8、王のお誘い
「きっと会えると、私は信じておりました」ネロは青い瞳を燦々と輝かせて、そう言った。「そう、あなたが船を飛び降りた、あの時から」
私は耳を疑った。呆然とネロを見つめた。ありもしない過去を真実のように述べるネロを、宇宙人のように見つめた。
「アランさま。恐れ多くもこうよばさせてくださいませーそう、かつて貴方をそう呼んでいたように。ああ、アランさま。どうかご拝聴くださいませ。貴方さえよろしければー陛下、私は貴方を、もう一度、王として迎えようと思うのです」
ネロの言葉を合図に、部屋に数人の男たちが飛び込んできた。彼らは記者クラブの面々だった。彼らは一斉に私たちの絵を描いたり、一語一句をメモに書きとったりした。
「だけど、君が皇帝だろー」
「そうですとも!」ネロは叫んだ。「私めが皇帝で、あなた様が王なのでございます!」
「罠だ」
素っ頓狂な声がした。そこでようやく、ネロはサリーに気付いたようだった。サリーは依然としてボーイの上にまたがったままだった。
*
「誰なんだね?」ネロは素っ頓狂に、組み敷かれているボーイに尋ねた。明日の天気でも聞くみたいな口調であった。
ボーイが命がけで答えようとする前に、ネロは「ああ、そうだ、そうだった。確か君は海賊王とやらだったね。目が三つあるんだってね?しかし、私はそんな小さなことは気にせぬよ」と言った。「変てこな部分を持たぬ人間など、この世のどこにもいないのだからね。」
ネロはサリーに握手を求めたが、サリーは気づかないふりをした。
ネロは行き場を失った右手を絹のズボンにこすりつけると、演技じみた困惑の笑みを浮かべて、部屋中を埋め尽くす記者たちをぐるりと見回した。
それからネロは仕切り直しの咳払いを一つして、「いかがでしょう?貴方が王で、私が皇帝。手を取り合って、一緒に善い国を作りませぬか。」といった。
「ダメだ。」サリーが立ち上がった。伸びきったヒゲに、トマトソースが絡み付いていた。
ネロはじっと微笑みを浮かべたまま、私を見つめていた。
「陛下。声を失われてしまわれたのですか。」
「ちょっと、考えたいんだ」私は訴えた。「少し、時間をくれないか。」
ネロは変な顔をした。見たことのない間抜けな顔だった。それからすぐに、キリッとした顔に戻って、私の手をぎゅっと握り、「もちろん」と言った。「事を急いた私めを、どうか許してくださいまし」
私は返事をしなかった。ネロは侍従に向けて、何かを合図した。すると、一人の少年が、黒いリボンをつけた、神がかって美しい、白い猫を抱えて現れた。
「キッド船長!」私は少年の手から猫をふんだくって、ぎゅっと抱きしめ、匂いを嗅いだ。懐かしい匂いがした。
キッド船長は「ぎゃあゃあ」と悲鳴をあげて、私の手から身をよじって飛び降りると、部屋を飛び出していった。その時の私のショックは、たとえようもない。私の彼女への愛は、国民への愛よりも重いのだった。私は泣き出しそうになった。少年が慌てて後を追いかけた。
ネロは去り際、「今夜はゆっくり休んでくださいませ。明日、昼食を一緒にいかがです。」と言った。私はぼんやりうなづいた。
「陛下の猫もご招待いたしましょう。陛下から直接、餌をあげるように取り計らいましょうーさすれば三日と経たずに、かつての絆を取り戻せましょう」
そう言い残して、ネロは静かに扉を閉めた。




