7、カニの惨殺
蟹の学校を創設してから1ヶ月ほどが経った、ある日のことだった。私はその晴れた夜も、鋏を切り落とした小さな蟹が、脱皮を終えて砂から出てくるのを待っていた。
それは彼の三回目の脱皮だった。蟹は見事な鋏を宿して、砂からフラフラと這い出してきた。私は彼をそっと掌の上に乗せ、羨望のこもった眼差しで見つめた。月の光に透かして見ると、真新しく、まだ柔らかなその鋏は、真珠のように輝いた。
私はその蟹を「同志アーサー」と名付け、ハサミが固くなるのを待ってから、「蛇組」の蟹と戦わせた。アーサーは一撃で、相手を切り株の外に投げ捨てた。その次の「ライオン組」の委員長も同じようにやっつけた。
私は勢いに乗って、ナポレオン組で一番体の大きな蟹と戦わせた。彼は砂浜で、他の蟹からメスを奪おうとしていたところを捕獲したのだった。
アーサーの圧勝だった!アーサーは新しい鋏を恐れることなく相手にぶつけていって、ひるんだ相手を見事に外に押し出してしまったのだ。
この三連勝は私をひどく興奮させた。彼はナポレオンの魂を受け継ぐ存在になりうるのか。私はその答えを知りたくて、いてもたってもいられなくなった。
私は彼を強敵と戦わせることにした。それは砂浜から少し奥まった場所に生息している巨大なヤシガニである。
アーサーは最後まで健闘した。だが最後には、無残に斬り殺されてしまった。
私は衝動的に、勝者のヤシガニを、落ちていた石で何度も何度も殴りつけた。涙が次々にこぼれ落ちた。ヤシガニが潰れて、硬い殻に覆われたそのやわらかな白い中身が顔じゅうに飛び散っても、私はそれを止めることができなかったーわかっていた。あまりにも勝手な行いだと。けれど私には、強いものが当然のように勝つ世界を、どうしたって受け入れることができなかった。
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夕方になると、決まって虚しさに襲われた。
潮が満ち、蟹もヤドカリも家へと戻って行く。皆帰る家がある。それぞれの家族があり、それぞれの仕事がある。そういう光景を見ていると、つい我に返ってしまう。自分はひとりぼっち、孤島の果てで、世界に対してひどく不要な、意味のないことをやっている。
島の裏側を探索し、私を助けてくれた人物に会いに行こうかと何度も考えた。荷物をまとめて、実際に出かけようとしたことも数度ではない。だができなかったー私にはできなかったのだ。蟹たちを置いて出ていくことなど。
もちろん寂しくないと言ったら嘘になる。けれど私の中には熱があった。それは生きるための熱のようなものだった。それは体の芯の方から煮えたぎってくる熱だった。それは私の生まれ持った血統や、海の向こうの過去とは、一切関係ないところから発生する、説明のつかない熱だった。
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その日、空は灰色だった。水平線の向こうから、巨大な雲の一団がこちらへ向かって移動を始めているのが見えた。吹き付ける風は生ぬるく、海はどんよりと濁っていた。嵐が来るのだ。
私は生徒たちを一時的に避難させることにした。丸い石の窪みを利用して作った簡易的なバケツを持って、急いで学校へ向かった。しかし到着した私を待ち受けていたのは、変わり果てた蟹たちの姿だった。
敷地は見るも無残に荒らされていた。掘った穴は崩されて、隙間なく張り巡らせた柵は根元から抜かれ、そこらじゅうに打ち捨てられていた。食い尽くされた同志たちの抜け殻が、山のように積み上げられていた。
へたりこむように跪くと、蟹の鋏がちくりと膝を突き刺した。拾い上げてよく見ると、鋏の間に金色の藁のような毛が一本、絡まっているのを発見した。私は辺りを慎重に見渡した。森の入り口まで転々と続く砂の上の足跡を見つけるまで、さして時間はかからなかった。
人間のものによく似ているその犯跡のそばに、かすかにきらめく、蟹の瞳ほどに小さな、青白い宝石を見つけた。それが私の王冠からはがれ落ちた宝石の一つだということはすぐにわかった。私は犯人を確信した。
あの猿がやったのだ、
私を襲った、
あの猿が!
私は立ち上がり、燃えたぎる怒りを抑えながら、暗い森へと進んでいった。
途中で何度もヒルを踏飛ばし、蛇の体を踏みつぶした。一歩進むごとに、私は自分が猛獣に近づいてゆくような気がした。私の獲物は明確だった。鼓動の激しくなるのが、静まり返った森の中でよく感じられた。
どこまでも途切れることなく続く足跡が、私の神経を逆なでした。この足で、奴は、私の同志たちを踏み潰したのだ。なんの痛みも、何の悲しみも伴わずに、ただ、私の蟹たちを殺したのだ。惨めで哀れな私の蟹たち、絶望した私をこの世に生かす、二つとしてないものを!
私はなんとしてでも猿を殺す気だった。考え得るうちでも最も残酷な方法で、報復をしてやるつもりだった。
尻の穴の中には蟹の鋏をしのばせていた。それは同志アーサーの形見であり、有事の時のため、きっ先鋭く、研ぎ続けたものだった。
私は勝つ自信があった。いや、命をかけても、勝ち切るつもりであった。