5、クビになった宮廷画家
私は呆然とラウルを見上げた。しかし、思い出すことはできなかった。
「覚えておられない?」
「ああ、悪いが…」
ラウルは手を震わすあまり、パピルス紙を破いてしまった。「くそっ」まるきり人が変わったようだった。ひどくもどかしい様子で、すぐに新しいものを取り出して、また描き始めた。
気づくと、私のすぐ背後に、モドルジとラッキーとが見下ろすように立っていた。
「では」ラウルは発情した犬のように、息を荒げながら言った。「これを見ても?」
ラウルは私の前に恭しくひざまづくと、描いたばかりのスケッチを見せつけた。それは繊細な細い線で描かれた、気高い国王の絵だった。ビロードの玉座に深く腰掛け、堂々たる仕草で肘掛に両腕を乗せ、両手には金箔の手袋、肩には宝石の付いたマントを羽織り、黄金の王冠をかぶり、真正面を気高く見据えている、自信に満ちた国王ー
「その昔私は宮廷画家でした」ラウルは言った。「あなたに首にされ、名声を失い、こうして海賊に身を落としました」
私はゴクリと息を飲んだ。ラウルは両手に力を込めて、その絵を真っ二つに切り裂いた。破れた紙の向こうに、ラウルの歪んだ顔が覗いた。
「かつて陛下はこうおっしゃられた。私の絵は偽物であると」ラウルは思い出しながら、激しく苛立ってきたようだった。「実物の何十倍も立派に、素晴らしい男に描いてやったのにもかかわらず、です!」
ヒィー、と背後でラッキーの引きつり笑いが聞こえた。ラウルは怒り狂いながらもう新しい紙に鉛筆を滑らせていた。
私は呆然として、引き裂かれた絵を見つめた。だがそれでも、私はラウルのことを思い出せずにいた。だがそれも当然だったーというのも、私は今まで、あまりにもたくさんの宮廷画家を、迷わず首にしてきたからだ。
彼らが私の肖像を、実物よりも大げさに、美しく、気高く描いて見せる時、鳥肌が立ち、吐き気がした。
彼らは芸術至上主義を気取りながら、そのくせ心の奥では、自分の地位と名声ばかり気にしている。だから私の絵を描くときも、目の前の私を差し置いて、信じられないほど誇り高い、神様のような人間を描くのだ。それは私では無いー私の形をした、彼らの手段だ。つまり彼らは国民が私という存在にひれ伏すのではなく、己の絵にひれ伏すことを何よりも望んでいるのだ。
「完成だ!」ラウルが叫んだ。モドルジがラウルの手から紙をひったくった。そうして「おいらはいまこそ、おめえを仲間として認めただ!」と叫び、ラウルを乱雑に抱きしめた。ラウルは思いがけない形での私への復讐の完遂と、自分の絵の褒められたことに、笑みが止まらぬようだった。モドルジが1秒以上絵を見ていないことには、まるで気がついていないようだった。
「おれにも見せてくだせえよ…」外れものにされそうだと感じたらしいラッキーがにじり寄ると、ラウルはモドルジの手から紙切れをひったくって、大事な我が子を守るように、紙をぎゅうと抱きしめた。
ラッキーにジロリとねめつけられて、ラウルは「だって、お前さん。絵がわかるのかい?」とボソボソ言った。
「大わかりだ!」ラッキーは苛立たしげに紙切れを奪い取ると、たるんだ顎を意味ありげに撫でながら、じっくりと絵を眺め始めた。その目には、粗探しを楽しむ、愉悦の光が浮かんでいた。
「おい、もうちょっとここの鼻の穴、大きく描いたほうがいいんじゃあねえか?」ラッキーの言葉に、ラウルはさあっと青ざめた。「それからこの右目も、こんなにまともにくっついてねえよ。実物をよく見ろよ。醜く潰れて、薮睨みだ」
「確かにそうだて」隣で覗き込んでいたモドルジが賛同した。「口の端から蟹の鋏をはみ出させたらどうだて。こういうんだーほらな、なんちゅうんだーそう、リョウキ的な感じになっただ」
「それはちょっとやりすぎでさあ、それよりもっと情けなく書いたほうがいい、こんなに凶悪な感じじゃなく。それには、きっと目つきだなーうんそうだ、目つきの問題だ」
「おめえに何がわかるだ。裸の絵にしか興味のねえおめえに。ラウル、そういやなんで股間を描かないだ?お上品な絵描きの悪い癖だてーおい、聞いてるのけ?」
ラウルの痩せ細った体は小刻みに震えて、強く握り締められたその拳は、握りしめた絵筆を折ってしまいそうだった。
私は彼の気持ちが痛いほどよくわかった。やつの腸は今、怒りで煮えくり返っている。しかも曲がりなりにも元宮廷画家だった彼のご立派な絵に文句をつけているのは、美術のびの字も知らない、無知で無学の海賊どもなのだ。
「いいぞ、もっとやれ」私は聞こえぬようにつぶやいた。「もっと、もっとだ」
するとモドルジが突然私の前にしゃがみこんで、いつになく真剣な面持ちで、「今、なんて言っただ?」と言った。
背筋にぞわりと鳥肌がたった。私は慌てて目をそらした。モドルジは追及を止めなかった。「なんて言ったかと、ただそれだけを聞いてるだ」
視線がこちらに一斉に注がれる。「そうだ、本人に聞いてみよう」ラッキーが卑しい笑みを浮かべた。
「きっと誰より絵がお分かりになる」
ラウルがギラついた目で私を見つめた。
「やめてくれ」私は拒否した。「見たくない」
「まあ、まあ、遠慮しなさんな」ラッキーが笑いながら私の前に紙を突き出したー太い指が私の顎を掴んで、閉じようと抵抗する瞼を強引にこじ開けた。
「やめてーやめてくれ!」
その時だった。一発の銃声と同時に、目の前の紙が爆発したかのように、粉々になって宙を舞った。
私は巨木の木陰に佇む一つの影を見た。月を遮っていた綿のような雲が退いて、淡い光が影の正体を照らし出した。
私は息を飲んで彼を見つめた。目は不機嫌に腫れぼったく、膨らんだ髭は、サンタクロースのように神秘的だ。おでこには乱雑に布が巻かれ、グリップを握る手はかすかに震えている。その肩には、あの鸚鵡が我が物顔で止まっていた。




