俺では思い至らないお前の考えを知りたい。もっといい世の中にできるようにお前にも助けてほしい」
セイエイは目を瞠った。
「宰相閣下はそれでよいと?」
「隠し通すだけの技量を身につけよ、とおっしゃった」
「閣下はお優しい。期待される貴殿が羨ましいな」
そういってふわりと微笑んだ。
「そういうことなら、これまでどおりに。・・・迎えが来たようなので、今日はこれで。メイフォン殿・・」
「クレイ、だ。元々はただのクレイだったんだ」
少し黙ったセイエイが、小さく、ロウ、と呼ぶと入り口から使用人のお仕着せをきた男が入って来た。
「従者のロウです。今日のように追いかけられては困る。何かあればロウへ言付けてください。あちこち出入りしているので、呼び止めやすいでしょう」
ロウ、と呼ばれた青年は黙って頭を下げた。
「人目についてはいけない、先に出てください・・・クレイ」
小さく付け加えられた自らの愛称に、クレイドルは破顔した。
それから、クレイドルは少しずつ内心を隠すすべを身につけるようになり、補佐官へと昇進した。
ストーリ展開によってはマイナーチェンジの可能性があります。