17、全てが裏目に出る
男は勢いよく立ち上がったかと思うと、私に向かって上半身を乗り出した。だが男の首に巻きついたロープが、男をグン、と引き留めた。
興奮した猿が激しく唾を散らしながらそこらじゅうを跳ねまわり、鸚鵡は「オキャオキャクオキャクサマ、ギロチンギロチンオキャクサマ」と叫びながら飛び上がった。
男が身を乗り出すたび、ロープをくくりつけた木の杭が、じりじりと抜け始めているのが見えた。
「やめろ…」私は男を見据えた。「落ち着くんだ」
男の厚ぼったい唇がゆっくりと開かれた、と思った瞬間、男は獅子の如く咆哮した。それは大地を震わす地鳴りのようだった。
杭は今にも抜けそうだった。逃げようと身を翻したその時、突然猿が男の体に飛びついた。だが男は猿を勢い良く跳ね付けた。猿はけたたましい悲鳴をあげ、一回転しながら飛びのいた。
悲劇が起きたのは、その時だったー
私はそれをはっきり、この目で見た。猿の頭の王冠が、焚き火に向かって落ちていくのを。
それは一瞬の出来事で、私は本当に、どうすることもできなかった。
ただ呆然と、炎が勢いを増してもえさかり、洞窟の天井を焼くのを見つめていた。金の焼けて溶ける、ワインのような匂いがした。
次の瞬間、木の杭が抜けて、男の巨体が迫ってきた。私はゆっくりと男を見上げたー
私はいつの間にか相手以上に、我を失っていた。
私は男の頭頂部に蟹の鋏をサクッと刺しこむと、炎の中にその頭を突っ込んだ。男はいななくような悲鳴をあげ、私の体を突き飛ばし、頭を火だるまにさせながら、海へと走り出した。私はそのあとを追いかけた。
闇の中で、頭だけを燃え上がらせて走る男は、神秘的な妖精のようだった。男が海水に勢い良く頭をつっこむと、辺りはフッと暗くなった。私は鎮火する水の音と、そこからもうもうと立ちのぼる煙を目当てに、うずくまる男の姿を見つけ出した。
男は猛獣のように喉を鳴らしながら振り向いた。私の右手の蟹鋏が、冷めやらぬ怒りにガチガチと音を立てて震えていた。
男が吠えながら私の上に覆い被さった。片手で私の腕をひねり上げ、もう片方の手で、私の首を絞めつけた。私は頭を砂に埋め込ませながら、男の光る眼をしっかりと見据えた。
砂を掴みながら立ち上がると、暗い森に去り行く男の背中が見えた。その瞬間、あの燃え上がるような怒りは消えて、代わりに果てのない虚しさが襲ってきた。私はか細い声で呟いた。
「…いでくれ」
私はふらふら立ち上がると、男の後を追いかけた。男の背中に掴みかかると、勢いよく投げ飛ばされた。
私は再び立ち上がり、男の肩に手を伸ばした。男は肩越しに私を冷めた目で見、今度は私の頬を何度も平手打ちした。その場にへたり込んだ私は、歩き出そうとする男の足にすがりついた。男はとうとう私を引きずりながら歩き始めた。激しく苛立ちながら、形にならない言葉をブツブツ呻いている。その状態のまま森の手前にたどり着くと、男は落ちていた木の棒を拾い上げ、私の頭を一思いに殴りつけた。
こめかみから血がとめどなく流れ、意識が飛びそうになっても、私は男の足首を離さなかった。男が両腕を振り上げた。風をきるヒュンという音が聞こえた。私は同じ言葉を繰り返した。
「一人にしないでくれ」
男はカッと目を見開き、私を殴る代わりに、すぐそばの木の幹を殴りつけた。太い幹が倒れてゆく音を聞きながら、私は意識を失った。




